【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.7 暗闇の誓い

東京、下町____

 

その店は、彼の父が創業したパン屋だった。

今ではスーパーやコンビニで同等以上の味のパンが買える世の中だが、出来立てでしか味わえない美味しさと焼けるパンの匂いに誘われて、客足は悪くなかった。

 

店主が揺れに気づいたのは、夕食時に合わせた焼き立ての食パンを陳列棚に運び始めた時だった。

 

「地震だ!!」

 

じわじわと揺れ始めたかと思えば、轟音と共に大地が揺さぶられた。

 

客や店の奥の店員達の悲鳴が響く。

店主も床に転げ、訳もわからず一番近い陳列用のテーブルに潜り込む。

 

並んでいるパン達はトレーごと吹き飛ばされ、陳列棚や観賞植物が倒れる。

ガラスの割れる音、そして築50年の木造店舗が軋む音がした。

 

店主は無我夢中で妻の名を叫んだ____

 

………………

 

千葉県、南房総市_____

 

大きな揺れが二度も来た。

バグを起こしたように鳴り響くスマートフォンの緊急速報を見なくとも、海抜数メートルのこの場所に大津波が来るのは確実だった。

 

男は額から流れ出る血を気にも留めず、ひたすら妻と娘の名前を叫び続けた。

眼前には、崩壊寸前のスーパーマーケットがあった。

数分前、退店直後にトイレに行きたいと言い出した娘を連れて、妻は店の中へと消えていった。

 

大地震が襲ったのはその直後だった。

 

駐車場の車で待っていた夫だったが、後ろから倒れてきた街灯は彼の乗り込んでいたヴォクシーを叩き潰したのである。

彼に直撃はしなかったものの、車体がひしゃげたせいで脱出に手間取った。

 

なんとか這い出たのは、二度目の大地震の後だった。

 

無我夢中で店内へ駆け込む。

倒れた商品棚や崩れてきた瓦礫、散らばるカートを掻き分け、トイレの方向へと向かう。

 

しかし、ようやく辿り着いたトイレの扉は、瓦礫と棚によって塞がれていた。

 

「クソッ!!クソッ!!」

 

ドアを塞ぐ瓦礫を手で放り投げる。

どれも重く、一つどけるのが容易でない。

 

「たすけてっ!!パパァッ!!」

ドアの向こうから聞こえてくるくぐもった悲鳴が、彼の焦燥感を煽る。

 

 

1度目の地震から18分後。

やっとの思いで再会した親子3人は、急いで店の外へと這い出た。

 

生還____

 

妻と娘の温もりを確かめ、地震とは違う地響きにも気付かず男は安堵した。

 

それから30秒後、

スーパーは水の壁に飲み込まれていった____

 

………………

 

静岡県、南富士エバーグリーンライン____

 

シルバーのデリカD5は、ディーゼルのエンジン音を轟かせながら峠道を走り抜けていた。

車内のドアミラーには、黒々とした噴煙が写っていた。

「あぁ…富士山が噴火するなんて…」

後部座席で、一人の老人が頭を抱えて嘆いた。

 

東京で地震が起こってすぐに、彼の一家は避難の用意を始めた。

デリカを走らせ、すぐにエバーグリーンラインに合流したが、その直後に富士山は轟音と共に噴火した。

彼らの家は噴火警戒レベル引き上げに伴う避難準備指示のエリアよりは外だったが、実際に噴火したとなると話は別である。

更に、今までニュースなどで目にしたどんな火山噴火よりも、明らかに規模が大きかった。

 

「どこに逃げるの?」

助手席に座る妻が、デリカのハンドルを握る夫に尋ねた。

道を照らすHIDのヘッドライトに、雪のようなものが反射していた。

火山灰が降ってきたことを意味する。

「しばらく行けば、自衛隊の臨時の避難所があるんだ。火山灰は降ってくるかも知んないけど、海の方には行けないしな。」

 

センターコンソールのカーナビには、NHKのニュースがノイズ混じりで流れていた。

巨大な津波が、街を押し流していく。

数年前の東北の津波に輪をかけた威力だった。

 

 

