【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.12 再会

デパートがあった街から、俺達の家と高校のある街まではバスで30分。

徒歩で歩けば2時間もかからないだろうが、瓦礫に埋もれ水没した道のりでは半日以上かかった。

 

俺達の街は10mを超える津波に襲われた後、流れ着いた瓦礫などから出火。

街の半分が焦土と化し、津波の被害も相まって全く跡形もなくなっていた。

それでも俺達が辿り着けたのは、辛うじて残った建物がどれも見覚えのあるものばかりだったからだ。

渚が愛用していたスーパーは、折れ曲がった立て看板のみが残っている。

本屋も、ラウンドワンも、俺や渚が友達や亡き家族と行った場所。

今はボロボロになり、瓦礫に埋もれながら残っていた。

 

「ここ…かなあ?」

渚が首をかしげる。

目の前には、黒焦げの瓦礫のみが広がっていた。

それはどこまでもどこまでも…

街一つが丸ごと流された挙句、何もかも焼き払われた跡だった。

「なんか、この辺っぽいよな。」

この焼け野原のどこかに、俺達と彩子の家があった。

今は見分けがつかない。

もしかしたら、この一帯に野々原家の残骸など残っていないかも知れない。

 

震災前は見えるはずのない海が、遠くに見えた。

しばらく瓦礫の街と海を呆然と眺め、俺は渚の手を引いた。

「行こう…」

「うん。」

俺達は、もうどこにあるかもわからない我が家を後にした。

 

………………

……………

…………

………

……

 

俺達の通っていた高校は、校舎の2階まですっかり水に浸かったらしい。

津波が押し寄せた教室の窓は窓枠ごと破壊され、どこからか流れてきた瓦礫が教室内をぐちゃぐちゃに荒らしていた。

水に浸かり泥だらけになった机や椅子、壁の掲示物は、俺達にとってどれも見覚えのあるものばかりだった。

 

渚は黒板を指差す。

「お兄ちゃんのクラスって、授業終わったら黒板消さないの?」

半分は水に洗われ、泥がへばりついているが、いくらか震災前日の最後の授業の痕跡が残っていた。

「みんなで掃除サボったんだよ。担任は休みだったし、副担は福本だから。」

「ああ、あの先生めっちゃ放任だもんね。」

あの教師が、休校日の2日間に登校するとは思えない。

自宅か、外出先か、どこで被災したかは知らないが、案外生き延びてそうだ。

和歌山に出張に出かけた担任は生きているだろうか。

南海トラフの大地震で、ラジオや人々のうわさでは30mを超える大津波が押し寄せたというが。

 

 

3階より上は被害が少なく、ほとんどの教室が避難所となっていた。

体育館やホールを開放している避難所に比べればはるかに狭いが、それでもたくさんの人が身を寄せ合っている。

 

俺達はクラスメイトや顔見知りがいるか見て回った。

だが高校に歩いて通っていた生徒は、知っている中で俺達以外では彩子と俺のゲーム友達くらいしかいない。

渚の友達にはほとんどいないようだ。

だから、お互い顔だけ知っているという人間は見かけても、無事を喜び合える友人は見当たらなかった。

 

 

そして、しばらく避難所内を歩き回った後…

 

「お兄ちゃん…」

渚が俺の裾を引っ張った。

「どうした?」

「あれ、あの人達…」

指差す方向を見る。

 

 

一瞬、周りの音が消えた____

 

 

そこには、見覚えのあるひと組の夫婦がいた。

二人とも身を寄せ合い涙を流している。

 

彩子の両親だった_____

 

「…行こう。」

俺は渚の手を引き、足早にその場を去ろうとした。

声をかけられても、今の俺達が合わせる顔なんてない。

とにかく離れたくなった。

 

だが_____

 

「…でも良かったじゃないか、最期に顔が見れて…」

「そうよね…もう、見つからないと思ってたのに…」

少し離れていて、俺達と両親の間には幾人もの避難者達がいる。

それなのに、聞こえてきたのは確実に二人の声だった。

「一人で、どんなにつらかったのかしらね…」

母親はそう言ってうつむき、静かに泣き始めた。

 

