どんな時代の英霊も、私の前では脅威とならない。終わってしまっている英霊では、ただの木偶。英霊という縛りから出られない存在では、限界は知れている。今生きて、それを貫き通す意思のある者にしか私を打倒し得ないだろう。その例外は、近くにいるが。
「次は、お前たちだ」
闇の書がページをめくる。
選択される魔法は、これまでと同じ、空間範囲攻撃。
「……バルディッシュ、攻撃が始まったら、なのはを連れて離脱。一度距離を置こう。ウタネが危ない」
《了解》
「生と死の狭間の夢……終わりなき夢を。我が主や彼と同じ夢を……デアボリック・エミッション」
「なのは! 撤退!」
「えっ⁉︎フェイトちゃん⁉︎」
フェイトがなのはの腕を掴み無理矢理離脱させる。
距離にしておよそ二百メートルの建物の影。闇の書相手に十分とは言えないが、空間攻撃範囲外ではある。
「闇の書の攻撃も読めてきた。固まってたら一撃必殺、バラけてると範囲攻撃、遠くにいれば小型高速攻撃。シオンみたいな同レベル相手には分からないけど、私たち相手にはそれを守ってる」
飛びながら伝えた、フェイトの考察。
それはシオンの出した結論とほぼ同義であった。
「……つまり」
「闇の書の攻撃は、複雑な様で単調なんだ。それぞれが強力だから、状況に合わせた魔法を選んでるだけ」
シチュエーションに合わせた、言わば自動攻撃。そこから相手の手によって魔法を使うという戦法。
「シオンの能力は使ってこないかな」
「それも多分無い。シオンの能力は使う度に負荷がかかるって話だったから、シオン戦でも相当消耗してるだろうし、普通の魔法で足りるならそうしてくるはず」
完成された魔導書ゆえの、完成された戦法。
闇の書から見れば最善の攻撃、迎撃も、それを理解する者から見れば単調な、対策の可能な攻撃と見ることができる。
「いくら速くて強くても、先読みできれば対処はできる、だね」
「うん。ウタネやシオンのやってたことを私達がやって、時間を稼ぐ」
直感、未来予知の二種類の未来視を体感した二人だからこそ、その強みが理解できる。
瞬間火力も継続火力も遥かに劣るウタネが、何故自分たちと同等程度に戦えるのか。
未知なる相手であるはずなのに、なぜシオンは多数を相手に完璧な立ち回りが出来たのか。
それは、二人が持つ未来視の能力であるが故。
「行けそうなら攻撃もする!」
「二人に頼らない! 私たちで闇の書を倒して、はやてを助ける!」
「うん! やろう。二人の分まで、きっと!」
「うん!」
いない二人の能力を十全に把握しているからこそ、二人はその戦術に踏み切ることができた。いくら理論を見ても、実際に行うのは困難だと言う事を知っている為に、理論だけでの戦術には踏み切れないだろうし、クロノが許可を下すとも思えない。
実際に未来視の可能性、利便性を見た上での判断。未来を見て対策する事は、素の実力差を補って余りあるということ。
更に言えば闇の書の消耗。本来ならばSSSの超火力に対抗するのみだった闇の書。シオンの蒐集により新たな能力を得たとしても、その対価として肉体への負荷がかかる。同程度以上の使い手たるシオンのお陰もあってか、相対的な負荷である以上、闇の書にも無視出来ないダメージになる。
このダメージを踏まえるのなら、思う以上に差は縮まっているのかもしれない。
「行こう。流石に高速攻撃は予感できないから」
「うん」
再び闇の書の前に姿を見せる二人。
そして躊躇いなく接近する。
「闇の書さん!」
「話を!」
「……!」
♢♢♢
「……外は、荒れているな。主よ、どうかそのまま、安らかなユメを」
闇の中で、ソレは呟く。
ソレは、幾度と無く繰り返したこの結末を、最初と変わらぬ悲しみを感じていた。
主を取り込み、ただ誤った形で……結果的に、破滅を導く形で望みを叶えるモノに成り下がってしまった我が身を悔い、無能さに打ちひしがれる。
だが此度は少し、マシだろうと考えていた。
魔法では無いが、正体不明の能力。使い道さえ分からない、謎の……何も映さない鏡の様なソレ。
