「ーーはい、……はい、これで……あ、そうですね。ーーはい」
「はい。確かに受け取りました。それでは明日の午前八時に職員室にお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
私立聖祥大附属少学校。その校長相手に数分かけて書類等の最終確認をし、無事に受理して貰った。明日からこの学校に編入という形で通う事になる。
「いやー、それにしても凄いねぇ。中学生でもこんなにしっかりと出来る子は中々いないよ」
私が手続きに一人で来た時は親はどうしただの聞かれたんだけれど、どう答えたものか考えている間にこの校長が来て、『暇だからゆっくりやろう』と言ってきた時にはどうしたものかと。手続きなのだからゆっくりも何も無いはず……と思って怪しんだものの結果としては助かった。書類自体はそう難しいものではないのだけど、所々自分のものと親のもの、別に印鑑が必要だったから困っていた所、どこから取り出したのかこの校長、あっさりと『双神』のハンコを押して受け取ってしまった。
それ以外は普通の手続き内容だったので、恐らくショタロリコンがやったのだろうけど……まさか人の意識を操るとは……
「はは、いえ、少し慣れているだけです」
とはいえこの校長、見た目こそ怪しまれてもおかしくない中年男性だが、根は優しいのだろう、ほんわかとした雰囲気が崩れない。なので私も……そのようにするだけ。
「あまり詳しいことは話さなくていいけど、生活の中で困った事があれば私に言ってくれれば、多少の事はするからね。人生無意味な苦労をする必要は無いんだ」
「ありがとうございます」
恐らく校長……この学校の職員は、私の親がいないと思っている筈だ。それを直接言わないまでも抱え込むなという彼らなりの優しさというやつだろう。実際に親はいないのだけども。
「あぁ、必要以上に時間を使ってしまったかな。まだ準備もあるんだったね。必要なものは全部終わったから、今日はもう大丈夫だよ」
「そうですね……それでは、失礼します」
軽く頭を下げ、校長室を後にする。その後職員室に挨拶をし、授業中との事なので速やかに帰宅。
後やる事といえば……食事、かな。思えばこの世界に来てから約二日、何も口にしていない。
「取り敢えず食べられればいいんだけど……」
取り敢えず家を出てみるが、昼間から子供がレストラン等に入るのは何がどうあっても問題になる。それは避けよう。となると多分なんともないコンビニ……喫茶店……?
ふと目に付いた喫茶店には『翠屋』と書かれていた。
折角だし入ってみよう……ピークを過ぎているのかあまり人はいないようだし。
「いらっしゃいませ〜……あら?」
「え?」
柔らかそうな雰囲気の店員さんが私を見るなり首をかしげる。
「ちょっ、お母さん!もしかしてもしかして!」
「何?そんなに騒いで……あら」
「え?」
急に声を上げて奥に引っ込んだかと思うとすぐに他の人を連れて来た。そして首をかしげる。え?なんで?
「えーと、白い髪、赤い瞳、落ち着いた雰囲気……ごめんなさいね、お名前をお聞きしていいかしら」
すっごく、嫌な予感がする。
「失礼、
「あらあら、折角来たんだから何か飲んでいかない?タダでもいいわよ?」
「……」
回れ右、程ではないものの機械的に踵を返そうとしたところ、それより速く数メートルを超えて抱きつかれた。ここは……高町家、なのか……
「お母さん、いきなり抱きつくとかセクハラだよ⁉︎」
「あらあら、ごめんなさいね。私、高町桃子っていうの。心当たり、ないかしら?」
この女性、とっても楽しそうな……愉しそうな、笑顔を浮かべている。私の顔から……ほんの、二センチ程の距離で。
「タカマチ……ナノハサンデスカ」
「そうそう♪やっぱり貴女が双神詩音ちゃんなのね〜なのはから聞いたわよ」
「な、何を……?」
普通の暮らしをする中で、あの夜の話などできるはずがない。例えそれが、家族であろうと。いや、家族だからこそ。
「……剣術、できるんですって?」
ーーギラッ
「〜〜〜⁉︎」
注目されている中他の客に聞こえないように、そっと囁いてくる高町桃子。それと同時に、奥の……はじめに接客してくれた女性と、更に奥……恐らく厨房から、肉食獣に近い殺気を感じる。
「ウチに道場があって、剣術をやってるんだけど……アナタ、強いらしいじゃない?」
「え、遠慮しますよ……私、体力無いんで……」
「あら、出来ない訳じゃ、ないのね?」
捕まえた、という口調と笑顔。
しまった……遠慮とかじゃなくスッとぼけるべきだった……
