【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.10 壊れた夢の大通り

誰も居ない、

静まり返った通り_____

 

瓦礫に埋もれ、街並みは跡形もない。

それでも、その通りはかつて家族4人で…そして兄妹2人で並んで歩いた通りだった。

 

俺はふらふらとその通りを歩く。

 

行く宛も帰る宛もない。

それなのに俺は、ただ一人歩き続けていた。

まるで他の道を忘れてしまったかのように。

 

 

気がつくと、目の前に誰かが横たわっている。

《大丈夫ですか…?》

妙にくぐもった自分の声に意識を向けることなく、俺はその人に歩み寄る。

だが既に意識は無く、馴染み深い宅配便のロゴが刺繍されたジャンパーは血に染まっていた。

 

自分で……抜け出せ…ます…から……

 

どこからともなく、彼のうめき声が聞こえた。

あの時手を差し伸べていれば…

 

そう思って顔を上げると、すでに通りは人で溢れかえっていた。

 

虚ろな瞳で、倒れ込む人々が_____

 

《な…んだよ…これ…》

 

そして自分の傍らに、渚の姿がないことにようやく気づく。

 

俺は走り出した。

 

くっ…苦しい…

痛い…ぐあああ…

身体が…うわァァァァァァ…

助けて!助けてお母さん…

 

《やめてくれ!》

生命を失った人々の死際の苦痛が、一斉に頭に響いてくる。

 

熱い!熱いよ…

え?く…崩れて…

息ができない…助け…

 

《渚!渚ー!》

必死に、愛する妹の名を叫ぶ。

俺は耳を両手で塞ぎながら通りを駆け抜ける。

 

おにーさん…

 

飛び込む苦痛の呻きの中で、聞き覚えのある声が響く。

 

振り返ると、そこにはあの男の子が立っていた。

『ありがとう、さいごまで一緒にいてくれて。』

妙にはっきりと、彼の声が聞こえた。

 

その時______

 

目の前のビルが突然崩れ始める。

それは俺達がずっと避難し続けたデパートだった。

 

助けてぇーーーーー…

いやだ!死にたくない…

お母さーーーーん…

 

一緒に肩を寄せ合った人々が、崩壊に巻き込まれていく。

 

《うわぁぁぁぁッ!》

 

目の前に大量の瓦礫が迫る。

押し潰そうとするコンクリートの瓦礫を、俺は無我夢中でかき分け続けた。

 

わけもわからず、ただただもがき続ける…

 

《ハァ…ハァ…》

 

気がつくと、そこにはコンクリートの破片も瓦礫に埋もれた通りも苦しむ人々もない。

 

雲の隙間から、月明かりが差し込む。

 

そこは、我が家の物置だった。

 

その中心に座り込む、切り刻まれ、血塗れで変わり果てた人の姿。

俺が自分で手を下した、幼馴染の少女の亡骸…のはずだった。

 

だが、月明かりは栗色の明るい髪を照らし出した。

 

《そんな…》

 

いつの間にか握られていた手斧で俺が殺していたのは、俺が一番愛したたった一人の家族。

いつも自分を見つめていた赤い瞳は見開かれ、虚空を見つめていた。

 

《あ…あぁ……》

 

自分の手は真っ赤に染まっていた。

それは愛する人を殺し、破滅を願ったせいで流れた大量の血の色。

 

《うわああああああああああああッッッ》

 

目の前に佇む渚の死体を前に、俺は絶叫した…

 

………………

……………

…………

………

……

 

暗闇の中で、私は一人立っていた。

思うように動けない息苦しさに、人生で何度目かの恐怖と絶望をおぼえた。

 

今度は誰が私を殺すの?