「?」

夫は、ハンドルを伝って感じる異変に気付いた。

走行音で気付きにくいが、やはり地面が揺れている。

「地震?」

老人…妻の父の隣にすわる息子が不安そうに尋ねた。

「さっきの余震だろ。多分…」

自分に言い聞かせるように答える。

その刹那、デリカの車体が跳ねたように感じた。

 

「なッ!?」

 

道路のアスファルトが一瞬にしてひび割れ、光を発した。

 

ヤバイ____

 

最後に一家が目にしたのは、割れ目から覗く赤黒い何かだった。

 

 

南富士エバーグリーンライン上に、二つ目の噴火口が出現した____

 

………………

 

「オルカ28よりノア、まもなくミッションエリア上空。」

《ノア了解。高度維持、偵察行動に移れ。》

「オルカ28了解。」

 

千葉県、房総半島上空____

 

海上自衛隊護衛艦「ひゅうが」に搭載されている対潜哨戒ヘリコプター、SH-60K シーホーク「オルカ28」は朱色に染まる空を飛行中だった。

横須賀に入港予定だったひゅうがは、地震と大津波警報発令に伴い転舵。

沖へ避難を開始するとともに、偵察や救難活動も可能なシーホークを緊急発進させた。

 

発艦作業中に津波と遭遇しなくてよかった…と甲板を蹴った時の安堵はどこか遠くへ消え去った。

シーホークの乗組員は、眼下に広がる惨状に息を呑んだ。

 

房総半島は外房、内房問わず沿岸部は津波でぐしゃぐしゃに水没しており、波を逃れた地域からはあちこちで火の手が上がっていた。

オルカ28は更に東京湾をまたぎ湾岸エリア上空、そして三浦半島の偵察も行なった。

この惨状は映像として母艦、そして市ヶ谷の本部まで届いているはずだった。

 

「三佐…」

並列に並んだコクピットで、若いパイロットは機長を呼んだ。

「戦争だな…」

機長はヘルメットのバイザー越しにポツリとつぶやいた。

その例えに、インターコムで通じている乗組員は誰一人として異を唱えなかった。

 

まさしくこれは戦争。

それも、日本が太平洋戦争以来初めて経験する、日本の存続がかかった戦争だった。

大地震、それに遠くでは富士山が噴煙を上げている。

さらには、飛行中に伊豆大島にある三原山の噴煙を確認している。

 

既に日は沈みつつあった。

本来なら夜景が見えるはずが、眼下に見えるのは明るさを増していく炎の赤い灯だけだった。

 

「腹くくれよ。」

機長は経験の長いベテランのヘリコプターパイロットだった。

東北でも、護衛艦から離着艦して救難や物資輸送を行った。

このオルカ28の機内で、彼だけが唯一3.11での任務を経験している。

そんなベテランが、触れれば切れそうなほどの緊張感を持って言い放った言葉だった。

 

「オルカ28よりノア。フューエルビンゴ、RTB。」

《ノア了解。オルカ28、RTB。》

航空灯を煌めかせながら、シーホークは未だ命を引きずりこまんとする海の上を飛び抜けて行った。

 

………………

 

首相官邸____

 

各省庁から寄せられる被害情報は、更新する度にことの深刻さを示していた。

「このままでは、おそらく南海トラフも時間の問題…と。」

資料で雑然とした対策本部のテーブルを囲む大臣達は、無言で頭を抱えた。

 

3回の大地震により、既に関東一帯は沿岸部を中心に壊滅状態。

富士山噴火に伴い静岡・山梨両県、そして火山灰によって周辺の県も機能不全に陥るだろう。

大津波と三原山噴火に襲われた伊豆大島とは連絡が途絶えており、関東を中心に本州各地の活断層も動き始め、M6〜7クラスの地震が頻発し始めていた。

 

「西日本に展開する自衛隊に、出動準備命令を。」

首相は防衛大臣に命じた。

黒縁メガネの大臣は頷くと、すぐに側にいた制服姿の男に伝えた。

 

日本沈没。

首相は、昔読んだSF小説を思い出す。

各地から伝わると被害情報。

津波に襲われた東京の湾岸エリアに、噴火した富士山の光景を見ていると、まさにフィクションの中にいるようだった。

もっとも彼には、未曾有の大災害を予知してくれる破天荒な学者は現れなかったが。

 

