学年も1つ上がり、ラウラ・リットナーも高校生活2年目になって少し経った頃。
あることに気付いたのは下級生の女子生徒が荷物を落として散りばめたのを見てしまったのがきっかけだった。
慌てて散らばった荷物を拾う少女。
それに気付いたラウラは散らばってしまった荷物を拾うのを手伝う。
幸いにしてそれほど散らばった量は多くはないので、ラウラの両手で拾った分と合わせて全部だった。
「大丈夫か?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げる後輩の少女。
眼鏡をかけたラウラ程ではないが、小柄なショートカットの女の子で如何にも気の弱そうな雰囲気。
その人物が落とした持ち物を受け取ってラウラの顔に視線を合わせた。
すると驚いたように瞬きする。
「ラウラ・リットナー……先輩?」
確かめるように呟く少女にラウラは疑問に思いながらも肯定した。
「あ、あぁ。すまないがどこかで会ったことが────」
「す、すみませんでした!?」
「は?」
数回頭を下げた少女はそのまま視線を合わせる事なく反対方向へ向いて逃げるように駆け足で去っていった。
「んん?」
何故あんな態度を取られたのか理解できずにラウラは考え込み、首を横に倒した。
オープンカフェで店員に飲み物を注文した後にラウラは親友であるモニカとアデーレに躊躇いがち相談した。
「その……もしかして私は下級生に嫌われているのだろうか?」
「は?」
「え? いまさら?」
ラウラの質問にアデーレは何を言ってるんですか? と質問の意図を理解しかねると眉を寄せ、モニカは今まで気付いてなかったの? と口が動いていた。
そのモニカの反応にラウラは質問を重ねる。
「いや待て! 私何かしてしまったか? これまで下の学年と接する機会なんてなかったぞ! というか、下級生だけじゃなくて上や同学年の者も一部からも避けられているような気もするのだが!」
あの眼鏡の後輩の件から少し回りを観察したが、下級生を中心にどうにも嫌われているというより、怖れられているような気がする。
もちろんラウラにそんな態度を取られるような事をした覚えはない。
なにか知っているなら教えてくれ、と訴えてくるラウラにモニカは困ったように答える。
「えっとね、ラウラ。クレーマー先輩って覚えてる?」
「………………あんな強烈な人をポンと忘れられるほど私の記憶力は低くない」
「だよね」
リア・クレーマー。
どういうわけかラウラに執心し、ストーカーや監禁。はたまたアデーレの兄をラウラと親しくしたからという理由で爆殺しようとした女性。
何と言うか、持てる才能を盛大に間違えた人物としてラウラに一種のトラウマを植え付けた先輩だった人だ。
今は両親に暴行を加えた件を含めて裁判中と聞いている。それ以上の事は知らないし、知りたくもない。
「それでね。あの先輩が学校を辞めたり、捕まったのはラウラがあの人に酷いことをしたからだって噂が流れてて……」
「なんですかそれは!?」
反応したのはラウラではなくアデーレだった。ラウラも目が点になって固まっている。
アデーレからすれば兄に危害を加えた許しがたい人物として記憶している。
被害者であるこちらが何故加害者のように言われてるのか。
モニカがアデーレを宥めつつ話を続ける。
「あの先輩、あれで卒業生や今の上級生に人気があったし、お世話になった人とかも居たし。優等生で通ってたからね。事件を起こしたって事が信じられなくてそういう風に変な噂を流してる人がいるみたい。それが新入生の間に広がってるみたいで」
届いた飲み物を一口飲んでモニカが少しばかり呆れたように息を吐く。
「まぁ、実際にラウラ悪くないんだし。普段通りしてれば噂も消えるんじゃないかな?」
「……他人事みたいに言いますね」
「こういうのって自分から動くと勘繰る人も出るんじゃない? それにラウラを見てれば誤解だって分かってもらえると思うし」
楽観的に言うモニカにアデーレは不満そうに唇を尖らせ、ラウラは項垂れるように視線を手元のコーヒーカップの中の黒い液体に落とした。
「いや、ダメだろう……」
「う~、うーうー!」
「いや、そんな風に唸ってもなぁ……」
「ごめんね、お姉ちゃん……」
ラウラの保護者の義祖母と関わりのある施設。
目の前で駄々をこねている子供にラウラと施設の院長や年長組は困ったように難しい表情をしている。
問題になっているのは、年少組が抱えている猫である。
それなりに年を取ってそうな猫。
それを子供たちが拾ってきた、のではなく追いかけ回して捕まえたというのが真相らしい。
年長組であり、ラウラと特に親しいアニータが諭すように話す。
「この猫、首輪してるじゃない。飼い猫でしょ。放してあげなさいよ」
猫は毛並みも手入れされていて健康的なことから捨て猫と言う線低いと思われる。
そもそも飼おうにもこの施設はペット禁止である。
これは施設がペットを飼えないほど貧窮しているからでは勿論なく、いつ子供たちは何らかの理由でここを出るのか分からないのに、動物を飼うと言うのが好ましくないからである。
援助で成り立っている施設にいきなりペットを飼う予算を組み込む訳にもいかないという理由もある。
何より飼い猫。飼い主も今頃心配しているだろう。