それとも、私が…

 

ありがとう_____

 

声の方を振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 

淡い栗色の髪、

赤い瞳、

歳よりも幼く見える華奢な身体。

そこにいたのは、色違いの制服を着た“私”だった。

 

《どういう意味…?》

 

私は尋ねた。

声が出ているのかよく分からない、不思議でもどかしい感じがする。

 

だってあなたは、

 

私の夢を叶えてくれた_____

 

お兄ちゃんと添い遂げる夢を_____

 

その顔は、今まで私が見てきた“彼女”のどんな表情よりも穏やかだった。

 

私はお兄ちゃんのことが好き_____

 

心の底から愛してる_____

 

そしてどんな手を使ってでも、

 

私はお兄ちゃんに愛されたい_____

 

私と同じ願望を漏らす“彼女”に、まるで自分が鏡を見ながら話しているような感覚を持った。

そう、“彼女”は私の鏡写しなのだ。

 

だからあなたは生まれた_____

 

愛されなかった私の代わりに、

 

今度はあなたが愛されて欲しい_____

 

私へ向けられる女達の殺意、

私がお兄ちゃんへ向ける殺意。

それは“彼女“が叶えられなかった夢の結末。

私とお兄ちゃんが夢を叶えるために、“彼女”達が与えてくれた黙示だった。

 

幾多の障害を乗り越え、この世の理にも打ち勝って叶えた今、もう私は恐怖と絶望の幻を見せつけられることはない。

これで私は…

 

でも、あなたは罪を背負った_____

 

重い重い十字架を_____

 

《なによ…それ…》

突如一変した雰囲気に思わず身構える。

でも、詰め寄ろうとしても前に進めない。

気味の悪い浮遊感が身体を包む。

 

あなたが壊した幸せ_____

 

あなたが願った破滅_____ 

 

徐々に、“私の声”に聞き覚えのある別の声が重なる。

 

目を背けて幸せになろうなんて_____

 

栗色の髪が黒く染まり、生き物のように伸びていく。

じわじわと変わっていくシルエットは、間違いなく見覚えのある女の姿。

見覚えのないあの女達じゃない、確実に私が16年憎み続けたあの女。

 

絶対に許さない_____ッ!!

 

身体中が血に染まった朽梨 彩子が、悪魔の様な表情でこちらに迫る。

 

私は声にならない悲鳴を上げた…

 

………………

……………

…………

………

……

 

避難所になっている小学校のグラウンドでは、多くの避難者が眠れぬ夜を過ごしていた。

月明かりが照らす崩壊した日常を背景に、人々は刻一刻と悪化していく環境に震えながら夜明けを待っている。

それは俺も渚も同じであった。

辛うじて津波を免れたため、そのまま無事だった校庭のベンチに腰掛け、俺達は文字通り身を寄せ合っていた。

 

彼と出会うまでは、どれだけ真っ暗な夜でも心の底から幸せだった。

 

だけど______

 

あの男の子の死に際に立ち会い、遺体の安置所に運ばれていく様子を見てから、俺達は全てが一転した。

仲良くなった子が死んでしまった、それ以上の悲しみが胸を締め付けた。

 

そして俺は、恐ろしい悪夢を見るようになった。

 

かつて見た、見覚えの無い姿の渚に刺される夢は、俺自身が渚を殺した夢へと変わっていた。

渚だけではない。

あの男の子、倒壊する建物や津波から逃れ切れなかった人々…

この災害で死んだ、顔も知らぬ人々への罪悪感が、悪夢となって毎夜俺を苛んだ。

 

それ以来、急に暗い夜が恐ろしくなり、渚の華奢な身体が本当に消えてしまいそうで怖かった。

 

「お兄ちゃん…」

渚がポツリと口を開く。

「これから…どこへ行くの?」

行くあてがない。

それはどこへでもいける自由への切符ではなく、行くべきところがない孤独を意味している。

俺達はようやく、そのことに気がついた。

「どこへ行きたい?」

「お兄ちゃんと一緒なら、どこでも良いよ。」

「それじゃあ…」

気持ちのまま、俺の頭に浮かんだ場所。

方位磁針のように、俺の心はある場所を指し示した。

 

家に帰ろう_____

 

俺達が生まれ、成長し、倫理の壁越しに愛し合った場所。

俺達兄妹の、愛と罪が作り上げた傷だらけの思い出が詰まった場所。

 

そして、

3人の愛の狂気が渦巻いた場所______

 

血みどろの愛情を築き上げた俺達兄妹が、帰るべき唯一の我が家だ。

 

………………

……………

…………

………

……

 