復興など考えられなかった。

眼前の人命を救う対策で手一杯だったが、果たして何人救えるのか。

救ったところで、彼らに、そしてこの国に未来はあるのか…

「官房長官…」

首相はポツリと呟くように呼んだ。

白い髪をオールバックにした男が、俯いたままの首相を向く。

「我々は、もしかしたら…歴代最後の内閣になるかもしれん…」

共に政界を生き抜き、戦ってきた親友でありライバルであった男の弱音を、官房長官は黙って聞いていた。

 

この時点で死者行方不明者は、

250万人を超えていた____

 

………………

……………

…………

………

……

 

 

《えー、昨日午後4時18分に千葉県房総半島沖で発生致しましたM8.5の地震、同じく22分に発生致しました東京湾内でのM8.1の地震、そして本日午後6時13分に発生致しました静岡県駿河湾沖でのM8.2の地震、並びに同時発生した富士山の噴火活動について、発表させていただきます…》

 

《東京湾沿いでは各地で津波による被害が発生しており、東京湾アクアラインでは複数の車が津波に巻き込まれたとの情報が…》

 

《…総理大臣は、既に出動している陸海空の自衛隊に対し、引き続き全力で救援活動に当たるよう指示したと発表しました。また…》

 

《…下町では至る所で火の手があがり、まさに火の海としか形容できません!消火活動が全く追いついていない…》

 

《富士山周辺では火山弾などが降り注ぎ、静岡、山梨両県の市街地では既に20cm以上の降灰が確認され…》

 

《“合衆国最大の同盟国である日本で発生した未曾有の大災害において、私は関係する全ての責任者に対して最大の支援を行うよう命じ…”》

 

《房総半島の海沿いは最大で23mの津波が観測されており、現在も大部分が水没している他、多数の水死者が発生している模様で…》

 

 

深夜_________

 

何人かが命からがら持ち寄ったラジオなどから、色々な情報が飛び込んでくる。

 

 

私達は避難したデパートの屋上から、眼下の街…いや街があった場所を見下ろした。

 

度重なる大津波は、家や車や船や色んなものをぐちゃぐちゃにかき混ぜ、破壊しながら海へとさらっていった。

潮が引き、街に残された瓦礫の山は、夜の闇に隠されている。

人々の営みを照らす綺麗な夜景はそこには無い。

灯りを失った街を照らすのは、所々で上がる火の手と、ヘリコプターの弱々しい光だけだった。

私達が住んでいた街も津波にのまれ、今は黒いシルエットですら見る影もない。

 

 

私達を遮るものは、皆燃え尽き、流され、鉄筋コンクリートの瓦礫に押し潰されて消えた。

 

 

そして手を繋いで並ぶ私達に、絶望にのまれた街に、雪がやさしく降り注ぐ。

冷たさのない白い雪…

「とうとう…降ってきたな…」

お兄ちゃんはそういうと、私と共有していたマフラーをキツく口元にあてて巻き直した。

 

私達の背後では、遠くで赤黒い噴煙が立ち昇っている。

日本一の山、富士山だった_________

 

地震と津波で全てを失った人々に、追い討ちをかけるように降り注ぐ死の灰_________

その様子が、私達にはやさしい粉雪のように映った。

 

 

「好きだ。」

 

 

私もお兄ちゃんも狂っていた。

 

安らぎや希望を打ち砕かれたこの街で、私だけを見つめて愛を告白するお兄ちゃん。

一途に私を見つめるその瞳は、暗闇の中でもキラキラと宝石のように輝いた。

その美しさに、私の胸は高鳴る。

 

ああ、これが夢が叶うということなんだね。

 

お兄ちゃん_________

 

「やっと言えたよ。俺の、本当の気持ちを…」

「…うれしい…ありがとう、お兄ちゃん…っ」

ようやく終わる。

自分達の気持ちを偽ってきた「恋人ごっこ」が、ようやく終われるのだ。

これからは本当の恋人として…

 

世間の目も、

常識も、

倫理も、

あの女も_________

 

邪魔者はいなくなった。

この気持ちを、

長い長い間とどめ続けたこの気持ちを、

 

全て吐き出す時が来た…!

 

 

「愛していたよ、お兄ちゃん。」

 

 

全てが崩壊したその日、

私達は結ばれた_________

 

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