【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.5 崩壊のプロローグ

「本当は都心の方が良かったかも知んないけど…」

俺と渚はデパートから歩いて10分ほどの海岸に来ていた。

デパートは、自宅からバスで30分ほどだった。

「気にしないでお兄ちゃん。どうせ見るものなんて大して変わらないんだから。」

デパートに隣接する映画館で話題になっていた映画を観て、その後レストランで食事をし、それぞれの気になるお店を一緒に見て周った。

 

まさにデートだった。

本当の恋人同士なら手を繋いで歩くのだろうが、“練習”のルールでは人の多いところでは基本中断になる。

この辺りは知り合いも多く、妹との恋人ごっこの一部始終を見られるのはことだった。

「手、繋ぎたかったなぁ…」

渚は海を眺めながら、残念そうに呟いた。

「その、ここなら…どうせ誰も来ないだろ。」

俺は左手を差し出した。

その手首には包帯が巻かれている。

「お兄ちゃん…えへへ。」

渚は照れながら俺の手を握った。

「…っ」

傷が少し痛んだが、俺は表情に出ないように我慢した。

 

 

俺達は岸壁に腰掛け、眼前の浦賀水道を眺めていた。

東京湾と太平洋を繋ぐ、水上交通の要衝である。

その性質上、ここにいると色々な船が行き来しているのを眺められる。

小さなヨットやクルーザー、漁船、自衛隊や米軍のイージス艦、豪華客船や大型タンカーなど、本当に多種多様な船がたくさん行き来する。

昔から、さざなみと汽笛の音に耳を傾け、たくさんの船が行き来しているのを眺めるのが好きだった。

それは渚も同じ。

 

大型の豪華客船が、遠くの方をゆっくりと太平洋へ向かって進んでいく。

世界一周旅行をしている、ヨーロッパの豪華客船だった。

以前テレビでやっていた。

「あれ、一回乗ってみたいね。」

渚が言った。

「そうだな。」

「潮風を浴びながら大海原を眺めて、プールとかで遊んで、夜は美味しいディナーを食べてお洒落なドレスを着て舞踏会にも出たりして…」

物語を朗読するように、目を輝かせて語る渚。

「あの大きな船の中にも、立ち寄る世界中の港にも、私達が兄妹だって知ってる人はいないよね。何にも縛られないで、色んな世界を見てみたかった…」

「生きていれば、いつか…叶うかもな…」

俺の発した言葉は、波の音に虚しく呑まれて消えた。

 

………………

……………

…………

………

……

 

家中に響いた断末魔の絶叫で、私は我に返った。

『ハッ……ハッ……お…お兄…ちゃん…?』

汗だくで息を切らし、狂ったように鼓動する心臓。

そして鮮明に残る凄惨な記憶も、いつも通りの恐ろしい悪夢だった。

 

ただ違うのは_________

 

『あッ……ぐぁ………』

私に下敷きにされていたお兄ちゃんが、腕を押さえながら呻き声を上げていた。

縦に裂かれた左腕から、真っ赤な鮮血がどくどくと、押さえている右手からも溢れて流れ出している。

『お兄ちゃんっ!大丈夫!?』

急いで手当てしようとして、右手にずっしりとした違和感があるのに気づく。

 

手元がキラリと光る_________

 

『ひっ…』

思わず力が抜けた。

ごとりと音を立てて、包丁の柄が右手からすり抜けた。

刃には赤い血がついていた。

 

何が起こったのか分からない。

いや、分かりたくなかった。

 

お兄ちゃんを殺そうとした_________

 

『そんな…そんなわけない!私が…私が…!!』

恐ろしい現実が悪寒となって、身体の奥底から私を襲う。

 

『い…いや……』

身体の震えが止まらない。

『やだ…やだぁ…寒い…寒いよぉ……いやぁ…』

歯がカチカチと小刻みに鳴るほどに、私の身体は震えていた。

言葉では言い表せない気味悪さだった。

 

その悪寒は、蛇口を徐々に全開にしていくように、どんどん溢れて私の体を震わせる。

『な…渚…?』

『寒い…寒い寒い寒い寒いよぉっ!!』

 

そして、

耐えようの無い寒さが頂点に達した時_________

 

『おい、大丈…』

『いやぁぁぁぁああああああああッッッ!!!』

 

絶叫と共に、私の意識は途絶えた_________

 

 

 

数時間後。

私は、お兄ちゃんのベッドの上で目を覚ました。

 

『大丈夫か?』

目を開けると、お兄ちゃんはこちらを覗き込んで心配そうに言った。

『お兄ちゃん…私…』

『ごめんな、渚…』

不意に謝られて、私は少し面食らった。

『今まで、自分から謝ったことなかった…急にあんなこと言われたら、怒るよな。今まで、一緒に頑張ってきたのに…』

『そんなこと気にしなくていいのに。私は、お兄ちゃんと仲良くしていられれば、それで幸せなんだよ。』

 

お兄ちゃんの左腕には包帯が巻かれていた。

傷口の部分は、血が滲んで赤くなっている。

それが目に入り、私の胸はズキリと痛んだ。

『私こそごめんね…自分を見失っちゃって…』

『気にすんなよ。いつかこうなるだろうって思ってたから…』

『お兄ちゃん…』

あの夜、一緒に死のうと告げたことを、お兄ちゃんはずっと気にかけていたのだ。

だからこそ、お兄ちゃんは悪夢に囚われて狂った私を許してくれた。

いつか私が、こうすると思っていたから。

『本当にごめんね、お兄ちゃん…でも…』

そこまで言いかけて、私は口をつぐんた。

 

あの悪夢のことは言えない。

幼い頃から、何百回も夢の中でお兄ちゃんを殺していた夢を見ていたなんて…

その夢の中の私が私の心を蝕んで、お兄ちゃんを殺そうとしたなんて…!

