白色の薔薇 作:なやな
白色の薔薇
花言葉:尊敬・約束を守る、など
バンドやグループを結成する気がなく、目標を持たず一人で淡々とベースを演奏する人物は珍しいのかもしれない。少なくとも、ギターやキーボードといった楽器と比較すれば、そういった存在は多くはないのではなかろうか。
きっかけは大したことじゃない。
音楽を日常的に聴いていた彼は、ふとした時に思い立って楽器を始めてみようという気になっただけ。楽器の選択も、今振り返れば適当極まりないものだった。どんな楽器がメジャーなのかもよくわからない中、「なんとなく」でベースに決定しただけだ。
それが飽きっぽい彼にしてはたまたま長続きし、かれこれ二年ほどほぼ毎日弾き続けている。
バンドを組もうという気は彼にはなかった。
集団行動や縛られた中での演奏が嫌いとか、そういった感情がある訳ではないが、単純に一人で演奏する現状に満足しているだけ。仲の良い友人は章浩がベースをやっていることは知っているが、触発されて彼らが楽器を始めることもなかった。
今のところ飽きる気配はないが、飽きたらそれまでだ。そしてまたふと弾きたくなった時に、心の赴くままに引けばいい。彼が持つ楽器に対する価値観はそんなもの。
淡白、あるいは薄情だと吐き捨てる人もいるかもしれないが、楽しくなければ演奏などできないと章浩は思っている。
―――これは、そんな彼が、とある少女との出会いをきっかけにバンドを組むお話だ。
◆
練習スタジオ。音楽を生業、或いは趣味とする人達の特訓の場。
グループも何も結成しておらず、プロを目指している訳でもない以上当たり前かもしれないが、そもそもスタジオやライブハウス―――生の演奏が聴ける・出来るという場所に、章浩はさほど興味を示していなかったのだ。弾くだけなら別に自分の部屋で構わないし、音楽を聴くのなら生演奏である必要はない。むしろ音楽を一人で楽しむ自分は、観客の声などが混じったり演出用の調整がなされたライブよりも、スタジオで収録され小綺麗にまとまった音源の方が良い、とまで考えているのが章浩だ。
ならば何故章浩がこんな場所に訪れたのかと言えば、気まぐれ以外の何物でもないと言えよう。
こういった場所には確かに寄り付いていなかったが、別に嫌悪感からそうした行動を取っていた訳でもない。
ベースを弾き始めて約2年。そこそこ腕前も様になってきたと感じたこの頃、一度くらいはちゃんとした場所で演奏してみるのもいいのかも―――なんて、要はただの思い付きだった。
愛用のベースを担ぎ、部屋に入る。
個人練習というせいもあるのかもしれないが、想像していたよりも中は広くなかった。
とはいえ、流石に自宅の自室より雰囲気は出ている。
早々にケースからベースを取り出し部屋の中心に立てば、いつもと違う世界が見えた。
なんとなく、初めてベースを手にしたあの瞬間に似ている―――気がする。
昂揚はあれど緊張はない。軽く指を動かして調子を確認した後は、いつものように一人の世界へと入っていった。
◆
とはいえ、そこまで良いことばかりでもなかった。確かにいつもとは違う臨場感、感覚を味わうことができ非常にタメになる時間であったことは間違いないが、スタジオ初体験であるが故に難航していた点もある。
家で練習用アンプなど使っていなかった章浩には、最初は使い方すらままならなかったし、いざ使ってみても中々しっくりこない。貸し出しにメトロノームやエフェクターという、これまた自分が普段使っていない物品があったので、せっかくだからと併用して演奏を始めてみたりもしたが、普段使っていない自分にはあまり必要性を感じられなかったりもした。
自分が下手なのか、使い方がおかしいのか、単純に感覚的な問題なのか。それもよくわからない。
一々スマホで調べながらの作業になったため、正直練習は捗らなかったかもしれないが、これはこれで楽しかったといえるだろう。
(というか、流石にある程度は事前予習くらいしとくんだったな……)
