――――まさか、私は
そんな考えを抱きながら誰か1人でも自分を認識できないかと校内を動き回る。
あの銃で自分は死んでしまったのだろう。それで何故かこんな場所で意識を覚醒させているかは不明だが。
「せめて、見知った場所で目が覚めて欲しかったな」
そんなことを思いながら頭を掻いていると周りが慌ただしく動いている。
「ねぇ!なんか専用機同士で模擬戦やってるんだけど、様子が変なの!!」
「この間転入してきたドイツの代表候補生の子がオルコットさんと鳳さんが喧嘩してて!」
などと話しているのを聞いてその少女たちについて行く形でラウラも現場に向かう。
ドイツの代表候補性という単語に興味を持ったのかもしれない。
とにかくここに居ても仕方ないため、後をつけるとそこにはISが模擬戦を行う場所と思しき場所で3機のISが戦闘をしていた。
青い機体と赤い機体。そして黒い機体が戦っている。
いや、戦っているという表現は適切ではない。
既に青と赤の機体はダメージが危険域にあり、最早戦闘を続ける状態ではない。
そんな2機を黒のISがさらに攻撃を加える。
ワイヤーで首を絞め、地に伏した者を足で踏み潰している。
しかしラウラはが注目したのは黒のISを纏う少女の顔だった。
「わ、たし……?」
黒のISを纏っているのは間違いなくラウラ・ボーデヴィッヒである。
自分の姿をした少女はもう無抵抗に近い相手を嬲って嗤っていた。
その顔が、直前で自分を撃った男と重なって気持ち悪い。
暴力に酔った人間の表情とはこうも醜悪に見えるのか。
それとも自分と同じ顔だからこそ余計にそう感じるのか。
「やめて、くれ……」
自分と同じ姿の少女が愉しそうに誰かに暴力を振るう。
その光景が恐ろしく、気持ち悪く感じてラウラは口元を押さえてその場から逃げるように去って行った。
全力でその場を逃げ出したラウラは膝を折り、廊下に額をつけて吐き気が治まるのを待った。
全身で呼吸するように肺を動かし、ゆっくりと呼吸を整える。
「なんだ、アレは……」
ISを自在を操り、他を圧倒する実力を持った自分。
それと引き換えるように暴力に心を委ねる。
まるで人として大切な何かを置き去りにしているような姿にアレは自分とは似ても似つかないと思いながらもあの姿に眼帯は間違いなく自分だと思ってしまう。
「私は、いったいどこに来たんだ……?」
壁を背に座り込むがその問いに答えられる者はいなかった。
ただここはイヤだと思い、立ち上がる。
「帰ら、ないと……きっと、先生は心配してる……」
ここに居たくない。先生に、会いたい。
その想いで動こうとするが、自分がもう誰にも認識されない存在なのだと思い返す。
そう思うと、何故か目頭が熱くなった。
「イヤだ、そんなのは嫌だ……!」
アニータたちの無事を確認していない。
店長に今度の新作を試着してくれと頼まれた。
先生と、学校へ行くと約束したのだ。
それがもう叶わないと思うと、膝から力が抜けていくのを感じる。
恐怖を抑え込むように自らを抱きしめるラウラ。
少しの間そうしていると後ろから人の気配を感じた。
振り向くとそこには自分と全く同じ容姿をした少女が立っていた。
その少女はラウラに視線を向けると驚いたように目を見開き、表情を強張らせる。
「なんだ、貴様は……」
驚愕と敵意を隠そうとせず、
「……」
どこか見覚えのある部屋で起きると聞き覚えのある声が鼓膜に届いた。
「目が覚めたか、ボーデヴィッヒ」
「ハルフォーフ大尉!」
声をかけたのは軍のIS部隊に所属するクラリッサ・ハルフォーフ大尉だった。
体を起こし敬礼をしようとするが利き腕が吊ってあり出来ず、起き上がると痛みが走った。
そんなラウラに苦笑しながらベッド横に置かれている椅子に座った。
「とんでもないことをしてくれたな貴様は。予備機とはいえ軍のISを無断使用。不利な裁判にかけられても文句は言えんぞ?」
「も、申し訳ありません!緊急事態でしたのでつい!」
「軍を除名された貴様が何故ISを動かせたのか興味はあるが、私が今回貴様に会いに来たのはそれを問い質すことではない。私もそれほど暇ではないのでな」
一度間を置いたクラリッサにラウラが質問する。
「もし許されるのであればお聞きしたいのですが、私は、何故無事なのでしょう?確かあの男の銃に胸を撃たれて」
