白色の薔薇 作:なやな
バンドを結成してから暫くして。これまでの人生の中で最も忙しい数日だった、と章浩は断言できる。
何せ学校での時間を除けば、1日の殆どをバンドに関する事につぎ込んだと言っても過言ではないのだ。少しの練習時間と多くのメンバー探しの時間に精を出す日々が続いていた。
章浩は知らなかったが友希那はここら一帯ではそれなりに有名なソロのボーカリストであるらしく、幾つものライブハウスでライブをしているらしい。バンドを結成してからも一度、友希那のライブの機会があったが、練習時間が足りていないので流石に本番での演奏は断念。しかし客席から見るライブ本番の友希那を見る経験は、決して悪いものではなかったと言えよう。
何より、それまでのバンドと比較して客の沸き立ち具合が段違いだ。バンドメンバーという贔屓目抜きに、その日の出演者の中で友希那の歌こそが最も素晴らしかったと章浩は断言できる。
「お疲れさま。流石、良いライブだった。飲み物買ってきたけど飲むか?好きじゃないならいいけど」
「…ありがとう。飲み物は有り難く貰うわ」
ライブ終了後、章浩は楽屋にいる友希那に差し入れの飲み物を手渡す。ライブという一大イベントが終了したばかりなのに、友希那の表情はいつもと変わらず硬い。納得行かなかったところがあるのだろう、と章浩は解釈した。
楽屋を出て、ライブハウスを後にする。
少しだけ夜の帳が下り、僅かながらの冷たい風が吹き付ける街路を章浩と友希那は歩く。帰路が別れるまでの少しの付き合いだが、その間に話し合うことは大いにある。今回のライブの反省点―――は、友希那ソロでのものだったためそこまで時間を取ることもなく、本題は新メンバー探しについてだ。
「古賀君。あなたの目から見て、今日のライブにバンドメンバーに相応しい人材はいたかしら」
ライブ後の疲れや達成感も表に出さず、友希那は率直にそう切り込む。友希那がこういう人間だとこの数日で理解してきた章浩は、特に気にもせず率直な自分の感想を伝えた。
「そうだな。技術を満たしてるって意味じゃ特にピンとくる人は特には。湊的にはどうなんだ?」
「私も同意見よ。……また明日、探しましょう」
「………。あんまり焦るなよ?時間は山ほどあるんだ。いつか見つかるさ」
「そうね……」
肯定の意を含む返答とは裏腹に友希那の表情は影を覗かせる暗いもの。言葉ではそう言っているものの、少しずつだが焦りが積み重なっているのだろう事が伺える。
しかし、章浩には友希那のその態度が少し疑問でもあった。
バンドを結成して直ぐに、友希那の目標が『FUTURE WORLD FES.』に出場する事だとは聞いている。予選のエントリー受付も始まっているらしいので、確かにこのままメンバー探しが難航すれば今年の出場には間に合わないかもしれない。
が、それを差し引いても湊は妙に焦っているように見える―――と、何かに急かされているかのような友希那の態度に対し、章浩は心の片隅でそう思わなくもなかった。
(……いや、湊のバンドメンバー探しは1日2日で始めた事じゃないみたいだし、俺より焦るのは当然か?)
章浩だって、この状態のまま数ヶ月或いは一年以上メンバーが見つからなかったら多少なりとも危機感は抱く。
そう考えればそんなものかと、この時の章浩は自分の中で構築された理論で勝手に自分を納得させていた。
気がつけば、帰路の分岐点に2人は差し掛かっていた。
「それじゃあ古賀君、また明日。予定はいつも通りメッセージで送るわ」
「ああ。じゃあなー」
◆
楽天的な性格をしている章浩をして、焦燥感に追われる友希那の姿はこのバンドの前途多難さをやや思わせるものだったが、意外にも新たな出会いは直ぐに訪れた。
今日は友希那がソロでのライブをするという事で、2人はライブハウスに来ている。そしていつものように、バンドメンバーを見つけに他のバンドのライブを見学していたのだが―――
「上手いな、あのギターの人」
「ええ……あのバンドの中で1人だけ腕が飛び抜けているわね」
歓声と演奏が響き鳴るライブ会場の中にて、章浩と友希那は1人のギタリストから目が離せなかった。
「普通」の範疇を出ない出来映えの、至って一般的な学生バンド。その中でギターを弾く少女だけが別次元の輝きを魅せていた。
―――紗夜、という名前らしい。
周囲の歓声を聴く限りでは。
「…………」
「しかし、折角凄い人が見つかったのに別のバンドに入ってるとはな。……今更聞くのもなんだが、こういう場合引き抜きとかってしていいのか?」
「どうかしらね。彼女達がどんな目的を以ってあのバンドを組んでいるか次第じゃないからしら。……何れにせよ、一度彼女と話をしてみたいところね」
「……ありがとうございました」
章浩が紗夜の演奏に聴き惚れていれば、いつの間にかライブは終わりを迎えていた。バンドの代表として、紗夜が締めの言葉を観客に向けて告げている。
紗夜達のバンドが撤収していくのを見届けた2人は、紗夜に接触してみようという友希那からの提案でライブ会場を一旦後にした。
話をするのを決めたはいいが、ライブ直後とあって多少なりとも取り込み中ではあるだろう―――という章浩の懸念のもと、彼女達の様子を見計らってから紗夜に接触する。
―――といった算段であったはずなのだが、スタジオのロビーに出れば件の紗夜と、彼女のバンドメンバーが何やら口論に発展にしているのを章浩と友希那は見てしまった。
「もう無理!あなたとはやっていけない!」
「……私は事実を言っているだけよ。今の練習では先がないの。バンド全体の意識を変えないと……」
どうやら、紗夜とそれ以外のメンバーで対立しているらしい。
聞く限りでは、バンド内のモチベーション格差の齟齬が原因で軋轢を生んでしまっていると章浩は彼女達の会話から読み取る。本気の度合いは部外者である章浩には計れないにしろ、彼女達のバンドはプロを目標としているようだが、その枠組みの中であっても紗夜という少女の向上心・克己心は群を抜いているようだ。
居た堪れない事態にどうする事もできず章浩は傍らで佇んでいたが、やがて決裂という形で彼女達の話し合いは済んでしまった。
「はぁ……」
(とてもじゃないが話しかけられる雰囲気じゃないな。どうする湊、日を改めるか?)
