【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.6 破滅への希望

《午後4時18分頃、関東地方で強い地震が発生しました!繰り返します、関東地方で強い地震が…》

 

《うわぁ!!げ、現在、この東京のスタジオも激しく揺れていますッ!皆さん!た、直ちに身を守る行動を…》

 

《震度7が千葉県南部、千葉県北西部、神奈川県南部、相模湾・三浦半島。また、震度6強が東京23区、千葉県北部…》

 

《震源地は千葉県房総半島沖、地震の規模を示すマグニチュードは8.1と…》

 

《カメラからは火災でしょうか?数カ所から黒い煙が上がっているのが確認できます!また、複数の家屋倒壊の情報が…》

 

《テレビ、ラジオの電源を切らないでください。落ち着いてまず身の安全を…》

 

《大津波警報が出ました!大津波警報が出ました!すぐ逃げて下さい!大変大きな津波が発生する恐れが…》

 

《大津波警報は千葉県内房、九十九里外房、相模湾・三浦半島沿岸、東京湾、茨城県太平洋沿岸、伊豆諸島…》

 

《直ちに海岸や河口付近から離れてください!高台や頑丈な高いビルなどに避難を…》

 

………………

……………

…………

………

……

 

「いてて…」

揺れが収まると、俺は体中の砂を払い落とした。

俺が落ちたのは砂浜で、高さも2mあるかないかだったのだ。

身体の右側から落ちたので、切られた左腕はなんともない。

「大丈夫っ!?お兄ちゃん!!」

「なんてことないって!よっ…とぉ!」

心配する渚をよそに、俺は助走をつけてコンクリートの壁に飛びついた。

「随分でかかったな…東北ん時だってこの辺こんなに揺れなかっただろ。いよッ…こらせっと。」

左腕に気を使いながらなので少々苦労したが、なんとか岸壁の上へよじ登った。

「お…お兄ちゃん…」

なおも不安そうな渚。

「だから大したことないっ…て…」

平気な顔をして見せようとした俺は、その時初めて渚が何に怯えているのかが分かった。

 

ついさっき、1分前まであった街の姿は変わり果てていた。

 

海の反対側は、道路を挟んで住宅街が並んでいた。

そのほとんどが倒壊して木と瓦の廃材の山となっていた。

完全に崩れ去った家もあれば、一階が押しつぶされていたり、奇跡的に原型を留めていても一部が崩壊したりヒビが入ったりと、無事な家は一軒もない。

 

「おいッ!大丈夫か!」

「三原さんちの息子がまだ中にいるぞ!」

「あっちで火事になったぞ!こっちにも回ってくる!」

 

まだ炎は見えないが、あちこちから黒い煙が上っているのが見えた。

それはかすかに見える対岸の房総半島も同じであった。

道路はそこら中に亀裂が入り、電柱も何本かへし折れ電線でとりあえず倒れずにいる状態だった。

 

大地震_________

 

このあいだの地震とは次元が違う、正真正銘の大震災。

「…」

俺も渚もしばらく、瓦礫の山と化した街に絶句していた。

 

 

「お兄ちゃん…」

俺の手を握り締め、渚は不安げな表情でこちらを見上げていた。

俺は渚とその向こう側にある海を見比べた。

数十隻の船が、一斉に針路を変え始めた。

小さい船は、白い水しぶきを上げながら、全速力で水道の外へ避向かっている。

潮も引き始めた。

 

「よし…行こう!」

俺は渚に向き直ると、彼女の手を握った。

「ふぇっ!?お兄ちゃん!?」

「やっぱり津波警報が出てるんだ!早く逃げるぞ!」

さっきまでいたデパートまでは、二人並んで喋りながら歩いて10分。

急げばギリギリ間に合う…と思いたい。

「とにかく走るぞ!さぁ!」

「待ってお兄ちゃん!この手、離さないで…」

「分かってる!」

強く手を握り合い、俺達は走り出した。

 

