「……え?」
男の指が刃に食い込み、今にも砕かんばかりに亀裂を入れている。
更には刃だけで数キロはある鎌のフルスイングを片手で受けきった事になる……
ゴドーワードは絶対言語だけで、身体能力は一般以下のはずじゃ……
「ふむ……想定以上、ですね。驚いている様ですが、なに、私も神から頂いただけです。神の特典……更なる能力を」
「……ふぅ」
ベッドで目を覚ましたシオンが軽く息を吐く。その時点で現状把握は終了したと見て、私は部屋のドアに手をかける。
「おはよう」
「ああ」
「じゃあ行こうか。クロノが怒ってる」
「怒ることなんて何もねーだろーに」
手を頭の後ろに組んでダルそうについてくるシオン。
「法の番人様は私たちみたいなのは嫌いなんじゃない?」
「だろーな。オレもオレみたいなヤツいたら許せねぇし」
「クロノ達は、嫌い?」
「嫌いではない、が好きにもなれん。覚悟の質が違う」
「そう……私も嫌いじゃないよ」
「でも迷ってんだろ。アイツらを裏切ってでもはやてを救おうかどうか、どころか、どっちも無くそうとか考えてるな」
「……うん」
簡単に八神さんの名前が出るあたり、やっぱり全部把握してる。ならどうすれば解決できるのかも知ってるはずだ。私はそれに任せよう。
「そういうのはオレの役割だ。管理局は裏切らない、はやても助ける。両方やる知識と能力が今のオレらにはある」
「……うん、お願い」
いつもの尋問室に着く。ノックをして返事を待たずにドアを開ける。
予想通り、クロノと高町さん、フェイト、ユーノにアルフ。
私達用に二つ、空いている椅子に並んで座る。
「本当にいたんだな。ロストロギア襲撃犯」
「シオンだ。それに誰一人として殺しちゃいねーよ」
「重大犯罪だぞ!」
淡々と悪びれないシオンにクロノがキレる。
分かっていたその反応に冷ややかな視線を向けるシオン。
「だからなんだよ。お前ら管理局如きに何ができる。守護騎士を説得? 完成前に主を確保? 闇の書の破壊? できるか? お前らに……あぁ、まさか、オレを逮捕? できるか?」
「なんだと……!」
「わったよ、ロストロギアならもう返す。何も不備はないはずだ。ほら、なのは」
「っと……」
どこからか取り出した様々なロストロギアを、高町さんに投げ渡す。問題があるとすれば、受け取り損ねたロストロギアに傷が入っていないか、だと思う。
「何が目的だ。何がしたい」
「おいおいユーノ、それを聞くのはオレだぜ。なのはやフェイトがクロノに逆らわないように、オレもお前らに逆らわない。言ったろ? オレは管理局の嘱託になってやるってよ」
「……ますます分からない。初めてウタネと会った時以上に恐怖を感じてる。そうする君の理由と、その裏が欲しい。じゃないと僕は君となのは達を一緒にさせたくはない」
外側から見ればフェイトを本気で殺しかけた凶悪犯罪者だ。裏切りを前提としていると思っていてもおかしくない。
ただ私の視点から言わせてもらえば、シオンがそうした可能性はゼロだ。あくまで私を探すという目的があった以上、そんな事をするとは思えない。
「んー、そうだな。目的としては……今は、って事になるが、闇の書の制御だな。今の主を最期の闇の書の主にしようと思う。その裏だが……闇の書の主……」
「まってシオン、それはダメ」
「ダメだそうだ。じゃあそうだな、主の代わりに裏切り者でも教えてやろうか」
「裏切り者……?」
フェイトが首をかしげる。これまで聞いていた限り、裏切り者の存在なんて言ってなかったような……
「つっても分かるか、クロノ」
「怪しい者はいない。僕とエイミィで関係ある職員は調べたし、監視もしている」
「もっと深く考えてみろ。そして思い出せ……該当するのがいるはずだ。事件に関わりを持っていて、かつそれを憎む理由と可能性があり、対処できそうな力のある……そんなヤツだ。お前なら分かるだろう」
「……ウタネ、前に僕たちが砂地で対峙したのを覚えているか」
「蜘蛛の時かな」
「ああ。君は何らかの……シグナムでも蜘蛛でも無い相手と戦い、逃げられた、そうだろう?」
