その存在を認識した時の驚きは、如何な程だった。
私の
一度、その存在を認識したからか、時折彼女の情報がコアネットワークから流れてくる。
例え力は棄てても、その在り方は人として正しく育っていくもう1人の主を。
どうか触れてあげてほしい。
まだ幼い我が主に、その優しい心で。
どうか教えてあげてほしい。
力を棄てながら心を強くした貴女のことを。
どうか気付かせてほしい。
我が主は貴女のように微笑むことができるのだと。
その願いが奇跡に届いたのか。ある日、コアネットワークに漂う彼女の意識を発見した。
その意識を、拾い上げた。
3人で買い物に出かけたあの日から、リットナーとボーデヴィッヒ。そしてシャルロットは毎回と言うわけではないが、1日に1回は一緒に食事を摂るようになった。
今も2人のラウラ。そしてシャルロットと本音の4人で朝食を摂っている。
リットナーは気に入ったのか。それとも箸を使う練習か。和食をよく頼んでいた。
そんなある日。
「ところで以前から疑問だったのだが」
「何? どうしたの?」
「どうしてお前たちは一夏に対してああも攻撃的なのだ?」
リットナーの質問にボーデヴィッヒとシャルロットは食事をする手を止める。
本音はあははと笑いながらよく真っ正面から訊けるねーと事態を見守っている。
「どうしてって……ねぇ?」
「嫁が夫である私以外の女と戯れるからだ」
視線を游がせるシャルロットとボーデヴィッヒは鼻を鳴らして答える。
その答えにリットナーは目を細めた。
「……よく今まで嫌われなかったな」
思ったことを口に出すことはどちらのラウラも共通らしい。
リットナーの言葉にシャルロットが苦笑いのまま質問する。
「ちなみに、リットナーさんはどう思った?」
「正直、初めて一夏にISで攻撃を仕掛けるのを見たときはどんなイジメかと思ったな。しかし、好意のある相手に攻撃する意図が理解できん」
スパッと斬りつけるように正論を言うリットナー。
それにシャルロットは困ったように言い訳を口にした。
「ボクたちもね、悪いとは思ってるんだよ? ただ、一夏が自分以外の女の子と仲良くしてるのを見るとどうしてもね」
「嫉妬、というやつか。そこまで抑えられないモノなのか?」
それは、純粋な疑問だった。
それにボーデヴィッヒとシャルロットは視線を逸らす。
2人の反応にリットナーは、ふむ、とコップの水を飲んで別の思いを口にする。
「だが、羨ましいな」
「え?」
意外な言葉にシャルロットとボーデヴィッヒが目を合わせる。
「私には恋をする、ということがよく分からないからな。そこまで想える誰かが居ることは純粋に羨ましい」
リットナーにも大切な相手は居るが、それは親愛と友愛であって恋愛感情ではない。
そこまで感情を掻き乱す存在が居るとはどういうモノなのか。純粋に興味はある。
だが同時に、自分が異性に恋をするビジョンもまた思い浮かばないわけだが。
さらに言うと、生まれて15年以上、軍で必要最低限の付き合いしかしてこなかったリットナーは、この2年近くで濃密に他者と関わりを持ち、それらを自分の中で消化するのに手一杯ということもある。
「えーと、それは、その……」
言葉短くとも自分たちのことをそこまでストレートに表現されて戸惑うシャルロット。
その様子にリットナーは苦笑して、だが、と続けた。
「あまり一夏に手を上げてくれるな。見ていて気持ちの良い光景ではない」
「う、うん……」
リットナーの言葉に戸惑いながらも頷くシャルロット。
しかしボーデヴィッヒはふん、と鼻を鳴らす。
「それは一夏次第だ! 嫁が
胸を張って言うボーデヴィッヒにリットナーは困ったように告げる。
「も~、ラウラったら!」
「あまり、彼の優しさに甘えるな。愛想尽かされても文句は言えないぞ?」
「よ、嫁が私に愛想を尽かすモノか!」
リットナーの言葉に若干の動揺を見せるボーデヴィッヒ。その姿にリットナーは困ったように肩を竦めた。
「すまないな。呼び出して」
「いえ。大丈夫です」
寮内の空いている部屋に呼ばれたリットナーは出されたコーヒーに砂糖を1杯入れて軽くかき混ぜると1口飲む。
それを見て千冬は本題に入った。