大きな亀裂が走り、段差が出来てガタガタになったアスファルト…

その上に散らばる、崩れた塀のコンクリート片、倒壊した家の木材やガラスの破片…

降ってきて瓦礫や倒れてきた電柱に押しつぶされ、ボディが大きく凹んだ車達…

老若男女それぞれが、一目散に海岸に背を向けて走り出す。

中には怪我をした子供を背負った父母や、額から血を流し衣服を真っ赤に染めながら必死に走る人も少なくない。

 

「くそッ!ハァ…遠いな!」

「でも…ハッ…いつもの寝坊癖が役に立ったね!お兄ちゃん。」

人々が絶望と恐怖にかられながら逃げる中、季節外れの赤いマフラーをたなびかせ、どこか明るさを湛えた瞳で冗談を言う渚。

「うっせー、俺はこういう時のために常にトレーニングしてたんだよっ。」

そして、それに冗談で返す俺。

今の俺は、やはりどこか明るい表情をしているはずだ。

 

今の俺を、地震が起きる数分前の俺が見たら、果たしてなんと思うだろうか_________

 

自首するか渚と死ぬかを考え、未来を諦めていた俺は、今はどうしようもない歓喜に満ち満ちている。

足取りが軽い。

まるで、何かのアトラクションを体験しているような、ドキドキとワクワクが胸を包んでいた。

渚の表情を見る限り、彼女もきっと同じだった。

 

「うわぁ!!余震か!?」

「今度のはでかいぞッ!気をつけろーーッ!!」

「きゃあーーーーーッ!!」

 

再び大きな揺れが、間も無く来るであろう大津波から逃れようとする人達を襲う。

「お兄ちゃんッ!!」

「渚、おいで!」

とっさに渚を抱きしめ、かばうようにしてしゃがみ込む。

 

さっきまで断続的に続いていた余震とは明らかに違う、大きな揺れだった。

あちこちで何かが崩れる音、ガラスが割れる音…

そしてそれらを搔き消すように、人々の悲鳴が響き渡る。

 

すぐ隣の家が、物凄い音を立てて崩れ始める。

メキメキと木材が折れる音や外壁が剥がれ落ちる音、窓ガラスが砕け散る音。

それらが合わさった音は、断末魔の如く恐ろしい。

 

「…ッ!」

瓦礫の塊が俺達に襲いかかる。

「お兄ちゃんッ!!」

背後に迫る轟音に怯える渚の肩をきつく抱きしめ、俺は目をつむった。

 

まぶたの裏に、瓦礫が迫って来るのを感じる。

もうダメか_________

 

 

「ぎゃああああああああッッッ!!!!」

 

 

想像もつかない痛みが身体を襲う…

ことはなく、破壊の断末魔は鳴りを潜めた。

 

「揺れ止んだ…今のうちだ!」

「急げーーーッ!!もうすぐ津波が来るぞーーーッ!!」

 

「…?」

粉塵や細かい破片が降り注ぐ感触しかない。

俺はそっと目を開き、渚の肩越しに倒れてきた家を見た。

 

倒壊してきたの瓦礫は、俺達の1mほど手前で止まっていた。

 

そしてその瓦礫は、俺達の右隣を走っていた作業着の男の人を押し潰していた。

 

「…ッ」

 

運送会社のトラック運転手だろう、見覚えのあるロゴがジャケットに刺繍されている。

そしてそのロゴもジャケットも赤黒く染まり、腰から下は木材の瓦礫に押し潰されて見えなかった。

「ハァ…ハァ…」

運転手は息絶え絶えで、虚ろな瞳でこちらを見ていた。

 

「大丈夫…ですか?」

俺は思わず声をかけ、手を差し伸べた。

今俺達が頑張れば、この人を瓦礫から引き出せるかも知れない。

 

だが彼は首を横に振った_________

 

「自分で……抜け出せ…ます…から……」

笑みを浮かべたその顔は血塗れだった。

 

俺は少し躊躇ったが、

「そ、そうすか…い、急いでくださいねっ。」

俺は立ち上がった。

「行くぞ渚。」

「うん。あの、ご無事で!」

俺は渚の手を引いてまた走り出す。

去り際、渚は彼にそう言った。

 

デパートまであとちょっと。

また大きな余震が来ないことを願いながら、俺はさっきのトラック運転手の記憶を振り払うように無我夢中で走った。

 

 

 