「いや?貴様が撃たれたのは左腿だけだ。周りの証言から、撃たれる直前にお前が助けた民間人。そして男の仲間によって取り押さえられた。貴様は自分が撃たれたと勘違いして気を失っただけだ」
クラリッサの言葉にラウラは恥ずかしくなって僅かに顔を赤くし、そうですか、と俯く。
「さっきも言ったが私は暇ではない。これに目を通してもらおう」
渡された3枚の書類。
それはラウラの復隊を認める書類だった。
「貴様には復隊の後にIS学園へと編入してもらいたい」
「IS学園に、ですか?」
ラウラが訊き返すとクラリッサは頭が痛そうに顔を顰める。
「実は今回の事件にはとあるテロ組織が後ろに居る。あの素人どもが武器を持っていたのもそいつらの手引きだ。だが重要なのはそこではない。今回の騒ぎに乗じてドイツの第三世代機の1機がその組織に奪取されたことだ。その足取りを追うためにもとりあえず貴様をIS学園に送る話が持ち上がった」
「あの……話が見えないのですが」
「これは秘密だが、イギリスやアメリカも奴らによって最新鋭のISが強奪されている。そしてこれも未確認だが篠ノ之博士。その妹が博士から特別なISが贈られたという話もある」
そこまで言ってようやくラウラも話が繋がった。
「その組織が、その篠ノ之博士の妹のISを狙ってIS学園に潜入してくると?」
「もしくは貴重な男性操縦者の身柄だな。貴様の役割は3つ。IS学園内のテロ組織の調査。2つ目は奪われた最新鋭機の奪取。ISのコアは補充が利かんからな。最後に男性操縦者である織斑一夏とのパイプ繋ぎといったところだ」
「……私にハニートラップをやれと?」
「品のない言い方だがな。もちろん受ける受けないは貴様の自由だ。だがもし断れば貴様は軍に復帰する機会は二度と訪れないと思え。それに断った場合はISの無断使用の件も含めてそれなりの罰則が付くだろう。まぁ、私の知っているボーデヴィッヒはこの機会を逃すような腑抜けではないがな」
挑発的な態度を取るクラリッサ。
ラウラは手に取った復隊届の紙に目を落とした。
先生は、ラウラの帰りや連絡を待ち続けていた。
今日軍施設でテロがあり、ラウラもそれに巻き込まれたのは一緒に行った子供たちから聞いている。
ラウラは軍病院に運ばれたことも。
どうにか連絡を取ってラウラのことを訊いたが相手側がまともに取り合ってくれなかった。
「どうか無事でいて……」
自分が倒れた時、あの子はこんな気持ちだったのかと思う。
せめて安否だけでもと思っているとインターフォンが鳴った。
こんな夜中に誰だろうと思っていると聞き慣れた声が響いた。
『済まない先生っ。鍵を向こうで失くしてしまって。開けてくれ』
ドア越しに聞こえる声に先生は立ち上がって急いでドアを開ける。
その先には愛しい家族が立っていた。
右腕を吊るして左手は松葉杖を使い、幾つか治療を施された痕が見えるその子は申し訳なさそうに笑う。
「その……ただいま……」
「ラウラッ!?」
肩を掴むと痛そうに顔を歪めるラウラに先生はすぐに手を離す。
「あ、ごめんなさい……無事だったのね」
「うん」
「もう、帰って来ないかとも思ったわ」
「帰って来るさ。ここが、私の家だから」
言うと、倒れるようにラウラは先生にもたれかかる。
「……実は、私ももうここに戻って来られないんじゃないかと思った」
「そう……」
「先生、私は自分の人生を自分で選び取れる人間になりたい。誰かに決められた道じゃなくて。ちゃんと、自分で選んだ道を歩いてみたいんだ。だから、まだもう少しだけ、私を見守っていて欲しい」
改めて誓うように紡がれた言葉。
それに先生はラウラの頭を撫でながら微笑む。
「そうね。私も見せて欲しい。これからの貴女を。でも今はとりあえずお疲れ様。おかえりなさい、ラウラ」
「――――っ!ただいま、先生!」
そうしてラウラは肩を抱かれて自分で選んだ巣へと帰っていった。
復隊の紙を返されてクラリッサは目を丸くした。
「いいのか?さっきも言ったがこれが最初で最後の機会なのだぞ?」
「はい。私はもう、軍に戻るつもりはありません」
きっぱりと強い意志を持って返した。
「今回の件で私はもう軍に居られるような人間ではないと痛感しました。これから先、どんな道を定めるのかは分かりませんが、少なくとも軍人として生きるつもりは毛頭ありません」
クラリッサはラウラが断る可能性も考えていたがここまではっきりと拒絶するとは思わなかった。
