ラウラが軍隊をクビになった場合の話   作:赤いUFO

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ちょっとだけ。ちょっとだけ書いてみたかった。


群れに捨てられた子兎

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。貴官を軍から除名することが正式に決定した」

 

「はい……」

 

 上官から言い渡された言葉に動揺が無かったと言えば嘘になる。

 しかし、思った以上に取り乱さなかったのはこの日を、覚悟していたからだろう。

 元より身体が小柄だったために運動量には限りがあり、頼みの綱のISも成績が一向に伸びない。

 

 そんな役立たずの世話をいったい誰が面倒を見続けるだろう?

 

「貴官にはこれまでの功績から僅かな退職金と戸籍が用意される。しばらくは軍の方から監視はつくだろうがそれもしばらくすれば解けるだろう。今まで、ご苦労だった」

 

 そう言って敬礼する上官にラウラは敬礼で返すことしか出来なかった。

 

 

 こうして、ラウラ・ボーデヴィッヒは軍を退役することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当にもう軍に私の居場所は無いのだな……)

 

 公園の椅子に座ったラウラは最低限の衣類を詰め込んだ鞄を足下に置き、口座に振り込まれた金額を見る。

 振り込まれた退職金はアパートを借りても数ヵ月は生活できる金額らしい。

 元より、殆どを軍の支給品で賄っていたラウラには書かれた額がどれ程の価値があるのかいまいち理解できていない。

 ただ思ったのは、この金額は軍が自分に下した最後の評価なのだな、という思いだけだ。

 

(これからどうすればいいんだ……?)

 

 今まで軍に全ての生き方を決められていたラウラにはこれからどうすれば良いのかなど皆目見当もつかない。

 最後に与えられた金の使い道すら。

 退役が決まってそれらを学ぶだけの時間はあったのだろうが軍以外の生き方を知らない彼女はただ無為に時間を消費するだけだった。

 誰かに教わろうにも親しい友人など居らず、むしろ劣等生として嘲笑の的になっていたラウラに近づく物好きはいなかった。これはラウラの年齢が未だに十代半ばという歳の差にも原因があったのかもしれないが。

 

 黄昏て白い雲の見える空を見上げる。

 何処へでも行けるという自由は何処に行くのか自分で決めなくてはいけないということで。

 その自分で決める、という行為がラウラにはとても困難なことだった。

 

「とにかく、歩こう……」

 

 そうすれば何か見つかるかもしれないという僅かな期待を胸にラウラは唯一の荷物である鞄を肩に下げて歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて独りで歩いた町並みは多くの人で溢れている。

 食料の買い出しをしている主婦や華美に着飾っている男女。学校帰りだろう子供たち。

 それを眺めながらこれからどうするかぼんやりと考える

 

(とりあえず、住むところを見つけなければ。それに働き口も……)

 

 今はお金があるとはいえそれもいつかは尽きる。

 そう思うのだが、自分に何が出来るのか。ラウラには分からなかった。

 とにかく何かをしなければと考えるが具体的な案がなにも思い浮かばない。

 自分はここまで物知らずだったのかと顔を顰めるが、どうにかしなければならない。

 

 そこでラウラはビルに取り付けられたモニターに流れている映像を観る。

 モニターの中にはISが空を飛び回り、IS関連企業のCMが放送されていた。

 それを観てラウラは自分の胸の中でドロドロとした感情が湧き上がるのを自覚する。

 

 ――――アレさえ無ければ。

 

 自分は今も軍という箱庭の中で余計なことを考えずに生きていけただろう。

 そう考えると眼帯に触れてその下にある彩の変化した左目の眼球を抉り出したくなった。

 

(どうして、こうなってしまったのだろうな)

 

 ISの適合向上の為に行われた移植手術。行う前は何ら問題のない筈だったがいざ手術をしてみれば不適合により失敗。

 その所為で軍内部での成績はがた落ちになり、遂には退役処分。

 殺処分されなかっただけマシと思うべきか。それとも、勝手に生み出しておいて放り出す軍の無責任さに憤るべきか。

 どちらも選べずにいる中途半端な自分にも苛立つ。

 

