【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.8 Where is from Nightmare...?

『おかえりなさいお兄ちゃん!』

ちょっと寄り道して帰ると、すでに帰宅していた渚が台所に立っていた。

自室で制服から部屋着に着替え、リビングに降りる。

キッチンでいつも通り健気に夕飯の支度をする渚を横目に、俺は夕飯向けの料理番組を流すテレビを眺めていた。

『数万年ぶりに彩子さんに話しかけられたでよ。明日、一緒にお昼食べましょーってさ。』

『へー。あ、じゃあお弁当は気合い入れなきゃね!』

テレビのチャンネルを変えるために、テーブルの上のリモコンに手を伸ばす。

チャンネル選択のボタンを押しながら、ふと一冊の本に目が止まった。

『ジークムント・フロイト…?』

 

精神分析学の祖であり、後の心理学などの発展に影響をもたらした精神科医。

ほぼ寝て過ごす心理学の授業で、たまたま意識があったときに聞いた名前だった。

市立図書館のバーコードが貼られたその本は、フロイトの著作の中でも夢に関する研究をまとめたものを翻訳したものだった。

『…なるほど、わからん。』

パラパラとめくってみる。

ガチの専門書らしく、俺にはさっぱり理解できそうになかった。

夢…か。

俺はフロイトをそっとテーブルにもどす。

 

『え?あの本…?』

夕食のハンバーグを頬張りながら、俺は渚に聞いてみた。

『難しそうな本だったから、なんで借りてんのかなーって。』

『うーん、ちょっと…ね。』

笑いながらあやふやに誤魔化す渚。

あまり詳しいことは話せないよという、昔からの合図だった。

『…もしかして、夢でなんか悩んでんのか?』

『へっ…!?』

驚いたように顔を上げるが、すぐに笑いながら首を横に振る。

『そ、そんなことないよ!ただ…ただ間違って借りちゃっただけなの、その…課題の調べ物に使うのにね…あ、あはは。』

『…そっか。偉いな、ちゃんと借りてくるの。』

あえて詮索はしないで、まじめに図書館に赴く渚に素直に感心して見せるだけで終わった。

 

でも実は、俺は知っていた。

渚が昔から、酷い悪夢に悩まされていることを。

 

幼稚園ぐらいの頃、となりで寝ている渚の異常なまでの泣き声で叩き起こされたのを覚えている。

両親がどんな夢だったか尋ねるが、泣きながら首を横に振るのを見て、二人は詮索するのをやめた。

俺は幼いながらも、渚が怖い夢を見ないように手を繋いであげた。

だが、その後も渚は悪夢に襲われ泣き叫ぶようになった。

小学校に上がっても、お互いに自分の部屋が与えられて一人で寝るようになっても。

やがて大声で泣き叫ぶことはなくなったが、今でもたまに夜中にすすり泣く声や高熱にうなされているような苦しい息遣いが聞こえたりする。

 

どんな夢なのか、結局俺は聞けずにいた。

ただ悪夢を見たであろう翌朝、渚は俺の顔を見るなり安堵の表情を見せる。

迷子の子が母親を見つけたような、泣きそうなまでの表情で朝の挨拶をする。

単に大好きな兄の顔を見て安心するのか、それとも俺に何か関わりのあるような夢なのかはわからない。

だがそんな朝は、いつも以上に渚を気遣ってやっていた。

 

『明日あの本を返してくるの。ついでだから近くで何か買ってくる?』

夜、ソファの隣に座る渚が尋ねた。

『うーん、なんでも。』

『もー!そういうのが一番困るって、いつも言ってるでしょ!』

適当な答えを返した俺に、渚は頬を膨らます。

『ごめんて。うーん…なんかアイスでも買ってきて。』

『うん、分かった。』

愛らしい妹を苦しめる悪夢が何なのか、もし救えるのなら…

そんな叶いそうもないことを、俺は考えていた。

 

………………

……………

…………

………

……

 

幼い頃から襲い続ける悪夢。

おぞましい夢に悩まされながら、私はずっとその意味を探し続けてきた。

だけどお兄ちゃんを好きでいることの、世間や常識や倫理への罪悪感なんて私にはあり得ない。

だから結局至るのは暗い結論。

得体の知れない何かに呪われているのか、

それとも私は壊れてしまっているのか…

専門的に色々診断すれば、ひょっとすれば何か見つかるかも知れないけど、そんな精神異常者のような扱いは受けたくなかった。

何より、お兄ちゃんに奇異な目で見られたくなかった。

 

悪夢の正体を探るため、私は昔から色々な本を読み漁った。

フロイトやユングといった心理学の観点から研究した専門書や、古代から夢をどう解釈してきたかという歴史にまつわるものまで。

難しい専門書を理解する力はなかったけれど、それでも一つのヒントを手に入れた。

 

“予知夢”

よくオカルト的なもののように言われるけれど、実は多少は心理的な仮説もあるらしい。

心が無意識に感じ取ったものを、夢という形として見る。

これが不安や焦り、葛藤や恐怖といった感情だった場合、その夢は自分に起こる災厄を回避させるための“警告夢”となる。

 

警告_____

 

その考えに至った時、最初私はありえないと思った。

私はただお兄ちゃんが好きなだけ、お兄ちゃんを愛しているだけなのに。

警告されるようなことはしていないし、考えもない。

でも、夢が警告を促すそのメカニズムを知ってから、少しずつ、パズルのピースが埋まり始めた。

 

初めての悪夢で号泣したのは幼稚園の時。

今思えば、彩子さんが私とお兄ちゃんとの輪に加わったのもあのくらいの歳だった気がする。

どんな夢だったかは、幼い私には恐ろし過ぎて記憶すら出来なかったけれど。

 

