偽神の書は静かに告げる。
互いに仁王立ちのまま動かない。
「そう……まぁ。できるならどうぞ」
鎌を取り出し、無造作に降ろす。視線は男の口。彼の言葉が発せられる前に切る。
「フェイト! なのはは無事か⁉︎」
異常事態を即座に察知し、フェイト達に合流したクロノ。
気を失いユーノに治癒を受けているなのはと、仮面の男、守護騎士を警戒するフェイトとアルフ。
その全員が、現状の理解に手こずっていた。
「うん、ユーノの治癒もあるし、大丈夫だと思う」
「向こうはシグナムが同じ、そして、仮面の男と、ウタネ」
仮面の男に攻撃されたアレは、まず間違いなくウタネであると直感していた。
もしそうでないとするなら、管理局の結界を超えて来られる新たな勢力となりうる。
「……う」
「なのは!」
「う、うん、フェイトちゃん。大丈夫」
「良かった。次はウタネだ。でも、あの様子だと……」
ユーノが言い淀む。それも仕方の無い事で、仮面の男の拳は確実に胴体を貫通していた。通常、あれを即死以外では見ることはない。
「分からないな。一度首を落としても生きてたんだ。何かしら対処してあるのかもしれないが……」
「今露骨に動くわけにはいかない、だよね」
「ああ。あの仮面の男、ただ者じゃない。今は僕らが危ない」
なのはのシューター、バインドを全て把握し破壊する魔法練度と体術。人数差があっても油断はできない上、守護騎士がまだ健在だ。
結界がある以上当然なのだが、仮面の男と協力する素振りが無いことから、彼らも仮面の男を警戒していると見える。
シグナムの治癒も終わっているようで、管理局より仮面の男をより警戒していると見られる。
「えっ!」
「どうしたんだい⁉︎」
「ウタネが……」
フェイトの声にアルフやなのはだけでなく、守護騎士、仮面の男も反応する。
その視線の先、ウタネが落ちた場所からゆっくりと浮き上がるように飛んでくる。
「ウタネ! 大丈夫なのか⁉︎」
クロノが近付くことなく声をかける。
「……ちょっとした耐久テストのつもりが、まぁそれはいいが。状況は理解した。じゃあ、お前からだ」
ウタネが頭上に掲げた右手を仮面の男に向けて振り下ろすと、いつのまにか白い大鎌が握られていた。
「……え」
「お前は要らないな。クロノで十分だ。お前の代わりはしてやるから死ね」
「っ⁉︎」
ウタネが超速度で仮面の男に接近、躊躇いなく振り下ろす。
ギリギリで回避するものの、なのは達を相手にしていた時のような余裕が無くなっているのは明らかだった。
「飼い猫風情が出しゃばるんじゃない。
「ぐっ⁉︎グハァァァァ……!」
ウタネが呟くと、その手には男の右腕、肘から先が切断された状態で握られていた。
「片腕の治癒くらいならできるだろ。さっさと消えろ」
「ぐ……はぁ……はぁ……」
ウタネが仮面の男に腕を投げ渡し、吐き捨てる様に言う。
仮面の男は反撃も無駄と判断したのか、迅速に転移魔法で消えた。
残ったのはウタネと、混乱した現場のみ。
「ウタネ……?」
フェイトが問う。フェイトだけでなく、その場に残った全員が、今の行動はウタネが取るとは思えなかった。
ただ一人を除いては。
「本性を現したか、フタガミ」
「シグナムか。久しぶりだな。闇の書は順調か?」
唯一臨戦態勢を取り、対峙しようとするシグナム。その構えには主の為の仲間では無く、天敵を見据えているような固さがある。
「そんな話をする気は無い! やるなら来い!」
「そんなに怯えるなよ。ロクにレヴァンティンも握れない癖に。また無駄な挑戦をしたのか? 前会った時より酷くなってるぞ」
少し鋭い目をそのままに、守護騎士を見るウタネ。
「なんだと……!」
