「あのゴルーグは……」
おくりびやまを下って行く、一際目立つ外観。
沈黙を貫き直した巨大なゴルーグとすれ違い、インフィスは只ならぬオーラ染みた物を彼から感じていた。
主人の下へ戻っているのか、おくりびやまに生息しているポケモンとは思えない。
彼女が出会ってきたどんな地面、ゴーストポケモンよりも恐ろしい戦闘力。手練れとやり合いたいが生憎インフィスとは相性が最悪だ。
「んっ……?」
本日はおくりびやまで、とある行事が行われるのだ。
安らぐ魂、生と死の狭間。弔いの光で山が埋め尽くされ、死者へ舞を捧げる。
最近忙しかったがこの日は休暇を取らせて貰った、インフィスも舞に参加する予定だ。
……かつての主が眠る墓に、両手を合わせながら、蒼の気配を察知し振り向く。
「インフィスさん、この辺りに異様な雰囲気を持つポケモン、居ませんでしたか?」
「ヴィヴィか。……そのポケモンはゴルーグだと思うぞ、すれ違ったが私には分かる、どのような育成をされているのだろうな」
「ゴルーグ、ですか」
「どうした?」
「いえっ、『似たような何か』エナジー反応がありましたので……このお墓はインフィスさんの元マスターの物ですよね」
紅い瞳に蒼い髪、いつだって変わりの無かった出生不明な少女。
そんなヴィヴィの瞳はとある二戦、いや、謎の仮面との戦闘で三回目となる、蒼く深い輝きを放つ色へ変化していた。
どんな原理なのか、謎は解析されず仕舞いだが、ヴィヴィが大事な仲間である事実に変わりは無い。
「ああ、老衰だった。思い残すことは無いと逝ってしまったよ」
まるで『ゴルーグに惹かれる形で辿り着いた』
残念ながら一歩遅く、すれ違ってしまったが、そんなにゴルーグと因縁めいた物は無かった筈。
妙に突っ掛かるが、インフィスは線香の香りで涙腺がやや緩む。
それは言い訳、親とも師とも認定していた――――ゲット時から決して若くは無かった彼を想いだしてしまうから。
「人は死ぬ、長生きしても百年、それでも何時かは死んでしまう生き物だ。私達ポケモンだって何時かは死ぬ、人間よりも寿命が長い種は多いのだがな、それが悲しみの要因にもなり得る」
もし、永遠の命を与えられる立場にインフィスがなったとしても、彼の寿命を継ぎ足す行為をしていただろうか?
自然の摂理で死を求めている彼に、インフィスが「死んで欲しくないから」10年、20年、寿命を殖やして行く、なんと恐ろしいエゴなのだろうか。
誰だって死にたくは無い。
だが死が訪れるから、人間は必死に生きられる。
ポケモンだって同じ事、ゴーストポケモンは既に1度は死んだ存在。
永遠の命を持つだなんて、それこそ一握りの伝説と謳われる存在しか許されない。
虹色の翼、輪廻の大樹、そして開闢の千腕神。
「私達はどれでもない、何もせずとも、何かをしていても、平等にその刻が訪れる」
「人間も、わたし達も……何かを残そうとするのは生きた証になるから、でしょうか?」
有名になりたい。
お金が欲しいから? 声援を浴びたいから?
無意識の動力源、承認欲求、命ある限り命を燃やし、生き様を刻む。
「寿命じゃ無くてもだ。難病に冒されるかもしれない、不幸な事故に巻き込まれるかもしれない。明日は我が身、1秒先に何があるのかなど分からない。生きるのは怖いさ、でも――――」
夕日が麓へ沈んでいく。
精一杯に、自らの輝きを眼に焼き付けさんとする、火の玉のような見事な紅は、ヴィヴィの瞳にも眼を向けてしまう酷似であった。
(わたしは、何の為に生まれて来たんだろう、何処へ行くの?)
電脳空間で発見され、ジック一味に保護され、ゲットの道を選んだ。
もしも、発見したのがジックでなければ……?
そんな事、想像もしたくは無い。彼で無ければ起動しない方がいい、今なら言い切ってしまえるから。
「時間は永遠だが、寿命は有限だ。止まる事は出来ない、流れる時間は変えられない。ヴィヴィ、私は後悔しているのだ、主と『もっとああしたい』『明日にはこれをしよう』、出来なかったよ、明日じゃ無くて今しておけ、かつての私に忠告したいくらいだ……」
1度でも時間を巻き戻せるなら、メコンは、ネリは、爽羽佳は、インフィスは――――ジックだって、「あそこでああすればよかったな」
それが出来ないのが人生。その道筋は自慢出来る名誉も無ければ、後世に語り継がれる逸話でも無い。
(でも、それが、その人の人生。本当はインフィスさんの元主さんだって、後悔が無い訳……でも最期は幸せだったと)
看取っている最中も、彼はネガティブな発言を1つもしなかった。
心臓が縮こまっていく、血流がせき止められていく、辛い、痛い、でも口にはせず笑顔のまま、冥界へと旅立っていった。
「ヴィヴィ、後悔だけはしないでくれ。伝えたい気持ちは伝えられる刻に。な?」
「わたしはそんなっ……マスターに伝えたい言葉などありません」
「誰も主の事だと言ってはいないのだがな……素直じゃないのもヴィヴィの魅力か」
カマを掛けられた気分、ヴィヴィは焦って後退るわ視線を下げるわ、随分とリアクションが大きくなった。一昔前では絶対に見られない姿も、彼女の変化は強さと共に脆さも紙一重であると、ヴィヴィ自身が理解はしている。
「怖いか? 現状でも居心地がいいだろう」
「…………」
「それでヴィヴィは満足なのか? 想像してみるんだ、『明日自分が消える』と。後悔してしまわないか?」
おくりびやまに蝋燭の灯りが、点々と浮かび上がり儀式が始まろうとしている。
線香の香りもすっかり無くなっていた。