【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.4 平穏の生贄

今日は夜明け前から曇り始め、目を覚まして少しすると雨が降り始めた。

じめじめした空気が漂うが、私の心は晴れていた。

いつもならそろそろ騒ぎ出すあの女が、今日は音一つ立てない。

《速報です。先程、富士山に噴火警戒レベル5が発令されました。これに伴い、周辺の居住地域に対し避難指示が出されました。また政府は…》

「今日はなんだかついてるなぁ。」

私は外の天気も切迫したニュースも気にならない。

清々しい気持ちで朝食の用意をしていた。

明日はお出かけ。

そのことを考えると、余計に気分が高まってくる。

 

「あ!おはようお兄ちゃん!」

「ん…」

二階から降りてきたお兄ちゃんを、私はいつも精一杯の笑顔で迎える。

お兄ちゃんに朝の爽やかさを感じさせるのも、妹の大事な役目だ。

「むぅー、今日も眠そうだね。」

「あー…うん、ごめん。」

そういうと、お兄ちゃんは食卓テーブルに腰掛けた。

「…どうしたの?」

私は違和感を感じた。

いつもならソファーに横たわろうとするのを私が叱咤し、それにお兄ちゃんが駄々をこねるのだけれど、今日は違った。

表情も単なる寝起きではない、思い詰めたものだった。

「…ほら、朝ご飯できたよ。食べよ?」

「うん。」

まずは食事にしよう。

今日もお休み、時間はまだあるんだから。

 

 

食事を終えると、私達はテレビを流しながらお互いにくっついてくつろいでいた。

この間の地震以降、最近のテレビは災害関連の話ばかりで飽き飽きしてしまう。

私も内容はほとんど入ってないし、多分お兄ちゃんも余り聞いてない。

 

「ねぇお兄ちゃん。」

私はお兄ちゃんを見上げた。

こちらを向き直る事もなく、お兄ちゃんが返事をする。

「ん?」

「今日は静かだね、彩子さん。」

「…だな。」

やっぱり、いつもよりもお兄ちゃんはテンションが低かった。

雨のせいで気分が落ち込んでいるのかな?

「どうしたの?お兄ちゃん。今日なんか変だよ?」

私の疑問で、ようやくお兄ちゃんがこちらを向いた。

「なんで彩子が静かなんだと思う?」

「さぁ?さすがにあれだけ暴れれば、少しは休みたくなるんじゃない?」

彩子さんが静かなら、私達の邪魔さえしなければ何でもない。

もう一週間ぐらい大人しくできれば、口止めをした上での解放も…

 

「…した。」

「え?」

「俺が殺した。」

「…」

 

私は、単純に意外だと感じた。

もしあの女を葬るなら、それはお兄ちゃんではなく私だと思っていた。

それに、本当は殺す気だったのを引き止めたのは、他でもないお兄ちゃんだ。

「べ、別に気にすることはないよ!どうせいつかはこうなるかも知れなかったんだしね。」

言い出しっぺのくせになんて言わない。

私はあくまでお兄ちゃんのために頑張っているんだから、お兄ちゃんが決断したことは尊敬する。

むしろ、子供のようなわがままを言って散々騒いだ挙句、お兄ちゃんに心変わりされて殺されるあの女をほくそ笑んだ。

 

ざまあ見ろ_________

 

これでやっと平和になる。

これからは本当に二人で、平和な日常を送れる希望に胸を膨らませた。

だがそんな期待は、

 

俺警察に行くことにしたよ_________

 

呆気なく崩れ去った。

 

………………

……………

…………

………

……

 

俺の考えを、渚は黙って聞いていた。

 

俺は警察に自首することにした。

彩子を殺した犯人として。

彩子にストーカーされていた俺は、その報復として彼女を監禁して拷問した挙句、手斧で処刑。

しかし同居する妹の渚に発覚。

そして説得されて自首する_________

そんなシナリオにする気だった。

殺した犯人がいれば、暴行の容疑も当然その人間にかかる。

残虐非道な犯行だが、自首したことと彩子も野々原家を盗聴しているので、執行猶予はつかないだろうが死刑や無期懲役にはならないだろうと考えたのだ。

人殺しという消えない焼印はつくが、生きていればなんとかなる。

「刑務所から出たら、また一緒になれる。そうすれば、何にも邪魔されずに二人で暮らせるんだ。そうだろう?渚…」

 

話を終えてもしばらく渚は黙っていたが、やがて火がついたように怒り出した。

「お兄ちゃんのバカッッッ!!!」

俺の胸ぐらを掴み、渚は涙を流しながら思いの丈をぶちまける。

「どうして!?どうしてそんな勝手に決めてるの!?なんで私には何も相談してくれないの!?ねぇッ!なんでッ!!?」

「…これ以上、渚を汚れさせたくなかったから…」

彩子を連れ込んだ時に殺すのを引き止めたのは、ただ渚に人殺しをさせたくなかったから。

自分を好きになってくれたとか、そんなものは実際どうでも良かったのだ。

彩子を殺してから、俺は自分の気持ちに嘘をつくのをやめた。

「それに…もしこのままの生活ができないってなったら、お前…死ぬ気なんだろ?俺も一緒に…」

「だって!そうでもしないと一緒にいられない…私とお兄ちゃんの幸せが手に入らないじゃないっ!!」

涙を流し、掴みかかって叫ぶ。

 

