【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.14 愛のため、生まれ変わるため

 

もし前世というものがあるのなら、

俺達は、そこで大きな罪を犯したのだろう。

 

きっと俺は、前世で渚や身の回りの誰かを深く傷つけた。

その報いを俺は受け、渚に大罪を犯させてしまった。

俺がいつか見た夢…渚が何年も見続けた悪夢は、その時の記憶…だったのかも知れない。

 

もしこの世界に神様がいて、

前世から生まれ変わらせることができるのだとしたら…

 

なぜ俺達を再び兄妹としてこの世に生み出し、

前世の記憶を魂の奥底に埋め込んだのだろうか。

 

そしてなぜ俺達は、

同じ過ちを犯してしまったのだろうか_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

何もかもが流された街は、高いところに登ると遠くどこまでも見通せる。

ここから、こんなにきれいな夕陽を見ることができるとは思わなかった。

日本中を破壊しつくした地震の後でも、夕陽は変わらず綺麗に沈んでいく。

開放された校舎の屋上で、私達は手を繋いでそれを眺めていた。

 

「お兄ちゃん。」

「どうした?」

私達は初めて、この街の向こうに綺麗な海があることを知った。

同じように、私達は何もかもを奪い、何もかも破壊されることを望み叶ったその先で、やっと大事なものに気づくことができた。

 

でもそれは、

もう二度と戻らない_________

 

「私、ずっとずっとずっと…小さい頃から、お兄ちゃんが大好きだった。」

「ああ…分かってるよ。」

「恋人になりたい、結婚したいって。恋人になれば、もっとお兄ちゃんを愛せる。兄妹じゃできないこともできる…ずっとそう思ってたし、お兄ちゃんとそうしたいって思ってたの。」

手を繋いでない方の手で、マフラーを握る。

この赤いマフラーに、ずっと想いを乗せ続けてきたから。

「でもね…私、ここまできてやっと気づいたの。私は…ただ恋人っていう“肩書き”に、こだわってただけなんだって。」

「渚…」

お兄ちゃんの瞳に、驚きが混じる。

「兄妹では結婚できないとか、血の繋がりとか、そんなものは関係無い…そう思ってきた。でも結局、私もそのルールに縛られていた。」

「本当はただ一緒にいたいだけ。家族とか兄妹とか、恋人と夫婦とか…そんなのは関係無しに、ただただ愛し合っていたいだけだったの!」

 

たくさんある愛のカタチ。

そのどれも、本質は変わらない。

 

私のお兄ちゃんへの愛も、

俺の渚への愛も、

彩子さんのお兄ちゃんへの愛も、

彩子の“姉”としての渚への愛も、

お父さんお母さんの私達兄妹への愛も、

彩子の両親の彼女への愛も____

 

俺達が叶わないと思い込み、もがき苦しみ、彩子の命と叶ったかも知れない夢を、理不尽に奪ってまで手に入れようとした愛。

彩子が足りないと思い込み、兄妹を引き裂こうとしてまで俺に求めた愛。

 

それは、俺達が父さん母さんから与えられ、兄妹として育み続けた愛。

それは、彼女の両親が今度こそ与えようと決心していた愛。

かつて俺達3人が、幼馴染として、友達として、あるいは仮の姉妹として築いていた愛。

 

ずっとずっと、身近に、たくさん溢れていた愛____

 

それに、俺達は気づくことができなかった。

 

「私も結局、子供のわがままを言ってただけだよね…」

自嘲して俯く渚。

「…彩子は会う度会う度、渚のことを気にかけてた。いつもあの弁当作っててえらいとか、本当に良い妹だって。」

今になって思えば、あれはきっと本心だったに違いない。

彩子は本当に、渚に姉になろうとしていた。

俺達の家族になりたいから。

「私も彩子さんも、お兄ちゃんのことが大好きだった…それだけなのに。ちゃんと話し合えば、本音をちゃんと話し合えば、きっと分かり合えたはずなのに…!」

「ああ、そうだな…だれも、ちゃんと向き合って来なかった…」

チャンスは何度もあった。

 