(あぁ、そうか。結局私は軍という組織に守られていたのか……)

 

 ラウラにとって軍は居心地の良い場所とは言えなかった。

 特に成績が落ちてからは周りからの嘲笑や侮蔑。陰口は後を絶たなかったし、個人として親しい者も居なかった。

 

 それでも、自分の生き方を全て決めてくれるあそこは自分にとって箱庭だったのだと今更ながら実感する。

 

「今日は、何もできなかったな……」

 

 寝床を見つける訳でもなく仕事を探すわけでもない。無為に町を歩いて過ごすだけ。

 さすがに野宿は遠慮したいと思い、今日はどこかのホテルにでも泊まろうと決めた。

 そこでラウラに話しかける者が現れた。

 

「お嬢ちゃん、そんなところにずっと座ってどうしたんだい?家に帰らないのかい?」

 

 話しかけてきたのは五十程の男だった。

 その男は鞄1つ下げているラウラを見てある推測を口にする。

 

「もしかして家出なのかい?」

 

「いや……家はない。家族も、いない……」

 

 自分にあるのはこの鞄に詰め込まれた持ち物だけ。

 俯きながら答えるラウラに男は少しだけ考えて話す。

 

「なら、うちに来るかい?このままジッとしているわけにもいかないだろう。うちには君と同い年くらいの子が居るんだ。きっと仲良くできるよ」

 

「いや、それは……」

 

「気にする事はないよ。おじさんもお嬢ちゃんがこのまま見て見ぬ振りをするのは忍びないしね。それに雲行きも怪しくなってきた」

 

 なにやら話が上手すぎる気がしたがどうせ他に行く当てなどなかったラウラはぎこちなく頭を下げる。

 

「その……世話になる……」

 

「なら、車に乗ってくれ。すぐに温かい食事を食べようね」

 

 車に乗ると男が水筒を渡してきた。

 

「これを飲むといい。甘めのコーヒーだよ」

 

「すまない。ありがとう」

 

 水筒を受け取って中のコーヒーを飲む。

 すると今日1日歩き疲れていたのか。仮とはいえ寝床が見つかったことへの安堵か。

 ラウラは急に瞼が重くなるのを感じた。

 突如襲った睡魔に抗い切れずにラウラはそのまま意識を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポト。

 自分の頬に水が当たるのを感じた。

 それに意識を覚醒させたラウラはその肌寒さに一気に目が覚める。

 

 身体を起こすとそこは見慣れない公園のベンチだった。

 辺りを見渡すと先ほどの男も、そしてラウラの唯一の荷物が入った鞄も失くなっていた。

 そこで顔を青褪めさせ、ようやく事態を悟る。

 

「やられた!?」

 

 おそらくあの時飲んだ水筒の中身に睡眠薬かなにかが入っていて荷物もその時に奪われ、自分はこの見知らぬ公園に捨てられたのだろう。

 そこまで考えると雨が急に強さを増した。

 

「はは……本当に全て失くなってしまったな……」

 

 ここまで全てを失えばいっそ清々しい気持ちになる。

 そして完全に心が折れた。

 

 すぐに全身を濡らした雨。どうせ行くところもない。

 このまま死んでしまった方が軍としても都合が良いだろう。

 

「もう、どうでもいい……」

 

 思考を全て投げ出してラウラはもう一度瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 その夢での自分は落ちこぼれではなく、IS部隊の隊長をしていた。

 見知らぬ誰かに指導を受け、少しずつ成績を上げていく自分。

 その努力が認められて最新の専用機を与えられ、佐官の階級を頂き、部隊を任されている。

 なんてみっともない夢。

 こんなあり得ない姿を妄想して自分を慰めている。

 でも、もし。

 もし、こんな可能性があったのなら―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。

 着ていた服ではなく、知らない寝間着を着て、清潔なベッドで寝ていた。

 勢いよく起き上がり、辺りを見渡すとやはり知らない部屋だ。

 状況を飲み込めずにいると部屋のドアがゆっくりと開かれる。

 