いつものことながら自分の向こう見ずさに少しの後悔を抱きつつ時計を見れば、長かった練習時間も残り少なくなっている。
当然のことながら利用にも金がかかるため、あまり頻繁に来ることはできないが、また気が向いたら来るとしよう―――この数時間で少しは形になったアンプのつまみを弄りながら、そんな事を考えていた。
(……少し飲み物でも飲むか)
練習時間は後僅かだが、どうしても喉の渇きが気になった。スタジオ内は飲食禁止とのことで、一度廊下に出る必要がある。持参してきた水筒を手に、スタジオのドアを開け放つ。
よく冷えた麦茶を口内に頬張り喉を潤していると、ふと、廊下の曲がり角から見覚えのある姿が視界に入った。
背中の中央辺りまで伸ばした銀髪が特徴的で、掴めば折れそうなほどに華奢。
章浩には、学校で見た事がある少女がそこにいた。
(あれは……)
「湊?」
「え……?」
(あ、しまったな。つい声に……)
つい口に出してから失敗したと悟る。
というのも、深窓の令嬢を感じさせるその儚い美貌から、入学して以来彼女に
そしてクラス内でも一人、孤高に誰とも馴れ合わない姿は、風聞や色恋沙汰にさほど興味がない章浩の目にも、印象的に映っていた。
当然というべきか、話したことなどない。
つい物珍しいものを見てしまった勢いで、口から言葉が漏れ出たのを章浩は後悔した。
とはいえ、つい名前を呼んでしまった以上は、何か話題でも出さないと不味いか。そう考え、章浩は此方を驚くような目で見ている友希那に向けて、口を開いた。
「あー……、いや悪い。その、なんだ。こんなとこにいるのが意外だったもんで、つい口が滑った」
「あなたは…えっと、クラスメイトの…」
「古賀。古賀章浩」
友希那は章浩に見覚えくらいはあったらしいが、名前までは覚えていなかったようだ。
とはいえ、別に不思議ではなかった。章浩とて、クラス全員の名前を覚えているわけではない。自分が目立つような人間ではないことは自覚していたし、こちらが単に一方的に認知していたというだけの話である。
「……古賀君。あなた、何か楽器をやっているの?」
章浩にとっては意外なことに、向こうから質問を投げかけてきた。
とはいえここにいるということは、湊も何かしら楽器をやっているのか、或いはここのアルバイトか―――章浩はそんな風に予測していたので、いずれにせよ音楽に関して何か聞いてくるのにそこまで違和感はないか、と思い直す。
「ベースをな。といってもまあ、バンドも組まず、一人で弾きたいように弾いてるだけだけど。……そういう湊も何かやってるのか?」
「……そうね。ソロのボーカルをやっているわ」
「ん、ボーカル……?……ひょっとしてあれか?歌手とか目指してるのか?」
楽器ではなく、ボーカルの練習。しかもソロとなると、一瞬このスタジオにいる意味がわからなかった章浩だが、本格的にプロを目指している人なら、スタジオのようにきちんとした設備がある場所で練習することもあるのだろうかと考えを改めた。
しかしその質問をされた友希那は、何故か不自然に視線を下に動かし、気が重そうに答えを返す。
「……プロ……。いいえ、違うわ」
「ならなんでこんな場所にいるんだ?」
「…………」
またも、友希那は気まずそうに目を逸らす。
(うーん……コミュ障だなこいつ。ま、別にわざわざ話を広げる必要もないか)
「……じゃ、俺はスタジオに戻るわ。それじゃ―――」
「待って。古賀君、あなたはベースを始めてからどれくらい経つのかしら?」
「ん?まあ……大体2年くらいか。ほぼ毎日弾いてただけあって、少しは上手く弾けるように―――」
「古賀君。あなたさえ良ければなのだけど……あなたの演奏、聴かせてもらえないかしら」
「え?」
◆
何故こんなことになっているのだろうか。
自分がスタジオを出ていた時間は高々数分のはず。なのにその前後で、自分の目の前には真剣な表情でこちらを鋭く見つめる銀髪の少女が増えている。
「弾ける曲のレパートリーが大してないんだが、これでいいか?」
「ええ。その曲なら私も知っているわ」
(いや。本当になんでこんなことに……?)
