【完結】ペインフル・リインカーネーション 作:さくらのみや・K
もし前世というものがあるのなら、
俺達は、そこで大きな罪を犯したのだろう。
きっと俺は、前世で渚や身の回りの誰かを深く傷つけた。
その報いを俺は受け、渚に大罪を犯させてしまった。
俺がいつか見た夢…渚が何年も見続けた悪夢は、その時の記憶…だったのかも知れない。
もしこの世界に神様がいて、
前世から生まれ変わらせることができるのだとしたら…
なぜ俺達を再び兄妹としてこの世に生み出し、
前世の記憶を魂の奥底に埋め込んだのだろうか。
そしてなぜ俺達は、
同じ過ちを犯してしまったのだろうか_________
………………
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……
…
何もかもが流された街は、高いところに登ると遠くどこまでも見通せる。
ここから、こんなにきれいな夕陽を見ることができるとは思わなかった。
日本中を破壊しつくした地震の後でも、夕陽は変わらず綺麗に沈んでいく。
開放された校舎の屋上で、私達は手を繋いでそれを眺めていた。
「お兄ちゃん。」
「どうした?」
私達は初めて、この街の向こうに綺麗な海があることを知った。
同じように、私達は何もかもを奪い、何もかも破壊されることを望み叶ったその先で、やっと大事なものに気づくことができた。
でもそれは、
もう二度と戻らない_________
「私、ずっとずっとずっと…小さい頃から、お兄ちゃんが大好きだった。」
「ああ…分かってるよ。」
「恋人になりたい、結婚したいって。恋人になれば、もっとお兄ちゃんを愛せる。兄妹じゃできないこともできる…ずっとそう思ってたし、お兄ちゃんとそうしたいって思ってたの。」
手を繋いでない方の手で、マフラーを握る。
この赤いマフラーに、ずっと想いを乗せ続けてきたから。
「でもね…私、ここまできてやっと気づいたの。私は…ただ恋人っていう“肩書き”に、こだわってただけなんだって。」
「渚…」
お兄ちゃんの瞳に、驚きが混じる。
「兄妹では結婚できないとか、血の繋がりとか、そんなものは関係無い…そう思ってきた。でも結局、私もそのルールに縛られていた。」
「本当はただ一緒にいたいだけ。家族とか兄妹とか、恋人と夫婦とか…そんなのは関係無しに、ただただ愛し合っていたいだけだったの!」
たくさんある愛のカタチ。
そのどれも、本質は変わらない。
私のお兄ちゃんへの愛も、
俺の渚への愛も、
彩子さんのお兄ちゃんへの愛も、
彩子の“姉”としての渚への愛も、
お父さんお母さんの私達兄妹への愛も、
彩子の両親の彼女への愛も____
俺達が叶わないと思い込み、もがき苦しみ、彩子の命と叶ったかも知れない夢を、理不尽に奪ってまで手に入れようとした愛。
彩子が足りないと思い込み、兄妹を引き裂こうとしてまで俺に求めた愛。
それは、俺達が父さん母さんから与えられ、兄妹として育み続けた愛。
それは、彼女の両親が今度こそ与えようと決心していた愛。
かつて俺達3人が、幼馴染として、友達として、あるいは仮の姉妹として築いていた愛。
ずっとずっと、身近に、たくさん溢れていた愛____
それに、俺達は気づくことができなかった。
「私も結局、子供のわがままを言ってただけだよね…」
自嘲して俯く渚。
「…彩子は会う度会う度、渚のことを気にかけてた。いつもあの弁当作っててえらいとか、本当に良い妹だって。」
今になって思えば、あれはきっと本心だったに違いない。
彩子は本当に、渚に姉になろうとしていた。
俺達の家族になりたいから。
「私も彩子さんも、お兄ちゃんのことが大好きだった…それだけなのに。ちゃんと話し合えば、本音をちゃんと話し合えば、きっと分かり合えたはずなのに…!」
「ああ、そうだな…だれも、ちゃんと向き合って来なかった…」
チャンスは何度もあった。
彩子さんが私に手を差し伸べたとき、