 

お兄ちゃんはそれを聞いても、きっと嫌ったりはしない。

でも、お兄ちゃんは狂った私を怖がるだろう。

それは、嫌われるのと同じぐらいつらいことだった。

 

『お兄ちゃん…その……私は…』

『もういいよ。』

なんとか誤魔化そうとする私を、お兄ちゃんはそっと頭を撫でて止めた。

髪の毛を指が通り抜ける感覚が心地よかった。

『明日は色んなとこ見て遊ぼうぜ。だから今日はゆっくり休んでろよ。』

『でも…』

『大丈夫、飯はなんとかするよ。』

そういうと、お兄ちゃんは部屋を出て行った。

お兄ちゃんに言われるがまま、私はそのまま休むことにした。

 

………………

……………

…………

………

……

 

「今夜、お兄ちゃんを殺すわ。」

何の前触れもなく、渚は俺に告げた。

「…うん。」

今の俺には、それを拒む気持ちはなかった。

「私も嫌なの。前にお兄ちゃんが言ったように、この世界の方が消えてなくなれば良いのにって…私だって何度も思った。だけど、そんなもの待ってたら…私の心はどんどん壊れていくの…」

涙を流す渚を抱き寄せる。

その肩は小刻みに震えていた。

「この関係が抗いようのない何かに引き裂かれたり、お兄ちゃんへの愛が冷めたり、狂って殺してしまったり…そんなことになるくらいなら…」

 

好きな気持ちのまま、

お兄ちゃんを殺したい_________

 

「私はお兄ちゃんといられればそれで良いの。それさえ叶えば何もいらない…この命だって…!」

 

悲しむ姿を見て、もし俺達が兄妹じゃなかったらと思うことだってあった。

血の繋がりのない赤の他人だったらと…

だが、俺達が互いを深く愛することができたのは、やっぱり兄妹だったから。

この絆は、生命の起源で繋がっているからこそ強く結ばれている。

 

俺達を強く結びつけてくれるものが、皮肉にも俺達が結ばれるのを阻んでいる。

どうすることもできない矛盾_________

やり場の無い強い憎しみの矛先は、その矛盾を作り出したこの世界の「常識」、そしてなんとも思わないでそれを受け入れるこの世界そのものだった。

 

「うぅっ…お…おに…おにぃちゃあん…」

泣き続ける渚を抱きしめ、頭を撫でながら、俺は眼前の海を眺めた。

行き来する何隻もの船には、様々な未来を抱えた人や物が乗っている。

一人の未来、ひと家庭の未来、タンカーやコンテナ船が乗せるのはどこかの企業の未来だろうか。

 

渚を置いて全ての罪を清算するのか、渚に身を委ねて一緒に消え去るか…

自首を思いついた時ほど、俺は死への恐怖は抱いていなかった。

死ぬのは嫌だけど、渚と一緒なら死んでも良い。

 

だが、それでも思わずにはいられない。

 

未来が欲しい_________

渚と手を繋いで歩む未来が_________

 

それが確実に歩めるものならば、どんな険しい過酷な道だろうと歩き続けられる。

例え誰かの死体の上でも構わない。

俺は既に一度、彩子をこの手にかけたのだから。

 

 

しばらく泣き続けていた渚の気持ちも落ち着き、俺は携帯の時計を見た。

「もう4時過ぎだぜ。結構長居したな…」

「そうだね、えへ…さ!帰ろうかお兄ちゃん!」

「おう。」

俺が立ち上がろうと地面に手をつくと、渚は慌てたようにそれを止めた。

「待って待って!」

「どうした?」

「あ…あ…あのね!ちょっとお願いがあるの…」

急にしおらしくなった渚。

俺は首を傾げる。

「れ、練習を始めてから…最初のデートでしょう?だから………」

 

その時、

 

「わ…私と…キ_________」

 

野太い音が大音量で響いた。

 

「え?」

 

頬を赤く染めた渚の消え入りそうな声は、船の汽笛にかき消されてしまった。

 

たまたま少し近いところを通ったフェリーが、警笛を鳴らしたようだった。

「…っ」

渚は船体に描かれた太陽を鬼のような形相で睨みつけたが、やがて大きなため息をついて表情を緩めた。

「やっぱいいや、なんでもない。帰ろっ、お兄ちゃん!」

「うん。」

何を言わんとしたかなんとなくわかった気がしたが、俺は分からないふりをした。

 

 

今度こそ帰ろうと立ち上がった時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

渚のも同時だった。

「きゃっ」

「なんだなんだ。」

けたたましいアラートを鳴らすスマホの画面を表示する。

「緊急地震速報…」

「またなの?最近多いね。いつか大きいの来るのかな。」

「そういう国だから、仕方ないだろ。」

俺達にはもう関係ないけど…という言葉は飲み込んだ。

 

先日静岡で地震が起こってから、定期的に揺れが来るようになった。

ほとんどが余震だが、緊急速報はその度になる。

ちょっとウンザリするレベルだった。

 

「お?」

「きゃ、揺れてる…」

そうこうしているうちに、地面が小刻みに揺れ始めた。

「どうせ余震だよ、すぐに収まるって。」

数秒前まで、俺はそう思っていた。

 

地鳴りが大きくなったと思った途端、とてつもない激震が俺と渚を襲う。

「うわっ!?」

蹴飛ばされたように、俺の体は吹っ飛んだ。

「お兄ちゃん!?お兄ちゃああああん!!」

 

渚が手を伸ばしたのも虚しく、俺は岸壁の向こうへ落ちていった_________

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