「目を覚ましたのね」

 

 現れたのは七十から八十程の老婆だった。

 

「驚いたわ。貴女、近くの公園で倒れていたのよ?食欲はあるかしら?」

 

 トレイに載せられた料理。小さな机に置く。

 首を横に振ろうとしたがその前に腹の虫が鳴った。

 

「~~~~~ッ!?」

 

 恥ずかしくて顔を赤くすると老婆は笑い、どうぞ、めしあがれ、とトレイに載った料理を勧める。

 最初は躊躇いがちだったラウラも一口胃に入れると堪え切れずに次々と料理を口に運んだ。

 

「それで、何があったのか訊いてもいいかしら?」

 

 老婆は丸眼鏡の奥で優しげな瞳。ラウラは先程のこともあり警戒したが、どうせもう失う物なんて何もないな、と自嘲気味た諦めの心で話始める。

 

 家族はなく、家もない。有った荷物も騙されて盗られたこと。

 軍にいた事は話せない為、最低限話せる範囲で自分のことを話した。

 話を聞き終えると老婆は目を閉じて小さく頷いた。

 

「なら、しばらくここに居るといいわ。先ずは体力を取り戻してそれから身の振り方を考えましょう」

 

 老婆の提案にラウラは警戒心を持って呟く。

 

「……私は、貴女に返せるものはない」

 

「そんなのは良いのよ。子供は大人に頼って良いんだから」

 

「……」

 

 ラウラは老婆の提案を受け入れることにした。

 行く当てがなかったのもそうだが、結局のところラウラは自分の意識で何かを決める力が決定的に欠けているのだ。

 だから、誰かが示してくれる案に乗る以外の生き方を知らない。

 そういう風に育てられてきたから。

 

 提案を受け入れたラウラを老婆は嬉しそうに笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからラウラは老婆の家での生活が始まった。

 老婆の夫は数年前に既に他界しており、息子夫婦とも疎遠らしい。

 ラウラはその家で家事手伝いのようなことをしながら老婆の話し相手として過ごしている。

 もっとも老婆の方から話しかけて来てラウラはそれに相槌を打ったりたまに質問を返す程度だが。

 

 ラウラは老婆のことを先生と呼んでいる。

 昔、小さな子を相手に教鞭を執っていたらしく、ラウラにもそう呼んで欲しいと言われて居候のラウラに拒否する意思もなく、そんな奇妙な生活が続いている。

 

 そして、ある事件が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜中に小さな物音が聞こえた。

 その音に気付いてラウラは浅い眠りから目を覚ました。

 

 窓の外から誰かが侵入してきた音。

 ベッドから体を起こしてラウラは音がした方へと向かう。

 

 向こうも忍び足で移動しているがその足音から訓練している者ではなく、素人であることは明白だった。

 

 誰かがいる部屋の扉に手をかけた。

 

「誰だ!!そこにいるのはっ!!」

 

 声を上げるとそこには見知らぬ男が立っていた。

 その手には刃物が握られている。

 

 ラウラを見て一瞬動揺した素振りを見せたが、小柄なラウラを見てすぐに余裕の笑みを作った。

 

「なんだガキかよ。この家の婆さんの孫かなにかか?こんな日にここに居るなんて運のねぇ奴だ!」

 

 そう言ってナイフを向けながらラウラを取り押さえようとする男の腕をラウラは手首を掴み捻り上げた。

 軍では落ちこぼれのレッテルを張られたラウラだが、ずぶの素人に如何こうされるほど弱くはない。

 男がナイフを落とすとそのまま足を引っかけて床に倒し、手を後ろに回させて男のナイフを拾う。

 

「なにが目的かは知らないが、ここに私がいる時に侵入したのが運の尽きだったな」

 

 冷めた声でそう言ってその首にナイフを落とそうとするラウラ。しかしそこで割って入る者が現れる。

 

「やめなさい、ラウラ!?」

 

 大きな音がしてやって来た老婆がラウラの制止に入る。

 慌てた様子で老婆はラウラから刃物を取り上げた。

 

「こんな物を刺したら死んでしまうわ!」

 