「お兄ちゃん…」

「ああ…」

間違い無い。

 

建物が崩れ、

津波にのまれ、

灰が降り積もる。

 

日本中の都市が破壊され、救助活動も遺体捜索もままならない。

おそらく数百万はいるであろう行方不明の人々の中から、

 

見つかったのだ_______

 

彩子が_______

 

………………

……………

…………

………

……

 

俺達は、遺体安置所になっていた体育館にいた。

生き延びた遺族が側に寄り添い、何人かは命からがら持ち出した写真を遺影にしていた。

数千万人が行方不明になったこの国で、こうして弔われているのは、まだ幸せなのかも知れない。

 

海水が流れ込み、まだ泥の匂いが残る薄汚れた体育館。

そこに敷かれたブルーシートの上に、数十人の遺体が並んでいた。

静寂が包み、時折すすり泣く声や嗚咽が聞こえた。

 

ぐしゃぐしゃになった瓦礫だらけの街、ダンボールや毛布を敷いて雑然と身を寄せる避難者達。

上空を飛び交うヘリコプターや、地上では活動している自衛隊員の怒号やトラックの音。

 

そんな混沌とした光景と騒音に慣れてしまった俺達にとって、この整然かつ静寂な空間は異様だった。

 

死とは何か______

 

その断片の一つとも言うべきこの光景が、俺達に重く重くのしかかる。

 

「海上自衛隊の人達が見つけて下さったの。」

俺達を案内してくれたのは、彩子の母親だった。

「津波に巻き込まれる前には、もう死んでいたんじゃないかって…」

「…彩子さんは、どこで見つかったんですか?」

思い切って尋ねたのは渚だった。

「…」

 

突然、ずっと俺達に背中を見せて歩いていた母親が立ち止まる。

振り返ると、真っ直ぐに渚を見つめた。

 

「あなた達のお家よ。」

 

俺達を見つめる瞳は、彩子と同じスカイブルーの瞳。

ただその眼は、憔悴しきったものだった。

 

「俺達の…」

「本当かどうかは分からない…ただ、見つけて下さった自衛隊の人の話的にね。あなた達の家、黄色い壁だったでしょう?」

そう付け足すと、彩子の母はまた歩き出した。

「きっと、彩子は帰ってきてくれてたのね。でもその日は留守だったから、だからあなた達のところへ…」

「…」

俺達はそれ以上返すことはなく、黙って後に続いた。

 

「彩子、渚ちゃん達が来てくれたわよ。」

 

彩子______

 

『い…いやッ!嫌だッ!!野々原君ッ!!!』

『私を…お嫁さんにしてくれますよね…?…ねえ…くれますよね…?』

 

彩子の表情を思い浮かべても、出てくるのは最期の恐怖と悲しみ、それか渚への嫉妬とその狂気に乗っ取られた表情ばかり。

 

でもそこには、自分がひたすら好きだった人に殺された少女はいない。

安らかな微笑みを浮かべた彩子が、静かに眠っていた。

青白かったが、揺すったら瞳を開きそうなきれいな顔だった。

 

しばらく、俺達は無言でその亡骸を見つめていた。

正直、頭が真っ白だった。

 

しばらくの沈黙の後。

「実は、引っ越すことになっていたの…」

「え?」

母親の思わぬ告白に、俺と渚は俯いていた顔を上げた。

 

「私と夫…二人で今のお仕事やめて、家族で地元に帰るつもりでいたの。そして、三人で喫茶店でも始めようかって…」

全くの初耳だった。

彩子自身も、そんな素振りは一切見せなかった。

「最初は彩子に反対された…本当にあなたの事が好きだったのね。知らなかったわ…この子が、あんな感情的になるくらい誰かを好きになってたなんて。」

そして母親は、涙を流し始める。

「何も知らなかった…彩子は誰が好きで、何にハマってて、好きな教科嫌いな教科…普通の親が全部言えること、私は半分も言えないわ…」

そう言うなり、また彩子の方を向く母親。

 

