足元から親友の泣き声が聞こえる。私は簀巻きのまま十字架に磔られ、首すら動かせない状態だから姿は見えない。
「なんで貴女が泣くのかなぁ……」
「だって……あんなに仲良くしてきたのに……もっといっしょに居たかったのに……!」
すすり泣く友。しかしその体は任務を遂行すべく、十字架へ薪を積んでいく。それは本人の意思であれ、できればしたくなかったという矛盾したものだ。感情とは本当に不思議なものだと、他人事を考える。
「闇の書さん! 話を聞いて!」
結界内に転移して、闇の書と接近。それまで闇の書は何をするでもなく、ただ街を眺めていた。
「お前たちは……まだ、邪魔をするのか」
「闇の書さん……」
「お前たちは……私を、その名で呼ぶのか」
闇の書が右手を掲げる。闇色の魔力が密度を高めていく。
「違う! 本当の名前を、貴女から聞きたいの! シオンから聞いた名前が正しいのかどうか!」
「本当の名前なら、解決策が見つかるかもしれない! だから!」
「……我は闇の書。我が主の望みを叶えるのみ……デアボリック・エミッション」
二人の呼びかけも意味を成さず、闇の書は行動する。
右手の先のソフトボール大の魔力球が一瞬大きく、直後に無くなるほどに小さくなると、破壊を伴って広がった。
「んんんんんん⁉︎」
「空間攻撃⁉︎」
「二人とも、私の後ろに!」
高町さんが前に出てシールドを張り防いでくれた。
けどさ、完全に呑まれてんだけどコレ大丈夫? なんでダメージ無いの?
「うううぅ」
「なのは!」
「大丈夫、シオンの分も耐えるから……!」
攻撃範囲はかなり広く、そこまで広がりきる間はずっと防御しなきゃいけないみたい。
……シオンはコレをどう防いだんだろ。底知れない。
ようやく収まりかけたと思ったら、背筋に悪寒。
「二人とも、散って!」
「「っ⁉︎」」
二人が左右に避けた所で私に正面から闇の書が突っ込んで来た。
鎌でガードはするものの、この威力は……!
「ぅ……! ぁぁぁぁぁ!」
「ウタネちゃん!」
「ウタネ……!」
「次は、お前たちだ」
♢♢♢
「……!」
目を覚まし、現状を確認する。
ただ何も無い道場に、見慣れた初見の殺人鬼が正座している。
「お前……いや、言うまい。それは必要ないんだろう」
絹などという比喩すら無礼になる程の艶のある、肩で無造作に切った黒い髪、中性的ながら整った顔、160程の身長に見事に着こなした白い着物。
そして、その傍に置かれた一振りの日本刀。
「ええ。ユメの中でしか在り得ないとはいえ、無闇に喚ばれるのも困りものね」
「そりゃ悪いな。オレの未熟だ。全く……オレの闇がこんなモンとはな」
眼を閉じたまま微笑を浮かべる相手に対し膝と額を床につける。
「別に構わないわ。それに、刺激があると退屈しないわ。こういうのも、悪くないと思うもの」
「……そうか。まぁ、機嫌を損ねてないなら良かったよ」
顔を上げ、剣道の試合前の様な形で正座で向かい合う。
姉さんのいない世界で、自分のためだけに力を使う……今まであったようで一度も無かったその機会。
オレという個人の、唯一最大の望みであるとも言える。
「まぁ、あの子の写し身……私で言う式や織のようなものだものね。断りなんてしないわ」
「……? 別に、アンタと同じモノじゃねぇと思うが……?」
「まぁ、そういうものよね。私もそうだから。でもそう思うのなら、私を知ってるのに口調は変えないのね」
「……まぁ、普通は土下座どころの騒ぎじゃねぇだろうな。姉さんはそぐわねぇし、オレの敬語は逆に侮蔑を孕むからな。オレが気を使わなきゃいけない……オレの能力以下の、庇護下になる存在。傷付きやすいものには優しく触れる。そんな感じだ」
「そう、じゃあ始めましょうか。あなたの望みを叶えるために」
思った解答と違ったのか、話の続きは無かった。
相手が優雅に立ち上がると、かつて慣れ親しんだ筈の道場が戦場のような悪寒を持つ。
一瞬先が無いとさえ思える純粋な殺気。姉さんやオレの能力を持つ闇の書でさえここまでじゃなかったな。
「特典……能力は惜しまないぞ」
「えぇ。ここでなら、デメリットも無いわ」
相手が無造作に持った刀を鳴らす。
それは新しいオモチャを買ってもらった子供を思わせる雰囲気を放っていた。
「ふぅぅぅ……よし、じゃあ遠慮無く……行くぞ」
息を吐き、無いはずの死を確実に視る。
「ふふ」
時間を跳ばしたその先、刻み始めた一瞬後には刺さっていたはずの死が、防がれる。
手加減していた実世界とは違う。完全に殺しにいった突きだった。
背後から右脇腹への片手突き。能力抜きにも強力な一手。
それをまさか、弾いて返すとは。
「ぶッ……!」
伸ばした腕を突き刺され、蹴り飛ばされる。
即座に能力で修復するが、戦力差を実感する。
オレならさっきので止めを刺した。脅威になり得る使い手は即座に消す。それが生き残る上での基本だ。
だがアレはそれをしない。どころか回復の時間までゆっくり取ってやがる。
「……バランスを考えるレベルじゃねぇな。やっぱ」
「当たり前よ。子どもの遊びとは違うわ」
……闇の書を、この能力を、子どもの遊びか。
「GER……タスクACT4……果たしてアンタは滅びずにいられるのかな?」
この能力に殴られたもの、向かうものをゼロにする。
この能力に触れるもの、その全てを望むままに。
別系統でさえ干渉する以上、何を相手にしてもアドバンテージになる。
例えそれが、直死の源流であっても。
「オモチャにしては上出来ね。少しは楽しめそうよ」
「アンタ達にはホントに憧れてんだ……そこまで崇高な生き方はできねぇからな」
「そんな事言っても譲らないわよ」
「言っておきたかったんだ。会えるとは思ってなかったからな」
呆れられるが、本心だ。
互いに必要とし、けれど頼らない。完全に自分の為にだけ動く生き方。
多重人格には、簡単そうで難しい。生活の何処かには必ず、違う誰かの形跡がある。それを無視し合える関係は、羨ましい他ない。
……その源流であるこの人に言っても、意味は無いかも知れないが。
「そうね。本来私は誰とも会わないはずだけれど……こういう奇跡の類でなら、巡り逢うこともできるわ。そうじゃないと、無いとの同じでしょう?」
「……ああ。やっぱり姉さんとは違うな」
「全くの別人よ。他人の空似ね」
どこまでも涼しい微笑を浮かべる根源の権化。
「らしいな。確信できたよ。根源じゃねぇのは残念だが」
姉さんの発作……能力。その規模や性質からそれに近いものかと思っていたが……別ものか。
「……」
「いくぞ、続きだ」
「そうね。早めに行ってあげないと、やられちゃうかも」
刀を正眼に構え、迎撃の意思を持つ根源。
不意打ちが効かないのは実証済み、となれば二度同じ過ちはしない。正面から叩き伏せる。
「あぁ」
本来なら負荷で崩壊する能力を二つ同時に使い、それでも尚勝率不明の相手に向かう。
全てを打ちのめされたその先に、その対策を見出せると信じて。
やっぱりシオンの特典は変更するべきだった。
魔法そっちのけで宝具だとかスタンドだとかやりだすから。