「お前がこちらに来た原因と手段。そして帰還する方法については、未だに何も解っていない。すまないな」
「いえ! 謝ることでは!」
こんな想定外も良いところの件を、ポンと答えが出せる筈もない。勿論リットナー自身、帰りたいという想いは揺らいでいないが。
「ここでの生活はどうだ? 最近はデュノアやボーデヴィッヒ共と居ることが増えたようだが」
「はい。特にシャルロットと本音は良くしてくれています。貴女の弟の一夏も」
リットナーの質問に千冬はそうか、と相槌を打つ。
束と連絡を取り、リットナーが長くこの世界には居られない、という予想は聞いたが余りにも不確定な情報により本人にはまだ話せない。
「ボーデヴィッヒについてはどう思っている? あぁ、答えたくなければそれでいい。あくまでも私個人の興味だからな」
別の可能性を歩いた自分と対峙するとはどういう感情が浮かぶのか。千冬は訊いてみた。
構いませんよ、とリットナーは胸に手を当てて口を開く。
「そうですね。今でも軍に残っている私を見て思ったのは純粋な尊敬、でしょうか。私は、そこから落ちてしまいましたから。ですから軍に評価され居場所の在る彼女を見て、その可能性に安堵したのもあります。ですが────」
「ですが?」
「ラウラ・ボーデヴィッヒと話をして良し悪しはともかく心が幼い、と感じました。まるで、物事を学び始めた子供のようだと」
態度の方向性は違うが、義祖母に拾われた頃の自分と重なる。
リットナーの言葉に千冬は成程と頷く。
今のボーデヴィッヒは軍という囲いから仮とはいえ解放されている状態だ。周りと触れ合うこと様々なことを学び始めている。
リットナーは、少し恥ずかしそうにボーデヴィッヒへの結論を口にした。
「あちらは、私のことを煩わしく思っているようですが、私の方は……そうですね。失礼かもしれませんが、反抗期の妹が出来た気分でちょっと嬉しいです」
その結論を聞いて千冬は何度も瞬きした後に吹き出した。
「そうかそうか! 妹か! 確かに周りから見ていてもそう感じるな!」
だからこそ惜しいとも思う。
もしもラウラ・ボーデヴィッヒが彼女に心を開いていればそこから学ぶことも多かっただろうに。
束の言葉を信じるなら、リットナーがここに居られる時間は少ない。
そうでなくとも帰る居場所のある彼女をいつまでもここに置いておくわけにもいかない。
だからこそ千冬にはこう言うしかなかった。
「そう思ってくれているのなら、奴に少しでもお前のことを教えてやってくれ。それが、ボーデヴィッヒの為になるだろう」
「はぁ……」
千冬の言葉にリットナーは生返事を返すことしか出来なかった。
シャルロットは今、織斑一夏の実家に来ていた。
今日この日、一夏が実家に戻って居るという確かな情報を得ていたシャルロットは今、彼の家の前にいた。
初めて一夏の実家の前まで来たことに緊張した様子でインターフォンを押す。
そして家の扉が開くとそこには、一夏ではない別の人物が出てきた。
「シャルロット?」
「えぇ!? なんでリットナーさんが!」
「え? あ、いや……一夏に招待されてな」
リットナーの何気ない言葉にシャルロットが動揺する。
(一夏から招待!? な、なんで!!)
ぐるぐると思考が混乱していくと、後ろから一夏と本音が現れた。
「どうしたんだ、シャル? いきなり来て」
「ヤッホー、デュっちー!」
キョトンとしてる一夏といつも通り呑気な様子で手を振る本音。どういうことなのか分からないままシャルロットはとりあえず中へと案内された。
それからさして時間を置かずにいつものメンツが揃い、ロビーに集まっているが、専用機持ちの少女たちは落ち着かない様子でそわそわしている。
ちなみに一夏は現在、簡単に食べられる昼食を用意している。
彼女たちの視線は麦茶を飲んでいるリットナーに向けられていた。
(あの女は今日、一夏から誘われたと言った。いったいどういうつもりだ。一夏め!)
(わ、私だって一夏さんから誘われたことなんてありませんのに!)
(そもそも最近、あの子と一緒に居すぎじゃない!)
(うう……なんか、一夏とリットナーさんの仲が急激に縮まってるような……)
(嫁よ、もしもこの女に現を抜かすようなら許さんぞ!)
