「シオンから学んだよ……勝ち誇るなら、反撃の芽を全て摘んでから、だそうだね。ふふふ……間違いを犯すことに怯え、薄い絆に縋って震え……そんな人生など、無意味だと思わんか?……だったかな。ハハハハハハハハ!」
「ぐ……」
各地の状況をモニターで示しながら嘲笑うスカリエッティ。
フェイトはAMFと重力増加の性質を持つ糸によって磔同然に縛られ、バルディッシュも離れて確保されている。その左右をトーレとセッテが戦闘状態で待機し、一切の隙が許されない。
「その絆に頼った結果が今だ。君の育てた子供たちはもう使えない。君もここで終わりだ。シオンもチンクに爆破された。モニターが途絶えたのが懸念要素だがチンクもウタネも動いていない事が確認できている。まぁ、援軍には来ないさ。どうだい?自分以外は死なないなんて気休めをのたまっていたんじゃないかね?シオンは死に、君も仲間が死んでいくのを眺めてから死ぬのさ。彼らの言う約束すら、ただの自己満足さ。君もシオンたちも、所詮は私と同じ自己満足でしか動かない、動けない」
「違う!ウタネたちも六課も!お前たちとは違う!」
「違わないさ。正義なんてのは物事を正当化する方便さ。君たちが最大多数の集団というだけで、それに反する人間は君たちより多いかもしれない」
「だが……!それで多くの人が救われている!エリオやキャロのような子を、望む場所は連れて行ける!お前たちの破壊活動とは断じて違う!」
「ズレたことを言う。そうじゃない方が多いし、私たちは別に破壊が目的では無いということを理解して欲しいんだ。君たちからすれば私は悪なんだろうがね。まぁ、君は私という問題の根本に辿り着きながら何もできない……切り札のオーバードライブも無意味。個人の力量であれば娘たちに匹敵する君が環境のせいで力を失う……確かな実力を持ちながら権力によって全てを失ったプレシアと同じだね。彼女も私と同類だった。彼女も管理局に牙を剥くだけで良かった。それで彼女は救われたはずだ。さて、どうかな。最後に一言、言いたい事は?」
「……母さんは、お前なんかとは違う……!」
「フハハハ……!まだそんな世迷言を言うのかね。彼女は壊れていた。私は当然、君もそうなっていく自覚はあったんじゃないかね?認められないだけで、私と同じ様に、娘を、部下を道具としか見ていないんじゃなかったかね?自分の満足のために他人を、身内を利用しただけではないのかね?」
「違う!私はウタネに、支配しない理由を学んだ!対等であろうとする優しさを学んだ!お前とは違う!」
「そうか……まぁどうあれ変わらない。君も管理局も今日が終わりさ……フハハ、フハハハハハハハハハハハハ!」
「アーッハハハハハハハハハハハ!」
「⁉︎」
スカリエッティの高笑いにもう一つ高笑いが重なる。
その声にスカリエッティは当然、トーレ、セッテ、フェイトも驚愕を隠せない。
「なんだこの声は……聞き覚えがある。まさか……!」
フェイトの後方、セッテより更に奥の床から、紫電と共に声の主が姿を現す。
その声はフェイトやスカリエッティの知るそれより少し若く、瑞々しく、けれど狂気的な圧を持つ。
「今までごめんなさい。そしてありがとう。私を、まだ母さんと呼んでくれて」
その場全ての視線の先に……紫の長髪をたなびかせ、最強の魔導師がそこに居た。
「き、君は……既に……!」
「あら、君は既に死んでいるハズだ、なんてセリフはやめておくことね。次元が知れるわよ」
「君は既に死んでいるハズだ!」
狼狽するスカリエッティに対し艶やかながら無感動な視線を向けるプレシア。
「かあ、さん……?」
「久しぶりね、フェイト……大きくなって、立派になったわ。もういいわよ、アナタは充分頑張った。後は私達に任せなさい」
「かあさん……!ホントに……⁉︎」
連呼される母さんという言葉に微笑み、魔法陣を展開する。
「ウタネは約束を守ったわ。『あなたが望むなら、またどんな形であろうと会える』と言う言葉、覚えてるかしら。ウタネも今は起きてないけど、分かってたみたいね。外にいるナンバーズはソラが、ガジェットはリインフォースが始末してくれるそうよ。私も彼女たちも、双神詩音から許可は得てる。……ホントウは、一生出てこないつもりだったんだけど……娘の危機に駆けつけない者は、親とは言えない。私はもう、二度と間違えない。ジェイル、私達『VNA』を敵にした事、後悔することね」
「ヴィーナス……シオンの組織か……まさか君も入っていたとは」
「ヴィーナス?愛と美の女神だったかしら。ふふ、そうね。なら私が愛、他三人が美かしらね。まぁどうでもいいわね。どうせアナタは……ここで死ぬもの」
「ふ、君が生きていたのは驚きだが……甘い!トーレ!」
「プライム『ライドインパルズ』!」
スカリエッティが声を発すると共にトーレが消える。超高速の斬撃が縛られたフェイトへ向かう。
