【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.13 たいせつなもの

私は体育館を飛び出した。

たくさんの避難者をかき分けながら、訳も分からず、校舎の中を走り抜ける。

 

「やめて!来ないで!!」

どす黒い何かが、強烈な寒気と共に私を飲み込もうとしてくる。

「嫌だ!嫌ぁッ!!」

聞き取れない幻聴に耳を塞ぎ、廊下を走る。

 

毛布の上に座り込み、生気を失ったように項垂れる人。

家族と肩を寄せ合い、涙を流しながら誰かの名を唱え続ける人。

明るく振る舞いながらも、隠せない疲れを滲ませている人。

絶望、

悲しみ、

疲労、

どこに行っても、眼に映るのはそんな表情ばかり。

 

家族を失い、

友達を失い、

想い焦がれた人を失い、

 

みんな大切な人を失くしている。

 

それがどれほどつらくて悲しいことか、私はそんなことすら忘れてしまっていた。

 

寒い___

マフラーを巻いているのに、寒気が止まらない。

 

何もかもを失った、人々の視線。

その全てが私に向いて、私を責めているように感じた。

 

人殺し______

 

「分かってる!分かってるよ!でも…」

 

その視線達からも逃げるように、私は無我夢中で走り続けた。

 

………………

……………

…………

………

……

 

私は幼い頃から、兄妹で愛し合うことを嫌うこの世界を憎んで来た。

物心がついた時からお兄ちゃんが好きで、それを邪魔する全てが嫌い。

常識とか倫理とか世間体…それらに対するやり場の無い憎しみ。

今まで何度も何度も見続けた血みどろの悪夢が、それに拍車をかけた。

 

それでも私は耐えていた。

例えお兄ちゃんが私に振り向いてくれなくても、

兄妹で結ばれることが許されなくても、

お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そして私___

家族4人のささやかな幸せ。

例え本音が明かせなくても、お父さんもお母さんも苦しむ私を慰めて、励まして、いけないことは叱ってくれた。

もしあのまま大人になれたなら、悪夢も憎しみも、お兄ちゃんへの恋心も忘れて成長していったと思う。

 

だけどそれは叶わなかった___

私は12歳で、お父さんとお母さんを失った。

お兄ちゃん以外に縋ることができる、心の拠り所を失ってしまった。

 

幼い感情は幼いまま、

危険な想いは危険なまま、

私のお兄ちゃんへの想いは止まらない。

 

お兄ちゃんに愛されたい、

お兄ちゃんと結ばれたい、

お兄ちゃんを盗られたくない、

お兄ちゃんがいればいい、

お兄ちゃんは私だけを見てくれればそれでいい、

 

お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん___

 

それ以外はどうでもいい。

常識も倫理も世間体も、

お兄ちゃんと私以外のこの世の全てがどうでもいい。

 

そして邪魔するものは許さない。

全て消えてしまえばいい。

 

そんな感情に囚われた私は、人として大切なものを失ってしまっていた。

 

それでもなんとか理性を保てたのは、お兄ちゃんのおかげだった。

少しづつ、お兄ちゃんが私に振り向いてくれるようになった。

行動に移すようになったのはずっと後だけれど、だんだん私への視線が家族に対する愛から、1人の女性へのものへと変わっていくのが分かった。

遠い遠い星を掴もうとするような虚しさは消え、届きそうで届かないもどかしさに入れ替わる。

その感情は甘酸っぱく、これこそが恋なのだと私は改めて実感できた。

それを確信させた、お兄ちゃんがくれたマフラーを首に巻き続け、私はその恋心が逃げないように閉じ込めた。

 

決して言葉にはできない想い。

でもきっといつか、

私の気持ちを分かってくれる___

悪夢の中の“私”が言っていた時とは違う、明確な確信を持って、私はそれを信じ続けた。

それが、狂気に支配されてしまった私を、何とか1人の少女に留めおいてくれていた。

 

だけれど、それすら打ち砕かれた。

それが彩子さんという存在だった。

 

私とお兄ちゃんの間に割って入り、お兄ちゃんと私を引き離そうとした彩子さん。

私達の家に盗聴器をしかけたり、お兄ちゃんを脅したりして、強引にお兄ちゃんを私から奪おうとした。

だけどその強引さは、お兄ちゃん自身にも避けられた。

涙を流し、私に泣きついたお兄ちゃん。

 

その姿を見て、私の口許は緩んだ。

 

お兄ちゃんは私を選んだ。

彩子さんではなく私を____!

 

そしてその事実は、同時に私の人としての最後の理性を破壊した。

 

お兄ちゃんと私を引き裂こうとする奴は、誰であろうと許さない。

 

私だけのお兄ちゃんを、

騙して、

脅して、

傷つけた、

あの女は絶対に許さない____ッ

 

そこからはズルズルと、狂気の渦へと飲まれていった。

 

彩子さんを拉致して、監禁して、お仕置きし続けた。

もはや、元の生活を送れるかどうかすら分からないほどに痛めつけたのに、私には寸分の罪悪感すら沸かなかった。

 

お兄ちゃんが愛してくれた、

お兄ちゃんと結ばれた、

お兄ちゃんが私だけを見てくれた。

その喜びに何もかもを塗りつぶされた私は、善悪を区別する僅かな理性すら残っていなかった。

 

挙げ句の果てには、私を庇って罪を被ろうとしたお兄ちゃんにすら刃を向け、私自身のお兄ちゃんへの感情を守る為に、私はお兄ちゃんとの死を選ぼうとした。

 

そしてその全てを、兄妹で結ばれることを許してくれないこの世界のせいにした。

 