地震から5分ちょっと、ようやく俺達はデパートまで辿り着いた。

「ハァ…ハァ…こ、ここまで来れば…だ、大丈夫…だよね?…ハァ…ハァ…」

「ハァ…ハァ…これでダメなら……死ぬしかねえだろ……」

俺達はアスファルトの上に尻もちをつき、コンクリートの壁に背中を預けた。

 

俺達は立体駐車場の3階、デパートの3〜4階辺りに位置する高さにいた。

デパートの中でも良かったのだが、やはり多くの人が逃げ込んでおり、渚ははぐれたくないと怖がった。

それに店内よりも、落下防止用の柵と頑丈な柱だけの駐車場の方が、外の様子を窺い知ることができるはずだ。

本当は屋上の方が良いだろうが、ぶっ通しで走り続け、更に立駐を2階分駆け上がったので、さすがに限界だった。

 

立駐の中にも、車の持ち主や外の様子を見に来た人達が大勢いた。

「こっちで正解だったな…多分店ん中もっと人いるだろうし、この地震でぐっちゃぐちゃになってるぞ。」

「まさか私達がこんなことになるなんて…」

俺達はしばらく休んでいたが、やがて腰を上げて外を見た。

 

 

高いところから見た街は、筆舌に尽くしがたい様相を呈していた。

たくさんの建物が崩れ、至る所で火の手が上がり、黒い煙がそこら中に立ち上っていた。

緊急車両のサイレンがあちこちで鳴り響き、眼下に見える道路には、まだたくさんの人が高い建物を目指して走っている。

 

我が家の方角からも、黒い煙があちこちで立ち上っている。

我が家は燃えてしまっただろうか。

それとも、これから来る津波に呑まれてしまうのだろうか。

 

彩子の死体が頭をよぎる_________

 

「未来が…」

黒いもやの向こうに見える海は、いつもとは違う異様な波模様を見せていた。

「俺達の未来が開けた…」

強烈な歓喜が、俺の身体を震わせた。

 

俺達が彩子を監禁したこと、

渚が彩子に“お仕置き”をしたこと、

そして俺が彩子を殺したこと_________

俺達の罪が瓦礫となって燃え尽き、大波に呑まれていく…

切望した夢が、今目の前で起こっている。

 

「よいしょ…はい!」

渚は首に巻いたマフラーを外すと、片方を俺の方へ差し出した。

言葉はいらなかった。

俺はその片方を首に巻くと、渚はもう片方を自分の首に巻いた。

渚のマフラーは、彼女のシャンプーと汗が混ざり、男の胸をくすぐる芳しい匂いだった。

 

 

雷鳴のような轟音が響き渡り、海岸沿いから白い煙が舞い上がる。

瓦礫の粉塵と、岸壁の防波堤に叩きつけられて舞い上がった水飛沫だった。

 

「うわぁーッ!来た来た来たッ!」

「デカイ船が流されてんぞ!うわうわうわっ!」

「ああぁぁ…私の家がぁ…」

ある人は呆然と見つめ、ある人は無我夢中でムービーを撮影し、またある人は大声で泣き叫んでいた。

 

街を襲う黒い波は、倒壊した家々の瓦礫をさらい、かろうじて崩れずに済んだ家も根こそぎ押し流しながらこちらを向かってくる。

なんとか踏ん張っていた頑丈な建物は、海から流されてきたフェリーに粉微塵に砕かれ、濁流の一部となった。

車は浮きのように浮き沈みを繰り返し、とても1トン近くある物体だとは思えなかった。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

薄暗い鉄筋コンクリートの駐車場の、眼下に広がる絶望の濁流を背にして渚は言った。

 

 

夢が叶ったね_________

 

 

その目は、一緒に死のうと想いを明かしたさっきまでの渚はいない。

俺と同じように、突如現れた希望を目の当たりにして喜びを隠せずにいた。

キラリと輝く瞳は、恋人ごっこを了承した時以来だった。

 

 

 

後にこの国を崩壊させ、世界の流れを大きく変えた未曾有の大災害。

 

日本人1億3千万の運命を変えたその日、

 

愛し合う二人の兄妹は、目も眩むほどに明るい未来を見つめていた_________

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