無気力転生者で暇つぶし   作:もやし

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私の能力の中で平気で話す男。
鎌を掴んでいた指は離されたのに少しも動けない。少しでも『今』から外れれば……男の言葉に呑まれる予感が止まらない。勝てない……
いや、でも、まだ。
【全て、止まれ】
後ろに跳びながら言葉を使う。
この世界全体、全ての気体をダイヤモンドと同等以上の硬度に固定する。厚さ数キロメートル以上のダイヤの壁。何をどうしても不能なはずだ。
「無駄ですよ。あなたの能力では私の言葉を超えられない」
痙攣すら不可能なはずの中で簡単に歩いてみせる男。
確かに固定してるはずなのに平気な顔を……!
なにより、私の手の内は全てバレてるのに、相手が一切分からない……


第45話 模擬戦

「んー? こんなしっかりしてたか? トレーニングルームって」

 壁を触りながら、おかしなものでも見てるかのようなシオン。

「どういう事だ?」

「いや、なんか簡単にぶっ壊れてるイメージあったからな。まぁ気にしないでくれ」

「???」

 部屋は一辺が30メートル、高さ10メートルくらいの直方体のトレーニングルーム。遠距離同士の模擬戦には少し狭いかな、というくらいだけれど、部屋としては十分に広く、鉄筋コンクリート以上の硬度を元々持ち、更に魔法でも強化しているらしい。

 それを知った上ではよく分からない物言いに、私含め一同が首を傾げた。

「始めに言っとくぞ。この模擬戦はお前ら二人へのアドバイスと共に、さっき言ってたオレの能力を試したいのもある。オレも昨日使ったのが初めてだからな。最大限確認作業をしたい。が、飛ぶのはナシな。疲れるから」

 シオンが中央あたりに歩いて行き、鎌のサイズを戻し、軽く構える。

「うん……ウタネちゃんが信用してるなら……私達も信じるよ。闇の書の解決の為に」

 高町さんもフェイトもそれぞれデバイスを構え、シオンと対峙する。

「あぁ……全力で来い。オレを殺す気でな」

 ふぅ、とシオンが息を吐く。私と同じ、切り替えのルーティンだ。

「バルディッシュ」

《了解》

 それを見て開始合図も無しに超速移動から攻撃を仕掛けるフェイト。

「不意打ち襲撃はお手の物か……だが足りない。一人で押すには限界があるぞ」

「く……」

 しかしその速さでは全く意味が無く、スタートのタイミングと速度を読みきっているシオンには簡単に対処される。

 この模擬戦、不利なのはむしろ高町さんとフェイト。

 初動の前から結果を読み取るシオンに対し、遠近コンビでは常に近距離での1対1が揺るがない。ガジェット相手に無双するのではなく、相手一人を確実に対処する戦闘スタイル。シオンの言う通り、シオン相手に一人では限界がある。

 更に未来を視て得た相手の始点、そこを同じ力で押さえた場合。

「え……」

 数度打ち合った末、回り込もうとしたフェイトの動きが止まる。

 シオンが鎌の柄でフェイトの太ももの付け根を押さえると、高速移動していたフェイトが本人の意思に関係無く動きを止めた。

 相手が一人の時だけ使える始点を潰す攻撃。高町さんに少し教えたのはシオンのコレ。始点にあたる点を、その全く逆のベクトルから全く同じ力でぶつけるとどうなるか。運動が止まる。転がってくるボールを蹴り返せば、方向が変わったり威力が増したりして飛んでいく。けどこの打撃でボールを打てば、ボールはその場で止まる。

 高町さんに教えたのは始点だけ。攻撃すれば前者の様に向きやパワーこそ変わるけど反動なんかが残る。対してシオンは何も残さない。

 超高速の近接戦の中、その止まった時間は致命的な隙になる。

 右手の鎌でフェイトを押さえたまま、シオンの拳がフェイトの顔へ吸い込まれる。

「……」

「ウタネはこんな事教えなかったのか? 全力でやれって言ったろ。カートリッジも使って、出来る事全てやれ。次は当てるぞ」

 直前で拳を止め、再開を促すシオン。

「なのは、お前もボケっとしてないでなんかしろ。フェイトだけじゃ能力を使わずに終わるぞ」

「えっうん……全力全開、本気でやるよ。レイジングハート!」

 呼びかけと共にアクセルシューターが十六、待機状態で出現する。

 現状高町さんがコントロールしきれる最大数。威力こそバスターには劣るけど、その小回りの効く牽制力は非常に有効に働く事が多い。なにより、純粋な手数で勝負できるから未来を見ても簡単に対処できるわけじゃない。

