ラウラが軍隊をクビになった場合の話   作:赤いUFO

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巣立ち

『私のせいじゃない! 私のせいじゃ────』

 

 あぁ、懐かしい。

 ここに来たばかり自分を眺めて、ラウラは気恥ずかしい気持ちになった。

 それでも、かつての幼く、弱い自分を見つめ直しても落ち着いて見ていられるのは、ラウラが成長したからなのか。それとも、過去のことと割り切ってしまったのか。

 ラウラの言葉に耳を傾けている義祖母を見る。

 真剣な表情でラウラの悲痛な叫びを受け止めている優しい人。

 あの時、この人はこんな顔で自分を見ていたのかと思い返す。

 ラウラは過去の自分の中の頭を撫でようと手を伸ばした。

 

 大丈夫だと、これから過去の自分が辿る軌跡を、歩いた本人自身が保証するように。

 ラウラは泣いている過去(自分)にエールを贈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっ!」

 

 腕を大きく伸ばしたせいでバランスを崩し、敢えなくベッドから落ちかけた体を支える。

 

「……気が緩むにも程がある」

 

 誰にも見られていない自身の失態に息を吐き、上半身を起こした。

 最早慣れ親しんだ自室。数年暮らしてそれなりに増えていた筈の私物はもうこの部屋にはない。

 

「この部屋で過ごすのも今日までなんだな……」

 

 窓の手すりからいつも眺めていた外の景色。

 それらも見納めになると思えば感慨深い。

 

「さて。式に遅れないようにそろそろ起きよう」

 

 この家に来て数年。ラウラは今日、結婚式を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルト・フランツは壁を背にして組んだ腕を指で小さく叩きながら新郎として新婦を待っていた。

 眉間に深い皺を寄せて緊張している様子に友人であるルーベルトは苦笑しながら話しかけた。

 

「落ち着きなよ。今からそんな調子じゃあ、式が終わる頃には倒れちゃうよ」

 

「うるさい。黙ってろ」

 

 明らかに肩に力を入りすぎている親友に肩を竦めた。

 ラウラとクルトが出会って数年。順調に交際を、と言えば少々語弊が有るが、この日に辿り着いた。

 

 告白したのはラウラからだったのだが、クルトが緊張の末に盛大に返答の言葉選びを間違えた結果。ラウラはクルトに想い人が居ると勘違いし、フラレたと思い込んでしまった。

 しかも、ルーベルトがラウラにアプローチをかけ始めたり、クルトの周りを財産目当てで付きまとう女が現れたりと一時期かなりカオスな状況だった。

 それを周りはニヤニヤハラハラドキドキしながら見守っていた訳だが細かなことはここでは割愛する。

 その結果、こうして結婚までこじつけたわけだ。

 少し離れた位置でモニカとアデーレが話している。

 

「ラウラさんのドレス。モニカさんも製作に関わったのでしょう? スゴいですね」

 

「って言ってもほとんど製作したのは店長だよ? アタシはあくまでもお手伝い」

 

 モニカはラウラと入れ替わる形であの服屋で正式に働き始めた。

 仕事をしながら店長に服飾技術を教わり、今では助手の立ち位置にいた。

 店長曰く、素質があり、どんどん技術と知識を吸収していったとのこと。

 アデーレも今は実家の会社に就職し、営業として各地を飛び回っている。

 今日も、かなり無理をして時間を作っていた。

 そわそわと落ち着きのない兄にアデーレがジト目を向けた。

 

「兄さん。ラウラさんの準備はもうすぐ終わるはずですから落ち着いてください」

 

「……落ち着いてる。俺は落ち着いてるぞ」

 

 どう見ても落ち着いてない兄にアデーレはダメだこれは、と息を吐く。

 そうして待つこと数分支度を終えたラウラが扉を開けて出てきた。

 

「わぁ!」

 

 感嘆とした吐息がモニカの口から漏れる。

 肩が露出したドレスに指先から二の腕まで覆われたウェディンググローブ。

 頭部のヴェールを留めるのに紫色の蝶をイメージしたリボンが添えられている。腰の帯も同様の色だ。

 化粧を施し、唇にも口紅塗られている。

 小柄なラウラも普段よりずっと大人の雰囲気が出ている。

 照れて恥ずかしそうに戸惑った顔のラウラ。

 

「どこか、変ではないだろうか……?」

 

「ううん! スッゴくきれい! 店長と苦労して作った甲斐があったよ!」

 

「はい。同じ女性として見惚れてしまいました」

 

「こんな美人な奥さんをもらってクルトが本当に羨ましいよ!」

 

 口々に絶賛されるがラウラの表情は晴れない。

 その原因を指摘する。

 

「しかしな。さっきからクルトがこちらを見てくれないのだが」

 