「まぁいいさ。過去は水に流して今後を考えようぜ。つまり、闇の書の蒐集だ。さっきの仮面の男に管理局。不安要素が大きくなるばかりだろう」
「どうするつもりだ? 管理局に投降しろとでも?」
「まさか。そんなことしたら殺されるぞ、お前ら。オレの魔力を蒐集させる。なのはやフェイト程では無いにせよ、AA以上はあるはずだ」
仮面の男を襲った時の殺意はいずこやら。軽い相談事の様に闇の書の完成を促すそれは、仮面の男以上に協力的な態度であった。
「……何が目的だ」
「別に。正しい世界と、ウタネに会う事。オレが望むのはそのくらいだ」
「何……?」
「ウタネに会う、だと……?」
どこをどう見てもウタネである外見からウタネに会う、という言葉が出れば当然混乱する。人は誰しも、自分にだけは会う事ができない。
「じゃあテメーは何なんだよ! ソックリな顔しやがって!」
「オレの事や、オレの知らない展開がどうして出来上がっているのかはどうでもいい。重要なのはウタネを引きずり出す、ただそれだけだ。クロノ、ウタネを出せ。そうすればオレが管理局に協力してやる」
「なんだと……」
「あっ!」
「どうした?」
「クロノ、私たちの探してた犯人ってもしかして……!」
「っ!」
フェイトが管理局側にだけ聞こえるように話す。
クロノはその閃きを即座に真実と結び付けた。
──……私じゃない可能性は考えてくれない?
──今のところは皆無だ。何かあるのか?
──鎌とか顔つきとか? ほら、全然違うでしょ?
過去交わしたウタネとの問答。ウタネでなく、ウタネに酷似した人物の示唆。
それは目の前にある人物と共通点を有している。
大きな白い鎌、少し険しい顔つき、圧倒的な近接戦闘技術。
ロストロギア襲撃事件、その記録映像の主と一致する。
「それに、ウタネが『私に気をつけて』って」
「どういう事だ……? ウタネではないのか?」
ますます混乱する頭の中。クロノは現状の最善を選ぶため必死に頭を回していた。
この時、通信などによる確認……ウタネの拘束部屋を確認しなかったのは、現場の混乱をそのままにした要因だった。
「なんだ、悩む事があるか? なら少し手合わせしようぜ。管理局、守護騎士の合同チーム対オレ。オレを倒せたら闇の書に蒐集させてやるし手伝いもする。管理局には闇の書の解決とその後の嘱託でもしてやろう」
側から見れば明らかな傲慢さに言葉を失う一同。
鎌を待つだけ持って構えもしないその様は、まさにウタネのそれと同じに見えるが……そこから感じる戦闘能力。果たしてこの中の、何人が生きて帰れるのか……
「仕方ない! やるぞ! ユーノ、アルフ! 援護を! なのはとフェイトは僕に続け!」
膠着状態では進まないと、クロノは指示を飛ばし攻撃態勢をとる。
「スティンガーレイ……ファイア!」
中距離から放たれた超高速の魔法。
フェイトの速さを持ってしても回避できない速さ、防御貫通能力を持つこの魔法、直撃せずともダメージは必至……のはずだった。
「バリア貫通、高速射撃。まぁ普通はそうだろうな」
「っ⁉︎」
犯人はその攻撃をいとも簡単に避けていた。それこそ、最低限の動き、という評価以外あり得ない程に。
「チェーンバインド!」
「ディバイン──バスター!」
両手両足を固定してからの砲撃。
これも回避不能、ダメージ確定の連携だ。
「いい連携だ。だが足りない」
「な……」
犯人の手足が一瞬だけ膨張し、バインドを一瞬にして砕き、そのまま砲撃を受けきる。ダメージや消耗した様子は見られない。
「はぁぁぁぁ!」
「ふん、いい速さだ。単調過ぎるがな」
不意打ち、背後からのバルディッシュを、見る事もなく半身で避け、返しに鎌を一振り。