「よし……その攻撃は能力無しでは無理だ。数を相手にするのなら、最適は……投影・開始(トレース・オン)

 シオンが天井近くに剣を出現させる。その数は高町さんと同じ十六。

 装飾も無く無骨な短剣ではあるけど、確かな威力を感じさせる。

「行くよ、フェイトちゃん!」

「うん!」

 アクセルシューターとフェイトがシオンの周囲を高速で移動しながら攻撃していく。シオンはその全てを防いではいるけど、反撃までは手が出ない様子。数が多いと……特に生身じゃない、相手へのダメージが見込めないシューターみたいなのが多いと、それに対する反撃も考えないだろう。フェイトに反撃するにも、常に二つはシューターがついて回ってる。度々入れ替わるとはいえ、私と同じようにバリアジャケットの無いシオンには十分な牽制として機能してると思う。

「よし」

 シオンが打ち合いの中で小さく呟く。

 フェイトは気にしてないようだけど、多分その意図はパターンを見切った確信の声。

 私の予想はすぐに正解と告げられる様に、シオンから一番遠かったシューターが四散する。

 動揺する二人。その原因は上空の剣。シューターの軌道に先読みして落として、ジャストタイミングでシューターを捉えている。

 高町さんはそれを踏まえてコントロールするけど、多少の変化をつけた上で、剣はそれを先読みする。

「う……」

「パターンからの派生にも限界はある。なんならいっそ、逆走させるのもアリだったな」

 ついにはフェイトの周囲にいた二つ以外が破壊された。

「因みに、今の軌道の先読みはただの読みで、予知じゃない。流石に意識レベルの……見えないものは読めないからな。そこで、お前はどうするべきだったと思う?」

 そこで一度中断の合図を送って、高町さんに問うシオン。

 その間フェイトはカートリッジの交換など、再開までの準備をしていた。

「連携の問題じゃなく?」

「ああ。お前個人として、シューターの援護以外に何ができたか?」

「……思い付くのは、バインドくらいだけど」

「そうだな。バインドでオレを縛るのは十分に良い戦術だ。ウタネならその発生を予感して避けられるが、オレはそれが出来ない。十分に良い。だが、もっと良い方法があるだろう」

「……?」

「お前も来いよ、この射程距離(エリア)に。最初に言っただろ、一人じゃ限界があるってな。二人で近接、遠近、遠距離の三種の戦法を持て。そして相手が一番苦手とするそれを選べ。目先の一勝の為に末代まで呪われる覚悟でやれ。命を賭けるってのはそういう事だ」

 まるで高町さんが近距離で戦えるかの様なシオンのセリフ。

 私の介入が無ければおそらく、ユーノの考えからしても近距離での戦闘はまずできなかったはず。シオンはそれを読み取ってる……まだ能力を隠してる? 

 しかしまぁ隠してたとしても特にデメリットは無いので放っておく。いちいち説明させるのも面倒だし、覚えられないから。

「わかった……けど、一ついい?」

「ん?」

「シューターの軌道が予測……予知できないって言ってたけど、昨日はバインドも全部避けてたよね?」

「あぁ……あれはお前らがコンビネーションを取ろうとし過ぎたからだな。そりゃ全方位に敵がいれば、それを見る訳だが。不自然な穴、守護騎士三人のコンビネーションでは絶対に出ないであろう穴ができる時がある。それはフェイトだったり、お前のシューターだったりするわけだが、それは簡単に予知できる。だがそれが無い時。それがバインドの発動サインだった」

「それも予測……」

「ああ。あの状況で視えないものはバインドくらいだったからな。視えるだけが全てじゃない」

 シューターや人、それらの未来を見て、それでも不自然なポイントにバインドがくる……そういう予測だと、シオンは言う。

 トランプのババ抜きで、ラスト一組の場合で自分が1枚の場合、相手の2枚のうち1枚は自分の手持ちと同じで、ペアにならない不自然な1枚はジョーカーと断定できると。

「未来視だけでなく、お前のスタイルにも言える事だ。遠距離では負けない、近距離は弱い。ならどうするか。近距離を鍛えるのもいいが、弱点は弱点のまま、それを利用すればいい。近距離のスピード感でバインドを使えるようになれば、そのまま砲撃してもなんら問題無く運用できる。ヴィータなんかには特に効くだろう。シューターをヴィータが突破できるギリギリに調節して、誘い込みバインド……必死に切り抜けた状況が演出で、手のひらの上だったと知ったら……笑えてくるだろ?」