彩子さんが私に手を差し伸べたとき、

俺が彩子に告白されたとき、

私達には、一線を越える前にチャンスがもっとあったはず。

なのに俺達は、ただ互いに奪われる恐怖、傷つく恐怖に目を奪われ、結局彩子を殺してしまった。

そして私達はあの日の夜、身勝手に死のうとした。

 

あの娘たちがずっと警告してくれていたのに、

生まれ変わった私達は、また同じ過ちを繰り返してしまった。

 

分かり合えたはずなのに____

 

どんなカタチも同じ愛なら、

3人で愛し合うことができたはずなのに____

 

「お兄ちゃん…」

「なんだい?」

「私達、もう一回…生まれ変われるかな。」

もしあの悪夢が私達の前世だとしたら、今違うのは、まだ私達は生きているということ。

ならもう一度、今度こそ失敗を繰り返さないために、私達は生まれ変わらないといけない。

真っ当な兄妹に。

 

生きて、生きて____

 

彩子さんを殺した罪は一生償えない。

でも生きながらえる以外、私達に道はないから。

 

「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの恋人にはならない。」

私はお兄ちゃんに向き直り、きっぱりと告げた。

「大好きだけど、愛しているけど…お兄ちゃんの妹は、私しかいないもの。」

「ああ、そうだよな。」

お兄ちゃんは驚きも、悲しそうな顔もしない。

優しく微笑みながら、そっと私の頭を撫でてくれた。

「身勝手でごめんなさい…でも、これからも!私をお兄ちゃんの妹でいさせてほしいの!」

「もちろん。恋人ごっこなんて、最初からいらなかったな。」

お兄ちゃんはそう言って笑った。

「そうだね。ふふ、あははは!」

「ははははは!」

笑いあう2人。

周りからはきっと、とっても仲の良い家族に見えただろう。

 

………………

……………

…………

………

……

 

翌日。

日が昇る前に、俺達は目を覚ました。

 

俺達は、眠っている人たちが多い中をそっと歩き、1階の体育館に向かった。

遺体安置場…彩子の眠る場所に。

明かりのない廊下を歩く。

この街から明かりが消えて久しい。

地震が起きた最初の夜はあまりの暗さに驚いたが、もうそれにも慣れてしまった。

 

体育館の中は月明かりが差し込んでいる。

今の俺達には、それだけで十分だった。

 

ちょうど彩子の亡骸に、月明かりがあたっている。

もう棺に納められてしまっているが、俺には彼女の顔に直接あたっているように見えた。

 

あの日…俺がこの手で彩子を殺した日。

あの時も、月明かりが俺達を照らしていた。

「…っ」

耳を貫く絶叫、

手に残る感触、

吐き気とともに、あの記憶がこみ上げる。

 

でも耐えた。

自分の犯した罪に目を逸らしはしない。

生まれ変わるため。

 

「彩子さん…」

渚が、彩子に声をかける。

「ごめんなさい…」

「…」

 

渚は黙り込んだ。

誰もいない(・・・・・)体育館に、静寂が流れる。

 

「私は、お兄ちゃんと一緒に生きていきます。お兄ちゃんの“妹”として…だから、これは…」

「…!」

 

渚は、首元の赤いマフラーを外した。

ゆっくりと。

荒れ果てた街を歩き続け、長いマフラーの両端は煤や泥で黒く汚れていた。

 

綺麗にマフラーを畳むと、渚は彩子の亡骸の上にそっと置いた。

「これは…もう私には、いらないものですから。」

その赤い瞳には、色んな覚悟を湛えた光があった。

 

さようなら、彩子さん____

 

「行こう、お兄ちゃん。」

渚はそういうと、1人出口へ歩き出した。

もうその背中に、マフラーはなびかない。

 

「さよなら、彩子。」

最後に、赤いマフラーが置かれた棺に、ポツリと声をかけた。

そして、俺は振り返ることなく、渚の後を追った。

 

………………

……………

…………

………

……

 

空は夜が明ける直前だった。

建物が何もかも消え去った地平線の向こうが、わずかにオレンジがかっている。

 

兄妹は避難所を出て、瓦礫に埋もれた街を歩き出した。

手を繋いで。

 