その正体はすぐに分かった。外で戦っている者の能力だ。どうも、次元世界という意味では無い異世界の能力を引っ張って来ている様だった。
時間を止め、跳ばす。魔法を防ぐのではなく消し去る力。
初めこそ理解が及ばなかったが、説明を聞けば十全に理解できた。さらには他の能力も。
外での戦闘に興味は無い。いつか辺りが荒野となるだけだ。
だが、能力の使い道はある。
闇の書を闇の書たらしめる原因、ナハトヴァール。これの抑止に活用できる能力も存在していた。これにより主への負担は軽減できると、普通の人間と変わらぬ、穏やかで安らかな最後をと。
その一方的に優しい願いが、思いが、闇の書としては仇になった。
「……ん」
「ッ……!」
外での戦闘、未知なる能力の攻撃に時間がかかっている。
数発は受けた上、相手が使う能力は二つなのに対し、抑止の為に一つ使っている為に有利を取れない。更には負荷。鏡に物を叩き付ける様な強引さで能力をコピーしている為に、魔力量等のスペックとは関係無くダメージになる。
この負荷が響き、更には闇の書からの侵食も抑止しているため、主の眠りは妨げられる事になる。
「……はっ⁉︎」
「……!」
数度に続く揺れ。
遂には有り得ない事象……闇の書の完成後、取り込まれた主が意識を取り戻すという事態が発生してしまった。
「主……どうか、お休みください……」
言葉も浮かばず、ただこれまでを継続するくらいしかできない。
「だっ、誰⁉︎」
しかしそれも、此度の主の前には通じない。
「あ……すみません。えと、闇の書の管制人格です」
「はー……あの闇の書が……えらい美人さんやったんやね」
「まぁその……ありがとうございま…….んんっ、ではなく。主、目を覚ましてしまったからには仕方ありません」
「な、なんや……あんな事やこんな事……?」
はやてが両腕で体を隠す様に抱く。
「違います。騎士たちがそんな事をするとお思いですか」
「騎士……?」
「はい。騎士たちの感情と私は……不純物によりそう深い訳ではありませんが、近しいものがあります。貴女には平穏な人生を送って欲しかった……闇の書についての騎士たちの誤解は謝りますが、この思いは何一つ嘘偽りはありません」
「そか……私のために、無理させよったんやね……」
「いいえ……いいえ! 貴女が気に病む事はありません。全ては私が、闇の書が悪いのです。貴女はただ巻き込まれただけだ。これを恨んでも、貴女が傷付く必要は無いのです。これから貴女を殺してしまう、貴女の人生を奪ったこの私を、恨んで、憎んで、蔑んで下さい……貴女に悲しまれると、私は!」
これまでを、嘆く。
無意識に諦めで塞き止めていた懺悔を、主の心に流される。
「……ええよ、それで。なんも悪ない。奪ってなんかない。私は親もおらん、知り合いもおらん。そんな人生は、無いのと同じや。でも闇の書がいたからやってこれた。シグナムたちが来てからはもっと楽しくなった。私のことを真剣に考えてくれて、私の料理を笑顔で食べてくれて。望む以上の幸せを、闇の書からもう貰ってる。謝る事なんか、なんもあらへん」
足に寄りかかり泣きつく管制人格の頭を撫で、微笑むはやて。
「ですが……主、ナハトが……能力で抑えてはいるものの、既に限界を超えてます! 暴走は免れません!」
「今までは、そうやったんやな。でも、諦めたらあかん。あなたは私の魔導書で、あなたのマスターは今は私や。マスターの言う事は聞かないかん」
はやての足元に白い魔法陣が展開される。
闇しか映さなかったその場所に、初めて色が映される。
「魔法の使い方も、わかった。この夜天の書も、わかった。もう闇の書なんて呼ばせへん。私が呼ばせへん!」
「主……!」
「もう能力はええよ。私で止めてる。使える二つ、有効に使お」
「ですが……しかし、どうするのです……?」
「外で誰か戦ってる。協力して貰おう」
「……戦っているのは管理局と協力者です。既に一人倒れました。それに、闇の書の提案に協力するでしょうか。そもそも、協力など頼める立場では……」
「その時はその時や。頼れる人がおるんなら、頼ってええんやで」