今日、日頃のお礼を兼ねて一夏は帰宅する用事が有ったのもあり、リットナーを自宅に招いていた。
丁度一緒に居た本音も私も行きたいと言ったのでついてくる形だ。
それを聞いた専用機持ちたちは想像を膨らませてリットナーへの視線が俄然厳しくなっている。
彼女たちの心は読めずとも、その強い視線に気付いているリットナーは居心地が悪そうに問いかける。
「すまない。何か私はそちらの気に障ることをしてしまっただろうか?」
ここでそう返されてしまえば彼女たちも強く出られない。
もしもここで不機嫌さを露にして喧嘩腰に対応されれば弾力で弾くように彼女たちも怒りを発散できるのだが、相手の対応はどこまでも低姿勢。
さすがに想い人が自分以外の女を家に誘ったのが気に入らないから不機嫌ですとは言えずにただ悶々と曖昧な態度になってしまう。
そうしていると一夏は手軽に食べられるざるそばを昼食にと用意し、テーブルに置いた。
「皆、誰か1人でも前もって連絡してくれれば良かったのに。携帯が有るんだから」
一夏の言葉に女性陣からギンッと鋭い視線が向けられる。
「し、仕方ないでしょ! 今日いきなり思い立ったんだから! そ、そっちこそ帰るんなら誘ってきなさいよ!」
「どんなキレ方だよ……あ、めんつゆとわさびは好きなように調整してくれ。めんつゆは結構濃いやつだから少しで良いと思う」
「わー! リットン、食べよー」
「あぁ。これは初めて食べるものだな。楽しみだ」
本音を真似てざるそばに手をつけるリットナー。
確かに専用機持ちの彼女たちには常日頃から世話になっているし、それはそれで楽しそうだが。さすがにこの人数を一夏1人でもてなすのは大変なのだ。
いや、同い年の仲間なのだからそこまで堅苦しく考える必要はないのかもしれないが、性格上という奴で。
彼女たちもそんな自分の態度が悪いと気付き、仕切り直す。
口を開いたのはセシリアだった。
「ラウラ・リットナーさん。これまで、あまりお話しする機会に恵まれませんでしたが」
セシリアはリットナーが此方に現れた際に帰郷していたために学園には居らず。学園に戻って来てからも驚愕の事態に着いていけず、なんともなしに話す機会を逸してしまった。
故に互いに自己紹介程度はしても、こうして向き合って話すのは初めてだった。
「そうだな。私もそちらと話をして見たいと思っていたから丁度良いと思う」
穏やかな笑みを見せるリットナーの言葉にセシリアは目を見開く。
周りの言葉から自分たちの知るラウラとは別の存在だとある程度理解していたつもりだが、やはり直接話すと違和感がスゴい。
あのラウラ・ボーデヴィッヒが何かの違いでこうまで変わるのかと。
学園に転入してきたばかりの頃を知るセシリアはそのギャップに戸惑っていた。
だが、それを表面に出さずに会話を続ける。
「しかし、平行世界ですか……未だに半信半疑ですわ」
「私自身、この状況に戸惑っている。早急に帰らなければと思うのだが全く手立てがない」
セシリアの言葉に苦笑して返すリットナー。
彼女自身、今の環境がいや、と言う訳ではなく、向こうに家族が居るからだ。
その言葉にう~ん、と一夏が口を挟んだ。
「でも、ちょっと勿体無いな。せっかく出会えたのに」
「ありがとう。でもやっぱり私の居場所はあそこだから。それに、このままずっとIS学園に世話になれる訳でもないだろう?」
リットナーは生徒ではない。
あくまでも予定のない来訪者に過ぎないのだ。
「だったら転入試験を受ければ良いのではないか? IS学園は特殊だが、そちらの事情を考慮して受けることもできるのではないか?」
箒の質問にリットナーは首を横に振る。
「私はISに関わるつもりはない。そんな私がIS学園に居続ける訳にもいかないだろ」
思えば、リットナーはISに乗ることを避けているようだった。
何度か訓練機を借りて練習に参加してみないかと誘ったことがあったが、リットナーは困ったような態度で、しかしはっきりと拒否していた。
リットナーの答えに納得出来ないのか、鈴音がふん、と鼻を鳴らし、挑発気味に質問する。
「ISに関わらない、ね……でもそれって軍を辞めさせられたからなし崩しに、でしょ?」
「おい鈴」
喧嘩を売ってるような鈴音の態度に一夏が嗜める。