渚は我慢の限界だった_________

 

きっと物心が着く前から…生まれる前から俺に惹かれていたのかも知れない。

ずっと気持ちを抑え続け、ついに手に入れた兄との関係。

それが虚構であっても、渚にとっては何にもかけられないもので、誰にもこわされてはならないものなのだ。

 

それが愛する兄であっても_________

 

「俺が罪を償えば、もう邪魔者はいないんだ。短くはないだろうけど、時が経てば必ず…」

「…イヤっ!!」

俺の言葉を遮って、渚は泣きながら自室へ走っていった。

《こちら航空自衛隊浜松基地前です。防衛省は今からおよそ2時間前、静岡と山梨両県からの災害派遣要請を受け、対象地域への避難支援を開始しました。この浜松基地からも救難ヘリが数機離陸し…》

俺はテレビを消した。

雨音だけが響き、気分を沈めていった。

 

………………

……………

…………

………

……

 

俺は自室のベッドの上で、壁にもたれながら外を見ていた。

朝から降り続く雨は、底無しに気分を沈める。

昔から雨は嫌いだった。

子供の頃、外で遊べないという理由でそうなったが、今でも雨嫌いは続いている。

「明日も降ったら出かける気力がなぁ…」

明日は渚と出かけようと約束したが、雨だと気分が乗らない。

そこまで考えて、渚と喧嘩したことを思い出してしまった。

「はぁ…」

なおのこと気分が沈んだ。

 

渚とは昔から仲が良かった。

1歳しか違わないので赤ん坊の頃の記憶はないが、記憶の確かな範囲では常に渚がそばにいた。

幼稚園でも、小学校でも、どこへ遊びにいくにも付いてきた。

さすがに、ある程度の年齢になると友達同士の付き合いには首を突っ込まなくなったが、暇つぶしとかにはいつも付き合ってくれた。

だからケンカも幾度かした。

だが俺には、解決する術は分からない。

一晩寝て解決した時もあるが、ほとんどは渚から話し合いの場を設けてくれたからだった。

 

俺は昔から、渚に頼ってばかりだった。

 

野々原家の家事から俺の身の回りの世話、そして俺の過ちの後始末まで…

兄らしいことを何一つしてやれていないのに、渚はだらしない俺に不満一つもらさず尽くしてくれている。

それもこれも、全ては自分への愛情がとめどなく溢れているから。

それを無下にされれば、誰だって怒るだろう。

 

「たまには自分から謝らなくちゃな…」

罪を全て被って自首すると、自分勝手に決めた。

大好きな兄のためにずっと行動してくれていたのに、俺は渚の気持ちを踏みにじってしまった。

ちゃんと渚に謝った上で、きちんと話し合って理解してもらうよう努める他ない。

渚は物分かりの良い娘だから、分かってくれるだろうと信じていた。

負い目も障害もない、二人の本当の幸せのためにも、これは兄である俺がやらなくてはならないのだから。

 

 

部屋のドアが開いた。

「あ…」

渚が顔を覗かせる。

「なぁ渚…その、朝のことだけどさ…その…」

ごめん。

そう言おうとした俺の目に入ったのは、渚が右手に握りしめた包丁だった_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

「ハッ…ハァ…ハッ…」

私は耐え難い悪寒に身を震わせていた。

「い…いや…嫌だ…ッ!」

どす黒い何かが、足元からじわじわと自分を侵していく。

人間が持つあらゆる負の感情が、私の身体を支配しようとしていた。

 

「イヤだよお兄ちゃん!!私は、私は…!!」

お兄ちゃんが私と離れようとしている。

二人きりの楽園が、今まさに崩壊しようとしている。

恐怖、

悲しみ、

怒り_________

私の中で膨れ上がるお兄ちゃんへのどす黒い感情を、もう一人の私が否定する。

自分の中で巻き起こる矛盾が、私の心を破壊していく。

 

ふと顔を上げると、目の前には鏡があった。

「な…」

 

そこには私が…悪夢に出てきた私がいた。

 

私は鏡に写る私を睨みつけた。

アイツはお兄ちゃんを傷つけた悪魔。

「そう、お前は…お兄ちゃんを…殺した…」

 

もう良い_________

 

私が呟いた。

それは、もう十何年も私を苦しめた悪夢のクライマックス。

 

最初からこうすれば良かったんだ_________

 

「やめて…」

私の声は、鏡の向こう側へは届かない

お兄ちゃんへの憎悪は、どんどん心を侵食する。

 

こうすれば_________

 

どす黒い感情が心を侵す。

「もうやめて!お願いだから…!」

残り少ない理性とお兄ちゃんへの愛が、私へは決して届かぬ叫びを上げ続ける。

 

もう誰にも邪魔されないんだ_________

 

私は包丁の柄を両手で握り、頭の上に振り上げた。

「もうお兄ちゃんを殺さないで…!」

夢の中ではないのに、私は私を止めることができない。

 

ずっとずっと_________

一緒にいようねぇ_________

 

 

「お兄ちゃあああああんッッッ!!!!!」

 

 

私は包丁を振り下ろした_________

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