【完結】ペインフル・リインカーネーション   作:さくらのみや・K

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Stage.9 トリアージ

 

震災発生から5日。

ようやく津波警報の類が解除された。

 

俺は渚の手を強く握りながら、何もかもが変わり果てた瓦礫まみれの道を歩く。

 

瓦、トタン、木材、コンクリート。

自転車、車、船にバイク。

かつての街並みは全て変わり果て、色んな建物や車が、何もかもかき混ぜられてあちこちに積み重なっていた。

かつて道路だった場所にも、津波はお構い無しに日常の残骸を積み上げていた。

 

かつてテレビで観た、東日本大震災の映像。

画面の向こうに映る凄惨で非現実的な光景と、今目の前に広がる街の光景はそっくりで、リアリティに欠けている。

しかし潮と土とヘドロの混じった鼻をつく異臭と、直接鼓膜を震わせる救難ヘリコプターの羽音が、紛れも無い現実であることを教える。

 

積み上がった瓦礫の上では、迷彩服を着た自衛隊の人達が助かることのない行方不明者…遺体の捜索を行っていた。

深緑色のトラックの側には、泥まみれになったぬいぐるみやアルバムがある程度整理されて並べられている。

ピンクの可愛らしい写真立ての中には、色々な仮装をした笑顔の小学生達が並んで写っていた。

学芸会の写真だろう。

あれに写る子供達のうち、果たして何人が生き延びたのだろうか______

 

 

「どけよ!ここは俺ん家だぞ!!まだ娘があの下にいるんだ!!」

「No, no! Here's keep out area. Get out away!」

泥で汚れたスーツ姿の男性が、砂色の迷彩服を着た男と押し問答をしていた。

服装や言語から、自衛隊ではなく米軍の兵士だと理解するのに苦労はしなかった。

多分、倒壊寸前で立ち入り禁止の家の中にいる家族を探したい父親と、それを制限する兵士との言葉の通じない言い争いだろう。

 

災害のピークを過ぎ、激しいインパクトのある自然現象が収まれば、残るのは文字通り粉々に打ち砕かれた日常と失われた命への悲しみ。

生き延びた人々の絶望と疲労が醸し出す陰鬱な雰囲気は、瓦礫の街をより一層暗く染めている。

 

 

そんな街の中を、行く宛もなく俺達は歩いていた。

彼と出会ったのは、その時のことだった。

 

小学校低学年くらいの男の子が、一人とぼとぼと歩いているのを見て、俺達は思わず声をかけた。

「大丈夫か?」

彼はこくりと頷いた。

「ボク一人?お父さんやお母さんは?」

渚も屈んで男の子と目線を合わせる。

「…はぐれちゃった。」

涙を流すわけでもなく、ただただ暗く呟く。

はぐれたのか、あるいは…

「よし、じゃあ一緒に探そうね!ね?お兄ちゃん。」

俺の手を握る反対の手で彼の手を取ると、渚は俺の方を見上げた。

一瞬悩んだが、行くところもすることも特にない。

誰かに手を貸しても良いと思った。

「よし、じゃあいくか。」

暗い男の子の顔が、少し明るくなった。

 

手を繋ぎ合った3人は、瓦礫の街を歩き出した。

 

………………

……………

…………

………

……

 

歩きながら、俺と渚は彼に色々話しかけた。

極力災害の話は避けて…

 

「好きな食べ物とかある?」

「うーんとね、オムライスかな。」

「へぇー。このおねーちゃん、料理めっちゃ上手いんだぜ。」

「そうなの!?」

「ふぇえ!?うーん…まあね?え、えへへ…照れるなあ。」

「すごいなぁ!でも、おかあさんも料理とっても上手なんだよ!」

そこから男の子は、自分の家族の話を始めた。

父親は必ず、休みの日にはキャッチボールの相手をしたりドライブに連れ出してくれ、専業主婦として家事をこなす母親も優しい女性だったようだ。

色々な思い出や自慢をする彼の話から、幸せで愛に溢れた家族の様子が伺えた。

 

彼の話を聞きながら、俺と渚は昔を思い出していた。

 

まだ両親が生きていた頃______

 

普通のサラリーマンで家族想いだった父さんと、気丈に振る舞う明るい母さん。

仲良し兄妹を優しい愛で包み、育ててくれた。

特別裕福なわけではなかったが、それでも家族4人で食卓を囲み、その日あったことをお互い話す。

俺は父親と将来の夢を語り合い、渚は母さんに色んな料理を教わっていた。

成長してもなお距離の近い年頃の兄妹に、眉をひそめることもなく、仲が良いのは良いことだと笑顔で見守ってくれた。

もしかすると、両親は渚の本当の気持ちを知っていたのかも知れない…

 