俺が彩子に告白されたとき、
私達には、一線を越える前にチャンスがもっとあったはず。
なのに俺達は、ただ互いに奪われる恐怖、傷つく恐怖に目を奪われ、結局彩子を殺してしまった。
そして私達はあの日の夜、身勝手に死のうとした。
あの娘たちがずっと警告してくれていたのに、
生まれ変わった私達は、また同じ過ちを繰り返してしまった。
分かり合えたはずなのに____
どんなカタチも同じ愛なら、
3人で愛し合うことができたはずなのに____
「お兄ちゃん…」
「なんだい?」
「私達、もう一回…生まれ変われるかな。」
もしあの悪夢が私達の前世だとしたら、今違うのは、まだ私達は生きているということ。
ならもう一度、今度こそ失敗を繰り返さないために、私達は生まれ変わらないといけない。
真っ当な兄妹に。
生きて、生きて____
彩子さんを殺した罪は一生償えない。
でも生きながらえる以外、私達に道はないから。
「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの恋人にはならない。」
私はお兄ちゃんに向き直り、きっぱりと告げた。
「大好きだけど、愛しているけど…お兄ちゃんの妹は、私しかいないもの。」
「ああ、そうだよな。」
お兄ちゃんは驚きも、悲しそうな顔もしない。
優しく微笑みながら、そっと私の頭を撫でてくれた。
「身勝手でごめんなさい…でも、これからも!私をお兄ちゃんの妹でいさせてほしいの!」
「もちろん。恋人ごっこなんて、最初からいらなかったな。」
お兄ちゃんはそう言って笑った。
「そうだね。ふふ、あははは!」
「ははははは!」
笑いあう2人。
周りからはきっと、とっても仲の良い家族に見えただろう。
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……
…
翌日。
日が昇る前に、俺達は目を覚ました。
俺達は、眠っている人たちが多い中をそっと歩き、1階の体育館に向かった。
遺体安置場…彩子の眠る場所に。
明かりのない廊下を歩く。
この街から明かりが消えて久しい。
地震が起きた最初の夜はあまりの暗さに驚いたが、もうそれにも慣れてしまった。
体育館の中は月明かりが差し込んでいる。
今の俺達には、それだけで十分だった。
ちょうど彩子の亡骸に、月明かりがあたっている。
もう棺に納められてしまっているが、俺には彼女の顔に直接あたっているように見えた。
あの日…俺がこの手で彩子を殺した日。
あの時も、月明かりが俺達を照らしていた。
「…っ」
耳を貫く絶叫、
手に残る感触、
吐き気とともに、あの記憶がこみ上げる。
でも耐えた。
自分の犯した罪に目を逸らしはしない。
生まれ変わるため。
「彩子さん…」
渚が、彩子に声をかける。
「ごめんなさい…」
「…」
渚は黙り込んだ。
「私は、お兄ちゃんと一緒に生きていきます。お兄ちゃんの“妹”として…だから、これは…」
「…!」
渚は、首元の赤いマフラーを外した。
ゆっくりと。
荒れ果てた街を歩き続け、長いマフラーの両端は煤や泥で黒く汚れていた。
綺麗にマフラーを畳むと、渚は彩子の亡骸の上にそっと置いた。
「これは…もう私には、いらないものですから。」
その赤い瞳には、色んな覚悟を湛えた光があった。
さようなら、彩子さん____
「行こう、お兄ちゃん。」
渚はそういうと、1人出口へ歩き出した。
もうその背中に、マフラーはなびかない。
「さよなら、彩子。」
最後に、赤いマフラーが置かれた棺に、ポツリと声をかけた。
そして、俺は振り返ることなく、渚の後を追った。
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空は夜が明ける直前だった。
建物が何もかも消え去った地平線の向こうが、わずかにオレンジがかっている。
