ーー終わったら、楽しくない?
「楽しくない」
ーーなんで?
純粋な黒い髪に、自身を打ち明けるのが躊躇われた。
──世の中には二種類の生物が存在する……同じ種族の作り出す社会に適応できる生物と、できない生物である。
これは、珍しく運動し筋肉痛で寝込んでいた後者の生物の一日である。
♢♢♢
はー……しまった。
「ふぁ〜……」
そういえば、2日くらい何も食べてない。ちょうどピンクの人が来てから2日。
家もお金も困ってないのに面倒だからと食事をサボり、勝手に餓死しかけてるから救えない。そんなので死んだらあのピンクの人怒るかなぁ。
「何作ろう……簡単なのがいいな」
重い足取りで冷蔵庫を開ける。中には買ったままの野菜や肉。
量を作れて、保存が効いて、かつコンパクトに食べやすい。そんな理想。全ての料理の究極。保存食の様に薄味でパサパサでなく、生食ほど脂も熱もない。なんなら食べる時に手間もかからないのがいい。
「……やってみよう」
不可能を可能にする全方面的才能、皇帝特権。
その内容たるや、壮絶すぎてもはや……言葉には言い表せない程。
「できた」
内容は覚えてない。材料も覚えてない。調理器具も覚えてない。台所も冷蔵庫も綺麗に整頓され、一切の水滴すらない。
ただただ冷蔵庫の中が空になって、出来上がったソレがある。
言うまでもなく、私の数少ない好物の一つ、モンブラン。スポンジの上に濃い黄色のクリームを乗せた簡単な見た目のそれ。大きさにしてテニスボールより一回り小さいくらい。
「問題は、何味なのかよね」
栗なんて買った覚えはないから、何かで代用している筈。まさかほぼ栗の味を再現するなんて事まで出来るとは思えない……
数個あるそれの一つを手に取ってみる。
質感はふわっとしていて、それでも指が食い込まず、指に纏わりつく油っぽさも無い。その割には市販されてるモンブランより重い気がする。
手につかないのでそのまま口へ運び、軽く一口。触った感触とは裏腹に簡単に噛む事ができ、歯すらいらないのではと思うほど軽い。
「おいしい……」
初めは少し甘過ぎるくらいの栗、のような甘みがあり、口で転がしているうちに甘さは軽く、一切の後味を消して喉に消えた。慣れた訳では決してない。一口しか食べていないのだから。
「なんだこれ……封印指定だぞこんなの……」
どこから食べても、どのくらい食べても味が変わらない。濃いめから霧のように消えていく不思議味。後味が水よりないものだから次が軽い。100メートル走より10メートル走を10回する方が精神的に楽なのと同じ感じ。
「これはアレだ、多分栄養もあるんでしょ? 野菜も肉も魚も消えてるわけだから。何をどうすればここまでできるのかはわからないけども」
八神さんに持っていってあげよう。おやつにでもしてくれれば。
珍しく自分から外出する予定を立て、必要以外で吸う筈のない外の空気を感じる。手持ちは財布と携帯、さっきのモンブランを入れたトートバッグ。
はて……流石に手作りお菓子だけで手土産というのはいささか無礼か……んー、一人暮らしで家事も全部やってるって言ってたよね……ちょっと高い包丁とまな板買っていこう。どうせお金なんてほぼ無限に供給されるし。
「んー、行ってきますよ〜……」
誰もいない、がらんどうに声をかけ、鍵をかける。必要なくてもやっちゃう。万が一の警戒だけは怠らない。ピンクが襲撃して来ないとも限らない。おっさんが忍び込まないとも限らない。まぁべつにどうでもいいけども。
今日も何処かで事故死させてくれないかとあくびをしながら歩き出した。