「遅いわ。アリシア」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「はぁっ!」
トーレの軌道上に小さな影が出現、それを優先としトーレがそれを上下に切断する。
「え……」
「む、これは……アリシア・テスタロッサ?生きていたのか。流石シオンだ、死人すら蘇らせるとはね。ま、今死んでしまったが、妹を庇って死ぬとはね。良い家族愛じゃないか」
「ねえさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん⁉︎」
「んー、ふふっ!ありがとうね!これで私も晴れてお姉ちゃんだよ!」
「「「……は?」」」
分断されていた体が塵と共につながり、立ち上がる。
「ね、姉さん……?」
「そう!アイアムお姉ちゃん!」
「傷は?致命傷だよね⁉︎」
「今の私は穢土転生だ!気にすることはない!いくらでも囮になる!」
「穢土転生……?」
「アリシアは確かに死んでたわ。そして虚数空間に放り込まれてから少し後、シオンを連れてウタネがやって来た。アリシアをどんな形であれ生き返らせることを選ぶか?とね」
「それって……」
シオンがゲンヤにしたのと同じ問い。質問したシオン自身が普通はしないと吐き捨てたもの。
「で、でも、それだと母さんは……」
「ええ、死んだわよ。アリシアの穢土転生の生贄に私が申し出てね。良かったのアリシア。老いぼれの体なんかで」
「えへへー!母様だから!オッケー!」
「穢土転生のアリシアは術者のシオンから縛られてない。もう事故なんかでは死なない体、ようやく望むものを得られた気がするわ」
「でもこの目は残念だよ!でもウタネは綺麗って言ってくれたけどね!」
「生贄……?ならプレシア、君は……」
「あら、死んでるわよ。10年前に」
「ならなぜそこにいる?死を無効にすることはできても、死んだままここにいるのはおかしい。ここは聖王のゆりかごだ!死人が来る場所では無い!」
「死人は居てはいけないのかしら。なら私達も聖王も、誰一人いてはいけないわね」
「なんだ……なんなんだ、ヴィーナスは……」
「mütterlich……私の象名は母性。娘のために人を捨てたモノ。世界に回った掃除屋よ。大切な娘たちだもの。守るために命を捨てるなんて安いものね。未来も魂も存在も自由意志すら捨ててやったわよ?そんなもの、娘の何億分の一の価値も無いけれどね……ロリコン専属なのは良かったのか悪かったのか、分からないけれど、でもそのおかげで世界を滅ぼすも自由の身になったわ」
魔法陣から紫電が走る。フェイトすら十分に魔法が使えないレベルにまで強度を上げたAMF環境下でなお、外でのフェイトの全力を上回っている。
それどころか、ゆりかご内部用に調整された戦闘機人すら軽く上回っていると実感させる。
「アリシア。フェイトを引かせなさい」
「してるけど!この糸硬い!」
「ならリニスね……あら、リニスはいないのかしら」
「母さん……リニスも、もう……」
「何を言ってるの、フェイト。私は全盛期でここにいるのよ?全盛期の私の隣にリニスがいないはずがないでしょう。リニス、来なさい」
絶対的な命令は、即座にそれを遂行される。
魔導師の隣にいるはずの、フェイトにとってもういないはずの存在が呼び出された。
「……ここは?」
「リニス。フェイトの拘束を解いてちょうだい」
「……なるほど。プレシア、いくら貴女でもしていいことと悪いことがあります。ですが教え子のためです。少しくらいはルールを柔軟に考えてもいいでしょう」
「次から次へと……!セッテ!」
「了解です」
増え続けるテスタロッサ家に戦闘機人が動く。
飛び出したトーレはその一歩を踏み出すと共に停止した。
「……ッ!」
「今フェイトの拘束を解いてるの。動かないでもらえるかしら」
クロックアップの速度さえ上回る紫電がトーレとセッテの周囲を怪音を上げて駆け巡る。
プレシアの言葉は優しくとも。その密度、その音が明確に語っている。動けば殺すと。そして戦闘機人の能力が理解する。触れれば死ぬと。
「……プレシア、君は何をしていた……?何をした?」
「別に。何も。娘のための力を得るために研究して、訓練して……それだけよ」
他人のために仕事を、他人のための研究をしていた頃でさえ優秀な魔導師だったプレシアだが、闇の書事件中シオンの問いに即答、穢土転生の生贄となったプレシアはウタネ繋がりでロリコンの元へ行き、サーヴァント的扱いで全盛期で召喚され、その後10年間を娘の為だけに費やした。
類稀なる才能が他に目もくれず力を求めた結果……虚数空間に魔力炉を設置、ウタネの能力を通じてどこでも魔力供給を受けられる状態の上で魔導師ランクにしてSSSオーバーを上回る状態を維持し続けることができるほどになる。
トーレが危機を察知して避けた紫電も当然この世界の基準を軽く上回っており、ゆりかご内部のAMFであろうと供給過多の魔力は一切減衰を許さない。