兄妹は避難所を出て、瓦礫に埋もれた街を歩き出した。
手を繋いで。
並んで歩く2人の姿は、
やがて黒い瓦礫のシルエットに溶けていった____
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……
…
あの日以来、この国は…だんだんと崩壊を始めていた。
東北から九州まで、この国の大部分は瓦礫に埋もれ、大地に呑まれ、波に流され、焼かれていった。
すべての始まりである関東ではマグニチュード8クラスの地震と2~30mの津波が来襲、それに刺激され各地で断層地震と噴火が続発し、富士山も活動を開始する。
その後、エネルギーは日本中の地下を暴走した。
翌日、遂に駿河湾から宮崎県沖を震源とするマグニチュード9.4の地震…あの南海トラフ大地震が起きる。
文字通り日本中が揺れ、震源域の沿岸では40m以上の津波が観測された。
これで日本の中枢は完膚なきまでに叩きのめされてしまった。
更には東北沖や根室沖でも大地震と大津波が発生し、もはや日本には無事に残された土地は僅かしかなかった。
富士山は噴火から半月後に大爆発を起こし、山体の2/3が消し飛んだ。
噴き出した大量の火山灰や噴出物は静岡・山梨をはじめとする周辺の地域を襲い、既に体力の尽きた日本の中心部に容赦なく追い打ちをかけた。
東京を含む関東一帯では大量の火山灰に汚染され、今後、草の一本も生えない不毛の地となるだろうとされている。
死者約3800万人、行方不明者約4900万人。
もうこの国は、2度と元の姿には戻れない。
だがそれでも、俺達は生きている。
半年後。
「こんにちは、おばあさん。」
雪がちらつく中、俺達は避難民キャンプにある1つのテントを訪ねる。
中には、支給品の毛布にくるまったおばあさんがいた。
「あらあら、今日はあなた達が来てくれたのね。」
俺達の顔を見ると、おばあさんは表情を明るくして見せた。
「いつも悪いわねえ、こんなに寒いのにわざわざ…」
「大丈夫ですよ、このくらい平気ですから。」
渚も満面の笑みで答える。
渚は譲ってもらった古着のコートと、赤いネックウォーマーに身を包んでいた。
俺はアメリカ海兵隊の人がくれた、砂色の迷彩柄のジャンパーだった。
あの後、俺達は紆余曲折あってNGOに所属することになった。
仕事は各地に設置された避難民キャンプに救援物資を配ったり、困ってることがないか聞いたり、キャンプの環境を改善したり、その他もろもろ…
だが実情は物資も人も不足している。
実際やっていることといえば、支援活動をしている自衛隊や米軍の下請けに近い。
環境改善といっても、火山灰が降り積もった更地にテントを並べただけのキャンプでは、結局何をやっても焼け石に水。
俺達が参加してから、もう100人近くの避難者が栄養失調や感染症、低体温で命を落とした。
「よいしょ。はいこれ、今週の食糧です。」
俺は段ボールに入った缶詰と、ペットボトルに入った水を何本か渡す。
缶詰には韓国語、水には中国語が書かれていた。
「ほかに何か困ったことないですか?」
渚の問いかけに、おばあさんは首を横に振った。
「何もないわ。おかげさまで、まだ生きていられるからね。強いて言えば、その辺の市場で買い物しようにも、円が全然使えないことかねえ。」
「そうですね…確かに。」
震災以来、日本円は暴落の一途を辿っている。
もはや震災前の金銭感覚では、一瞬で金がなくなる。
代わりに米軍兵士がばらまいたドルが出回り、特にその辺の市場…いわゆる闇市ではほぼドルしか使えない。
渚のネックウォーマーも、5ドルくらいだったはずだ。
まあNGOの俺達に相談されたところで、出来ることなど何もない。
「ところであなた達、海外避難には登録したのかい?」
「え?」
「2人はまだ若いんだし、外国で新しい生活を探したほうが良いと思うけどねえ。」
日本中の街が破壊され、火山灰や土地の水没、あるいは原発事故の放射能汚染で、住める土地は一部しかない。
