ラウラが軍隊をクビになった場合の話   作:赤いUFO

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今回はおばあちゃんメインで


天使を授かった意味

『散々自分の都合を押し付けてたくせに――――今更親ぶってんじゃねぇよっ、クソババァ!!』

 

 それが、娘の声から聞いた最後の言葉だった。

 もう会うことの出来ない、最初から最後まで向き合うことすらせずに永遠の別れになってしまった愛しい娘。

 ただ正しさを押し付けるのではなく、なにを思って生きているのかをどうして聞くことが出来なかったのか。

 

 

 

 

 

「それじゃあ先生。仕事に行ってくる」

 

「えぇ。行ってらっしゃい」

 

 数ヶ月前に引き取ったラウラ・ボーデヴィッヒという少女はこの頃良く笑うようになった。

 というよりは喜怒哀楽が表現できるようになったのが正確なのだろう。

 

「そろそろ暑くなってきたわね。ラウラ、脱水症状とかは大丈夫?」

 

「うん。店の中は冷房が効いてるし、私はこう見えて頑丈なんだ。少しのことなら問題ない」

 

 少しだけ自慢気に胸を張る少女に微笑ましく感じる。

 

「でも、そろそろ夏着も必要でしょう?今度買いに行きましょう。あの店なら店長さんが選んでくれるでしょう?」

 

 先生の提案にラウラが少しだけ及び腰になる。

 

「店長に選んでもらうとこう、異様にヒラヒラした服ばかり選ぶからなぁ」

 

 着飾るよりも動きやすさと利便性を重視するラウラはどうにも店長の服選びは異質に思えてしまうのだ。

 若干の苦手意識を顕にするラウラに苦笑する。

 

 先生は結局未だにラウラの過去を聞いていない。

 会話の節々から理解できるのはとても厳しい場所にいてそこから追い出されたということ。

 どういう生い立ちなのかは正確には判断できないが、普通とは違う人生を歩んできたんだろうということは理解した。

 少し思考をそちらに集中しているとラウラが心配そうにこちらを見ている。

 

「どうしたのかしら?」

 

「先生。今日は具合が悪いのか?朝食も進みが遅かったし。今も顔色が優れないように見えるのだが」

 

「そうかしら?そんなつもりはないのだけど」

 

 言われてみれば少し肌寒いように思える。

 そんな先生を心配してラウラが告げる。

 

「今日は、出来る限り早く帰れるようにする。だから安静にして居て欲しい」

 

「……そうね。大丈夫だと思うけど。念のために今日はゆっくりさせてもらうわ」

 

 自分を心配してくれる少女の気持ちが嬉しくて大人しく従うことにした。

 少し前に渡したハイスクールの入学願書に関して自室で真剣に考えている。まだ本当に通うかは決めかねているようだが、将来を考えれば学歴というのは一種信頼を得るためのアドバンテージになる。

 だから、自分の考えは間違っていない筈だ。

 

 ―――――あたしに、母さんたちの都合を押し付けないで!あたしは2人の人形じゃない!!

 

 そんな、いつか聞いた言葉が過ぎった。

 

「どうした?先生。やっぱり具合が……」

 

「そう、かもしれないわね。今日は大人しくしているから。ラウラはもう出かけた方が良いわ」

 

「うん。じゃあ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃんも大分仕事に慣れてきたんじゃない?」

 

「そうですか?」

 

 常連客の買った商品を丁重に袋詰めしているとその子連れの女性は笑顔で頷く。

 

「ここに入った頃はいつも表情が硬くて一生懸命だったけど、今は肩の力も随分抜けてるでしょう」

 

「き、気が抜けているように見えるのでしょうか」

 

 それはダメだなと気持ちを引き締めようとする。が、それは違うわ、と常連の女性は笑う。

 

「良い意味で緊張がほぐれているって話をしているの。ずっと気を張っていたら疲れてしまうもの。それに私たちと話すのも自然になってきたしね」

 

 そんな世間話をしていると手を繋いでいた男の子が退屈そうにママ早く~とゴネ始めた。

 

「はいはい。それじゃあラウラちゃん。また寄らせてもらうわ」

 