「きゃぁぁぁっ!」
バリアは間に合ったものの弾き飛ばされるフェイト。
この一瞬でクロノ、なのは、フェイトの攻撃を全て完璧に対処した犯人。
追撃をする様子はなく、むしろ追撃を待っているようにさえ見える。
「……おい! 管理局! そいつは未来を視ている! バラバラで攻撃しても無駄だ!」
「シグナム⁉︎」
声を上げるシグナムに驚くフェイト。他のメンツもまさかシグナムが助言などとは考えていなかったのか、少なからず驚いている様子。
「未来を視る、だと……?」
「あぁ、バラしたら面白く無いだろうが。まぁいいが。未来、と言ってもごく短い、数秒程度だ。次何をしてくるか、ぐらいだな」
「ザフィーラ!」
「行くぞヴィータ! 叩き潰す!」
「おい! 仲間の言う事を聞いてなかったのか!」
クロノが怒声を飛ばす。敵であるにも関わらずのそれは、未来を視る能力がウタネと違う……つまり、完璧な別人、ロストロギア襲撃の犯人と確信した為だ。
ウタネは先読みをカン、つまり予感の類だと説明した。しかし犯人は、未来を視るとはっきり口にした。それは全く別のものだと。
であれば。クロノが期待していた手加減……ウタネであれば、最悪でも殺されはしないだろうという、最後の期待。
ウタネを望む以上、同等程度の力を持っていると仮定するのなら。仮面の男を一瞬で撃退せしめた力も含めれば、全滅は覚悟しなくてはならない事だった。
「パワーで押し切れるつもりか? オレはウタネ程非力じゃないぞ」
「ディバインバスター!」
「無駄だ。協力するのは結構だが、フォローでは遅いぞ」
「邪魔してんじゃねぇ! 高町なんとか!」
「今そんな場合じゃないでしょ⁉︎」
守護騎士が近接、守護騎士を傷付けたい訳ではないなのはやフェイトがそのフォロー、という形で連携の様なものが取れつつ、少しの間打ち合いが続いた。
「っ⁉︎逃げろ! 殺されるぞ!」
シグナムとザフィーラが犯人に──恐らく能力込みだろうが──押し切られ、それを見たクロノが叫ぶ。
ユーノやアルフ、シャマルがバインドなどの援護をしているものの、未来を視るというのは本物の様で、攻撃とバインドを同時に避けられる場所を選択して動いている犯人。遥か格下であろうと、この人数差相手にここまで完璧に動ける人間が、管理局にどれだけいるだろうか。小学生の四則演算を数学者が解答するように。それ程までに完璧な動き。教科書通りにいかない事など山程あるが、教科書通りに進めているようなまでの動き。回避から防御、攻撃に反撃。その全てが未来を見て行われているのだとしたら。ウタネ以上の事があるのではないか。クロノの執務官として積み上げた経験はその危険を察知して叫ばずにはいられなかった。守護騎士の、主の為ならば命も投げ出す騎士とは違う、命を守る指揮官としての経験は、この場で誰よりも優れていたクロノだからこその悪寒。
「
「フェイトちゃん!」
「WRYYYYYYYYYY!」
犯人が呟いたその直後には、鎌を大きく振りかぶった犯人がフェイトのすぐ近くに、フェイトをして逃げられない距離で、他の誰にも援護できない程の速さでそこにいた。
フェイトはその短い時間の中、母との記憶、ジュエルシードを通してのなのは達との思い出を見ていた。その中に、危ないのは貴女だ、狙うなら貴女から狙う、というウタネの言葉も入っていた。
そして、この事件で誰かが死ぬとすれば、それは自分だと。
それらによる感情が追い付く前に、その時は訪れる。
その首に吸い付くように、反応できない事を知っている鎌は容赦なくその軌道を加速し。
──ザクッ
意外なほどに軽い感触でもって、ソレは森へ消えていった。