「でも~! この子が家に帰れるか心配だし……」
それでも意固地になった子供を説得するのは容易ではなかった。
だが、確かにそのまま家に帰れず車にでも轢かれたら後味は悪いのも事実。
腕を組んで考えていたラウラが仕方ないと子供から猫を取り上げる。
「分かった。少しの間、私が面倒を見よう」
「え!?」
「良いのかい?」
院長の質問にラウラはえぇ、と頷く。
「以前、おばあちゃんに動物を飼ってみないかと訊かれた事がありますので。数日程度なら問題ないかと。迷い猫のポスターを作って貼ればすぐに飼い主も見つかると思いますし」
「そうだね。じゃあ写真を撮って、ポスターはこっちで作るよ」
「お願いします」
ラウラが頭を下げた。
だが、そのポスターを作る作業はすぐに無駄になることになる。
マーヤという名の少女は夜の町をキョロキョロと見渡しながら歩いていた。
「どこいっちゃったのかな……」
困ったように飼い猫を探して町を探し回る。
今日学校から帰ってきたら飼っている猫が居らず、夜になっても帰ってこないので探しに出たのだ。
しかし、全然見つからずに不安になる。
小さい頃から飼っている家族同然の猫だ。何かあったらと思うと胸が痛くなる。
どうしようと内心焦り始め、動作もおろおろとしていると、見知った人が見えた。
人形めいた整った顔立ちに年上とは思えない小柄な体格。
目立つ長い銀の髪に金と赤のオッドアイ。
無表情で歩くその姿はどこか氷のような印象を与える。
先日、荷物を散りばめてしまい、拾うのを手伝ってくれたのに逃げるように去っていってしまった相手だ。
「あ!」
そこでその腕に見覚えのある猫が居た。
似た猫ということはない。
首に付けている首輪は自分がおこづかいで買って付けてあげた物だ。間違えようがない。
思わず、名前を呼ぶと抱きかかえられている猫もこちらに気付いて腕から降り、こちらに向かってくる。
マーヤが抱き上げるとさっきまで抱いていた先輩であるラウラ・リットナーが近づいてくる。
「その猫はお前の飼い猫か?」
「はい。そう、です……」
向こうもこちらに気付いたのだろう。一瞬瞬きをして質問する。
もしかしたらこの前の件でなにか言われるのではないか萎縮していたが、その反応はマーヤが想像していたものではなかった。
「そうか……見つかって良かった」
安堵したように柔らかく微笑むラウラ。
その様子にマーヤはアレ、と疑問に思う。
彼女には3つ年上の幼馴染みが居り、ラウラ・リットナーの事はその人から聞いていた。
その幼馴染みの友人が突如学校を退学になり、それが目の前の先輩の所為だとも聞かされていた。
友人がラウラに陥れられて学校を辞めてしまったと苦い表情で言い。
つい最近、大学生程の男性と2人で食事を取っていた。きっと男遊びをしているに違いないだの。
そういう中傷混じりの愚痴に辟易しながらも、ラウラに対する悪印象が刷り込まれてしまっていた。
「あの……猫好きなんですか?」
「ん? どうだろうな。嫌いではないと思うが、動物と接する機会は多くなかったので何とも言えん」
はぐらかす様子はなく本当に分からないのだろう。
だが、猫を撫でる姿はとても優し気だ。
その姿にマーヤは少しずつ警戒心が解れていく。
「その、この子は……子供の頃に親に無理を言って買ってもらって……それからずっと一緒に育った大事な子なんです」
「……そうか。なら本当に早く返せて良かった」
その時に見せてくれた笑顔をマーヤはとても暖かいと思った。
「リットナー先輩!」
下校時に呼び止められてラウラは緊張した様子で現れたマーヤを見る。
「あぁ、昨日の」
「はい。その事は本当にありがとうございました」
「いや、まぁ……見つけたのは別の者だから」
子供達が追いかけ回して捕まえた事は敢えて伏せる。
マーヤは少しだけ言いづらそうにしていたが頭を下げて謝罪をする。
「あの時は本当にすみませんでした。逃げるようなことをしちゃって」
マーヤの謝罪にラウラは気にしていないと手を振る。
「あれから、先輩の良くない噂とか、全部嘘だって分かって……だから」
マーヤは鞄から小さな小包を取り出して渡してくる。
「お礼と、お詫びに……」
受け取ってくれるのか不安そうに瞳を揺らす少女。
ラウラは特に警戒することなくその包みを受け取った。
「ありがとう。ありがたく頂こう」
そう言うと、もう一度お礼を言うするマーヤ。
「あ! わたし、マーヤ・レーハルって言います!」
「ラウラ・リットナーだ。よろしく、マーヤ」
手を差し出すとマーヤは嬉しそうにその手を力弱く握った。
マーヤが去っていった後に隣に居た、モニカが胸を張る。
「ほら。ラウラなら自然体でいれば誤解が解けるでしょ?」
結果的にそうなのだが、ドヤ顔の彼女に何故か認める素振りをすることに抵抗を覚えた。
かといって否定するのも違う気がして沈黙する。
「そのクッキーおいしそう。1枚貰っていい?」
「良いわけないだろ」
ラウラの即答にモニカはちぇーと唇を尖らせた。
「ねぇ、ラウラ」
「なんだ?」
「あの子みたいに、ちゃんと話せばラウラを好きになってくれる子。きっといっぱいいるよ。そうなってくれたらいいね」
「そうか?」
「そーだよ!」
いつも通りの明るい笑顔でモニカはラウラの手を引いた。