突然の友希那からの提案。
楽器の演奏経験がある人を前にすれば、一度くらいその演奏を生で聴いてみたいという心理はわかる。
わかる、が。
章浩の目からは、友希那がそうした興味本位で弾いてくれないかと頼んでいるようには見えなかった。―――今もまるで、こちらを品定めするかのような目線でこちらを射抜いている。
一体どういうつもりなのだろうか。
(……まあ、アレだ。別に何かを要求されているんわけじゃない。気楽にやろう、気楽に)
「……よし、じゃあ始めるぞ」
「ええ」
人前で演奏した経験など、当然のように章浩にはない。強いて言うならば家族の前でくらいは何度かあるが、真剣味は今とは比較にならない程低い緩い雰囲気でのことだ。
どうせ引くなら見栄を張るかと、手持ちのレパートリーの中では一番難易度が高いものを選択したつもりだが上手く弾けるかはわからない。コンディションが常と変わっているかどうかなど、本人には案外わからないものだ。
曲が部屋の中に流れ出す。
章浩はいつものように。友希那などこの部屋にいないかのように、一人の世界へと没入しながら、音楽に身を任せ指を動かし始めた。
◆
(――――――上手い)
響くベースの低音を聞き入れながら、友希那は素直にそう感じた。
こんな妙な状況に陥ったのは、単なる偶然と気まぐれの結果。個人練習をしに常連のスタジオに訪れたら、名も曖昧だった一人のクラスメートに会った、それだけの話だ。
友希那は父親の為、そして自分の為に『FUTURE WORLD FES.』に出ることを何よりも熱望している。
その為には自分の技術は元より、何よりも『バンド』を組む必要がある。そして出場に際してプロである必要はないものの、フェスに出るためのコンテストですらプロですら容易に落選してしまう程の狭き門を潜らなければならないのだ。
自分の技術ならばコンテスト通過は勿論、フェス本戦でも渡り合える程の実力があると友希那は自覚している。
しかし、いつまで経っても肝心のバンドメンバーが見つからないのだ。毎日のようにスタジオやライブハウスを渡り歩き、メンバー探しに精を出しているものの、技術・意欲共に友希那の御眼鏡に適う人材は今日まで見つかっていなかった。
今年もまたフェスのコンテストに向けたエントリー受付が始まったが、依然として見つけたメンバーは0。少なくない焦りが積もっていたことは否定できない。
だからだろうか。
友希那が目指すのは妥協のない完璧なバンド。それを立ち上げる為ならば、低い可能性にも賭ける覚悟が彼女にはあった。
そしていざ始まった章浩の演奏。
結果を率直に言えば、章浩の技術は友希那の予想を超えて高かったと言えよう。
章浩が選択した曲は友希那にも聞き覚えのあるものだったが、その曲のベースに要される演奏技術は決して低くない。
それを章浩は、友希那の目から見てほぼ完璧に弾きこなしていた。普段から弾く曲であった為、慣れているというのは勿論あるだろう。しかしそれを差し引いても、章浩の技術の高さが伺えた。
そして何よりも。
(楽しそうに弾いている……。本当にベースが好きなのね)
別に、笑顔を浮かべているわけではない。
しかし、傍らから見ている友希那にもわかるほどに、章浩は演奏を楽しんでいるのが伝わってきた。忙しなく指を動かし楽器を奏でながらも、ベースを弾くことを愉しみ、曲と一体化することを章浩は楽しんで表現していた。
「……よし、曲は終わったな」
気づけば、章浩の演奏は終わっていた。
友希那は時間が飛んだような感覚にハッとしながらも、まずは感謝の言葉を口にする。
「ありがとう―――良い演奏だったわ」
「お、マジでか?なら何より」
ふぅ、と一息つき、章浩はベースを一度置く。備え付けのパイプ椅子に座り、改めて友希那に向き合った。
「で、結局なんで演奏が聴きたいなんて言い出したんだ?単純に気まぐれか?」
「……そうね。そういった感情があったのは否定しないわ。けどそれ以上に、あなたがどれ程の腕を持っているか知りたかったのよ」
