「フェイト・テスタロッサ。ウタネを放し、管理局に投降しろ。今ならまだ軽い刑で済む」
作戦は伝えた。これが失敗すれば私は死ぬ。
成功すれば全員助かる。失敗すれば……最悪、全員死ぬ。
「……できません」
「するわけないだろ⁉︎」
クロノの問いには即座に否定。これは予想通り。
「でなければ我々はプレシア・テスタロッサを確保し裁判にかける事になる」
「はっ! そうかい! 今! この状況で! どうするってんだい!」
「なのは」
「レイジングハート!」
高町さんがレイジングハートを構え、魔力収束を開始する。
「ちょっ! 何やってんだい⁉︎今すぐやめな!」
「さもないとウタネの首が飛ぶ、か?」
「わかってんなら今すぐやめな!」
「お断りだ」
「っ! 分からず屋さね! フェイト!」
「……! でも……」
引きこもり犯みたいな挙動のアルフに対し、未だ人を殺す事に抵抗があるらしいフェイト。
……まだ予想通り。
「もうやるしか無いんだよ!」
「いいよ、フェイト。あなたはやらなくて。私が勝手に死ぬから」
ここが作戦の要。いつも思っていた事。それを実現する時が今。だけれども。やはり少し躊躇する。世界が嫌で消えたかったけど、いざそれを前にすると未来を想像する。
……でも、私を止める存在はいない。死ぬなら今だ。
「南無三っ!」
♢♢♢
「南無三っ!」
叫びと共に白髪の少女は金の鎌へ命を差し出す。
高ランク魔導師のデバイスは生身の人間の骨すら易々と切断し、豆腐に包丁を通すような滑らかさを持ってその肉体を分離させた。
「っ〜〜⁉︎」
金髪の少女が絶句する。
その使い魔も動揺を隠し切れない。
それが少女の作戦の内とも知らず。
「今だ! ユーノ!」
桃色の魔力球の裏で遺跡広場全体に魔法を組み上げていたユーノ・スクライアは、金髪の少女と使い魔を一瞬にして拘束した。
「よし!」
「しまった!」
「なのは! ユーノ! 走れ!」
拘束を確認すると魔力砲のチャージもそれで切り上げ、すぐさま首を落とした少女へ走り出す。
「後5秒! ユーノ、準備はいいか!」
「勿論だ!」
クロノが少女の首と体を保持、ユーノはそれを治癒魔法で接続する。
しかし通常、その程度で死んだ人間は戻らない。死者の蘇生は禁忌であり、実現不可能とされている。いかなる魔法でも不可能で、できたとしても決して表に出る事はない。
しかしその少女は特例中の特例。魔法とは異なる能力を持ち、その能力は本人が解除しない限り本人が死んでも消える事はない。
「……はっ! 死んだ⁉︎」
「いいや、間に合ったようだ」
「よかった〜」
「全く……なんて作戦だ……」
「まぁまぁ。やってくれると思ってたよ」
死の淵からの生還であるにもかかわらず、へら、と笑いを零す少女。
その作戦とは、少女自らが首を刎ね、動揺を誘った隙になのはの収束で意識を外したユーノがバインド、少女が完全に死ぬ前に治癒魔法で存命させるというもの。
それを可能としたのが少女の能力。本人の意識が無くとも動作する点に賭けた一か八かの勝負だった。
「まじかー……」
「よかった……」
バインドされたままにもかかわらずもがくわけでもなく感想を漏らす二人。
「さて、余分にバインドしとくかな。暴れても無意味だぞ」
この僅か数秒の間に人質を奪還し敵を完全に拘束するという逆転劇となった。
「プレシア・テスタロッサ! 見てるんだろ! この通りだ、出てこい!」
これ以上は無いと踏んだのか、当初の敵の目的を探すという作戦から、プレシア・テスタロッサの打倒……ジュエルシードを巡る事件の収束へと切り替えていた。
『呆れるわ……呆れ果てて言葉も無いわ。だけどさっきの……その子の魔法には興味があるわ』