「…それで、結局彩子は賛成してくれたんですか?引っ越すこと。」

俺が尋ねると、母親は涙を拭った。

「もし…もしあなたと付き合えたら、私はここに残りたいって。だから…考えさせて欲しいって。」

「それ…話したのって、いつ頃なんです?」

「確か______」

 

 

動悸が激しくなっていく______

 

 

『いざ頷いてもらえると…嬉しくてたまりませんっ!』

 

中庭での昼飯に誘われてから数日後。

朝の通学路で、俺は彩子に告白された。

子供の頃の約束…夫婦になるという誓いを信じ続けていた彼女にとって、俺が交際を承諾するのは当然のことだった。

 

でも______

 

俺は思い出した。

 

初めて見る太陽のような、

満面の笑みを______

 

安堵、

喜び、

色々な幸せな感情を、全部表情に出して喜ぶ彩子の、初めて見る表情を思い出した。

 

足元が揺らぐ。

余震ではない。

 

家族三人、新しい土地での生活。

きっとそこに、子供の頃の彩子が欲していた温もりがあるはずだった。

彼女の俺達兄妹への執着の、全ての根源だから。

俺達…新しい家族への夢を閉ざされても、

あの時の彩子には両親…本当の家族という受け皿があったのだ。

 

それなのに______

 

動悸が激しく、脈打つ心臓の音が脳内に響く。

「ハァ…ハァ…」

息苦しさが増していく。

 

手斧を振り下ろした時のどす黒い闇が、

彩子の身体を切り裂く感触が、

降り注ぐ彩子の生暖かい鮮血が、

 

「やっと、やっと家族の絆を結び直せる。母親として彩子を愛してあげられるって思っていたのに…!」

彩子の母親が、冷たくなっている彩子の身体に抱きつく。

「俺は…俺は…っ」

 

視界が揺らぐ。

 

目を閉じた彩子のロングヘアから色が抜けていく。

《渚______っ》

声が頭の中で反響する。

長い黒髪は淡いクリーム色になっていった。

 

そこには彩子ではなく、渚の変わり果てた姿が横たわっていた。

もういくら呼んでも、「お兄ちゃん」と呼ぶ可愛い妹の声は響かない。

 

 

お前が殺したんだろう______?

 

 

《違う!俺は…》

あの悪夢が蘇る。

我が家の物置で、血まみれで座り込む少女。

死体。

俺が斧で切り殺した渚の死体。

《あ…あぁ…嘘だ…》

その渚が今、目の前で横たわっている。

 

その亡骸に抱きついていた、母親ではない誰かがこちらを振り向いて見上げる。

その悲しみと憎悪に満ちた眼。

 

愛する家族を奪った人殺し、

この災害を望んだ狂人。

 

身勝手な理由でかけがえのない家族を奪った自分を睨みつける。

 

それは…

 

 

いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!

 

 

突如響いた絶叫と共に我に帰る。

目の前には彩子の亡骸と、それに抱きついて涙を流す母親の姿があった。

「!?」

「渚ちゃん!?」

俺は隣を向いた。

 

そこには涙を流し、断末魔の形相で頭を抱える渚がいた。

 

「い…いや…ぁ…」

カタカタと震え出したと思うと、自分の身体を抱き寄せる。

「寒い…寒い…寒い寒い寒い寒い寒い______っっっ」

「渚!おいっ!」

「渚ちゃん!?大丈夫?」

母親が驚いた表情で渚に近寄った。

 

だが、渚は母親を突き放す。

そして…

「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

連呼しながら顔を背けると、そのまま逃げ出してしまった。

 

唖然とする母親。

「おい渚!待て!待って!!」

俺が呼び止めても止まることなく、体育館横の出口から外へと走り出していった。

 

まさか______

嫌な予感が頭をよぎる。

 

「すいませんでした。」

俺は母親にひと声かけると、渚を追って安置所の体育館を飛び出した。

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