 言うと、3人の後ろにいたクルトがラウラに視線を合わせずに明後日の方へと向いていた。

 

 それを見たアデーレが笑顔で怒りを隠したまま兄の耳を引っ張る。

 

「に・い・さ・ん!」

 

「耳引っ張るなよ! ちょっとビックリして直視出来なかったんだ!」

 

 あんまりにも美人になりすぎて、と、口ごもる。

 ラウラと向き合い、クルトは速くなった鼓動を内心必死で大人しくさせた。

 

「綺麗だよ、ラウラ。はは! 俺のほうがだいぶ見劣りしてるな」

 

「そんなことはないさ。クルトを見て、私は惚れ直したぞ」

 

「俺の嫁が男前過ぎる……」

 

 そこからモニカたちが先に会場に移動する。

 クルトがラウラの手を取った。

 

「行くぞ」

 

「あぁ。宜しく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、いい加減落ち着け」

 

「いや、そうは言ってもさ。結婚式なんて千冬姉の時以来だし。緊張しちゃって」

 

 周りに知り合いも居ないしとは流石に言わない。

 

 ラウラ・リットナーとはあの再会以来から手紙での交流が続いており、最後に顔を合わせたのは千冬の結婚式以来だ。

 千冬は30という節目にようやく国家代表を降りることを許され、無敗記録を更新し続けた。

 後に彼女の専用機の整備士である男性と結婚し、今もIS学園で教鞭を振るっている。

 ちなみに今もその人気は衰えず、むしろ国際大会で無敗を誇った千冬の人気は神格化され、彼女に会うためにIS学園を受験する者は後を絶たない。

 

 既にラウラの祖母とは挨拶を終え、指定された席に座っている。

 

「ほら、来たぞ」

 

 式場の奥から出てきたラウラとその伴侶。

 こちらに気付いたラウラが嬉しそうに小さく笑ったような気がした。

 式が始まり、幾つかのスピーチを終えて動けるようになった頃にラウラがこちらに近づいてきて、日本語で話しかけた。

 

「一夏。千冬さん。今回はわざわざドイツまで来てくれてありがとう。感謝する」

 

「いや、私の式に日本まで来てくれたしな。招いてくれて礼を言う」

 

 ほら、と姉に促されて一夏も 話す。

 

「結婚、おめでとう。綺麗すぎてビックリした」

 

 一夏に話しかけられてラウラが目を見開く。

 

「驚いた。ドイツ語が話せるようになったのか?」

 

「あぁ。あれから勉強したんだ。今度はラウラの国の言葉で話したくて。千冬姉の結婚式の時は披露する機会がなかったけど」

 

 あれから一夏はIS学園で楯無などの指導の下。ドイツ語を習得した。

 その際に外国の友人たちからも、自分の国の言葉も習えと強制的に学ばされ、学園の卒業時にはドイツ語、中国語、イギリス英語、フランス語をマスターする羽目になった。

 

「そうか。嬉しいな」

 

 そう言って微笑むラウラに、一夏は胸が高鳴るのを感じた。

 それから世間話もそこそこにしていると、クルトがやってきて、軽く会釈する。

 

「ラウラ。施設の子たち来てるぞ。そろそろ挨拶に行こう」

 

「あぁ、わかった。2人とも、また後で」

 

 まるでラウラを一夏から引き離すように手を引く新郎。

 去っていくラウラを眺めていると、視界が、突然ふやけた。

 

「一夏?」

 

 気付くと、一夏の目から一筋の涙が溢れる。

 自覚すると、止まらなくなってしまう。

 

「あれ? 何でだろ? 新郎の人と一緒に行くラウラを見たら、なんか泣けて」

 

 どうして涙が溢れるのか理解していない一夏に千冬は一瞬険しい表情になったが、すぐに笑みを作ってハンカチを差し出した。

 

「嬉し涙だろ」

 

「千冬姉?」

 

「大切な恩人が、あんなにも幸せそうに結婚するんだ。感極まって泣いてしまった。それだけだろう? 早く涙を拭け。そんな姿をあの子に見せるな」

 

 姉の言葉に一夏は首を傾げる。

 そうなのだろうか? 何故かラウラを見てチクリと胸が痛むような気がするのも? 