幻惑か、あらゆる方向からブレた音質が広場に響く。
「私を拝むことを光栄に思いなさい。そして、そのまま死になさい」
遺跡へ続く階段の上から、足音を隠す事なく現れる紫の長髪の女性。姿を現わすと共に、音質は通常のそれに変わる。
「っ! それ以上動くな! 先程の逆! こちらに人質がいるんだぞ!」
「だからなんだと言うのかしら」
「なっ……!」
道端でアリを踏んだ事を咎められたくらい理解不能だと、全く意に介す必要が無いという反応に、クロノも予想外だったのか言葉に詰まる。
つまりそれは、プレシアがフェイトやアルフを道具としてしか……このような状況では即座に見切りをつけるような、使い捨ての道具としてしか見ていなかったという事。
「フェイトは良くやったわ。半分近いジュエルシードを集めてくれたのだもの。そしてそれを掠め取っているネズミも誘き寄せてくれた……もう十分よ」
「……!」
「助けてあげられればそうしたいけど、バインドを解く前にネズミは逃げてしまう。でも辺り一帯を焼き焦がすだけなら、転移魔法より早く終わるわ」
「目的は何? そうまでしてジュエルシードを狙う理由は?」
ウタネは刀を出し、牽制とばかりに問う。
「あら、まだ話す気かしら。でもいいわ、どうしようもない命乞い、延命には付き合ってあげましょう。そうね……目的は1つだけ。娘を蘇らせる事、それだけね」
「娘……? フェイトがそうじゃなくて?」
「断じて違うわ。フェイトは私の娘の代用品……所詮、偽物よ」
「クローンってヤツかな。複数の同じ人間を生成する……」
「そう。話が早いのね。さっきは魔法と言ったけど、あなたの力、実に興味があるわ。あなたが望むなら私の実験台として生かしてあげる。どうかしら」
「フェイトに向けて、何か言うことは?」
「あら……謝罪が必要かしら。でも最後だから言ってあげるわ。フェイト、私はね……あなたが生まれた時から、あなたの事が大嫌いだったのよ!」
階段を下りながら高らかに宣言するプレシア。その顔はとても嬉しそうに見える。
「……、……」
フェイトは言葉を紡げないまま意識を手放した。
「フェイトッ! この鬼婆! この子は今まで必死にあんたに尽くしてきたのに!」
「ええ、本当によくやってくれたわ。これで全てのジュエルシードを手にできる。さっきも言ったけど、役目としては十分……そろそろ終わりよ」
「ちょっと待って。私の勧誘は?」
「……そうね、返事を聞いていなかったわ。どうかしら、今下手に死ぬより有意義だと思うけど。地球の日本だと……握手、かしら? これで合意としましょう」
プレシアが階段の下に向けて右手を差し出す。無論デバイスを構える事なく自然体で。
「詳しいね。なるほど、握手……じゃあ」
「ウタネちゃん⁉︎」
「アンタ! 乗っちゃダメだ! 死ぬまで良いように使われるよ⁉︎フェイトの状況が分かんないのかい⁉︎」
薄い笑いと共に階段を上っていくウタネに対し、静止を促す驚きの声をかけるなのはとアルフ。
ウタネはそれを無視し、軽やかに階段を上る。
「ふふ……誰しも死は怖いもの。死ぬよりはいいでしょう?」
「そうだね……カクテルクラッシュ!」
「っ! これは……水⁉︎」
「クロノ! 転送! フェイトとアルフも!」
握手と見せかけプレシアの顔の前を下から通過した右手。
何も無いように見えるが、プレシアは間違いなく怯んだ。
「しかし……!」
「正義の機関だろ! 民間協力者の1人くらい見捨てて行け!」
「っ……! すまん!」
数瞬の躊躇の後、階段上のプレシアとウタネを時の庭園に残す結果となった。
「……やってくれたわね」