ニコッと笑うはやて。
「外の方! すみません! 八神はやて言います!」
管制人格を慰め、外に声をかけるはやて。
その声は、自信に満ちたものだった。
♢♢♢
「はぁぁぁぁぁ!」
「く……!」
「バスタァァァァァァァァ!」
「……! 防げ」
二人の攻撃は、功を奏していた。
闇の書の予備動作を見逃さず、近距離、遠距離を瞬時に切り替え、闇の書の攻撃を発動から止めていく。
その隙を逃さず、最善の攻撃手段を選んでいく。
隙を作らない事を優先している為、一撃のダメージは無いに等しいかもしれないが……それでも、反撃を許さない事が第一。
さらに言えば、少しずつではあるが弱ってきている、という実感が二人にはあった。
「そこ!」
「っ⁉︎」
始点を殺すシューターは、今やほぼ全ての予備動作を止めるまでになっている。防御が抜けないのは変わらないが、反撃も無い。
少しずつでも削れて、時間が稼げるなら、という作戦は大きく当たり、必要な時間を稼ぎ切る事に成功した。
「はぁぁぁぁぁ! 最果てに至れ、彼方の王よ! オーバーロード!」
「何ッ⁉︎」
上空から突撃してきた一閃。
闇の書は防御するが、シールドの爆発により距離を置いた。
「「シオン!」」
「オレはどうでもいい。姉さんはどうした」
「その……」
二人に近付いたシオンが問う。
二人はその解答について考えていた。
「ほらシオン、二人を虐めないの。大丈夫だから」
「ウタネ!」
「ウタネちゃん!」
ウタネも上がってくる。
能力で補強していたのだろう、全身が血に濡れているが、流れている様子では無い。
「どこやられた? 治すぞ」
「額と右足。あと胸と肩、それと膝と肋骨、肘もかな。でもいいよ、治したから」
「……まぁいい」
ウタネの治すはただ固定しただけで実際には繋がって無いのだが、それを踏まえて良しとするウタネに、シオンはため息をつく。
『外の方! すみません! 八神はやて言います!』
「「「!」」」
反撃を見せなかった闇の書から、声が響く。
それは闇の書のものではなく、より親しんだ声だった。
「よし、起こしてたみたいだな。二人とも良くやった」
「「え……」」
「あ? どうした?」
「いや、シオンが褒めるなんて思わなかったから……」
「……いいだろ別に。それよりだ。はやて! シオン……はわかんねぇか、ウタネだ!」
『え⁉︎ホンマに⁉︎』
はやてが驚く。当然なのは達も驚いていたが。
「必要だけを話せ! もうナハトは切り離してるか⁉︎」
シオンだけは例外で、事を進めるべく最善を選ぶ。
『うん! 暴走も抑えてる、今なら引き剥がせるはずや!』
「よし、十分だ。フェイト、クロノに繋げ」
「う、うん」
《……なんだ》
「見つかったか?」
《まだだが、原典はあった。やはり元の機能はほとんど殺されてる様だ》
「よし、それで引き上げてこっち来い。猫はいらんぞ、ユーノとお前だけだ」
《猫て……わかった、すぐ向かおう》
通信が切れる。
そして動きの止まった闇の書を見ながら、シオンが提案する。
「よし、クロノが到着する前にアレを撃つ。耐久はオレの能力もあるだろうし心配するな。カートリッジは残せよ、ノーコストで撃てる最大でいい」
「「うん」」
「姉さ……ウタネは休憩だ。この後に備えてろ」
「……? うん」
事件の全貌が見えていないウタネには、この後という言葉の真意が伝わらなかった。
しかしそれを気にするシオンではなく、行動を続行する。
「行くぞ。取り敢えずはやてを救出する」
シオンが構え、黄金の波紋の中から一振りの西洋剣を取り出す。
「うん!」
「ディバイン──」
二人はいつか、シオンを消し飛ばした範囲殲滅魔法の構え。
カートリッジ不使用の分前回より控えめだが、それでも十分な破壊力。
「星よ、大地よ。彼の聖剣をここに許せ。エクス……」
剣が光る。いや、光が剣に集まり、輝きを増していく。
それはある種、神秘を形作る工程の様な。
「「バスタァァァァァァァ!」」
「カリバァァァァァァァァ!」
三つの光が、互いに干渉する事なく闇の書を捉えた。