門をくぐると、そこは夜空でした。
という冗談の様な状況に理解が遅れる。
「は?」
確かに飛び込んだけれども。確かに浮いてたけれども。
ほんの数センチ、普通は高さとは取らない。走ってる人が空を飛んでるとでも言うようなものだ、こじつけ以外の何物でもない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
そしてその高さがハンパじゃない。人が見えないどころか雲がある。つまり最低でも3桁キロメートル以上の高さにいる。それでもまだまだ下にビルが見えるから……4桁あるかも……ある。
風圧?空気抵抗?何かはわからないけど顔の肉が寄ってるのが分かる。とんでもなく醜い顔になってる事だろう。髪もバタバタと激しくなびき、見れたものではない。まぁ落下後には全身が醜いモノになってるだろうけども。
暇つぶしに、とあの神を名乗るショタロリコンは言っていた。つまりアレか?私が落下死するまでの過程を楽しむつもりか?年増は殺すってか?
ここで能力を使って止まるのは簡単だ。けれどそれはかなり難しい。物質の落下には限界速度があるらしく、それ以上の速度にはならないそうだ。そして恐らく私はその限界速度に達している。
では能力で全身をコーティングするのはどうか。これは死ぬ。コーティングとは言うなれば強固な鎧を纏うのと同じ。落下すれば当然死ぬ。体内の全てを能力で固定するのなら、ダメージこそあれど形はそのままだから可能性はあるけれど、生物の体内への能力使用はそれなりに条件がある。つまり今は使えない。
「ぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアア!」
ビルがハッキリ、民家がハッキリ見えてきた!
視力が良いのなら、走る車の動きすら見えるだろう。私には建物の光と全く見分けがつかないけども。
「にゅっ⁉︎」
なんか引っかかった!ちょっと減速した!やった!もしかしたら五体複雑骨折でギリギリいけるかもしれない!
「アッはぁぁぁぁァァァァ!」
それでも勢いは健在。体験したことのない速度が実感と恐怖を増す。
人間ザクロさんびょーまえー
にー
いちー
「ぜろっ!むぽっ⁉︎」
ぽよん
ぐしゃっ
「「へ⁉︎」」
「っつ……はぁ?生きてる……うん、手足も……動く。なんで?いや……うん?あっ」
ナニか柔らかい?ものに着地して地面に放り出された。衝撃は見事に吸収され、ナニかから跳ね返った分だけ地面とハグ。
手足も多少の痛みがあるだけでダメージは少なく、ちゃんと動く。そんなのはどうでもよくて。人がいた。
「だっ、誰⁉︎」
「こっちのセリフです!」
今の私と同じくらいの女の子に返される。
そりゃそうだ。通行人と落下人では落下人の方が怪しいに決まってる。
「私は……」
名乗ろうとして、一度止まる。本名を名乗るべきか偽名を使うべきか。本名の方が面倒か?いや偽名がバレた時も……
「
考えるのも面倒だし本名で名乗る。というかまだこの世界は知らないものであるはずだから偽名を本名にもできる。つまり本名であればそれをそのまま本名としても、都合が悪ければ別の名前を用意して偽名としても良いわけだ。この理論だとどう名乗ろうとどうにでもなるのだけれども。
「あなたは?」
それでは早速。
「わ、私、高町なのはです!」
尋問だ。
「なるほど高町さん。じゃあ早速で悪いけど、何を見た?この付近で人はいた?それとも誰かに連絡した?」
目撃者は消さないと。
「う、後ろっ!」
「はっ?ちょっ⁉︎」
跳んだ瞬間、私の立ってたはずのアスファルトが無くなってた。
マジ警告だったから跳んだけど、もう少し声と顔が緩かったら私死んでたかも。不審者から逃げる常套手段だよね、注意逸らして全力疾走。逃さないけども。
「なっ、何アレ⁉︎」
跳んだのは前方、つまり高町さんの隣に立つ事になる。けれど高町さんの方は向かず、私を襲ったナニカを注視する。
アスファルトを消したのは……こう……スライムの様な、流動体が自立してる……バケモノだ。
《あれはジュエルシードという願いを叶えるモノが作り出した思念体。取り敢えず君の事は後だ、なのは!》
「言っていいの⁉︎」
《どうせこの人には隠せないんだ、それに念話が聞こえるなら魔法資質もあるはずだ》
「なるほど!じゃあ……「なるほどね、目撃者は二人と一体か。よし、私の範囲だ」ふぇ?」
よく分からないけどショタロリコンの声みたいな聞こえ方をした少年の声で大体分かった。
「まずは一体から」
胸の前から刀を振るう動作をすると、本当に刀が手に握られていた。何故かは分からないけど多分ショタロリコンの計らいだろう。能力でエア刀する気だったけど、好都合。
「はあっ!」
ヒトガタ相手の先制は取り敢えず脳天から正面を両断。
感触は正に粘度の高いスライムそのもので、実に気持ちいい。
「あん?」
《ダメだ!物理攻撃じゃソレは倒せない!》
切った後から再生して、切ったのに繋がってる。まるで水に刀を通す様な意味不明現象が発生していた。物理じゃ無理?