『愛していたよ、お兄ちゃん。』

 

幸せと狂気の頂点_____

 

あのデパートの屋上で、流され、押し潰され、燃え盛る街を見下ろしながら、恍惚な笑みを浮かべる私…

 

それは人としてたいせつなものを失った、

バケモノだった____

 

………………

……………

…………

………

……

 

「ハア…ハア…」

気が付くと私は、体育館とは反対側の中庭にいた。

中庭と言っても、今は何もない。

花壇も、いつも園芸部が一生懸命お世話していた花々も、何もかも流されてしまった。

代わりに津波は、泥と瓦礫を置き去りにしていった。

 

「ハァ…こ、ここって…」

よく覚えている。

お兄ちゃんと彩子さんが、ここでお昼を共にしていた。

私の作ったお弁当で。

校舎の方を見上げる。

1番上の階に、私のクラスの教室がある。

2人は知らなかったのか、それとも知ってて気に留めなかったのか。

ここは、教室からはっきり見下ろせる場所だった。

もう2人が座っていたベンチは無い。

 

「また…」

私は両腕を交差させて、二の腕をさする。

立ち止まった途端、悪寒がまた私を襲う。

汗が冷えたせいではなかった。

 

ものすごい勢いで、寒気が全身にまわる。

「寒い…寒い…ッ!」

カタカタと震え出す。

寒気が止まらない。

どんどん体温が下がっていくような感覚が襲う。

 

「嫌だ…寒い…寒いよぉ…」

たまらず疼くまる。

視界が狭まる。

「ハァ…ハァ…ッ」

心の底から、どす黒い何かが全身を包んでいく。

 

悪夢の始まり。

眠る時、いつもこの黒い何かが噴き出して全身を包んだ。

 

「ごめんなさい…っ」

寒さが消えない。

涙が溢れてくる。

「寒い寒い寒い寒い_____ッ」

たまらず叫ぶ。

 

自分のせいでしょう______?

 

その声の方へ、おそるおそる顔を上げた。

見知らぬ女がこちらを見下ろしていた。

大きなリボンで、髪を後ろに纏めていた。

 

いや、私は知ってる。

お兄ちゃんと“私”の幼馴染。

“私”より料理が上手で、明るくて、ピアノが弾ける。

そして夢の中で、“私”を釘付けにした女。

 

自分がしたこと、分かってるでしょう?

今更後悔して、泣き喚いたって…

誰も許してなんかくれないよ____

「分かってる!わざわざ言わないでよ!」

 

本当に分かっていますか_____?

 

振り返ると、また別の女が立っていた。

髪が長い。

彩子のような声と外見をした人。

お兄ちゃんの同級生で、確かお兄ちゃんに助けられて好きになったんだっけ。

そして、この人はお兄ちゃんを殺し、花の養分にした。

 

あなた達は人を殺したんですよ?

あんなに暴力を振るって、それで幸せになれるはずがないでしょう?

人の死を望んで、人々の嘆きを見下ろして笑って…

あなたはそれで本当に、幸せになれると思ったんですか?

「うるさい!うるさい!!私は…私は…!!!!」

 

ただ、

お兄ちゃんが好きなだけ______?

 

疼くまる私の目の前に、“私”がいた。

お兄ちゃんに愛されたくて、

お兄ちゃんに気持ちをわかって欲しくて、

自分の気持ちを押し付けようとして、とうとうお兄ちゃんを殺してしまった。

 

あの悪夢で見続けた、悪魔のような表情ではない。

悲しみと、沢山の罪を背負った表情。

きっと私も、こんな顔をしているのかな…

 

愛されたくて、

受け入れて欲しくて、

願いを叶えたくて、

でも私はそのために、たいせつなものを失くしたの。

幸せも、平和も、お兄ちゃんも、私自身の命も…

 

傷付け合って、

殺し合って、

それで得られる幸せなんて何もない_____

 

“私”は手を差し延べた。

私はその手を掴む。

 

3人の少女。

悪夢の中で殺し殺され合った彼女達の素顔は、普通の女の子。

微笑みを浮かべたその表情からは、あの血みどろの悪夢で見せたものとは似ても似つかない。

 

「彩子さん_____」

彩子さんもそうだった。

あの人も、私やお兄ちゃんに向ける表情は優しかった。

きっと彩子さんは本気で、私のお姉ちゃんになりたかったのかもしれない。

 

「ごめんなさい。」

私は、3人の少女に謝った。

 

なぜ私は幼い頃から、あんな怖くて恐ろしい悪夢を見せられ続けたのか。

ようやく理解した。

そして、だからこそ私は、それを活かせなかった自分の愚かさに気づいた。

 

「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…っ!」

涙が止まらない。

拭っても拭っても流れ出し、視界が歪み、嗚咽が漏れ出す。

「ごめ…んなざ…うぅ…ひぐっ」

暗闇の中で、私は泣き続ける。

泣く権利なんてないのに。

 

謝る相手は私じゃないでしょう_____?

 

あなたが謝るべき人は他にいるはずです_____

 

 

自分がこれから何をすべきか______

 

それが大事でしょう_____?

 

「うん。」

 

まだ寒さも震えも止まらない。

でも歯を噛み締めて耐えた。

 

3人の幻が消えていく。

これからは1人で、自分の罪と向き合わなくちゃいけない。

もうお兄ちゃんにばかり、甘えてはいられない。

この災害で、裁かれる機会すら永遠に失った。

私は自分自身で、罪を償っていなくてはならないから。

 

「ありがとう____」

 

消えていく少女達に、私はそう言った。

 

私に罪を犯させないように警告し続けてくれた、夢の中の彼女達に_______

 

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