【完結】ペインフル・リインカーネーション 作:さくらのみや・K
私達を遮るものは、皆燃え尽き、流され、鉄筋コンクリートの瓦礫に押し潰されて消えた。
「愛していたよ、お兄ちゃん。」
全てが崩壊したその日、
私達は結ばれた_________
………………
……………
…………
………
……
…
二人分の朝食が載せられていた食器を、キッチンで一枚ずつ水で流して食洗機に並べる。
イヤホンから大音量で流れるサウダージは、水の流れる音も“お仕置き”の音も搔き消した。
「諦めて恋心よ〜…か。」
サビの歌詞で苦笑いする。
食器をちょうど片付け終わった時、包丁片手に彼女が俺の前に姿を現した。
曲を止め、イヤホンを外した。
「ご苦労さま。」
「あぁ、お互いにな。」
渚はいつもの明るい笑顔で兄をねぎらうと、未使用の包丁を流し台の下にある包丁入れに戻し、扉を閉めた。
「今日も使わなかったのか?」
「うるさいからちょっと削いじゃおうかなって思ったけど…でも、彩子さん連れて来た日に2本とも使っちゃったでしょう?あの人の血が付いた包丁で、お兄ちゃんの料理作るのは嫌だもん。」
愛しい声と話し方で、身の毛のよだつことを話す渚。
俺はもう慣れてしまった。
我が家に5、6本あった包丁のうち、2本を渚が持ち出した。
料理で汎用的に使える包丁はあと2本、残りは果物ナイフとのこぎりのようなパン切り包丁だった。
「新しいの買わなきゃな。あの2本、刃がもうボロボロだったから。」
「…そっか、その包丁を使えば良いんだ!刃が鋭くないから、多少切りつけても危険じゃないでしょ?」
その分痛いけどな…ガッタガタの刃で切りつけられる痛みを想像して身震いした。
「まぁ良いや…支度しろ、そろそろ行くぞ。」
「あ、はーい!っと…」
素早くエプロンを外し、学校用の鞄を用意する渚を、俺は複雑な想いで見つめていた。
あとどれだけ、渚と一緒にいられるだろう。
もう長くはない_________
朽梨 彩子を、隣の自宅から誘拐してきたのは渚だ。
彩子は俺の元カノ、この間まで付き合っていた。
隣に住んでる幼馴染で、昔はよく遊んでいたが、思春期になって少しずつ疎遠になった。
そのころ交通事故で両親が死に、彼女と仲良くしてる余裕もなかった。
そのまま他人となるはずだったのに…
一ヶ月前。
急に昼飯に誘われた。
毎日一緒に食べる友人もいたが、俺はあえてOKした。
理由はかなり不純なもので、裏でサイコさんと呼んでいる彼女と飯を食えば、おもしろい“ネタ”を発掘できるかも知れないと、俺と友人達は思ったのだ。
いつも一人で大人しめで、髪の長さとおどおどした女子を皆裏でからかっている。
俺も、それで腹を抱えて皆と笑える程度には子供だった。
その後紆余曲折あって付き合うことになるが、告白された理由に俺は恐怖を感じた。
『子供の頃、約束してくれましたよね?大きくなったら、ずっと側にいてやるぞ!…って。』
言われてみればそんなことを口走った気もするが、コロコロ気持ちの変わる子供の約束など、5年も経てば反故になる。
だがそれを口実に彩子は食い下がる。
整然と、まるで当たり前のように10年以上前の子供の口約束を引き合いに交際を迫る。
怖くなり、渋々了解したのが悪夢の始まりだった。
渚と二人で学校を目指す。
徒歩で約20分、毎朝7時半過ぎには家を出ている。
朝のHRが8時半でそこそこ時間が空くが、その時間で宿題を写させて頂くのだ。
「嬉しいなぁ…こうやって、お兄ちゃんと手を繋いで学校に行ける日が来るなんて。」
夏用の制服に赤いマフラー。
渚の季節感めちゃくちゃのこの格好は、彼女の俺に対する感情の全てを表している。
中学の入学祝いに、俺が小遣いを貯めて買ったものだった。
冬用に買ったが、渚は春夏秋冬着けている。
「あんなに恥ずかしがってたのに、最近はちゃんと手を繋げるようになったね。」
「恥ずかしいのは変わんねえよ。」
「大丈夫だよ。大通りまでは誰かに見られることないでしょう?」
「ぶっちゃけ見られても良いけどな。仲良いのはみんな知ってるし、いっそ付き合っちゃえって言う奴もいるから。」
それを聞いて、急に顔を赤くする。
「わ、私達…付き合うって…も、もう何言ってるのその人はー!一応その…兄妹じゃ、付き合えないし…」
これだけ素直に反応して、自分の本当の気持ちがバレてないと思ってるんだろうか。
それとも気づいて欲しくて…というなら、その目的はもう何年も前に達成されている。
渚が俺に恋愛感情を抱いてるのに気づいたのは、マフラーをプレゼントしてしばらく経ってから。
いつでも着けているのを不審に思って、俺はずっと彼女を観察していた。