しかしリットナーは気にした様子もなく答える。
「うん。きっかけはそうだが。私自身、今の生活でいろいろな人と触れあい、軍という縛りが失くなり、視界が拓けたような気がするんだ。だからこれからは、自分がやりたいことや成りたいもの。在りたい自分を探していきたい」
自然体のままに返したリットナーに僅かな沈黙が訪れる。
そんな中で本音がリットナーの頭に横から抱きついた。
「リットンはえらいねー」
「コラやめろ。つゆが溢れるだろ」
窘められても止めようとせず、うりうり~と抱きついたまま頭を撫で続ける。
その際に、本音の胸がリットナーの顔に当たっているのを見て、一夏が顔を赤くし、内心羨ましいと思ってしまうのは男の性か。
その様子に周りが白い目を向ける。
一夏もそれに気付いて慌てて弁明する。
「ち、違うんだ! ちょっと羨ましいなんて思って……はっ!?」
口から失言が漏れたことを悟り、口を押さえる。
しかし遅かった。
「白昼堂々セクハラ宣言とは良い度胸だ一夏」
「なに! 胸の脂肪がそんなに良いわけ!!」
「ホホホ。あまり女性の体を見るのは紳士としてどうかと思いますわよ?」
「一夏……私にもあまり他の女に鼻を伸ばすようなら、覚悟は出来ているのだろうな?」
たじろぎ一夏。ちなみにシャルロットは不機嫌そうに残りのソバを啜っている。
そしてこの場に空気を読まず爆弾を投下する者が2名。
「ふむ。やはり男には本音のような豊満な体型の女が好まれるのだろうな」
「え~? リットンみたいな小柄な子が好きだって人もいるよー?」
自分の慎ましい胸に手を当ててそう漏らすリットナーに本音が返す。そして、本音の爆弾はここからだ
「おりむーはどう思うー?」
「えぇっ!? 俺ぇ!!」
なんでここで俺に振んの!? と逃げたくなるのを抑えて思考をフルスロットルさせる。
ここで周りを怒らせず尚且つリットナーに不快な思いをさせない回答をしなければならない。
冷や汗をだらだらと流しながらどうにか口を動かした。
「お、俺は、リットナーさんみたいな娘も魅力的だと、思うよ……」
どうにかそれだけ搾り出す。
すると、リットナーは照れたように肩を小さくする。
「う、ん……そうか? ありがとう。世辞でも嬉しい」
その反応がちょっと意外で、一夏も照れ臭くなり頭を掻いて顔を背けた。
『うーう、う、う……』
その様子を歯軋りするような顔で見る専用機持ちたちだった。
本音は終始楽しそうにニコニコとしている。
一夏とシャルロットが食器を片付けている間、残った6人には険悪、とまではいかないが、ギクシャクとした様子で座っていた。
その雰囲気に耐えかねたのか、箒が話始めた。
「リットナー。お前は、一夏のことをその……どう思う?」
「一夏か? 善い
「な、ならもしかして貴女も一夏さんを……!」
「私に恋愛なんてモノは解らないさ。知識としてはともかく、実感がまるで湧かん」
相手に嫌われたくないとは思っても自分のモノにしたいと執着したいとは思えない。だからその感情と戦っている彼女らの必死さを時に羨ましいと思うのだ。
そこで洗い物を終えた一夏とシャルロットが戻って来た。
「なんか俺の名前が出てた気がするんだけど……」
「べ、別に何でもないわよ!」
鈴音が焦った口調で言い返す。
それから鈴音が持ってきた幾つかのボードゲームを皆で遊んでいると千冬が帰って来た。
「なんだ。今日は客が多いな……」
呆れたように呟く千冬。
帰ってきたら7人も客が居れば驚くだろう。
「織斑せんせーお邪魔してまーす!」
「お邪魔してます」
平然と千冬に挨拶する本音とリットナー2人の胆力を皆は内心羨ましいと思った。
「おかえり、千冬姉。昼がまだなら何か用意するけど?」
「もう夕方だぞ。さすがに食べたさ」
「そっか。なら飲み物はどうする? お茶を飲むなら用意するけど」
「そうだな……いや、いい。すぐにまた出る」
帰って来たばかりだというのにすぐに出ようとする千冬に一夏は首を傾げた。
「なんだよ。まだ仕事が残ってるのか?」
「あぁ。夜も外で済ませてくるから必要ない」
「そっか。なら、新しいスーツ。秋物とかのさ。千冬姉のバッグに入ってるから」
「わかった」
退散するように自分の部屋に向かう千冬。それを見てリットナーは僅かに眉間に皺を寄せた。