「せ、先生……私は……」

 

 弁明しようとするラウラは何も思い浮かばずに肩を小さくさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、すぐに警察を呼んで男を連行してもらった。

 男は強盗で、老いた女性が一人暮らしの家に入って金目の物を奪おうとしていた。

 騒ぎが一段落した後に老婆とラウラは向かい合っていた。

 テーブルには温かいミルクが置かれている。

 

「事情は理解したわ。でもね。それならあの男の人を取り押さえるだけで良かったでしょう?もし貴女があの強盗を刺していたらあの人は死んでいたわ。それくらい分かるでしょう?」

 

 強い口調ではなかったがラウラは親に叱られている子供の用に肩を狭くしている。

 

「貴女が私を守ってくれたことは理解しているのよ。でもね。簡単に人を傷付けてはいけないわ。それも人を刺すなんて。それくらい、当たり前のことでしょう?」

 

 当たり前。その言葉に反応してラウラはポツリと呟いた。

 

「……らない」

 

「え?」

 

「そんなこと。誰も教えてくれなかったじゃないか!!」

 

 ラウラは大きな声でそう叫んだ。

 それから溜まっていた膿を吐き出すように吐露する。

 

「誰も教えてなんてくれなかった!常識(あたりまえ)なんて誰も!!教えられたのは戦う術だけで!それもう上手くいかなくなると用済みとばかりに放り出してっ!!」

 

 それは、ラウラが無意識の内に溜め込んでいた不満だった。

 ラウラは自分の眼帯に触れてなおも叫ぶ。

 

「ISが上手く操縦できなくなったのも元はと言えばこんなものを移植したからじゃないか!!それで、私を笑い者にして捨てて、他の生き方や常識なんて何一つ教えずに……!!」

 

「……」

 

「落ちこぼれになったのは……こうなったのは私の所為じゃない!私の所為じゃない!私の所為じゃ……」

 

 今にも泣きそうなほどに顔を歪めて肩で息をするラウラ。

 そしてもうここには居られないと感じる。

 なにより、ここに親切で置いてくれた老婆に当たり散らす自分が恥ずかしかった。

 

 顔を覆って伏せていると老婆はラウラの頭に手を置いた。

 

「ごめんなさい……」

 

 そんな謝罪の声が聞こえた。

 その言葉に驚いてラウラは顔を上げた。

 

「貴女のことを何も知らないのに、一方的に決めつけてしまって」

 

「ち、違う!先生はとても良くしてくれた!私がただ八つ当たりをしただけで……」

 

 顔を背けて言葉を並べるラウラに老婆は穏やかな笑みを向ける。

 

「貴女を初めて見た時、こう思ったわ。とても綺麗な、天使様が居るって」

 

「……私は、天使(そんなもの)じゃない」

 

「えぇ、そうね。貴女は普通の女の子だわ。まだ何も知らない子供なのね」

 

 老婆はラウラの手を握る。

 

「なら、私がラウラに教えてあげる。貴女が今まで教わらなかったことを。これから学ばなければいけないことを。これでも昔は教師だったんですもの。もう一度教鞭が執れるなんて夢みたいだわ」

 

 本当に嬉しそうに笑う老婆にラウラは呆気を取られる。

 

「何故、先生は私にそこまでしてくれる……?私には、なにも返せないのに」

 

「だって貴女は今日助けてくれたでしょう?方法は乱暴だったけど。何も返せないなんてことはないわ」

 

「私には、これしか出来ないんだ」

 

「なら、これから増やして行きましょう。色々なことを学べば、きっとこれから貴女が成りたい姿が見えるわ」

 

 握られている皺だらけの手。

 優しい眼差し。

 それらは今までラウラが触れてこなかった知らない感情で、怖いと感じた。

 それでも、何故か突き放すことが出来なかった。

 

「……!?」

 

 ラウラは、只々泣くのを堪えてコクコクと首を小さく縦に振った。

 

 

 

 

 これは、軍隊という組織を離れたラウラ・ボーデヴィッヒがひとりの人間として成長する物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きは期待しないでください。
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