「うん。そうだね」
「その時なんて言った?」
「……このクソアマ?」
「そう。僕の記憶でもそうだ。そして……シオン、でいいのか」
「ああ」
「君は仮面の男に向けて何と?」
ニィ、と笑い、正解だと言わんばかりに答えるシオン。
「飼い猫風情がでしゃばるな、だ。流石じゃねぇか」
ハハハハと手を叩くシオン。
得た情報は、仮面の男が女性で、何者かの飼い猫……のような存在であるということ。女性に関してはカンだけど、身体の使い方が男のそれじゃ無いように感じた、ってだけの話。飼い猫については分からない。
それに対し、クロノは納得がいかないようだった。
「該当者はいた。最近になっておかしい点もあった。だが! お前はなんなんだ! なぜそこまで知ってる⁉︎ロストロギア襲撃の際もそうだ、何故あれほど効率的な犯行ができた!」
「うるせーな。教えてやったんだから感謝しろよ。裏切りったってお前から見ての話だしな。まぁ……知ってるさ、知ってるだけ……信用はしてくれねーよなぁ……なのは」
「はい!」
待機状態の鎌で高町さんを指し、えーと、と前置きをして話す。
「近距離で遊ぶのもいいがお前の本領は砲撃だ。近距離戦ではバインドも狙っていけ。フェイト」
「はい」
内容は本当に軽いアドバイス。いうなれば私のお節介に対して強くなるための修正。フェイトも同じように指示される。
「お前は良くも悪くも速さが全てだ。だが、もう少し装甲を張れ。ユーノとクロノが暴走するぞ」
「「なっ⁉︎」」
「ぶっ!」
クロノのユーノが動揺し、即座に理解できた私は吹き出してしまった。なんて面白い事を言うんだ。高町さんのアドバイスは前振りか?
「ななななななにをいうんだ! ふぇとは今や義妹だぞ⁉︎そんな気一瞬たりとも起こすものか!」
動揺し過ぎて回らない口で必死に反論するクロノ。ユーノは顔赤くして黙ってる。
全体の困惑具合を嘲笑う様にシオンのテンションは上がっていく。
「ハハハハハハハハハ! そうだよなぁ! 起こしちゃあエイミィが黙ってねぇもんなぁ! ハハハハハ!」
「それ私も言いたかったんだよ……ってかアルフ」
対人関係を知り尽くしているかのような話し方で腹を抱えるシオン。それを傍目に溜息をつく。そういえばそんな話前もしたような。
「んあ?」
「私がフェイトを追い詰めた理由、
「あ、そーなんだ……当時聞いてりゃもっと友好的にしてたなぁ絶対」
「アルフ⁉︎」
「当たり前さね。今は冬だからいいけど、夏になって水泳授業なんて受けてみなよ、フェイトのバリアジャケットより面積広いかもよ?」
「えっ……」
「ハハハハハ! そりゃそうだ! あんま変わったもんじゃねぇけどな! クローンとは言えその年から痴女たぁ姉さんでも手に負えねぇな!」
「「殺す」」
「oh……悪かったよ。クローンの話はしないし痴女とも言わない。ウタネも姉さん呼びは控える」
躊躇いを感じさせない殺意を前に流石にやり過ぎたと思ったのか、手を上げて降参の構えを取るシオン。物分りが良くてよろしい。
「……そうだ、まず自己紹介でもしてもらうべきだった。シオン、嘱託になるというのならちゃんとした自己紹介などしてもらおうか」
「あー、フタガミシオン、シオンでいい。敬称付けたら殺す。ここに来たのは最近で、ウタネの身内みたいなもんだ。スタイルは近接、対人特化。魔法も一応使えるはずだ。後は……何かあるか?」
「ウタネ、どうだ?」
「……別に。シオンがいいならそっちは好きにすればいい」
クロノが私に振ってくるけど意図が分からない。私には関係無いと思うんだけども。
「そうか。なら、君の能力を教えてもらおうか」
「あ?」
「ウタネと同等以上を自負するからにはそれなりの何かがあるんだろ。嘱託で信用して欲しいなら話せ」
「ふむ……いいか? ウタネ」
「あなたがいいならいいよ」
別に私のも話していいけど問題にしたくないだけだし。気にしてたのはソレか。私の能力は秘密にするよう言ってるから、シオンも同じなんじゃないかと。