「はい。またのご来店をお待ちしてます」

 

 気さくな女性が店から出ると店の奥から店長が出て来た。

 

「確かにラウラちゃんもこの店に馴染んできたわよねぇ」

 

 作業が一段落したのか、少し疲れた様子で肩を回した店長が現れた。

 一通り肩や首を回し、伸びをする。

 

「最近じゃあ、ラウラちゃん目当てに男性客が訪れることも増えたのよ?この店、基本女性用が殆どなのに」

 

 一応店の端に男性用の服なども置いてあるが、スペースとしてはかなり小さい。

 男性客の殆どがオーダーメイド品を注文するのが大半だ。主に家族や恋人などのプレゼント用として。

 

「ねぇ、いっそのことあの服でうちの看板娘とかやらない?そうしたら売り上げがかなり伸びると思うのだけど」

 

「……勘弁してほしい」

 

 あの服というのは初めての給与の時に着せられた服だ。あの服で接客すれば必ず売り上げが伸びると店長は言う。

 売り上げに貢献したいという意思はあるがさすがにそれはどうだろうとも思い、断り続けているのだ。

 店長も本気で言っているわけではないらしく、もったいないわねぇとすぐに引っ込む。

 そしてすぐに話題を変えた。

 

「ラウラちゃん。今日から少しの間早めの時間に上がってくれる?そうしたらなるべく人通りの多い場所を通って帰ってほしいの」

 

「何かありましたか?」

 

「……ここ最近、近くで年齢問わずで女性が傷つけられる事件が多発してるの。ついこの間も駅の方で学生さんが数名の男性に暴行された事件があったでしょう。だからうちも少し早めに店を閉めた方がいいかなって」

 

「そういえば新聞やニュースでやってましたね」

 

 ISの登場から世界で女尊男卑の主張が静かに流行っていた。

 もちろんそうした考えを持つ者は少数派で、政治や企業のトップは男性が立っているのが主だし。そうした差別を持ち出す会社などは大手でも経営が悪い方に傾き始めている。

 先生はISという熱に浮かされているが、それも後数年もすれば冷めるだろうと予想していた。

 ラウラも軍でIS関係の部隊にいたが、整備士に多くの男性がいたし、彼らを性別だけで下に見るような愚か者はいなかった。そこら辺は上からも徹底されていたからだ。

 

「店長は、ISや女尊男卑の考えをどう思いますか?」

 

「そうねぇ。うちは女性客をターゲットにしてるけど、それは私が単に女の子を着飾らせるのが好きなだけだし。お客さんの中にはたまに男の人をこき使ってる女の人を見るけどやっぱりいい気分はしないわね。ISに関して言えば、夢はあると思うけど、私にとっては競技の一種目に過ぎないし。見てる分には楽しいくらいの印象ね」

 

 つまりは関わりがないからどう思うこともない、ということなのだろう。

 それもそうだ店長はこの店で根を下ろしている。そこにISなどが挟む余地はないのだ。

 そしてラウラにとっても既にISは昔は操縦したことがあるという程度のもので、それでなにかを為した訳でもない。

 

「うん、そうだな。きっともう私には関係ないんだ」

 

 何故かそう思うことに消沈するような感情はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店長にいつもより早く帰されたが先生のことが気がかりだったため正直に言えば助かった。

 早歩きで帰宅する。いつも通り照明が点いた家。

 

「ただいま……」

 

 そう言って家に上がると違和感を覚える。

 いつも出迎えてくれる先生が一向に現れないからだ。

 

(もしかして本当に体調を崩したのか?)