「どうやら気を使わせてしまったようだな」
「だねー」
これだけ生徒が居る中で教師である自分が居ると純粋に楽しめないと思ったのだろう。
それはそれで織斑家の家族団欒を邪魔したようで悪い気がした。
部屋から出た千冬が念のために釘を刺す。
「夜まで居るのは構わんが、泊めるなよ。布団がないからな」
「分かってるよ、千冬姉」
さすがに一夏もこの人数の女子を泊める気はないらしく、苦笑しながら返す。
スーツ姿で出ていく千冬を見送り、一夏がこれからどうするか訊く。
「どうする? 夜まで居るなら、夕食も準備するけど。でもその前に買い物に行かないとなぁ」
「なら、今日の夕飯はボク達で用意するのはどうかな? お昼は一夏が用意してくれたし。キッチン使っていいなら」
「ん。そうだな嫁にばかり働かせるのは悪い。料理は私も参加しよう。軍ではローテーションを組んで料理することもある。期待しててくれ」
シャルロットの提案にボーデヴィッヒが腰に手を当てて賛同する。
「そうだな。ならば、私も腕を振るわせてもらおう」
「そうね! 面白そうだし、私の腕を見せてあげるわ!」
「ふむ。なら、私も作ろう。簡単なもので良ければ、だが」
箒、鈴音、リットナーが料理側に立候補する。
最後にセシリアが自信満々なポーズで宣言をする。
「ならば、私も参加させて────」
「却下」
しかし、鈴音の一言の下で否定された。
「な、何故ですの!?」
「いや、流石に6人以上で調理するとキッチンが手狭すぎるし? アンタが1番料理慣れしてなさそうだから」
ここでアンタが料理下手だからと言わないのが彼女なりの優しさである。
多少味や出来が悪くとも笑い話で済むが、セシリアの調理能力は笑い話では済まない。
わざわざ場の空気を微妙にする必要はない。これがベターな選択なのだ。
「そうだよセシリア。今回はボク達に任せて、ね?」
シャルロットの後押しもあり、ぐぬぬと歯噛みしながらも、料理に不慣れなことを認める。
「仕方ありませんわね。ですが次は必ず私の料理で驚かせて差し上げます!」
(いや、確かに驚くだろうが。悪い意味で)
セシリアの料理の腕を知っている箒は胸を撫で下ろした。
その会話中に一夏と本音は
「ちなみにのほほんさん、料理は?」
「私は食べるの専門だよー」
「はは。ですよねー」
などと呑気に話していた。
皆で買い物を済ませて5人の少女が料理をしていた。
ちなみにメニューは箒がカレイの煮付け。
鈴音が肉じゃが。
シャルロットが鶏の唐揚げ。
ボーデヴィッヒがおでん。
リットナーがハンバーグである。
なるべくご飯に合いそうな物を、という選択だ。
「リットナーさんのハンバーグはドイツ風?」
「いや、確かにフレデレカという似た料理は在るが、日本の舌に合うか判らないからな。今回はIS学園で食べたトマトソースのハンバーグだ」
小さく形を整えて人数分のハンバーグのタネを用意する。
隣でサバイバルナイフを使い、食材を切っているボーデヴィッヒに問いかける。
「ボーデヴィッヒは何を作るんだ?」
「おでんだ」
タンッと大根を切るボーデヴィッヒ。
「それって冬の料理なんじゃ……」
「そうなのか?」
おでんを知らなかったリットナーはシャルロットの言葉に疑問を口にする。
「そうだが、別に夏に食べられない物という訳でもない。この間、テレビでやっていたからな。作って見ようと思った」
次々と食材を切っていくボーデヴィッヒ。
それをチラチラと見ながら一夏は楽しみやら怖いやらの思いでセシリアや本音と話しながら待っていた。
5人が料理を完成させ、食卓に並べると一夏が嬉しそうしている。
「自分の家で料理を待つって経験なかったけど結構腹が減るのな」
「おー! みんなおいしそうー」
並べられた料理を見ながら待ち遠しそうにしている。
こうして色々な料理を並べるとちょっとしたパーティー気分だった。
それぞれ飲み物を注いで席に着く。
「いただきます」
一夏はまず、1番信用出来るシャルロットの唐揚げから食べる。
「お! 美味いな、これ。大根おろし使ってるのか?」
「うん。前に一夏が言ってたから作ってみたくて」
美味い美味いと言われて嬉しそうに頬を赤くして照れている。