被害が少なく臨時の首都となった北海道は、混乱をさけるためとして本州から道内への立ち入りを制限し、避難することはほぼ叶わない。
同じく被害が少ない九州や沖縄は、避難民でパンク寸前となりトラブルも続出しているという。
その対策として政府が今希望者を募っているのが、海外への避難民だった。
「…そうですね。でも、私達英語できないし。」
「あら、2人とも頭良さそうなのに。」
「俺は寝てる時間のほうが長かったっすよ、授業中。」
「あらまあ!」
「それは別問題でしょ!」
「いや~あはははははっ。」
狭いテントの中に、3人の笑い声が溢れた。
おばあさんと別れ、ちらついてきた雪の中を歩き、俺達は停めてある青いハイラックスまで歩く。
荷台は空。
配給の日は大体2、3か所周る。
今日はこれが最後だった。
「さ、帰るか。」
「うん!」
渚は車高の高いハイラックスの助手席に飛び乗る。
俺もドアを開け、ピラーのバーを掴んで運転席によじ登った。
………………
……………
…………
………
……
…
「運転慣れてきたね、お兄ちゃん。」
「まあね。」
雪と火山灰が降り積もる道を踏みしめながら、ハイラックスは今だ復興が進まない街の中を走る。
車体の後ろで、白い煙が舞い上がる。
元々はNGOの1人が、夫婦で週末レジャーに行くのに購入した車だった。
夫は仕事先で被災し、今も行方不明。
代わりにこのピックアップトラックが残された。
彼女は運転免許もなく、近く海外避難民の第一陣としてこの国を離れることになった。
そこでこのトラックをNGOに寄贈し、それを今俺達が使っている。
まあ俺も免許はないが…
「お兄ちゃん。」
「うん?」
「お兄ちゃんは、外国行きたい?」
渚の問いに、悩むことはなかった。
「この街には、思い出いっぱいあるし。良いことも、悪いことも…」
俺達の嬉しかったことも、
悲しかったことも、
犯した罪も…
痕跡はなくなっても、思い出はこの街に残っている。
「それに俺達は、彩子の罪を償うために生まれ変わるんだ。だから、沈まない限りはこの街にいたい。」
「私も、同じ事思ってた。それに…私はお兄ちゃんがいれば、どこでも生きていけるもん。」
きっといつか、生まれ変わったといえる日がきっとくる。
その日までは、俺達はこの街に住み続けるだろう。
兄妹2人、手を繋いで。
不意に渚が口を開いた。
「ねえ、お兄ちゃん。」
「どうした?」
「…」
ずっとずっと、
一緒にいようね____
「お兄ちゃん。」
小雪が舞う瓦礫の街を、愛し合う兄妹を乗せたハイラックスが走り抜ける。
やがて、舞い上がる白い雪煙の向こうへと、消えて行った。
………………
……………
…………
………
……
…
『お兄ちゃん…』
部屋中に、真っ赤な血が飛び散った。
せっかく作ったお料理にも、たくさん降りかかってしまった。
目の前には、血塗れになったお兄ちゃんが倒れている。
他の女達に汚されて、毒されて。
こうする以外に、私にはお兄ちゃんと結ばれる方法がなかった。
でもちっとも悲しくない。
だって、もうすぐ私も追いつくから。
お兄ちゃんの心臓に突き刺し、真っ赤になった包丁。
それを、今度は自分の胸に押し当てる。
怖くなかった。
生まれ変わったら、今度こそずっと一緒にいられるから。
もう誰にも邪魔されない、
邪魔させない。
だって、
何度生まれ変わっても、
お兄ちゃんの妹は私だけだもの。
胸の包丁を握る手に力を込める。
『お兄ちゃん、大好き____』
包丁を胸に突き刺す。
大量の血が噴き出し、私の意識は遠のいて行った。
何度生まれ変わっても、
お兄ちゃんの妹でいられますように______
FIN_________
長らくお待たせしましたが、何とか完結致しました。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。