(時間を置いたことでどうだという事でもないでしょう。……それにこういう言い方は良くないけれど、今が
(あっ、マジかちょっ……)
章浩と友希那は紗夜に感づかれないようにヒソヒソと作戦会議をしていたが、やんわりと撤退を促す章浩を振り切り友希那は紗夜へと歩み寄る。
近くに人が居たことに気づいていなかったのだろう。こちらの姿を認識した紗夜はそれまで浮かべていたアンニュイな表情を直ぐに引っ込めて、毅然とした面差しをこちらに向ける。
「……っ!……ごめんなさい。他の人が居たのに気づきませんでした」
「あー、悪い。盗み見するつもりはなかったんだが」
「いえ、こちらの問題ですから……。私の方こそ、公共の場でするような話ではありませんでした。謝られる事ではありません。……それで、何か私に用でも?」
「私達はさっき、あなたがステージで演奏しているのを見たわ」
「……そうでしたか。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」
心底から未熟な自分を恥ず様に、紗夜は呟く。
章浩からすれば紗夜の演奏は完璧に近く、ミスと言えるようなミスはなかったように感じる。それでも更に改善すべき点が紗夜にとってあったのならば、相当の意識の高さだ。
それを友希那も感じ取ったのか。意を決したように、友希那は紗夜へと本題を打ち明けた。
「私は湊友希那。紗夜といったわね。あなたに提案があるの。……私達と、バンドを組んでほしい」
「――――――え?」
突然の勧誘に一瞬だけ面食らったような表情を浮かべた紗夜。
が、すぐに気を取り直し、見定めるような目つきで章浩と友希那をその瞳に捉える。
「あなた達とバンドを?……すみませんが、実力も分からない今答える事はできません。湊さん達はこのライブハウスの常連なのですか?」
「ええ―――といっても、横の彼はつい先日組んだばかりのメンバーだから、正確に常連なのは私1人だけれど」
「ああ、名乗り遅れたけど俺は古賀章浩。ベーシストだ」
「……氷川紗夜です。既に知っていると思うけれど、ギターを演奏しているわ」
「紗夜。私たちは当面、『FUTURE WORLD FES.』への出場を目的としてバンドメンバーを探しているの。あなたなら名前くらいは聞いたことない?」
「!私も、それには以前から出たいと思っていましたが……フェスに出る為の予選ですらプロでも落選が当たり前の、このジャンルでは頂点とも言われているイベントですよね」
警告するように、章浩と友希那の意思を推し量るように紗夜はフェスという壁の高さの確認をする。
高い目標を持つのは人の自由だが、それに見合う才能と意欲を持っていなければいずれ亀裂が生じてしまう。それも1人ではなく、全員が同レベルで同じ資質を備えてなければいけないのだ。
既に幾つものバンドでそれを経験してきた紗夜にとっては、口にしただけではまだ信頼に値しない。
「この後私のライブがあるわ。意欲と実力があるかどうかは、そこで確かめてくれればいい。―――私は少なくとも、フェスに出る為ならば全てを犠牲にする覚悟がある。勧誘を受けるかどうかはともかく、一曲聴いていってくれないかしら」
「……分かりました。そこまで言うのならば、先ずは一度聴いてみることにします。しかし、そこの古賀さんは今日は演奏しないのですよね?」
「そうだな。だから俺の演奏を聴いてもらうのは後日って事になるが……。まあ、取り敢えずは湊の歌を聴いてくれ。付き合いは浅いが、実力は保証する」
主人公に絡むまであこちゃんとりんりんの出番はカットです
あと、1話少し修正しました