他の料理もこれと言って騒ぐほどの失敗作もなく、それぞれ食事を楽しむ。
そんな中でボーデヴィッヒとリットナーが話している。
「このおでん、美味いな。後で作り方を教えてもらっていいか?」
「それは、構わないが……」
どうやらボーデヴィッヒ製おでんが気に入ったらしく、レシピを聞いていた。
リットナーの反応に戸惑うようにボーデヴィッヒが反応する。
それを見ていた周りは微笑ましい光景として映った。
(こうして見ると、やっぱり姉妹みたいだよね)
(性格も異なるからなおのことな)
だからこそ、この光景がやがて失われてしまうことを惜しく思う。
そしてそれは、もう目前まで迫っていた。
夕食を終え、そろそろ女子たちは学園に帰ろうということになった。
「今日はありがとうな。夕食、美味かったよ」
「今度は、私の手料理で舌を唸らせて見せますわ!」
「あ、あぁ。タノシミダナー」
セシリアの宣言に一夏が棒読みで答えた。本人はそれに気づかなかったことが幸せなのか。
「帰ろう、ボーデヴィッヒ」
「っ!?」
リットナーがボーデヴィッヒの手を取ろうとすると、反射的にその手を払った。
それに驚いた表情を見せる。リットナーだけでなく、この場にいる全員が。
「ラウラ……?」
一夏がボーデヴィッヒを呼ぶが、それに反応せずに、険しい表情を浮かべている。
「リットナー……私は、お前が嫌いだ……」
「……」
どうして今、こんなことを告げたのか、ボーデヴィッヒにも理解できていない。しかし、今言わなければいけないような気がした。これが、最後の機会だと。
「私と同じ姿で周りに馴染んでいく貴様が。今日、一夏から家に招かれた貴様が。私は、気に食わない」
それは自分と同じ姿の存在に居場所を侵食される不快感。
別の可能性。
それが、こんなにも穏やかに普通の少女のような表情を浮かべて居ることが、ラウラ・ボーデヴィッヒには理解できない。
「どうしてあの時、散々貴様を否定した私に、こうも好意的に接してくる? 何故あの時に、私に礼など告げて消えた?」
それは最初にリットナーになる前に、この世界のボーデヴィッヒに会ったときに言った。
『ありがとう、私を否定してくれて』と。
その言葉の意味を理解できず、リットナーを見る度に気持ち悪さが常にあった。
どうして、自分を否定する言葉に、安堵した表情をしたのか。
「私は、ずっと不安だった」
ポツリとリットナーが口を開く。
「軍から除名され、おばあちゃんに拾われ、
15年積み重なった自分を変えることが出来るのかと。
「そんなときに、あの日、お前が私を腑抜けた顔と言ってくれて。軍人だった私を否定してくれて。ようやく私は、ISと軍人である自分に区切りを着けることができた」
あの出会いがなければ、今もその狭間で苦悩していたかもしれない。
それを断ち切ってくれたのはボーデヴィッヒだったのだ。
「だから、お前には感謝している。ありがとう。お前のおかげで、私は普通に近づくことができた」
飾りっ毛なく心からの言葉をもう1人の自分に送る。
その言葉に震えるようにボーデヴィッヒが搾り出す。
「私は、どこかで貴様を羨んでいた」
力を絶対視しなくなり、IS学園でなりたい自分を見つけようとしている。
目の前の女が、まさにそうなのではないかと。
自分がなりたい理想を見せつけられているようで。
「何より、一夏が、私といるときより安心した表情を貴様と居るときに見せるのが堪らなく悔しかった」
織斑一夏はラウラ・ボーデヴィッヒにとって軸だ。それが違う自分に安心した顔を見せれば、胸を締め付けられる。
まるで今の自分を否定されているようで。
「私とお前は既に別の存在だ。ボーデヴィッヒが
「……!?」
キッパリと断言するリットナーにボーデヴィッヒの顔が歪む。
「でも、成りたい自分に変わることはきっとできるさ」
それまでに迷うことや戸惑うことほたくさんあるだろう。傷つくこともあるかもしれない。
それでも、変わっていけるのだ。
少し前の自分がそうだったように。
望むのなら、きっと。
「あ────」
リットナーがボーデヴィッヒの手に触れようとする。
今度は払わずに手を取ろうとする。
────すると、その手が、まるで幽霊のように透けた。
「な、なんだ!?」
突然体が文字通り透けたリットナーに箒が驚きの声を出す。