ラウラはクラリッサが知る生真面目さで、彼女が思ってもみなかった言葉を口にした。
「それに本音を言わせてもらえるなら――――――もうISに乗るのは懲り懲りです」
そんな、冗談のような言葉を本心として言ったのだ。
「プッ……アハハハハハハハッ!?そうかそうか!ISに乗るのに懲りたか。じゃあしょうがないな!」
腹を抱えて笑うクラリッサをラウラは怪訝な表情をする。
「そんなに笑うようなこと言いましたか?」
「言ったさ。今日から数年はこれより面白いことは聞かないだろうと確信する程度にはな!」
クラリッサにとってラウラ・ボーデヴィッヒはISしか縋る物のない少女だった。
ISに乗る技術を向上することでしか、自分の居場所を手に入れられないと思い込んでいた子供だった。
それが、自らISに乗るのを懲りたと言ったのだ。
こんな可笑しい。そしてその成長が僅かばかりの嬉しさとなり笑わずにいられるだろうか?
「今回の話を受ければ貴様には専用機が与えられるはずだったが仕方ないな。軍としては惜しいが無理強いは出来まい」
返された紙をビリビリと細かく破り、ゴミ箱に丸めて捨てた。
「これで、貴様は自由だ。どこへでも行くといい。おっと怪我人だったな。帰りの足を用意させよう」
「はい!ありがとうございます!」
ラウラは起き上がり、かかっていた杖でゆっくりと歩く。
そんなラウラを見ながらクラリッサは最後に告げる。
「私個人としては、貴様の新しい道に多くの光があることを祈っているよ。では、達者でな」
「はい。大尉もお元気で」
敬礼するクラリッサにラウラは人生で最後の敬礼をして軍という場所から完全に決別した。
「へ、変ではないだろうか?」
少しばかり気合の入った正装に近い私服を着て、ラウラが自信無さげに訊く。
「いいえ。とても似合っているわ。それに今日の入学式で主席として挨拶するのでしょう?なら、それなりの格好をしないと」
あの事件から数か月。ラウラは勧められていたハイスクールの入試に主席合格を勝ち取っていた。
だが基本人前に出ることが苦手なので主席の挨拶の話を知ってこれなら多少手を抜けば良かったと後々になって後悔したが、知っていても全力で取り組んでいただろう。彼女はそう言う真面目な少女だった。
「その、それじゃあ先に行っている。その、おばあ、ちゃん……」
「えぇ。行ってらっしゃい」
変化の1つとしてラウラは正式に先生の養子となり、ボーデヴィッヒの姓を捨てた。
その際、息子夫婦とちょっとしたいざこざがあり、後に先生に何かあっても残された遺産相続などには関与しないということで納得してもらった。
先生は不満気だったが、ラウラ自身そちらのことは興味が無かったし、自分のことで実の息子との関係が悪化することは避けたかった。
入学式が始まり、式が進行していく中で主席の挨拶が回ってくる。
『それでは入試主席の挨拶、お願いします』
呼ばれて檀に立ち、用意してあった原稿を見る。
客席に目を向けると先生が居り、その手には新しく購入したハンディカメラでこちらを捉えていた。
後でこの入学式をアルバイト先の店長や施設の子供たちに見せるらしい。
ラウラは広げた原稿を心の支えに挨拶を始めた。
「なんだ、貴様は……」
どういうわけか自分が見えるらしいもうひとりのラウラ。
自分と全く同じ容姿をした人間が現れたのだ。動揺も仕方ないだろう。
しかしラウラ自身その問いに答えず、逆に質問を返す。
「何故、あんなことをした……」
「?」
「さっきの模擬戦だ。何故、もう戦えない相手に攻撃を加えたと訊いている。あそこまでする必要は、無かった筈だ」
ラウラの質問にこの世界のラウラは鼻で笑う。
「ISは兵器だ。ならば相手を徹底的に叩きのめして何が悪い?」
「あのまま続けていれば、相手を殺してしまっていた可能性もある。戦う力を失った人間に攻撃を加えることは許されない。そんなのは、当たり前のことだろう?」
そんな誰かが教えてくれた常識を口にした。
それに今度は呆れたような顔をされた。
「馬鹿なことを言う。強い者が弱い者に虐げるのは当然の権利だ。弱いことはそれだけで罪だろう」
まるで力を絶対視するような言動。
もし、この左目が問題なく移植されていれば。もしくは、失敗のハンデを跳ね除けるだけの何かに出会っていたら。自分も、コレに行き着いていたのだろうか?