並んで歩く2人の姿は、

やがて黒い瓦礫のシルエットに溶けていった____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

……………

…………

………

……

 

あの日以来、この国は…だんだんと崩壊を始めていた。

 

東北から九州まで、この国の大部分は瓦礫に埋もれ、大地に呑まれ、波に流され、焼かれていった。

 

すべての始まりである関東ではマグニチュード8クラスの地震と2~30mの津波が来襲、それに刺激され各地で断層地震と噴火が続発し、富士山も活動を開始する。

 

その後、エネルギーは日本中の地下を暴走した。

 

翌日、遂に駿河湾から宮崎県沖を震源とするマグニチュード9.4の地震…あの南海トラフ大地震が起きる。

文字通り日本中が揺れ、震源域の沿岸では40m以上の津波が観測された。

これで日本の中枢は完膚なきまでに叩きのめされてしまった。

更には東北沖や根室沖でも大地震と大津波が発生し、もはや日本には無事に残された土地は僅かしかなかった。

 

富士山は噴火から半月後に大爆発を起こし、山体の2/3が消し飛んだ。

噴き出した大量の火山灰や噴出物は静岡・山梨をはじめとする周辺の地域を襲い、既に体力の尽きた日本の中心部に容赦なく追い打ちをかけた。

東京を含む関東一帯では大量の火山灰に汚染され、今後、草の一本も生えない不毛の地となるだろうとされている。

 

死者約3800万人、行方不明者約4900万人。

もうこの国は、2度と元の姿には戻れない。

 

だがそれでも、俺達は生きている。

 

 

半年後。

 

「こんにちは、おばあさん。」

雪がちらつく中、俺達は避難民キャンプにある1つのテントを訪ねる。

中には、支給品の毛布にくるまったおばあさんがいた。

「あらあら、今日はあなた達が来てくれたのね。」

俺達の顔を見ると、おばあさんは表情を明るくして見せた。

「いつも悪いわねえ、こんなに寒いのにわざわざ…」

「大丈夫ですよ、このくらい平気ですから。」

渚も満面の笑みで答える。

渚は譲ってもらった古着のコートと、赤いネックウォーマーに身を包んでいた。

俺はアメリカ海兵隊の人がくれた、砂色の迷彩柄のジャンパーだった。

 

あの後、俺達は紆余曲折あってNGOに所属することになった。

仕事は各地に設置された避難民キャンプに救援物資を配ったり、困ってることがないか聞いたり、キャンプの環境を改善したり、その他もろもろ…

だが実情は物資も人も不足している。

実際やっていることといえば、支援活動をしている自衛隊や米軍の下請けに近い。

環境改善といっても、火山灰が降り積もった更地にテントを並べただけのキャンプでは、結局何をやっても焼け石に水。

俺達が参加してから、もう100人近くの避難者が栄養失調や感染症、低体温で命を落とした。

 

「よいしょ。はいこれ、今週の食糧です。」

俺は段ボールに入った缶詰と、ペットボトルに入った水を何本か渡す。

缶詰には韓国語、水には中国語が書かれていた。

「ほかに何か困ったことないですか?」

渚の問いかけに、おばあさんは首を横に振った。

「何もないわ。おかげさまで、まだ生きていられるからね。強いて言えば、その辺の市場で買い物しようにも、円が全然使えないことかねえ。」

「そうですね…確かに。」

 

震災以来、日本円は暴落の一途を辿っている。

もはや震災前の金銭感覚では、一瞬で金がなくなる。

代わりに米軍兵士がばらまいたドルが出回り、特にその辺の市場…いわゆる闇市ではほぼドルしか使えない。

渚のネックウォーマーも、5ドルくらいだったはずだ。

まあNGOの俺達に相談されたところで、出来ることなど何もない。

 

「ところであなた達、海外避難には登録したのかい?」

「え?」

「2人はまだ若いんだし、外国で新しい生活を探したほうが良いと思うけどねえ。」

 