 

 心配になって先生の部屋にいこうとする。

 通り道のリビングに置いてある食事用のテーブル。

 その横の床に何故か皺のある手が見えた。

 

「え?」

 

 近づいてみると、そこには見覚えのある年配の女性が横たわっていた。

 それが誰か認識してラウラは心臓が止まりそうになった。

 

「先生っ!?」

 

 手にしていた鞄を落として急いでラウラは先生へと駆け寄った。

 体に触れると呼吸が確認でき、生きていることに安堵するが、その呼吸が荒く顔色が悪いことに気づいて焦りが生まれた。

 すぐに病院へと運ぼうと固定電話へと急ぐ。

 ボタンを押す指。呼び出しが応じる僅かな時間さえ長く感じる。

 

『どうなさいましたか?』

 

「あ……っ。先、生が家で倒れてて、動かないんだ……!」

 

 状態を正確に伝えようとすればするほど思考が絡まり、断片的な情報しか伝えられない。

 

『落ち着いてください。そちらの御住所を教えてください』

 

「じゅう所は――――」

 

 何とか住所を伝えると電話先の人物はすぐに向かいますのでお待ちくださいと電話を切った。

 それからラウラは救急車が訪れるまで、早く、早く、と頭の中で繰り返しながら先生の手を握って無事を祈り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 娘が出て行って数年。訃報を聞いた時の家族の反応は冷ややかなモノだった。

 死因は飲酒運転による事故。

 大量の酒を摂取してバイクを運転し、ガードレールに突っ込んで頭を地面に打ちつけて死亡したらしい。

 夫の反応は厄介者が居なくなったことへの安堵でありあの子の兄である息子も似たような反応だった。

 家に居ても互いに罵り合い、喧嘩になるか。たまに暴力を振るう。

 そういう風に育ってしまった娘に家族の情はもう持ち合せることが夫と息子には出来なかった。

 自分は、どうだっただろう?

 身内の義理として最低限の葬儀を済ませながら考える。

 どうして、こうなってしまったのかと。

 誰が悪かったのか。

 自分の思い通りに育たないことをなじり続けた夫か。

 妹に無関心だった息子か。

 それとも、夫の言い成りとなって娘と向き合わなかった自分か。

 きっとその全てがあの子の善良さを押し潰したのだと気付くのに何年かかったのか。

 

 あの子の姿が甦る。

 家を出て行った時の姿で、なじるでも歩み寄るでもなく、ただジッと自分を見つめ続ける。

 ただその姿が、どうしてあの時に自分を引き留めてくれなかったのかと責めているように思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 眼鏡がないためぼやけた視界に映る部屋は自分の見知った場所ではなかったが、大体何処にいるのか察することが出来た。

 

「病院、よね?」

 

 どうにも記憶があやふやだが、もしかして倒れたのだろうか?

 頭の中を整理していると病室のドアが開く。

 

 入ってきたのはラウラと医師だった。

 ラウラは起き上がっている先生を見るとその小さな体を震わせて赤と金の瞳から透明な雫が零れる。

 

「せ、先生っ!?もう起き上がって大丈夫なのか!」

 

 駆け寄って来たラウラの頭を撫でながらもう大丈夫よ、と答える。

 そこから医師の説明が始まった。

 急な暑さに身体がついていけずに風邪をこじらせていること。

 本来なら大したことはない筈だが年齢のために体力を落として意識を失ってしまったこと。

 もう一時間も放置されていたら命の危険に関わっていたと。

 

 それを聞き終えた先生はラウラに笑いかけた。

 

「ラウラには2回も命を救われてしまったわね。ありがとう」

 

「そんなことは良いんだ。先生が元気になってくれれば、それで……!」

 

 本当に心配したのだろう。その泣き跡と怯えるような表情がそれを物語っている。

 ラウラが落ち着きを取り戻すと飲み物を買ってくると病室を一旦離れた。

 それを確認した後に医師が微笑ましそうに笑う。

 

「居候という話ですが、とても良い子ですね。ずっと貴女を心配しておいででしたよ」

 

「えぇ。私には勿体ないくらいの」

 

「救急車が到着したときにあの子がなんと言っていたかご存知ですか?”おかあさんを助けて”だそうです」

 

 医師の言葉に先生はキョトンと瞬きさせた。

 

「血の繋がりはないそうですが、とても慕われていることは分かります」

 

「母というには歳が離れすぎていますがね」

 

 先生は苦笑しながらも嬉しそうに頬を緩めた。

 2つの飲み物を持ってラウラが戻ってくる。

 

「それでは今日は安静にしていてください。なにかあったらナースコールでお呼びください」

 