まだ両親の四十九日も終わっておらず、きっと何かショックを受けたせいだと思ったのだ。
赤いマフラーを首に巻きつけ、その温もりを幸せそうに感じる渚の姿。
中学生になり恋愛というものは知っていた。
その姿は、恋人からプレゼントを貰って幸せを噛み締める女のものだった。
実の妹の想いを知り、自分も段々渚を見る目が変わっていった。
きめ細かな白い肌、少々幼いが愛おしくなる顔立ち、くりっとした瞳、そして確実に成長していく身体のライン…
渚に異性として見られていることを知ってから、俺も妹を女として見るようになった。
一人で
彼女も同じように自分で…と考えると、すぐに渚を押し倒したくなる衝動に駆られた。
だが兄妹という、血の繋がりにまとわりつく倫理が俺を引き止めた。
近親相姦は犯罪ではない。
だが、若気の至りで取り返しのつかない事が起きてしまったら…
お互いの関係が、生活費や食費をくれる親戚や、俺や渚の友人に知れたら…
相思相愛にも関わらず、互いの想いを実らせるには、兄妹という倫理の壁は余りにも分厚く高かった。
和を乱すのを何よりも嫌うこの国では、倫理や道徳を無視して生きていけない。
渚も分かってはいるようで、そんな彼女が想いたった奇策がある。
『私と二人で、練習しない?お兄ちゃんに恋人ができた時の練習になるし、私も…練習になるし…』
画期的…とは正直言いがたい。
兄貴なんて妹なんて死んでしまえ…というぐらい仲の悪い兄妹が沢山いる10代。
練習というお題目だろうと、年頃の兄妹が恋人ごっこなどはっきり言ってヤバイ。
結局は、倫理的に問題ないと自分達に言い聞かせるための言い訳だが、お陰で気楽に恋人らしいことができるようになった。
最初は、完全に女として見ているがゆえに、手を繋ぐのも恥ずかしくてたまらなかったが。
だが、恋人ごっこから俺と渚の心情を見抜き、関係を引き裂こうとした奴がいた。
それが彩子だった。
『本当は渚ちゃんと…恋人になりたいとおもっているとか…?』
あの眼…長い前髪の隙間から覗くあの眼は、全てを見通していた。
ずっと疎遠だったのに、なぜ今になって彩子は行動を起こしたのか。
昔の記憶で、いつか必ず俺と結婚できると思い込んでいた彩子。
しかし、俺と渚の恋人ごっこを知り、いつか本当に結ばれると思ったのだろう。
他人に見られないようにしていたが、まさか我が家に盗聴器を仕掛けてたなんて…
そして交際を始めてから、彩子は渚の兄離れを強要してきた。
約束を果たすためなら、恋人の妹であろうと容赦する気はなかった。
理不尽な理由とは言え、かつて自分から切り出した誓い。
自業自得だと自分に言い聞かせ、別れる糸口を探してはいたが、彩子の執着心は強かった。
なんとか耐え続けようとしたが、想いを寄せ続けた兄を取られ、距離が離れていくのに強いショックを受けていた渚。
日に日に元気を無くし、闇に堕ちていく様を見て、俺は我慢の限界だった。
『大丈夫、私から彩子さんに言ってあげる!』
涙目で彩子との事の経緯を話すと、元気を取り戻した渚は胸を張った。
そして、
話し合いから戻った渚が連れて来たのは、瀕死状態の彩子だった_________
渚は、さっさと彩子を殺して死体を処分するつもりだったらしい。
だが、俺はさすがに怖くなった。
こんなはずじゃなかった。
話し合いじゃなかったのかよ_________
ちゃんと自分でけじめを付けるべきだったと、後になって後悔した。
それに、やったことはなんであれ、自分を好きになってくれた人間を死なせるのは嫌だった。
結局、彩子は一階の奥にある物置に監禁することになった。
俺は共犯になった。
『え…?イヤだって……?なんで?』
『ねぇ?どうして?これは私とお兄ちゃんの為なんだよ?今まで話したこと、聞いてなかったの?』
『ねぇ?ねぇ?ねぇねぇねぇねぇ答えて?』
『なんで?なんで?ねぇなんで?』
本当は手伝いたくなかったが、断ろうとしたらキレる寸前まで詰め寄られた。
もはや逃げられない。
覚悟した俺は、ホームセンターの買い出しを手伝いロープで彩子を縛り上げた。
そして“お仕置き”が始まった_________
校門前。
「じゃあね、お兄ちゃん。お弁当渡したよね?」
「あぁ、ちゃんと入ってる。」
学年が違うと、この学校は玄関も変わる。
「また後でね、お兄ちゃん!」
笑顔で手を振り、1年生用の玄関へ向かう渚。
彩子を蹴りつけ、角材で折れるまで殴る。
憎悪に満ちた渚の表情と怒号、ガムテープ越しに響く、彩子のくぐもった悲鳴。
一度だけ“お仕置き”を見させられ、俺は夜中一人で泣いた。
あの渚があんな風に豹変するなんて。
未だにショックが抜けない。
だがそれでも、今日も退屈で気だるい一日が始まるのだった。