「ゲッスゥ……」

 フェイトに渡すカートリッジを補充していたアルフが引いてる。

 ゲスいのは否定しないけども……あくまで私と同じ愉快犯だし、根は真面目なんだよ。ほんと。

「でも僕達には無い発想だよ」

「そりゃあそうなんだけどさぁ……正面から勝ちたいじゃないのさ」

「ならアルフもシオンに師事すればいいのに。武器以外にも格闘技もそこそこできるよ」

「んーにゃ、やっぱ遠慮しとくかねぇ。フェイト達は事件解決があるからそりゃ勝ってほしいけど、アタシはただ意地の張り合いだからねぇ。言うなればついでさ。いざって時にフェイトの身代わりになれるくらいでいい」

「ふーん……」

 シオンの仕事を増やす勧誘は断られてしまった。

 自力で勝とうってのは良いと思うけど、数百年を戦ってきた騎士が優秀なだけの魔導師や使い魔に負けるとは思えない……なんで高町さんたちはシグナム達と同等に戦えてる? 

 確かに魔力量はズバ抜けてる。戦闘スタイルもそれに合ったもの。管理局をして止められなかった闇の書は、守護騎士はそんなヌルい相手しか狙わなかったのか。

 再開だ、というシオンの声で思考を中断。結局分からないものは分からない。

「二人も混ざれば勝てたかもなのに」

「へぇ? あんな余裕そうなのにかい?」

「余裕だけど、ギリギリなんだ。魔力量は二人の方が多いし、能力も制限があるみたいだから。それに、私と同じで、一発当てれば勝ちだよ」

「そうなのかい?」

「うん。魔法使えるって言ってたけど使う気は無いみたいだし、バリアジャケットみたいなのも無い生身だから。未来視があるからこそ、みたいな余裕だね」

「ウタネはしないの? シオンとは知り合いなんだよね。2対2でもいいんじゃないかな」

「んー……疲れるし、私はそういうの向いてないかなぁ……シオンとコンビネーションなんて取れないし」

「そーだアンタ、もうちょっと体力つけなって。どうにもなんないだろ、そんなんじゃ」

「だから五分なんだよ。五分以上はかけられない。それまでに相手には再起不能になってもらう」

 フェイトは失敗した、シグナムも加減した、蜘蛛や仮面の男には逃げられた……ロクな戦績じゃないな。

 その後はカートリッジの交換などをしつつ、ユーノとアルフと話しながら模擬戦を見ていたんだけど、シオンに挑発されてユーノとアルフは結局参戦する事に。

 絶対やめた方が良いと思うんだけどなぁ……

「シオンー、死なないでねー」

「おうコラ、応援するなら助けろ」

 支援型二人の参戦により未来視の限界をあっさり超え、何十にもバインドで縛られるシオン。

 調子に乗るバカは叩かれる……ってどんな諺だったかな。忘れた。

 ユーノ、アルフによる拘束と、シオンを前後で挟んで収束する高町さんとフェイト。スターライトと、プラズマスマッシャーかな。

「はっはっは、殺す気でって言ってたのは誰かなぁ?」

「あーはいはいオレですよこの野郎!」

「スターライト……」

「あ」

 おいおいおい、死んだわシオン。

 トレーニングルームを隅々まで照らし尽くすピンクと金の魔力球。

 既に射撃体勢に入っている二人に対して、バインドを破壊するたび重ねられ動けないシオン。

「ブレイカァァァァァァ!」

「スマッシャー!」

 一瞬の歪みから、破壊の魔力が放出される。光は数瞬も無くシオンを呑み込む形で衝突し、衝撃波と余剰魔力を撒き散らす。

 補強されている壁は軋み、ヒビ割れ、カケラが落ちる。

 目と耳を塞ぎたくなるほどの光、音。エース二人の全力の純魔力砲は相応しい威力を持ってその周囲を被害に晒していく。

 地震のように続いた崩壊は二十秒近くに及んだ。

 永遠にも思える光の先、ようやく三人を捉えられる様になると、エース二人は肩で息をしていた。

 はぁはぁとデバイスを杖に使い、二人のエースは顔を合わせる。

「……え」

「……あ」

 二人は呆然とした顔で息を飲む。

 シューターの一撃で落ちるはずだったシオンの体は、太陽以上の輝きに消し飛んでしまった。

「あー……シオン死んじゃったかー……」

 闇の書どうしよう。解決策聞いてないよ。

「えっ! ちょっ! 死ッ……⁉︎」

 蘇生魔法とかって無いのかな。治癒すら使えないからわかんないや。


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