そう思うと怖くて仕方がない。
目の前の自分はまるで痛みを知らない子供だ。
自分は強いのだから何をしても良いのだと。そんな理屈が押し通ると信じ切っている幼い子供に見える。
「力だけを誇示しても、誰もがお前に近づかなくなるだけだ。独りになるだけだ。それで、本当に良いのか?」
「ふん!役に立たん有象無象などいらん。私には教官が居ればいい。だからあの人をドイツに連れ戻すためにここに来た!」
教官、という人物が誰かは知らないが、随分と心酔しているらしい。他が何も見えなくなるくらい。
「それで、その教官は褒めてくれたのか?」
「なに?」
「お前が、あんな風に自分を見せつけるようにして誰かを傷付けて、その教官はよくやったと言ってくれたのか?」
ラウラの言葉にこの世界のラウラの表情が強張る。
目の前の自分は強いのだろう。
同じISで戦っても、勝負にすらならない程に。
でも、目の前の自分が羨ましいとはどうしても思えない。
むしろ、嫌悪と拒否感。そして憐れみすら湧き上がってくる。
そんなラウラの態度にこの世界のラウラは怒りの表情でこちらに近づいて来た。
「何故、貴様にそんなことを言われなければならない!その憐れむような眼を止めろ!いや、それよりも!」
目の前に寄ってきたこの世界のラウラが腕を上げる。
「私と同じ顔で、そんな、この学園の生徒のような、ISを、ファッションだと勘違いしている愚か者どもと似た表情をするな!!」
その手がラウラの頬を捉える。
しかしその手は宙を切り、ラウラの顔をすり抜けた。
「なっ!?」
どうやら認識し、会話は出来ても触れないのは同じらしい。
さすがにこれには動揺するこの世界のラウラだが、ラウラ自身、今の言葉に驚いていた。
何かを悟るようにポツリと呟く。
「――――あぁ、そうか。本当に私は、もう戦う者ではないのか」
なにせ自分にすら否定されたのだ。
この数カ月で自分は、それほどまでに変わってしまったのだ。
不思議と哀しくはなかった。
ただ、生まれてから積み上げた自分の力は本当に不要になったのだという淋しさだけはあったが。
現金な話だがそれに気づけただけでも、この不思議な出会いに感謝したくなる。
「な、なんなのだ貴様は!」
理解できない存在に後退るこの世界のラウラ。それにラウラは笑みを浮かべて手を振った。
「ありがとう、私を否定してくれて。そしてさようなら、
ここが夢なのか。それとも本当に別の可能性なのかは判らないが、それくらい願ってもいいだろう。
こうして、ラウラはこの世界から意識を閉ざした。
「この学校で過ごす日々が、大人になっても輝かしく思い出せる日々になるように願っています」
そう締め括り、ラウラは原稿を閉じて檀を降りた。
この先、過去を振り返ったり、迷うことはたくさんあるのだろう。
それでも、歩いて行きたい。
この道は自分で選んだ道なのだと胸を張れるように。
大丈夫。きっと歩いて行けるだろう。
帰るべき場所は、ちゃんとあるのだから。
これにて完結です。
ISに乗るのはもう懲り懲りです。ぶっちゃけこの台詞を言わせたいだけだったりします。
後で活動報告に後書きを載せるので興味のある方はどうぞ。