「でも…地震のとき、みんなでスーパーにおかいものに来たときに、すっごい波がおそってきて…」

親子3人で買い物に来ていた男の子。

半壊したスーパーマーケットから、父親がやっとの思いで母親と彼を救い出した。

しかし無情にも、その時には数十メートルの大津波が迫っていた。

逃げ切れずに巻き込まれた親子。

幸いにも彼は生き延びたが、両親は未だに見つからないという…

「会いたいよお…どこにいるの、おとうさん…おかあさん…」

泣き出した男の子を、渚はそっと頭を撫でて慰める。

「大丈夫…大丈夫よ。きっと会えるから…」

慈愛に満ちた眼で見つめる彼女を、俺は静かに目守っていた。

 

俺の目にも渚の目にも、男の子の泣き顔にかつての自分達が重なって見えたから。

 

車で買い物へ出かけた両親はその帰り、反対車線へはみ出した大型トレーラーと正面衝突。

購入して半年のレガシィは原型を留めず、二人は車内で死亡が確認された。

俺は中学生、渚は小学校の卒業式を前にして両親を失った。

覚えているのは、ただただ泣き続ける渚を抱き寄せ続けていたこと。

あまり仲良くなかった親戚しかおらず、世界でただ一人頼れる肉親として、俺は自分にすがる妹の肩を抱いた。

自分はあの時、どんな表情をしていただろうか。

 

渚の本当の気持ち、

それに伴う俺自身の心境の変化、

立ちはだかる世間と倫理という壁、

そして…朽梨 彩子という存在______

 

互いの恋愛感情と、それを邪魔する色々な障害。

それらに立ち向かい続けた俺達は、いつの間にか何かを忘れているような気がしていた。

 

大切な何かを______

 

 

しばらく泣き続けた男の子は、やがて落ち着きを取り戻して尋ねた。

「ねえ、おねえさん。」

「なあに?」

渚は優しく首をかしげる。

 

「おねえさんとおにいさんは…結婚してるの?」

「!!?!??!」

 

純粋無垢な爆弾発言に、俺は慌てふためいた。

「け、結婚っ!?いやぁ…そのぉ…」

結婚?夫婦?お嫁さん?

俺と渚が夫婦…

「違うの?」

自分の問いが間違いだったのを悲しむ男の子。

混乱する俺をよそに、渚は彼に微笑みかける。

「そうだよ!私はこのお兄ちゃんのお嫁さん!そうだよね?」

ニコッと笑顔のまま、こちらを振り向く渚。

「えぇ!?いや、ちょ…」

「…ね?」

「う…お、おう!そうそう、俺達結婚してるんだぜ。あははは。」

そうだ、ここまで来たら何も気にすることはない。

恋人になろうが、結婚してようが、明日を生きるのに必死な大人達には関係ない。

世間体は世間ごとなくなったのだから。

 

「やっぱり!二人ともなかよしだもんね!…それじゃあ…」

 

それは突然だった。

 

歩みを止めたと思った刹那、男の子の身体が崩れ落ちる。

 

「……け……ケッコン……式…は……あ…あれ……」

 

地面に倒れ込んだ男の子の笑顔が、みるみる青ざめていく。

純粋な眼差しで俺達を見つめていた瞳は焦点を失い、みるみる意識が遠のいていた。

 

「あ……お、おい…おいどうした?しっかりしろ!おい!!」

「ねぇボク!?どうしちゃったの!大丈夫!?」

突然意識が混濁し始めた彼に、俺と渚は口々に呼びかける。

 

例え様の無い焦燥感が襲う。

心臓が激しく鼓動していた。

 

「私、誰か呼んでくる!」

赤いマフラーをたなびかせながら飛び出した渚に応える余裕もなく、俺は呼びかけ続けた。

 

「おい起きろ!!起きろってッ!!父さんと母さん探すんだろッッ!!おい!!!」

 

目を覚ませ______ッ

 

俺の叫びはただ、瓦礫だらけの街に虚しく響き渡っていた。

 

………………

……………

…………

………

……

 

自衛隊のジープで担ぎ込まれたのは、この辺りは今一番規模の大きい診療所だった。

と言ってもライフラインが破壊され、病院としての機能は大半が失われており、あるのは馬鹿でかい鉄筋コンクリートの箱だった。

建物の内外には血塗れで横たわり、うずくまり、悲鳴やうめき声を上げる患者達で溢れかえり、その間を医者や看護師、救急隊員や赤十字をつけた自衛隊員が駆けずり回っていた。

 

混沌…この言葉がこれほどしっくりくる状況も中々ないだろう。

 

男の子は本来は駐車場だったところに設営された、赤十字のテントの下に運ばれた。

もはや建物内のキャパシティは無く、診察は全て屋外のテントで行っているらしい。

「大丈夫かな…お兄ちゃん。」

不安そうにこちらを見る渚。

俺は男の子を抱き抱えながら応えた。

「…とりあえずここまで来たら、あとは医者(せんせい)達に任せよう。な?」

呼吸が浅く、おそらく意識はほとんどない。

それでも俺は、なるべく絶え間なく彼に話しかけた。

「がんばれよ…もう病院だからな。がんばれ、男だろ!」

 