日本中の街が破壊され、火山灰や土地の水没、あるいは原発事故の放射能汚染で、住める土地は一部しかない。

被害が少なく臨時の首都となった北海道は、混乱をさけるためとして本州から道内への立ち入りを制限し、避難することはほぼ叶わない。

同じく被害が少ない九州や沖縄は、避難民でパンク寸前となりトラブルも続出しているという。

その対策として政府が今希望者を募っているのが、海外への避難民だった。

 

「…そうですね。でも、私達英語できないし。」

「あら、2人とも頭良さそうなのに。」

「俺は寝てる時間のほうが長かったっすよ、授業中。」

「あらまあ!」

「それは別問題でしょ!」

「いや~あはははははっ。」

狭いテントの中に、3人の笑い声が溢れた。

 

 

おばあさんと別れ、ちらついてきた雪の中を歩き、俺達は停めてある青いハイラックスまで歩く。

荷台は空。

配給の日は大体2、3か所周る。

今日はこれが最後だった。

「さ、帰るか。」

「うん!」

渚は車高の高いハイラックスの助手席に飛び乗る。

俺もドアを開け、ピラーのバーを掴んで運転席によじ登った。

 

………………

……………

…………

………

……

 

「運転慣れてきたね、お兄ちゃん。」

「まあね。」

雪と火山灰が降り積もる道を踏みしめながら、ハイラックスは今だ復興が進まない街の中を走る。

車体の後ろで、白い煙が舞い上がる。

 

元々はNGOの1人が、夫婦で週末レジャーに行くのに購入した車だった。

夫は仕事先で被災し、今も行方不明。

代わりにこのピックアップトラックが残された。

彼女は運転免許もなく、近く海外避難民の第一陣としてこの国を離れることになった。

そこでこのトラックをNGOに寄贈し、それを今俺達が使っている。

まあ俺も免許はないが…

 

「お兄ちゃん。」

「うん?」

「お兄ちゃんは、外国行きたい?」

渚の問いに、悩むことはなかった。

「この街には、思い出いっぱいあるし。良いことも、悪いことも…」

俺達の嬉しかったことも、

悲しかったことも、

犯した罪も…

痕跡はなくなっても、思い出はこの街に残っている。

「それに俺達は、彩子の罪を償うために生まれ変わるんだ。だから、沈まない限りはこの街にいたい。」

「私も、同じ事思ってた。それに…私はお兄ちゃんがいれば、どこでも生きていけるもん。」

 

きっといつか、生まれ変わったといえる日がきっとくる。

その日までは、俺達はこの街に住み続けるだろう。

兄妹2人、手を繋いで。

 

 

不意に渚が口を開いた。

「ねえ、お兄ちゃん。」

「どうした?」

「…」

 

 

ずっとずっと、

 

一緒にいようね____

 

「お兄ちゃん。」

 

 

 

 

小雪が舞う瓦礫の街を、愛し合う兄妹を乗せたハイラックスが走り抜ける。

 

やがて、舞い上がる白い雪煙の向こうへと、消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

………………

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん…』

 

部屋中に、真っ赤な血が飛び散った。

せっかく作ったお料理にも、たくさん降りかかってしまった。

 

目の前には、血塗れになったお兄ちゃんが倒れている。

 

他の女達に汚されて、毒されて。

こうする以外に、私にはお兄ちゃんと結ばれる方法がなかった。

 

でもちっとも悲しくない。

だって、もうすぐ私も追いつくから。

 

お兄ちゃんの心臓に突き刺し、真っ赤になった包丁。

それを、今度は自分の胸に押し当てる。

 

怖くなかった。

 

生まれ変わったら、今度こそずっと一緒にいられるから。

 

もう誰にも邪魔されない、

邪魔させない。

 

だって、

何度生まれ変わっても、

お兄ちゃんの妹は私だけだもの。

 

胸の包丁を握る手に力を込める。

 

『お兄ちゃん、大好き____』

 

包丁を胸に突き刺す。

 

大量の血が噴き出し、私の意識は遠のいて行った。

 

 

 

 

 

何度生まれ変わっても、

お兄ちゃんの妹でいられますように______

 

 

 

 

 

 

FIN_________




長らくお待たせしましたが、何とか完結致しました。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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