「?」
「私は今、バンドメンバーを探しているの。あなたの演奏を見ようとしたのも、それが理由よ」
「バンドメンバーか。なるほど」
章浩は友希那の言葉に頷く。
確かにそれならば、演奏を聴きたいと言ってきたのも理解できる。
「……それで?俺を誘ったりするのか?」
こんなことを自分で聞くのはなんだか気恥ずかしかったが、誘うにしろ誘わないにしろ、理由を知った以上は是非を聞かねばすっきりしない。
友希那は「そうね…」と一瞬間を置いた後、切り出した。
「技術に関しては、いい意味で予想を裏切られたわ。ベース……とても好きなのね」
「まあ、こんなとこにわざわざ来るくらいだしな…」
「けど、それだけではダメ」
技術に関しては確かに申し分ない。
しかし、友希那はそれだけでは納得できない。
「技量だけを見れば確かにあなたは申し分ない。けど、完璧なバンドを求める私はそれにプラスして意欲も求めるわ」
「……意欲」
「そう。音楽に全てを賭けられる情熱。音楽以外の全てを捨てる覚悟。―――古賀君。あなたにそれがあるというのならば、その時私は改めてあなたをバンドに誘いたいと思う」
「………」
(バンド、か)
音楽に全てを賭ける覚悟。
はっきり言って、章浩に
『全てを賭ける』ということは、それに自分の価値全てをつぎ込むに等しいことだ。
成功するならばいい。
しかし、全力で向き合って失敗した時。自分の限界を痛感した時、果たして、自分は耐えられるのだろうかと章浩は自問する。
(湊がこう言ってくれている以上、俺のベースは腕は良いのかもしれない。けど、今俺は全力でベースをやっているわけじゃない……)
練習時間をもっと増やし、更に真剣に音楽に向き合えば、自分の要求するレベルは更に高まっていくことだろう。日に日に増える
湊は完璧なバンドを目指すというが、
(けど……)
章浩は湊を見据える。
湊は自分に期待してくれているのだろうか。真っ直ぐな、茶化しなど一分たりとも含まれていない純粋な眼差し。
―――その期待に報おうと努力してみるのは、悪くないかもしれないと思った。
それに、友希那と自分が共に演奏すればどんな音が生まれるのか。大いに興味もある。
答えは出た。
「湊。正直言って、俺に覚悟なんてものがあるかは判らない。全てを賭ける…って言っても、俺にはあまりピンと来ない」
「…………」
「ただ、俺は今まで本気で音楽に取り組んだ事はない。何かに追われてたわけでもないし、具体的な目標もなく楽しむ為にやってたからな。けど―――うん、湊がバンドを本気でやれるか?って誘ってくれたことは素直に嬉しい」
湊友希那。
章浩は不思議と、この短時間で彼女に感化されていた。彼女のことなど、何も知らないに等しいのに、だ。
音楽に携わる者同士のシンパシー―――なんてものを信じているわけではないが、不思議なカリスマを感じる。
なんとなく、バンドという唐突な申し出にさえ『やろう』という気持ちにさせてくれたのだ。
湊友希那と一緒に曲を奏でてみたい。そんな気持ちが、確かに章浩の中に芽生えていた。
「さっきも言った通り、俺に覚悟があるかは判らない。けど、湊が俺をバンドに誘ってくれた。この事実に俺は応えたい。湊、俺はお前とバンドを組んでみたい」
「―――そう。なら、改めて聞くわ」
「古賀章浩君。私と一緒に、バンドを組んでくれないかしら」
「おう、これからよろしく頼む」
古賀章浩と湊友希那。
一匹狼の少年と孤高の少女のバンドが、ここに結成された。
「一応言っておくけれど、着いて行けなくなった時点で抜けてもらうわ。覚悟しておいて」
「おお、手厳しいな……」
いや、その理由で友希那さん納得すんの?って思うかもしれませんが、一応ちゃんとした理由づけを後で描写するつもりです
ムードメーカーたるリサ姉がいなくなったところで、代わりのオリ主がムードメーカーかと言われればまったくそんなことはないです
ベースに関して主人公は天才という設定です
具体的にはるんっとしてる人くらい