「あなたはこの作戦を立てた時点で敗北していたのよ、ジェイル。私でなくともウタネが、シオンが、ソラが、アインスがあなたを殺す。VNAのいる管理局に手を出したのが失敗ね」
「私の娘たちは完璧だ!あらゆる能力に対応し、精密なコンビネーションを完璧こなす!シオンだろうと単独相手なら3人以下で対応できる!これのどこが……どこが失敗だというのかね?」
「親であるあなたの言葉通りにだけ動く娘……かしらね」
「……なんだと?」
「あなたが全権を持って指示を出し、娘はそれを疑わない。いい信頼ね。けれどそれはかつての私と同じよ。無理矢理やらせているのと変わらない。私はそれで失敗した。けれどフェイトは違うわ。無理矢理やらせようとした私に疑問を持ち、管理局の言葉にも理解を示し、迷ってた。もし私と貴方の今の立場が逆なら、フェイトは作戦を立てた時点で止めてくれるでしょう。私のためを思って、自分を顧みず必死に。もうフェイトは10年前とは違う。私はそれがとても嬉しい。けれど貴方の娘は疑問を持ったとしても作戦に反対しない。貴方の欲望だけに左右される。貴方は……ウタネを舐め過ぎよ」
紫電が通路一帯を覆う。かつてウタネと庭園で話していた時と同じ。
誰にも触れる事はないが、誰にも移動を許さない紫電の檻。
「か、かあさん!」
「何?フェイト」
「できれば殺さないで欲しいんだ。ちゃんと管理局で逮捕したい」
「……ジェイル、良かったわね。私の娘が優しくて。無力化のために四肢は落とすけど生かしてあげるわ」
「く……私は失敗しないはずだった……!失敗した世界を克服したはずだった……!」
「その世界に私達はいたかしら?その想定が甘いのよ。油断、慢心……最大の弱点ね」
「プライム、ら……」
「動かないで、と言ったはずよ」
怯んだスカリエッティに反応し攻撃態勢に移ろうとしたトーレの左腕が消失する。
「雷はこの世で最も速いのよ?貴女の加速は光より速くなれるのかしら」
機械部品から微かに臭う煙に顔を顰め、更に動こうとしたトーレは両腕を失った。
「あと、この魔法は高い伝達性を持つから、バリアも透過するわよ。防げるだけのバリアを張れればの話だけれど」
「く……」
「す、すごい……」
「全く……はいフェイト。バルディッシュを使い続けてくれてありがとうございます」
「あ、うん……リニスから貰った、大切な相棒だから」
「そうですか。その気持ちだけで嬉しいですよ」
「あら、そういえばアルフがいないじゃない。死んだのかしら」
「え⁉︎い、いや、アルフはその、家で……」
「はぁ……リニス、使い魔としてそれはどうなのかしら?」
「さぁ。時代は変わっていきます。現在ではそれも一つの在り方なのではないですか?フェイトの危機に立ち合わないのは、私は少し不満ですが」
「ならダメね。アルフ、来なさい」
プレシアの一言でフェイトの隣にアルフが召喚される。
「ん……?ゲェー!プレシア⁉︎リニス⁉︎なんで⁉︎てかなんじゃこりゃあ⁉︎」
「あら?アルフ?随分と小さくなりましたね?」
「ん、ああ、今は家事くらいしかしてないからね。省エネってヤツだよ。プレシアもリニスも何で生きてんだい?」
「私はプレシアに無理矢理喚ばれたので。それにしても省エネですか。エネルギーの節約など考えたこともありませんでしたが、フェイトの負担軽減という点では良いです。プレシア、私も……いえ、その魔力量ではいりませんね」
「いるわ。やりなさい」
「えぇ?」
「アルフを呼んだ意味ができたのよ?やりなさい」
「今は無理です。さっさと終わらせて下さい」
「……それもそうね。ジェイル、覚悟しなさい」
「……いいや、私の負けだ」
「「ドクター⁉︎」」
「トーレ、セッテ。もういい。お前たちは素直に捕まっておきなさい。私のクローンは破壊されるだろうがそれも気にしなくていい」
「「……」」
「プレシア女史、一つ頼みがあるんだが」
「なにかしら。あと敬称は要らないわ。私達にそんなの使わないで」
「それは済まない。プレシア、トーレの腕は管制人格にでも頼んで修復して貰えないかな。ちょっとした破損なら娘たちで直せるだろうが、そこまで完璧に破壊されては私がいなくては間に合わない」
「いいわよ。そろそろシオンが目を覚ますでしょうし」
「……生きているのか」
「ええ。10年前から自分の部屋に置きっぱなしらしいけれどね。本体が死んだ時、替えの身体が記憶を保持して目を覚ます……あなたのソレより進んでるわね」
「くはハハハ……もう少し考えるべきだったな。娘たちは生かしておいて貰えると私はとても嬉しい。シオンに権限を譲ろう。彼なら悪くはしないだろう」
「権限は貴方が持ち続けなさい。殺さないから、しっかり牢の中でいることね」
「……君がそう言うならそれでいい」
そうして事件の元凶、ジェイル・スカリエッティはテスタロッサ家によって逮捕、確保された。