自分の手の平を見つめ、リットナーは理解した。
「そうか。時間切れなのか……」
前と同じ様に、これからきっと元の場所に戻るのだろう。
安堵したような。残念な気持ちになりながらリットナーは周りに告げる。
「すまない。お別れのようだ」
「リットン……」
この中で1番一緒にいた本音が寂しげに愛称を呼ぶ。
リットナーも世話になったと頭を下げた。
そこでボーデヴィッヒの脚に光が発生しているのに気付く。
スカートを上げると、そこには待機状態のラウラのISが光っていた。
まるで消えようとするリットナーに呼応するように。
「もしかして、私をこちらに呼んだのは、お前なのか?」
どうして、そう思ったのか。ただ、なんとなくボーデヴィッヒのISがこの別れを惜しんでいるように感じた。
「……ありがとう。おかげで良い時間を過ごさせてもらった」
どうして、どうやってなどはどうでもいい。ただ、この1ヶ月近くの時間は間違いなく楽しい日々だった。
この時間に過ごした思い出が、宝物と呼べるほどに。
周りは、突然のことにどう反応すれば良いのかわからない様子だ。
もう、会うことはないだろう。
こんな奇跡は、そう何度も起きないと思うのが普通だ。
それでも、僅かな可能性があるのなら、ここで言うべきはさよならではなく────。
「それじゃあ、いつかまた」
まるで友人の家から帰り、明日会うような気軽さでラウラ・リットナーはその場から姿を消した。
「う、うーん……」
目が覚めると知らない天井と鼻につく薬品の臭い。
「こ、こは……?」
見るからに病室。窓から射し込む光がやけに眩しくて目を細めた。
体を動かすとやたら硬い。まるで長いこと動かしていないようだった。
ゆっくりと起き上がると病室のドアが開いた。
入ってきたのは、友人であるモニカとアデーレだった。
「や、やぁ……?」
ぎこちなく腕を上げて挨拶する。
するとモニカの目からぶわっと涙が溢れた。
「ラウラァアアアアァアアッ!?」
「ぐおっ!?」
モニカが力一杯に抱きついてきた。
「すっごく! すっごく心配したんだよぉ! ラウラァ!」
「と、とにかく痛いから放せ! 大丈夫だから!」
「何が大丈夫なモノですか! 1週間も昏睡状態だったんですよ!!」
目尻に涙を溜めてそう告げるアデーレ。彼女にも相当心配かけたらしい。
「1、週間……?」
「覚えてないの? 学校で具合悪そうにしてて。声をかけても大丈夫だ、としか言わないしぃ! それで、移動教室になって立ち上がった瞬間に糸が切れたみたいにバッタンッて泡吹いて倒れたんだからぁ!!」
向こうでは1ヶ月近い時間もこちらでは1週間程度しか経ってないらしい。
それとも、やはりアレも夢だったのだろうか?
不思議なものだ、と思っていると、手に何か握られていることに気付く。
握られていたのは1枚の紙だった。
それは、向こうでメモした、ボーデヴィッヒ製おでんの作り方。
「なにこれ? レシピ?」
紙を覗きこんだモニカが不思議そうにそれを見る。
その紙こそが、ラウラが向こうにいた確かな証拠だった。
暖かい気持ちのまま紙を胸に当てる。
「そうか。夢では、なかったか……」
モニカとアデーレが不思議そうにしていると次の来客が来た。
「良かった。目が覚めたのね」
来たのは、ラウラ・リットナーのおばあちゃんだった。
「ただいま、おばあちゃん」
ラウラは確かに自分の世界へと戻ったのだ。
「そう。帰っちゃったんだ……」
「うん……ちょっと寂しいね……」
本音からラウラ・リットナーが元の世界へと帰還した聞き、簪は俯く。
結局、彼女の期待に答えることは出来なかった。
ラウラ・リットナーが消えた。それは簪に、時間は有限だと教えているようだと思った。
いつまで自分はこうして打鉄弍式を製作することが許されるだろう。
いや、それ以前に、このままで良いのかと思う。
今年。このIS学園で様々な事件が起こった。
無人機の襲撃。ダックマッチでのIS暴走。そして臨海学校での軍用機との死闘。
それら全てに簪は何も出来なかった。
自分の機体が完成してないから。
だがこれからも、それを甘えにして良いのだろうか?
もしも自分が参加していたら、これまでの事件で被害を少しでも抑えられただろうか?