「触れるのに?」
反撃が来るけどその動作は速いとは言えないもので、簡単に避けられる。
すれ違いに更に数発。殴ってきた腕を輪切りにするも直ぐに再生。
《触れても捉えられないんだ、魔法での攻撃じゃないと!》
「ふーん。アドバイスありがとう」
自殺願望も良いけど、私から逃げる方法も考えときなよ。触っても捉えられない。そんな概念は私には通用しない。
刀を能力で補強する。単なる強度強化と、アレを掴めるようにした。
「弱点とかは無さそうだね。アメーバみたいな。じゃあ死ね」
今度こそ両断し、更に横にも両断。
後ろ向きに崩れたソレは、数秒しても起き上がってはこなかった。
「す、凄い……」
《なんて人だ……》
何を感心してるのか。剣術を少しかじってれば誰でもできるレベルだよ。縦と横に振っただけだし。
「さて、次は肩の動物だね。人は逃げても追跡しやすいし」
顔は覚えた。名前は忘れそうだけど、いずれ解決する。
「まっ、待って待って!話を聞いてください!」
「うん?なんで?」
「なんでって……」
「理由は単に見られたから。私の生活に支障が出そうな原因は消す」
空から降ってきた人なんて、それこそ普通ではいられない。
「そ、そう!なんで空から落ちてきたんですか⁉︎」
「だから……それを教えられないから……」
なにをこんなに必死に問いを重ねてくるのか。時間の無駄だと言うのに。私は早く家を見つけて寝たいのに。
「じ、じゃあ!魔法が使えるのと関係が⁉︎」
「魔法?」
まほー。使ってないよ。うん。絶対。
「使ってないよ。うん。絶対」
《じゃあなんで思念体を倒せたんだ?それだけは聞かせて欲しい》
「またこの声……なんで、って聞くけどさ、それに意味はあるの?」
《魔法以外に手段があるのなら知っておきたい。まだ被害が出るかもしれないんだ》
「まだ?コレは完全に死んでるよ?」
死から蘇るのならともかく、モノとしてのこれは既に壊れている。思念体というのなら死んでいるという表現でいいだろう。
《確かにこの一件は落ち着いた。けど他にも多数、同じものがどこかに散らばってる。これと同じか、それ以上になる筈だ》
「ふーん……結構ハチャメチャな世界だ……」
「何か言いました?」
呟いた事に反応される。
全く……バケモノだ魔法だ……アニメや漫画の世界にきてしまったんですか私は。
「ううん、なんでも。で?なんだっけ、早く殺してくれだっけ」
「違います!」
《僕たちに協力して貰えないだろうか》
「はぁ?」
《この世界、地球には魔法文化が無い。適性を持っていたのがなのはだけで、まだ魔法に触れて間もない。一人だとこの先とても厳しい状況になるかもしれない。君の力があれば「嫌だよ」なぜ⁉︎礼もするし「じゃあ聞くけどさ。私が今『お願いです死んで下さい』って言えば死ぬの?私が助かるし私もお礼はする。けど死なないでしょ?」
私が態度を緩めるとコレだ。やれ人助けだ情けだなんだ……ソレに意味は無いだろうに……
というか魔法って文化なのか。アカシックレコードに触れてこちらに戻って来て初めて使えるシロモノと思ってた。
「いい?人間なんて生物に変わりはない。バカはどこまでもバカだし、ゴミはどこまでもゴミだ。私に頼んでる協力、それは本当に、正しい事なの?高町さんを巻き込んで迷惑をかけてるだけなんじゃないの?元々の原因は?その問題の解決は、人の時間を奪ってまで強行されるべきなの?」
《そ……それは……》
「答えが出ないってのはそう言う事。私は……」
はぁ……いいや、悩むけど、いっそ言った方が早いだろう。
「私はね、人間が嫌いなの。だからさ、自分の蒔いた種で滅びてくれない?」
「それは言い過ぎなの!」
「うん?」
「ユーノ君だって悪気があった訳じゃない!助けを求めるのだって怪我してて、それでも被害を無くしたいから!私も全然迷惑になんて思ってない!それにいい人だってたくさんいる!」
「……はぁ。呆れた。いい?説教くさくなってわるいけ……ど……?」
「え?」
視界の隅で、変化が起きた。
四角い何かが光っただけの、ここが地球の日本だと言うのなら必ず起こり得る現象。窓ガラスを通して外に漏れ出る光と、そこに影となって映る人。
それは普通だ、なんて事はない。普通なら意識すらしない。ただ、現状は違う。
「ごめん、もうここにはいられない。あなたもトラブルが嫌なら離れた方が良い。多分数分もしないうちに人が来る」
「ふぇっ?」
この辺り一帯が何故か真っ暗だったから失念してた。いくら夜中とは言え人は起きるし、よく見ればここは何かの病院みたいだ。私が叫んだり出した音で眠りの浅い人が目を覚ましても不思議じゃない。
「く……高町なのは……目撃者はともかく、あの動物を逃すのは……」
高町さんの言っていた『ユーノ君』とは恐らくあの動物だ。あれだけのバケモノ、私の刀を見て逃げ出さず、かつ命乞いをしていた謎の声。私がバケモノを倒した後も続いていたのだから、指名した高町さんとあの動物以外にはあり得ない。そして高町さんが魔法に触れて間もないと言う事は高町さんではない。
動物の種類名も分からず、調べるにしても一日か二日は使う。それだけあれば魔法とやらで逃げるには十分だろう。くそっ!
「あぁもうっ!くそっ!」
できる限りの苛立ちを吐き捨て、最短で無関係と取られそうな場所を目指してデタラメに走る。矛盾とか言うな。
刀がとても邪魔……というか持ってたら普通に捕まらない?えっとえっと……ん?何このボタン……
「おわっ⁉︎っとっと!」
柄頭にあった小さなボタンを押すと、鞘込めされた小さなペンダントみたいに変化した。急に小さくなるから落としそうだった。
「どうしたら戻るのコレ」
見たところボタンは消えてる……鞘は無かったし……抜く?
「おお」
抜くと戻るのね。鞘も付いてきたし。
でボタンを押すと戻る……うん、使いやすいじゃない。
というところで消防車のサイレンが聞こえた。ヤバいヤバい、速いとこ通行人を装わないと。