「わかった。オレの能力は、あらゆる世界の能力を使用する能力だ。同時使用は二つまでの制限と、使用の度身体に負担がかかるから重い能力をずっと使うこともできない、ってくらいだな」
「昨日使った能力は?」
「時間を止める能力、時間を消し飛ばす能力がメインだな。あとは細々と」
「それぞれの説明を」
「めんどくせぇな。止めるのはそのまま止める、時間停止。オレの場合四秒ほど。消し飛ばす……吹っ飛ばす、か。オレ以外の時間を吹っ飛ばし、その過程で起きた事象はオレ以外意識できない……分かるか?」
「えっと……」
「私もさっぱり……」
「昨日のシチュで言うとだな、ウタネの攻撃が当たる直前から能力発動だ。それで、当たった事も世界には認識されないからオレを透過する形で通り抜けていく。認識されてないオレは何かに触れることもできないから、何処へでも自由に動ける……分かる?」
「攻撃を無効化するのか?」
「無効化はしない。攻撃が止まったのはあくまでウタネの攻撃同士の衝突だ。外力は働いていない」
「発動中は何も触れず、すり抜ける……幽霊みたいな感じでいいの?」
「まぁ……そうだな。だから……」
「えっ!」
「こういう事だよ」
「ほー」
座っていたシオンがいつのまにかクロノ達の後ろに立っていた。
やっぱり速さでもないね。
「今その気ならお前らを殺せたんだが……どうするよ。信用してくれるかい」
「またやっかいなのが増えたな。お前達が初めから味方だったらと思うと腹が立つよ」
「そりゃどうも。他はあるか?」
「シグナムが未来を見ているって言ってたよね。ウタネの勘とは違うの?」
「全く別物だな。ウタネのカンはマジのカン。第六感なのに対し、オレは情報収集からの予測……ラプラスの悪魔、って知ってるか?」
「いや……知らない」
「あらゆる物質の動きがその次の瞬間に訪れる結果に結び付いているとして、その動きを認識、計算できるなら、過去と未来の全てを見ることができる知性の事だ。不確定性原理により完全に否定されたが、オレはそれに似た事をごく限られた範囲で計算できる」
「えーと……」
「なのはもフェイトも数学には強いだろ。1足す1が2になる様に、筋肉の動かし方だとか今どう動いているかを観察して、次どうなるかを考えるんだ」
私はこうなるだろうな……っていう予感、反射。ほぼ正確だけど外れることもあるし大まかな事しか分からない。
けどシオンは観察に基づく正確な予知。場の状況や相手の視線や身体、それ以前の動作などを瞬時に読み取って導き出す未来。
私の方が遠い未来まで予感できるけど、シオンの方がより正確に見える。
それらを擦り合わせれば、より正確でより遠い未来を視ることができる。今はできないけどね。
「まー視えねぇヤツにはわかんねぇよ。じゃあアレだ。体感させてやるから模擬戦しようぜ」
「勝手な事を言うな! まだ取り調べ中だぞ!」
「うるせー、ついでだ、守護騎士に勝つ為にも少しだけアドバイスしてやる」
「……っ、二人はそれでいいか?」
「お手柔らかに……」
「私も、お願い。近接ならより参考になる」
「だそうだ。ユーノとアルフはどうするよ。1対4でも構わんが」
二人の承諾を得て、他二人にも声をかけるシオン。
「い、いや……僕は遠慮しておくよ」
「アタシも……」
「そうか。まぁいい。気が向けば入ってこい」
「待ってシオン、もうやるの?」
「当たり前だ。実戦に練習時間は無い。今闇の書が完成したらどうする気だ」
「むー」
そんな無駄な時間は作るな、と吐き捨てるシオン。
でもそれは多分、心構え……覚悟の質、ってやつ。闇の書はまだ完成しない。だからこそ日付を聞いたり、蒐集させたりしたんだ。あるべき世界とズレない為に。
クロノからリンディ提督に話が行き、空いているので自由にどうぞ、ということらしい。
私はやる事もないのでついて行くことにした。
未来視は予測で、測定ではありません。黒バス赤司君のエンペラーアイだとか、テニプリの才気煥発の極みだとかと似たようなメカニズムのものと思って下さい。ウタネのカンはFateのセイバーの直感みたいな。