これから起きる事件で、自分が居ないことで、何らかの被害が広がるなら────。
それは、怖い想像だった。
しかし無視しても良い想像でもなかったか。
更識簪は、日本の代表候補生なのだから。
それでも、まだ見知らぬ誰かに頼ることは怖くて。
「ねぇ、本音……」
「んー。なぁにー? かんちゃん」
「もし私が、打鉄弍式の開発を手伝ってってお願いしたら、本音は手伝ってくれる、かな?」
今さら都合の良い言葉だった。
散々拒否したくせに今になって。
だが、本音はパァッと花丸な笑顔をする。
「もっちろんだよかんちゃん! 何をすればいいかなー?」
ブンブンと手を握って上下に振ってくる本音。
それに戸惑いながらも簪は小さく笑みを浮かべた。
これを機に、簪はIS知識のある先輩の助言を乞うなどして今までの遅れを取り戻すように打鉄弍式を組み上げていった。
そしてそれは、学園祭より目前で日の目を見ることになる。
初めて打鉄弍式で空を飛んだ簪。
しかし、そこに自分に発破をかけてくれた少女が居ないことが残念でならなかった。
ラウラ・ボーデヴィッヒは待機状態のISを撫でていた。
「まったく。どういうつもりかは知らないが、私はそんなにも頼りない主だったか?」
言葉とは裏腹にラウラの手つきは親愛に満ちたモノだった。まるであの出会いに感謝するように。
そこでシャルロットがラウラに話しかける。
「何もかも突然で。お別れも満足に言えなかったね」
イレギュラーでしかない筈の少女。
しかし身近にいた存在が居なくなり、寂しさを感じるのは当然だろう。
だが、ラウラは諦めていなかった。
「なに。奴はまた、と言ったんだ。そのうち、会う機会もあるかもしれん。いや、むしろこちらから会いに行く。あんな醜態を晒して別れたままでは、みっともないからな!」
ラウラの言葉にシャルロットはクスリと笑った。
「そうだね。それにボクたちのことばかりじゃなくて、リットナーさんの周りの人たちも見てみたいよね。特に彼女の保護者のおばあさん」
「うむ」
あそこまでリットナーを変えた人だ。いつか会ってみたい。
そうして寮を歩いていると、部屋の前で一夏と箒が言い争っていた。
「だ、だからちゃんとノックしただろ!?」
「ノックをしても中から返事を待たずに入る奴があるかぁ!」
「いや、だって鍵が開いてたからつい……」
箒が制服で自分の体を隠しているところを見ると、どうやら着替え中に入ってしまったらしい。
またやってるよ、と、言わんばかりのシャルロットの表情。
見ると、箒が一夏に平手打ちをするが、それを避けようと動く。
そこで無意味に動かした手が狙ったかのように箒の胸を鷲掴みにした。
「あ……」
マズイと汗を滝のように流す一夏。
プルプル震えていた箒の手にはいつの間にか木刀が握られていた。
「天誅────!!」
鋭い一撃が一夏の脳天めがけて襲いかかる。
だが、ガキン、と、いう金属音に阻まれ、箒の攻撃は防がれた。
ラウラが部分展開したISの腕で、箒の木刀を防いだのだ。
尻餅をつく一夏。
「た、助かったよラウラ。ありがとう」
「まったく。嫁が夫の部屋より先に別の女のところに顔を出すとは何事だ!」
怒った顔で見下ろしてくるラウラ。
一夏はもしかしたら今度はラウラに攻撃されるのかと逃げる用意をする。
しかし、ラウラは部分展開していたISを解除し、仕方ないと息を吐く。
「だが、嫁の間違いを許し、正すのは夫の務めか」
「ラウラ……怒ってないのか?」
「怒ってはいる。しかし、もう暴力に頼るのは止めようと思う。一夏に嫌われたくないからな!」
宣言するように一夏を指差す。
「どうやら私は一夏を嫁にするに辺り、まだ色々なものが不足していたらしい。だから、これからはそれらを身に付け、一夏を本当の意味で惚れさせて見せるぞ!」
足りないものがあるなら学び、成長すれば良い。
成りたい自分があるなら変わっていけば良い。
少しずつ焦らずに。
ラウラは一夏の手を引く。
「行くぞ、一夏。1時限目は織斑先生の授業だからな! しっかり朝食を食べて遅れぬようにせねば!」
もう1人の自分との出会いは確かにラウラ・ボーデヴィッヒの中で大きなきっかけとなっていた。
おまけ
「なんだよ、千冬姉。呼び出したりしてっ!?」
「織斑先生だ。馬鹿者」
出席簿で叩かれた頭を押さえる一夏。
千冬は一夏に小包を渡す。
「外出中に来ていたお前宛の荷物だ。受け取れ」
「荷物? 誰から?」
一夏の質問に千冬は意味ありげな笑みを浮かべた。
「ドイツのあの娘からだ」
「え!?」
中を確認するとアルミ製の箱。中身はクッキーだった。
手紙には以前貰った和菓子が大変美味しく頂けたのでそのお礼にと添えられていた。
「良かったな、一夏」
「あ、あぁ」
上機嫌で大事そうにクッキーの入ったアルミ缶の箱を抱えた一夏が多数の学園生徒に目撃され、様々な噂が流れてちょっとした騒ぎになるのだが、今の彼には与り知れないことである。
リットナーを呼んだのはボーデヴィッヒのIS。彼女は冬木に喚ばれた佐々木小次郎に近い状態で原作世界に留まっていたと思ってください。無茶苦茶なのは承知ですが納得してください。お願いします。