一番はっきりしている最も古い夢は、髪の長い女に生き埋めにされた夢。

キレイな花の咲き乱れる中に突き落とされ、ズルズル養分を吸い取られるように死んでいく夢だった。

確か小学校2年生の頃だったけれど、そのぐらいの時に彩子さんとケンカになって、公園の花壇に突き飛ばされたのを覚えている。

仲直りはしたけど、疎遠になった遠因だったと思う。

 

釘付けにされて甲虫標本のように殺される夢は、多分お兄ちゃんは知らないけれど、ブチ切れた彩子さんが何かを手に殴りかかってきた時だったろうか。

あの時から、あの女は本当に危ないと気づいた。

 

こうやって整理してみると、私のおぞましい悪夢と彩子さんとの出来事とどことなく関連性がある気がした。

もしそれが警告夢だとすれば、私は自分で気づくよりずっと前から、あの人を危険視していたことになる。

 

朽梨 彩子はいつか、

お兄ちゃんを私から奪おうとする_____

 

彼女に抱いた恐怖心と警戒心が、私を釘付けにし生き埋めにした悪夢を作り出したのだろうか。

 

そして最も見る回数が多く、最もおぞましく心を抉るような悪夢…

 

私がお兄ちゃんを殺す夢。

 

私が殺される夢が彩子さんへの恐れから来るならば、私がお兄ちゃんに手をかけるのは何を警告していたのだろうか_____

 

兄妹では結ばれない、

愛し合ってはならない。

この唾棄すべき倫理観は、いつの間にか常識としてこの身体に染み付いていた。

お兄ちゃんをずっと愛していた私でさえ、いつ学んだか覚えていないほど当然のルール。

それはお兄ちゃんへの気持ちが大きくなればなるほど、私の心を痛めつけ絶望させていく。

それは命を削るように…

そして、私は現実にお兄ちゃんに刃を向けた。

崩せない、超えられない倫理の壁を前に、私はお兄ちゃんとの死を選ぼうとしたのだ。

 

お兄ちゃんを刺し殺す夢_____

 

それは、私が「兄妹愛は禁忌(タブー)」という事実を知って以来、自分が将来起こすであろう悲劇とその結末を、私自身が恐れて作られた最も強い警告。

破滅的な結末への暗示だったのだろうか。

 

でも_____

 

もしあのおぞましい悪夢が、訪れる危機と結末を暗示していたのなら…

あの悪夢で私が殺し、殺された者達は何者なんだろうか。

 

女の子の友達は何人もいるが、夢に決まって出てくる女達はそのどれにもまるで似ていない。

若干彩子に似てるのはいるけど、決定的な違いも多い。

何より着ている服が、自分も含め違っていた。

お兄ちゃんの姿もよく覚えていない。

夢に出てくるお兄ちゃんは、いつも姿が曖昧だった。

そして決定的な違いは、私が今もしている赤いマフラーが、プレゼントしてもらった後も登場しないことだ。

恐ろしくリアルな感触がある夢でも、マフラーの肌触りを首回りに感じたことはない。

 

ただの警告を発する予知夢ではない、明らかに違う誰かのストーリーを元に悪夢は作られている。

一体誰の夢なのか、

そしてなぜそれを私が見ているのか…

 

私は…一体…

 

………………

……………

…………

………

……

 

「渚…」

お兄ちゃんの呼ぶ声で、私の意識は回想から現実へと戻った。

「おはよ。」

「おはよう、お兄ちゃん。」

火山灰の影響で、私達は大津波から避難してきた人々でごった返すデパート店内へと避難した。

 

地震発生から2日目の朝。

朝日に照らされる変わり果てた街並みを見下ろした。

家、車、かつて人々の営みを築いた色々なものがかき混ぜられ、眼下の街があった場所を埋め尽くしている。

最初の地震の翌日、みんなが恐れていた南海トラフ大地震が発生、その影響で関東沿岸にも未だに大きな津波が押し寄せる。

そのため救助活動はヘリコプターだけ。

それも富士山の火山灰の影響で、自衛隊の一部のヘリコプターしか活動できていない。

このデパートからの避難は本当に重症な傷病者、子供や高齢者の搬送に限られ、食料品もギリギリ最低限の量が運びこまれるだけ。

避難者の数に対し、水や食料が圧倒的に足りていなかった。

わずかな情報源であるラジオや充電が残っているインターネットからは、日本各地で断続する災害と絶望的な被害状況ばかりが流れ、人々の精神を擦り減らす。

絶望的な状況にみんなの精神は追い詰められ、押し潰されそうなほどに重く、切れそうなほどに張り詰めた空気が漂う。

 

その空気を、私はほのかな優越感と共に感じていた。

 

お兄ちゃんへの気持ちを偽り続け、兄妹愛を許さない世の中をずっと憎み続ける私。

そんな気持ちを知る由もなく、平然と廻り続ける世界。

それが地震一発で逆転した。

人々は失った明日の生活に絶望し、私は恋人になったお兄ちゃんと手を結び幸せに満ち満ちている。

筋違いだけれど、それでも優越を感じる心を私は抑え切れなかった。

 

遂に叶った夢_____

 

誰かに奪われることも、自分で壊すこともない関係を手に入れた。

もうあのおぞましい悪夢を見る事は無いと、私は確信できた。

 

 

だけど…

心の奥底には、未だに小さな闇を感じる。

悪夢に囚われてからずっと、一点の染みのように残りつ続ける“悪夢の素”が、心の中から取り切れていないような気がした。

 

次に見る悪夢は、

私にどんな悲劇を見せつけ、

そして何を私に暗示するのか_____

 

 

とにかく今は、お兄ちゃんとの幸せを心の底から感じることに努めた。

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