その後すぐに、医師と数人の看護婦が駆けつけた。

彼らにも、相当な疲労の色が見て取れる。

俺達と10歳も離れていない看護婦が手早く敷いた毛布に、俺と医者で男の子をそっと寝かせた。

 

しばらく男の子を診察した医者は、段々と深刻な表情になっていく。

「…クラッシュ・シンドロームか。」

「な…なんですか?それ…」

渚がおそるおそる尋ねた。

「身体の一部が圧迫され続けた後に解放されて起こる症状です。この子はおそらく、広範囲を長い時間圧迫されていた可能性があります。」

深刻に、しかし淡々とした口調に、彼の感情を読み取ることはできなかった。

 

圧迫によって身体内部の筋細胞が壊死、解放された際にその壊死した細胞から乳酸などの悪い物が血液へ流れ出す。

じわじわと身体を蝕み、最初はなんともなくても、やがて心不全や急性腎不全を発症して死に至る。

 

「タグ持って来て。」

医者が看護婦に指示するのを横目に、俺と渚は男の子の手を握り続けた。

「大丈夫、もうちょっとだ。がんばれ。」

「きっと良くなるよ。がんばって!」

彼のためか、

自分のためか、

じわりと広がる虚しさを蹴散らすように、俺達は彼を呼び続けた。

 

 

だが______

 

 

「…申し訳ありません。」

医者が、男の子の右の手首に札をつけた。

 

トリアージ・タグ______

 

大量の傷病者が発生し、逼迫した医療現場で行われる治療優先度の選別「トリアージ」。

その判定結果を、4色のマーカー付きカードで表示するのがトリアージ・タグである。

緑、黄色、赤と患者の重傷度…つまり優先度が上がる。

そしてその上にある黒「カテゴリー0」は、すでに死亡…あるいは心肺停止など現場の救命設備では助けられない患者として、優先度は最も低くなる。

 

ボールペンで色々書かれたタグの下には4色の札がくっついている。

 

医者はマーカーをもぎ取った。

 

緑、黄、赤______

 

カラフルな3色を切り離され、残ったのは黒。

タグの縁取りのように残ったその色が、他のどんな色々よりも強く視界に入ってきた。

「そんな…」

 

救命不可______

 

 

男の子は助からない。

 

そう告げられた瞬間だった。

 

 

「ごめんなさい…もし、もし設備があれば…」

「いいんです。すみません…お手数かけました…」

頭を下げようとする医者を止め、俺は他の人を助けてあげるようお願いした。

「どうか…どうか一人でも、多くの人を…」

「はい、ありがとうございます。」

そう言うと、医者はそっとその場を離れ、再び混沌の中へ紛れていった。

 

 

既に死者行方不明者が1000万人を超えたこの国の片隅で、わずかな生命への希望に全力を尽くし続ける人達。

その中で行わなければならない非情な命の選別行為を、俺は非難する気など無いしする権利もない。

 

俺は自分の過去の過ちと不誠実さで、彩子の命を奪った。

そんな大罪人ができることは、非情だが誠実な診断をした医者に敬意を払うことだけだった。

 

 

その時だった______

 

「…おにー……さ…ん……」

突然、男の子の意識が戻った。

「意識が…お、おい!」

「ねえ!私達のこと分かる!!?」

俺と渚は揃って声をかける。

喜んだのも束の間、彼の目にはもう何も映ってはいない。

 

「……きょ……は…あり……が…と……」

そんな、俺は何もしてやれてない。

ただ声かけて、ちょっと一緒にいただけじゃないか。

「…おと……さ……んも……お…か……さん……も…みつか……た…か……ら……」

「…そうか、どういたしまして…」

消えかけの生命の灯火は、彼に優しい微笑みを浮かべさせる。

儚い表情に胸が痛む。

 

男の子の虚空の瞳は、私の方を見つめた。

「お…おねー……さ……ん…」

「何?どうしたの?なんでも言って…?」

「おりょ……り…じょうず………オ……ム…ラ…イ……ス……たべ…たか……た…」

ズキズキズキと胸が痛い。

今まで感じた事のない悲しみが、胸に深く突き刺さる。

「うん…うん!いつでも作ってあげるよ!」

叶わぬ願いを聞き入れて、私はお兄ちゃんとは反対側の手を両手で強く握った。

 

 

俺達、

私達は、

思い出した______

 

命が尽きるということが、

こんなにもつらく悲しいということを______

 

名前も知らないこの男の子を、

生涯忘れることはないだろう。

__________________________________

 

お兄さん、お姉さん。

今度は、この世界では…

 

幸せになってね。

___________________________________

 

両親を失い、ひとりぼっちになってしまった男の子。

 

彼は二人の愛し合う兄妹に見守られながら、

今、この世を去った______




大規模な災害や事故、無差別テロなどで行われるトリアージですが、そのシステムから様々な議論が行われているようです。本作はあくまで素人の筆者が書いたフィクションであり、災害時の医療体制やトリアージに関する考証については至らない点が多いかと思われます。何卒ご了承下さい。
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