【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.3 暗い願望

《昨夜の午後7時16分頃に発生した、駿河湾を震源とするマグニチュード6.2の地震について、気象庁は先程、静岡県沿岸などに発表されていた津波注意報を全て解除したと発表しました。ではここで、最大震度6弱を観測した焼津市の…》

 

午前0時過ぎ。

私はベッドの中で、隣で横たわってテレビを眺めているお兄ちゃんの背中を見つめていた。

《はい!こちらは焼津市役所前です。昨夜発生した地震について、現在までに大きな被害の報告は入っておりません。また…》

部屋に響くレポーターの声。

電気を消した部屋の中は、テレビの画面に合わせて明暗が逐一切り替わる。

肩の下まで覆うシーツの下は、お互い一糸纏わぬ姿だった。

汗でしっとりとしたお兄ちゃんの背中を眺めながら、私はもどかしい思いに顔をしかめた。

 

あの女を監禁したその日、私達は初めて身体を重ねた。

あくまで恋人ごっこの一環として…

だけど、唇を交わし、純潔を捧げ、火傷しそうなほどに火照った身体で触れ合った時、血の繋がりも兄妹という間柄も忘れ、女としての喜びに身悶えた。

やっとお兄ちゃんとひとつになれた。

本当はちゃんとした恋人同士としてそうなりたかったけれど、そんなことはあまり気にならない。

 

それから幾夜もお兄ちゃんと繋がったけれど、じわじわと焦燥感が私の胸に広がり始めた。

 

夜を共にする度に、お兄ちゃんとの関係が少しずつ爛れていく。

焦れったく甘酸っぱい今までの関係が、肉欲の入り混じるドロドロとしたものになっていく。

本来なら叶わない、だからこそ強く浮き上がった、愛し合うことへの尊さ。

叶ってしまった先にあるのは、愛の尊さも忘れ、私かお兄ちゃんか…どちらかに飽きが来て訪れる終わり。

熟した果実が木から落ち、膨れて弾けるように、私達の愛にも終わりが来てしまうのではないか。

お兄ちゃんからの愛が、お兄ちゃんへの愛が、じわりじわりと消えていくのを想像すると怖くなる。

特別な私達の関係が、やがて普通の兄妹に戻ってしまうのではないか。

彩子さんの存在がバレて捕まることなんかより、私がお兄ちゃんを飽きてしまうことの方が何百倍と恐ろしかった。

 

ならいっそ_________

 

「お兄ちゃん…」

「ん?」

私の声に、お兄ちゃんは背中を向けたまま応えた。

ちょっと華奢で、それでもたくましい男の人の背中。

その背中を独り占めできる優越感が、私の胸を支配する。

 

「一緒に、死のう…?」

 

お兄ちゃんが身体をこちらに返す。

その顔に、驚きはあまり感じられない。

「そうすれば、誰にも邪魔されない…永遠に一緒にいられるから…」

あの悪夢で私が口走ったことと、おんなじことを皮肉にも口にしていた。

「…いっそ、大地震でも起きちまえば良いのにな。」

私を抱き寄せると、お兄ちゃんは呪いのように言った。

私達を縛る倫理も秩序も、こんな国はみんなバラバラに崩れて無くなってしまえ…

そんな破滅願望は叶うことなく、世界は無情に廻り続ける。

私達がこの世を出て行く以外、二人で幸せを感じ合えることはできないだろうか。

「つらいよ…お兄ちゃん…」

お兄ちゃんは何も言わず、ただ私を抱き締め続けた。

 

………………

……………

…………

………

……

昨夜の地震で持ちきりのクラスメイトに混じることなく、俺は一人自分の机で想いにふけっていた。

 

いつかこうなるだろうと思っていた。

人を殺せる者は、簡単に自らの命も絶てる。

以前何かで聞いた話だが、今の渚は全くその通りだった。

その気になれば渚は簡単に彩子を殺すだろうし、兄妹の平穏が崩れそうになれば迷うことなく心中するだろう。

 

渚を死なせたくはなかった_________

 

だが全てを捨てて逃げ出しても、結局は足がつく。

親族からの仕送りがあるとは言え、逃げ回っているうちに金は無くなるし、警察に追われながらではまともな職にはつけない。

努力すれば見つかるだろうが、果たして二人が食えるほど稼ぐことができるだろうか。

この現代の日本での逃亡生活など、未成年の俺達兄妹には不確定要素しかなかった。

 

 

俺は世の中を憎み始めた。

特にこの国は異端の者を嫌う。

かつてこの教室で彩子がハブられたように、俺達の関係性を知られれば渚が同じ目に合う。

いくら友達付き合いが上手くてもどうにもならない。

 

この世界では、兄妹は愛し合えない。

お互い誰よりも自分の事を知ってくれているのに、その人を恋人にしてはならない。

それほど残酷なことを平気でモラルにするこの世界が、どうしようもなく憎らしい…

俺は危険な破滅願望に囚われつつあった。

 

 

この街も秩序も消えた、

全てが滅んだ世界を夢見た_________

 