「私を利用しようとしたんだ、悲願の邪魔くらいじゃ足りないな」
それを確認すると、互いに一言睨み合う。
「いいわ、なら貴女には死という絶望をあげる」
「その前に、聞いていいかな」
「時間稼ぎはもう無駄よ」
「ううん、純粋な疑問なんだ。さっきの会話や私の魔法に興味があるって言ってたよね。あんな歪んだ願望機で何をするの?」
「……」
「願望を叶える、という点に関してアレ以上のものは少ないだろうけどあるはずだ。娘を蘇らせるにしてもその体が吹き飛ぶかもしれない」
「構わないわ。あの子……アリシアが蘇ると言うのなら、この世のあらゆる苦痛を負っても構わない」
娘の話題となると言葉は自然と溢れ、その瞳は確固たる意志を持っている。
「……そう。分かった。じゃあ……フェイトのどこが不満?」
「全てよ」
「違うね。あなたはフェイトのそれにトラウマを感じてるだけだ。何かしら過去の……そのアリシアを失った原因にフェイトのそれがあるはず。心当たりはない?」
「……ないわ、あるはずがない。それに何のつもり? 死ぬ前に偉そうにアドバイスというわけ?」
心当たりの答えは出ない。それを口にしてはいけないと耐える様に目を伏せた。
「別に。ただの親切だよ。私はフェイトが気に入ってる。近年稀に見る綺麗な目だ。そのフェイトがあなたと仲良くしたがってる。原因は明らかにあなたの心だ。その元を辿ればフェイトへの嫌悪感は消えなくとも薄くなり、娘のクローンじゃなく妹と見てあげられるはずだよ」
「殺すわ。あなたも、フェイトも! 管理局も! 結果を急くだけの能無し共! 自分さえ良ければ他は気にもかけないゴミクズ共! 権力だけの機関が! ただ一人の子どもさえ救えないなまくらの倉庫! 踏ん反り返る無能に優秀な者が跪く! そんな不条理は生かしておけないわ!」
広場を、階段を、遺跡を、紫の電気が覆い尽くす。プレシアとウタネの周りには至らないが……プレシアの狙いである事は確実だ。
「そうだね。そんな社会は滅ぼすべきだ。ただ、その社会で生きていくとはそういう事だ。全ては権力。そういう社会なら力や頭脳より権力だ。力も頭脳もあるあなたが外れたのはあなたが適応できなかったから。それは社会で生きていけない、最下層という事」
「そんな堕落……できるはずがない!」
「だよね。私も同じ。できないことができる、それは崇拝されるべき、というのが私たちの共通の価値観だ。でも世界は違う。世界はそれを拒絶する。恐れたり、ひがんだり、妬んだり……分かるよ」
「だから何⁉︎早く焼いて欲しいのかしら!」
「私と手を組まない?」
「……は?」
ヒートアップしていたプレシアが、開いた口も塞がらないとばかりに抜けた声を漏らす。
「ジュエルシード。私が1つ持ってる。世界を壊す条件付きなら、あげる」
「……管理局の罠と疑うとは思わないの? そんなあからさまな」
「いやぁ、まさか。私は管理局に協力するなんて言ってないから。たまたま巻き込まれて、追い込まれたから来ただけ。乗るも降りるもどっちでもいいよ。選択権はあなたにある」
「お断りよ。そんな戯言の為に無駄な時間を……消えなさい」
「残念。じゃあ私は帰るよ」
「この状況で帰れるのかしら。管理局から助けは来ない、あなたは魔法が使えない……でしょう?」
「なんだ、バレてたの。それでも……帰るよ、今の私なら簡易化された限定魔法くらいなら起動できる」
ウタネの足元に魔法陣が描かれる。適性がないウタネには本来あり得ない現象だ。しかし、特典として所有している皇帝特権は短期間ではあるがそれを可能にする。
「バイバイ。今度会ったらよろしくね」
白の魔法陣に消えるウタネを、プレシアは恨めしそうに睨むだけだった。