揺らめく夕陽に晒された無の荒野で、二人は対峙した。
ふー、と息を吐き、目の前に立つ男を見る。
眼鏡をかけた中肉中背。すぐにも忘れてしまいそうなほどに、至って『普通』と形容される男は、しっかりオレの知識に刻まれていた。
「やっぱり……デバイス修理にそんなに時間がかかるなんておかしいと思ってたんだ」
「謀られた……ということか」
「シグナム、撤退。私があの三人を相手する。貴女が捕捉されるのはダメだ」
「……仕方がない」
行動の間も無く取り囲まれる。
私はともかく、シグナムが捕まれば闇の書完成は遠くなる。そうなれば八神さんの麻痺の方が早くなるだろう。逃げるなら、シグナムだ。
「やはり君が協力者か、ウタネ」
「明らかな非戦力を装い、私に付けて……尻尾を出せばすぐ捕まえられるようにと」
「そんな所だ」
「いつからそんな作戦を?」
「そんなことは尋問室でゆっくり話せる。今は……シグナム、君を捕獲する」
執務官が構えを取ると、周囲もそれに合わせて構える。
能力は使わないとしても、皇帝特権だけで捌けるかどうか……
(シグナム、シャマルに連絡は?)
(もう取っている。隙があればいつでも)
(なら、一瞬だけ管理局の動きを止める。私が踏み出してから5秒後、何があってもそのタイミングで)
(……ああ。わかった)
「まぁ……そうだね、これで私も犯罪者……」
右足を出す。ここから5秒。
「フンッ!」
一瞬でクロノとの距離を詰め、以前切ったところを全力で叩く。ガードされたもののひとまず指揮を止める。
更に左右の局員を峰打ちで肩を叩き、撃沈。
更に高町さんとフェイトに牽制。
ここまでで5秒。能力を使用し、シグナムの周囲以外あらゆる気体の動きを止める。
「行って!」
転移確認後即能力解除。
これでシグナムは無事危機を脱し、管理局闇の書事件関係主要戦力は絶体絶命の危機に瀕したわけだ。
「はぁ……クソ。逃げられたか……ウタネ、君には洗いざらい話してもらうぞ。目標捕捉を逃したのは問題だ」
「……さて、何で気を抜いてるの? まだ凶悪犯罪者が戦闘の意思を持ってるのに」
「……!」
クロノに再び接近、振り下ろした刀は金色に防がれる。
「ウタネ、もう大人しくして。私たちはあなたを傷付けたいわけじゃない」
「……勘違いしてるよ。私は、あなた達の味方になった覚えは無い」
「なのは! フェイト! そこまでだ! 構えるな!」
「「⁉︎」」
クロノの指示は私にとっても意外なもので、一度距離を取る。
「クロノ執務官!」
「お前たちもだ!」
「……っ!」
他の全員にも非武装を強制。抵抗が無駄とはいえ、大人しすぎではなかろうか。
「ウタネ。お願いだ。ここは大人しくしてくれ。約束を守れていないのは重々承知だ。だが、闇の書は完成すれば辺りを破壊し尽くしていく兵器なんだ。過去の記録からもそれは明らかだ。あんなものをもう二度と完成させるわけにはいかない」
「……わかったよ。ただし私からは何も話さないよ。大人しく捕まってはあげるけども」
「ああ……」
私の持つ闇の書についての知識と食い違っている。完成された魔導書は持ち主の思うまま、記録研究の為のものの筈だ。過去数回の記録は一度聞いたけど、兵器なんてのは一度も聞いてない……
連行はごくスムーズに行われ、無事いつかの尋問室に同じ様に机と椅子に縛られた。しかも紐じゃなくて金属の手錠みたいなやつで。
「ナニコレ」
「超硬合金。僕もよく知らないが管理局で最も頑丈な金属らしい。君を拘束したいと申請したら直ぐに渡してくれたよ」
「ふーん……流石に厳しいね」
「緩すぎるくらいだ。磔にされて拷問されてもおかしくない事をしでかしてるんだぞ、君は」
「何その対応。協会じゃん」
「協会?」
「いや、なんでもない」
「まぁともかく! 相手の情報は話さないだろうから、別のことを聞く。なんで彼女たちに協力した?」
「別に。したいと思ったから。私だって人なんだよ。理論以外で動く事だってたまにはある」
「じゃあウタネ。シグナム達の目的だけでも教えて欲しい。私には、シグナムが悪人には思えない」
「……当たり前だよ。罪人だとしても悪人じゃない。欲しいのは魔力、リンカーコアだけ。無闇に傷付けたり、殺したりなんてしない」
「理由を知ってるの⁉︎ヴィータちゃんも同じ⁉︎」
「理由は一緒だよ。理由も知ってる。けど話したりはできない」
「話せない理由は? 闇の書の主に関わる事だからか?」
「話せばあなた達が迷うことになる。闇の書を確保するか、放置するか、をね」
「……どういう事だ。闇の書を完成させるメリットがあるとでも言うのか」
「さぁね……でもそこなんだ、私が知りたいのは。クロノは前、被害が確認されている、としか言わなかった。でも今回は破壊兵器とまでランクアップしてる。管理局の持つ闇の書の認識は何?」
クロノ達は、闇の書完成にメリットなど一つもないと言う態度。私は今まで、闇の書による被害は所有者の悪意によるものだと思ってた。闇の書完成と共に所有者のパスが完全となれば所有者への干渉も無くなり、制御下に置かれるものと。
しかしクロノの返答は、私の認識とは全く別のものだった。
「闇の書は。完成すれば主さえ取り込み、あらゆるものを取り込みながら破壊していく侵食兵器だ。かつてはアースラと同等の船が墜とされている」
「……主でさえ?」
「闇の書の主が生き延びた記録は無い。結果からの判断だが、そう見て間違いないだろう」
流石に言葉を失う。シグナム達は闇の書の完成は八神さんと闇の書のパスを繋げ、闇の書からの過干渉を無くすものである、と言っていた。
「分かったら理由と、主を教えてくれ。君に構っていた分、闇の書の蒐集は進んでいるんだろう?」
「……ダメだ。教えられない」
コイツらは、その理由を大義名分に八神さんの全てを奪うだろう。正義の為の最小の犠牲として、最大の敬意という侮辱と共に。
管理局を敵に回すと彼女たちに言った。それだけは嘘じゃない。例え完成するまでだろうと、彼女の生活を脅かすことは許さない。私が彼女と再び会うのは、この件が終わってからだ。
「何故だ! 主と守護騎士を拘束することで周囲の被害を失くせるんだぞ!」
「知らない……もう放っておいて。1週間くらいご飯食べなくても平気だから、檻に鍵でもかけてればいい……」
私はもうこれ以上関われない。
今の私の頭じゃ、解決できない。
八神さんと管理局、どちらも救えないのなら、もういっそ。どちらも滅んでしまえばいい……
「……わかった。少し頭を冷やせ。その上でどうするか、また今度にしよう。一応エイミィを監視に付けるが、書類上のものだ」
そうして三人が退室し、私は一人、目を閉じた。