 

だが、そんなことをいくら望んでも叶いはしない。

世界は無情に廻り続ける。

 

渚を死なせない、そして罪人にしないための手段はたった一つしかない。

 

………………

……………

…………

………

……

 

帰り道。

「今度の休み、どっか遊びに行こうか。」

赤いマフラーをたなびかせる渚に、俺は問いかけた。

「ん…うん!もちろんだよ!」

パァっと渚の表情が明るくなる。

日増しに重くなる今後への不安も、この笑顔を見ると忘れてしまいそうになる。

「買い物して、ご飯食べて、どこかお散歩するのも良いかも…」

早速計画を立て始める渚。

彩子を相手にする時とは違う可愛らしい笑顔。

あとどのくらい、この笑顔を見ていられるだろうか。

「ところでお兄ちゃん。」

「ん?」

「お兄ちゃん、何を企んでいるの?」

俺を見上げる渚の目には、不安が浮かんでいた。

「何って…」

「今まで、お兄ちゃんから誘ったことないでしょう?別に、お兄ちゃんを疑ってるってわけじゃないの!でも…」

「大丈夫、俺は渚を捨てたりしないよ…」

渚の頭を撫でる。

さらさらの髪が手に心地よかった。

 

渚にさえ何もなければ、俺達の願いは必ず叶うはずだった。

今は完璧というには程遠い、渚が蜃気楼を見ているだけ。

せめて一番の障害を排除し、俺達の罪を清算しなければ、平穏は一生訪れない。

 

これは俺の責任なのだ。

俺の生半可な良心が招いた結末に、俺自身でケリをつけなければならない。

 

タイムリミットは迫っている。

 

動くべき時が来た_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

今夜は満月だった。

窓から差し込む月明かりは、家の中を青白く照らす。

渚が寝静まるのを確かめると、俺は音を立てないように階段を下りた。

 

何のために買ったのだろうか、刃に錆の浮いた手斧を片手に俺は物置のドアをそっと開いた。

使わなくなったキャンプ用品や、俺や渚が昔使っていた子供用の自転車やキックボード…

不用品やダンボール箱が所狭しと置かれた部屋の一角に彼女はいた。

椅子にロープで縛り付けられた彩子は、月明かりに照らされた俺の顔を見ると、笑みを浮かべた。

ガムテープで口を塞がれていても分かるほどだった。

俺は無言で彼女に歩み寄り、ゆっくりとテープを剥がしてやった。

 

「…のはら…くん…」

彩子は、掠れた声で俺の名を呼んだ。

「やっと…来てくれた…私……信じて…たんです…よ……」

顔だけを見ても、散々殴られたのがよく分かる痛々しい見た目だった。

制服の下もおそらくあざだらけだろうし、包丁で切りつけられたところもろくに手当てしてないはずだ。

「ののはらくんと一緒になるのは…私……渚ちゃん…なんかには…」

「…」

「私達には…約束がある……だから…あなたも……私を愛してくれるでしょう…?」

あれだけ“お仕置き”してもなお、彩子は俺に恍惚の眼差しを向け続ける。

彼女にとっては、俺と結ばれることだけが生きる理由なのだ。

「なのに…なぜ……私、知ってるんですよ。時々、あなたが渚ちゃんとしてること……どうして…どうして血の繋がった妹なんかに……」

「お前には、家族がいるじゃないか…自分を探してくれる家族が……でも、俺には渚しかいない…渚は、俺のたった一人の家族だ。」

世間一般の平穏を理不尽に失った俺達に対し、彩子には両親がいる。

共働きで寂しい思いをしたかも知れないが、それは我が家も同じ。

そして彼女と違い俺達は二度と、どんなに願っても、家族四人で話し合うことはできない。

 

「渚にも俺しかいない…だから…」

卑怯だと俺は思った。

約束を守れないから手を下そうとする自分を。

「彩子は悪くない。誰も悪くないんだ…」

俺は右手の手斧を、背中に隠すのをやめた。

月明かりを反射し、刃が鈍く光る

「妹を好きでいることを許してくれない、好きな人を愛せないこの世界が悪いんだよ。俺達は、その犠牲者なんだ…」

「いや……助けて…お願い………わ…私は……」

絶望感に支配され、涙を流す彩子。

ガタガタと椅子を鳴らして暴れる。

 

「ごめん…彩子…」

「い…いやッ!嫌だッ!!野々原君ッ!!!」

 

俺は手斧を振り下ろした_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

おびただしい量の血が部屋中に撒き散らされた。

「…っ」

跳ねた血が右目に染みて痛かった。

 

目の前には、変わり果てた彩子がいた。

縛るロープに留められ、死体はぐったりと身体を前にもたれていた。

「ごめん…」

俺は床に手斧を置くと、そっと部屋を出た。

体中、彩子の返り血塗れだった。

全身に降りかかった、彼女の血液の生温かさがまだ残っていた。

 

幼い頃から、ずっと自分を愛してくれていた彩子を、俺はこの手で殺した。

 

俺は泣いた_________

 

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