「はい。お手数をおかけします」

 

 医師が出て行くとラウラから飲み物を受け取る。

 

「心配、かけてしまったわね」

 

「……先生が、いなくなるかと思ったんだ」

 

 俯いているラウラの頭を撫でる。さらさらとした心地良い髪の感触が伝わってきた。

 

「ねぇ、ラウラ。少し聞いてほしい話があるの」

 

「うん?」

 

「今まで話してなかったけど、私にはね、娘もいたのよ」

 

 先生の言葉に驚いた表情を見せるラウラ。家族は息子夫婦だけと聞いていたのだからそれも当然だろう。

 

「私の夫はとても上昇志向の強い人でね。子供たちにもそれを押し付けてしまって。息子の方はその期待に応えられたけど、娘の方は応え続けることが出来なかった」

 

 夫は別段、子供を道具のように思っていたわけではない。

 ただ、将来より良い暮らしをして欲しくて必要以上に厳しく躾けていただけなのだ。

 しかし行き過ぎた親心は子供の心を圧迫して歪ませるには充分だったのだろう。

 期待に応えられなくなったことで不仲になり、娘が家に寄り付かなくなっていくには時間がかからなかった。

 

「素行の悪い子たちと一緒に居るようになって、家庭でもどんどん荒れて行って。夫が勘当したのは今のラウラと同じくらいの歳だったわ」

 

「……」

 

「それからしばらくして。あの子が事故で亡くなったと聞いて。後悔ばかりが生まれた」

 

 出来ないことを責める夫から娘を庇ってあげればよかった。

 親のペースを押し付けるのではなく、あの子に見合った生き方を考えてあげればよかった。

 そうすれば、もっと別の形で娘を幸せに出来たのではないかと今は思う。

 

「そんな後悔を長い間抱えて。そして、ラウラと出会った」

 

 僅かなお節介で一緒に暮らして、あの強盗が入ってきた日にラウラの話を聞いた時、自分はこの子に娘の代わりを求めたのだ。

 娘に出来なかったことをずっとやり直したくて。ラウラはとても都合の良い子供だった。

 そんな自分の醜い感情を認めたくはないが、そうなのだろうと思う。

 やり直したかった。

 自分が娘を死なせたという事実を無かったことにしたかったのだ。

 それがただの現実逃避だと知りながら目を逸らして。

 

 話を聞き終えたラウラは膝の上で拳を握った。

 

「私はきっと、先生に出会わなかったら碌なことにならなかった。身体を売ったり、暴力で生計を立てるような、そんなどうしようもない人間になっていたかもしれない。言葉にし切れないくらい感謝しているんだ。先生の娘の代わりだとか、そんなことはどうだっていいんだ。ただ、ただ私は、あの家に元気になった先生と2人で帰れれば、それだけで充分なんだ……!」

 

 だってまだ何も返せてない。

 これから自分がどう生きていくのかちゃんと見て欲しい。

 教えて欲しいこともたくさんある。

 

「まだ、傍に居て欲しいんだ……!」

 

 ラウラの本心に先生は目頭が熱くなった。

 

「そうね。私もラウラの成長がまだ見たいわ。学校に通った貴女を。就職したり、出来れば貴女の花嫁姿なんかも。だからまだ、あの子のところに逝くわけにはいかないモノね」

 

 そう言って、ラウラの頬に手を当てた。

 

「ラウラ。確かに最初は貴女を娘の代わりとして見ていたわ。でもね、貴女とあの子はすぐに重ならなくなったの。だって娘の代わりとして見るには貴女はとても善い子なんですもの」

 

 顔を赤くして先生から顔を逸らしたラウラはそんな事はないと口を動かす。

 

 

 家族を知らなかった少女と失った家族を求めていた老婆。

 それはどこか歪な関係だったのかもしれない。

 だが血の繋がりはなく、ずっと継ぎ接ぎだらけの関係だったとしても。

 互いに想い合い、一緒に過ごすことで継ぎ接ぎのまま、いつか本物へと変わる日が来るだろう。

 

 いつか。いつかきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これが今年最後の投稿。来年もよろしくお願いします。
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