 疑問に思ったが自分のことを1番に知る姉の言葉だからそうなのだろうと納得した。

 ハンカチを受け取り涙を拭く。

 

「そうだよな。うん、きっとそうだ」

 

 涙を拭く弟を見て千冬は内心溜め息を吐く。

 

(まったく。他者からの想いだけでなく、自分の恋愛感情にも鈍感にならなくても良いだろうに)

 

 おそらく一夏はラウラ・リットナーのことが好きだったのだろう。

 それが初めて助けられた時からなのか数年前の再会からなのかは最早確認の仕様がないが、一夏にとってラウラは特別だったのだ。

 だから、今まで好意を寄せてくる彼女たちの気持ちに応えなかったのだ。

 その恋心が無意識だったとしても。

 だが千冬はその感情の本質を逸らした。

 弟の恋を自覚させぬまま蓋をすることに多少の罪悪感はあったが、今その気持ちを自覚させても誰にとっても望ましい事態にならない。だから自覚させずに終わらせることを選んだ。

 

(まぁ、何だかんだで一夏に想いを寄せる女は多いからな。生涯独身ということもあるまい)

 

 今日この日は一夏にとっても1つの区切りになったはずだと千冬は弟の頭に手を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、式場に来たアニータなどに祝福されたり、モニカたちとは別の学友に祝われたり。

 クルトのご両親に挨拶をして店長にウェディングドレスのお礼を言ったり写真を撮ってもらったり。

 店長はラウラのウェディングドレス姿に感極まってそれこそ何枚撮るのかと言うほどにあらゆる角度からシャッターを切る。

 その光景を1匹の鼠が誰にも気付かれずに見ている。

 鼠の視線はラウラに注がれており、その奥で視界を共有させていた銀の女性は小さく口元を上げて笑う。

 

「おめでとう。ラウラ・リットナー」

 

 静かに、誰にも聞かれずに呟くと式場にいた鼠は誰にも気づかれることなくその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの挨拶を終えたラウラが椅子に座って居ると義祖母が隣に寄る。

 

「主役がこんなところに長く居ては駄目よ」

 

「少し疲れてしまって。すぐに立つさ」

 

 なら良いのだけど、と言う義祖母にラウラは礼を言った。

 

「ありがとう、おばあちゃん。式の親族としての出席や、スピーチとか、色々と」

 

「当然のことじゃない。それに私は嬉しかったのよ自慢の孫娘を皆さんに紹介できて」

 

 義祖母はラウラを紹介する際に自分たちが血の繋がっていないことを話した。

 その上でラウラを引き取って今日までの彼女のことを話した。

 最後に例え血は繋がらずとも、ラウラは自分の自慢の孫娘だとも。

 しかし、ラウラはここで少しだけ弱音を吐いた。

 

「正直に、言うと……夢のようだと感じるんだ」

 

 軍に切られ、何をするべきなのかも分からずに放り出された自分。

 そんな自分が優しい人に出会い、育ててもらって。好きな人が出来、その人と添い遂げようとしている。

 上手く出来すぎていて、あの日、雨に打たれている自分が見ている夢なのではないかと思うときがある。

 

「幸せ過ぎて。恵まれ過ぎて突然ある日に辛い現実に目覚めてしまうんじゃないかと思ってしまう」

 

 そう告げるラウラに義祖母はやれやれと笑う。

 

「ラウラはもう少し我が儘になるべきだわ。だって、ラウラはこれからもっと幸せになるんですもの」

 

「もっとか……想像もつかないな」

 

「その為に私は彼に貴女を託したのよ。今日は大事な門出だけど、それでも通過点でもあるのだから」

 

 それにね、と話は続く。

 

「ラウラが嫁いで、淋しい気持ちはあるけど、それ以上に誇らしくもあるの」

 

「誇らしい?」

 

「えぇ。だって今日、この日に貴女の結婚を多くの人が祝福してくれてるんだもの。だから自信を持って、胸を張って良いの。ラウラは今日までに、貴方が思うよりずっとたくさんの人に愛される生き方を歩んできたのだから」

 

 その言葉にラウラは今日、みんなにかけられた言葉を思い出す。

 

 モニカやアデーレ。アニータや店長。織斑姉弟。

 他にも大勢の人がラウラの結婚を祝ってくれた。

 もしかしたら、ラウラが気づかない誰かも。

 それが、今日までにラウラが積み上げてきたモノだと言うのならば。

 

 椅子から立ち、ラウラは義祖母を微笑んで真っ直ぐに見つめる。

 

「私を拾ってくれたのが先生で本当に良かった。先生が私を守り、慈しんで育ててくれたから私はここまでやってこられた。そして今日この日、先生の腕から胸を張って巣立つことが出来る」

 

 旅立つことに淋しさはあっても泣く必要はない。その思い出が有ればきっと歩いて行けるから。

 

「ありがとう、先生」

 

 さあ、今まで守ってくれた巣から出よう。

 

「いってきます、おばあちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群れから切り離された小さなウサギ。

 偶然住み着いた巣で、少しずつ生き方を学び自ら巣を出る一歩を踏み出した。

 生きている限り、(みち)は続き、その成長はまた別の物語となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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