朽梨 彩子は弁護士の母親と、大手製薬会社の研究員である父親の間に生まれた。

父は膨大な研究業務に没頭し帰りは遅く、母も彩子が5歳の頃に弁護士事務所を開いた。

決して子育てを疎かにする両親ではなく、祖母も毎日食事の世話をしてくれていたが、幼い少女にとって両親からの愛情が不足していたのは言うまでも無い。

 

そして彩子自身は、とても臆病で人見知りが強かった。

自分から友達を作りに行くこともしなかったし、輪の中心になることもできなかった。

小学校では、彼女はいつも教室の隅で本を読んで過ごし、放課後はそそくさと誰もいない自宅へ帰った。

 

独りぼっちの少女。

そんな彩子に手を差し伸べたのは、隣で暮らすひと組の兄妹だった。

 

何かきっかけがあったというわけではない。

隣に住む同年代の子供同士、知り合えば仲が深まるのは自然のことだった。

 

まだ幼かった兄妹は純粋に、毎日寂しそうにしている彼女を不憫に感じていたのだろう。

学校でも家でも独りだった少女を、兄と妹はよく遊びに誘ってあげていた。

彩子と兄と渚、小学4年生の終わりくらいまで3人はほぼ毎日一緒に遊んでいた。

晴れの日は公園で走り回り、雨の日などは家の中でゲームなどをして遊んだ。

休みの日には、家族のドライブに彩子を誘って5人で出かけたこともあった。

 

その姿は、周りからは3人の兄妹のように見えていた。

血の繋がりの有無など感じさせない、仲の良さは近所でも知られていた。

そして彼自身、彩子をもう一人の家族だと思うようになっていた。

 

『俺のおよめさんになったら、ずっとそばにいられるぞ。』

 

それは家族の話をした時、不意に悲しくなって泣き出した彩子にかけた言葉だった。

渚が彼の妹ならば、同い年の彩子はお嫁さん。

そんな単純な思考だったが、それは彼の本心でもあった。

 

大事な妹の渚と、

大事な友達の彩子。

これから先も、大人になってもずっと仲良くいたいと願っていたし、そうなるものだと信じていた。

大人になっても渚の兄でい続けて、

大人になったら彩子の旦那さんになりたい。

そう夢見るほど、3人の時間は幸せだった。

 

だが純粋な子供の願い事は、

成長と共に薄れゆく______

 

思春期に入り、兄は男友達との付き合いを優先するようになった。

男女の関わりが冷やかされる年頃で、人前では意識的に彩子を避けるようになってからは、彼女との関わりも減っていく。

そして渚も、彩子とは正反対の明るい性格ゆえ、クラスの中心的な女子グループに属して彼女とはほとんど関わらなくなった。

 

こうして幸せな家族の夢は、それぞれ遠い記憶の彼方へ消え去った。

 

彩子以外は______

 

 

エプロン姿の母に見送られて家を出て、帰宅し、夕暮れに帰宅する父と食卓を囲う。

そして休日は親子4人で過ごす家庭。

彩子にとって野々原家の全てが憧れで、手に入れたいたった一つの夢だった。

 

例え青春の男女の壁が立ちはだかろうとも、そんなものに打ち負けるわけにはいかない。

もし彼との幸せを手に入れられなければ、ずっとずっと寂しさに耐えてきた自分が報われない。

幸せな家庭を築くためには、兄妹と疎遠になるわけにはいかない。

 

焦り始めた彩子は、引っ込み思案な性格に似合わず色々と挑戦した。

彼や渚に手紙を書いたり、声をかけてみたり。

それなりに反応は返ってきたが、どれもその場限りで結局空回りで終わる。

その度に、彼女は夜な夜な涙を流した…

 

兄妹と…いや彼と幸せな家族になりたい。

その夢が彼への恋心であると、彩子が気づき始めた頃。

 

 

憧れていた家族が消滅した______

 

 

それは両親を失い悲しみにくれる兄妹だけでなく、彩子の全てをも覆した。

 

2人きりになり、変貌していく兄妹の関係。

それは3人での幸せを願う子供の頃からの彼女の夢を、そして彼女自身を歪ませていった。

 

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