「恭也!もう上がっていいわよ!特別客をもてなしてあげて!」
「おっしゃ!」
「お兄ちゃんズルイ!」
「はっはっは、一試合終われば変わってやるさ」
聞きたくない会話が聞こえてくる。なんだこのテンションは。
一瞬能力を使って帰る事も考えたが、目立ち過ぎて更に狙われる可能性が増すのでやめておく。人目につくし。既に他の客からは視線釘付けだけども。
「おや、まぁそうか、なのはと同じ年なんだよな。じゃあ、ちょっと来てくれ。後で何かご馳走するから」
来てくれ、と言う割には腕を掴んで逃す気が無いように思える。後では遅いから今すぐ帰らせて欲しい。
「ごゆっくり〜♪」
白いハンカチをヒラヒラさせて私を見送る
高町桃子、あの人は……
「よし、ここだ」
そして連れられるまま道場まで来てしまった。
個人のものとは思えない程立派な道場で、少し関心してしまった。
「怪我しないように竹刀がいいかな。好きなの選んでくれ」
「……」
抗議する事無く、一般的に知られてる長さの竹刀を手に取る。
どうせ、逃してくれないから。
「じゃあ俺はコレとコレ。ルールは……早いほうがいいだろ?どこでもいいから一本入れたら勝ちってことで。あ、頭は狙わないから安心してくれ」
手慣れた様子で二本持つ恭也と呼ばれたこの男性は、私と少し距離を置いて構えを取る。二刀流は初めて見た。
「では、始め」
短く宣言すると、不意打ちをしないようにか二秒程間をとって……消えた。
「っ⁉︎」
「ほう」
後方左からの、正に力任せに叩きつけられた竹刀を切っ先に左手を添えて受け止める。体格差、筋力差はとてつもなく大きく、両手がビリビリと痺れる。
何とか防いだものの、私より大きな体が知らぬ間に後ろにいる。それは誤魔化せない恐怖だった。
更に繰り返される見えない攻撃を、勘任せで何とか防ぐものの、こちらは相手を視認すらできない。負けないまでも、勝つ手段が無い。
テキトーに打ち込む事は出来ない。こちらからは見えていなくても相手からは私の全てが見えている。狙いを絞らなければすぐ打ち込まれるだろう。その場合、私は下手をすれば死ぬ。
……もどかしい。万全なら、人間一人なんて相手にならないのに。
ある程度行動パターンは読めた。次は恐らく、私の後ろから上段でくる。頭は狙わないって大嘘じゃん。
「……っとお⁉︎」
恭也が動きを止め、私を探す。
しかし既に遅い。私は背後から、背中を小突く。
「い……」
「私の勝ち、でいいですか?」
「何をしたんだ?」
「いえ別に。そういうものもあるんだ、とだけ」
単に私のフェイントでそこにいると見せかけ、死角から背後に回っただけ。縮地、箭疾歩と呼ばれる
「ぶふっ!はははは!いいじゃないか!なのはの言ってた以上だ!よし!これからよろしくな!」
急に笑いだしたかと思うと、何やら晴れ晴れとした顔で握手を求められる。
これを受けると、何か……そう、ここに入門させられるような……とてつもない面倒事の予感がする。
「すみませんが、私は剣術とかサッパリなので。流派とかも知りませんし」
「……ん?そうなのか?刀を使ってたって聞いたんだが」
どこまで話してるのか凄く気になってきた。
「いやその……たまたま、というか……他に無かったというか……」
具体的な理由が無いため、誤魔化す理由も曖昧になってしまう。
正直に話せば『神の気まぐれで刀になった』……意味がわからない。神の事は他人に話す気も無いし話したくも無い。
「あの、今日はこれで……」
「え?こっちで連れてきてなんだが、店の方はいいのか?」
「はい。軽く食べようくらいだったので。家でやる事も残ってますので……」
「そうか……それは悪いことをしたな。剣術に関しては抑えが効かなくてな……こればっかりは性分で。次来た時はサービスするから、なのはにも会いに来てやってくれ。お前さんのこと話してる時は、楽しそうな顔してたから」
「はぁ」
殺されかけて楽しそう……?もしかして高町なのは……あれ程しつこかったのも、私と同じ……?
「ではまたお邪魔します。今日はこれで」
「おう、時間取らせて悪かったな。次も期待してるぜ」
「……」
笑いかけてきたのに対し、私は無言で礼をして道場を出る。
高町なのはが私と同じである可能性は……否定できないけれど。肯定するだけの理由が無い。確信が持て無い以上は否定するべきだろう。
「しまったなぁ……」
翠屋に戻り、外に出ると下校中と思われる小学生が見えた。
そんなに長い間道場にいた感じはしなかったんだけど……集中してたからかなぁ……明日、何持っていけばいいんだっけ……