白色の薔薇 作:なやな
あこと紗夜が加入してからというもの、バンドの練習密度は日に日に加速していった。
章浩と友希那の2人しかいなかった頃と比較すれば、ドラムとギター、2つの楽器が増えたことにより練習できる事の幅は大きく広がった為、自然と熱も入っていく。
「宇田川、もう少しペース上げた方がいいか?」
「う〜〜ん、そうかもですっ。2人共、次は気持ち早めに演奏してみてもいいですか?」
「私は構わないわよ」
「私の方もリズムをもっと意識してやってみましょうか。しかし全体的にテンポを上げ気味にするとなると、曲のメロディそのものに手を加える必要があるかもしれませんね」
「だな。……そうなるとサビの部分を特に―――」
章浩の人生の中で、音楽に関しここまで専門的な会話を誰かとするというのは初めての経験だった。
曲作りに関しての意見の交換、実際に演奏してみる事で初めて気づく自分の欠けている部分や他人のクセに気づくなど、どれもこれもが章浩にとっては新鮮なもの。
「古賀さん、サビ部分のリズムが少し乱れがちです。始まりをもっと意識」
「分かった。すぐに直す」
(……まだ演奏速度を把握し辛いな。要練習かここは)
友希那と紗夜の指摘は厳しいものではあるが、同時に自分の技術が日に日に上達していくのを感じられることもあって、決して苦ではない。一人で気ままに弾いていた時とは、別の充足感というものを確かに感じていた。
「―――はぅ〜〜。お疲れ様でしたぁ……」
「……大分グロッキーになってんな。大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ……。帰ってネトゲをやるくらいの体力は残ってます……」
「ネトゲ?宇田川お前、そんなものやってるのか?意外だな」
練習が終わり、友希那がロビーで次回のスタジオの予約を入れてる中、章浩とあこの間ではちょっとした雑談が弾んでいた。
あこの口から出たネトゲという単語に少し食い付くと、今まで疲労困憊だったあこが水を得た魚のように活き活きとし始める。
「うん!NFOってネトゲですよ!知ってますか?ちょー楽しいんですよ、色々な冒険ができて、カッコいい装備品とかも沢山あってー!」
「うーん、ゲームは俺もそれなりにやる方だが、ネトゲはやったことないな。NFOねえ……名前くらいは聞いたことあるけど」
「章浩さんもやってみない!?もし始めてくれたら―――ふふふ、『深淵のネクロマンサー』たる我直々に世界の理を教えてしんぜよう」
「え……?深淵の、なんだって?」
「ネクロマンサーです!」
「いやそれは聞こえたけど」
「死の世界を揺蕩う存在にして闇の住人……死霊を自在に使役し世を混沌に落とすその姿はまさに―――アレな存在!」
「……宇田川、お前―――いや、うん。いいや。ネトゲについてはそうだな……バンドに関しての事が少し落ち着いたら考えてみるわ」
興味がないわけでもないが、少なくとも今はバンドに集中したいという思いが少なからずある為、始めるにしてもあこに伝えた通りバンドに関してのあれこれがひと段落してからという事になるだろう。
「……何の話をしているかはわかりませんが、2人共バンドに影響は出さない程度にしておくように」
「う"っ、紗夜さん……。はぁ〜い」
横で座りながら音楽雑誌に目を通す紗夜の言葉に項垂れるあこ。
ふと、自他共に厳しいこのギタリストがギター以外何に関心があるのか、章浩は腹の虫が疼いた。紗夜は馴れ合いを好まないというが、この程度の詮索なら世間話の範疇だろう。
「氷川は……確かにゲームとかはしなさそうではあるが、趣味とかなんかないのか?」
「趣味、ですか。……ギターです」
「……ギター以外で」
「それ以外ですか……?…………」
当たり前の質問をしただけのはずが何故か思案するような顔を浮かべる紗夜に、章浩は嫌な予感を感じ取る。
「……家とかでさ。ギターとか、勉強以外の時間にやってる事とかあるだろ?」
「勉強時間を除けば、暇があれば家ではギターを弾いていますから。テレビくらいならば目にする事も有りますが……趣味とは言えないでしょう」
(やべえ、想像以上に堅物極まってた)
別に、ギターしかする事がないという紗夜を憐れんでいるわけでもバカにしてる訳でもない。
しかし純粋に、それだけギターしかやらずにいて飽きないのかという疑念がある。章浩とて無論ベースは好きだが、だからといって四六時中ベースに触れ続けているわけではないし、他に趣味もあるのだ。
何が琴線に触れたのか章浩には分からないが、あこはそんな紗夜の言葉にも尊敬の目を向けていたが。
「紗夜さんってストイックなんですね!何かに一筋なのって、あこカッコいいと思います!」
「ストイックという訳では……頂点を目指すのならば、弛まぬ努力が必要というだけよ。……それに、私にはギターしかないの。なら、それに全力を賭けるのは当然のことでしょう」
そう呟く紗夜の表情は、プライドが高い彼女にしては珍しく、どこか所在無さげであるように章浩の目には映った。
紗夜には紗夜なりの音楽を続ける理由があるのだろう、などと勝手に章浩は考える。
「………あなた達、少しいい?この日、イベントに出れるかどうかを打診されたのだけど、問題はないかしら」
そんな最中、スタジオの受付から戻ってきた友希那が告げた突然の報せに、3人は驚愕しながら友希那に詰め寄る。
「ライブ、ですか。日程的にはこの日は問題ありませんが……」
「で、出ましょうよ!あこ達の音楽、誰かの前で演奏できたらカッコいい事間違いなしです!」
「まあ待て。4人が集まった今、バンドとして出ることに支障はないっちゃあないだろうが……キーボード不在が少し不安材料ではある。出ないって選択肢もなしじゃないと思うがな」
『完璧な音楽』を意識するのなら、このバンドはまだ雛形未満と言えよう。
「古賀君の言うことにも一理はあるけど、私はそれでも出てみるべきだと思うわ。あこではないけれど、多くの人前で演奏する事は得難い経験になる。それに、こうした手近な目標を定めておく事は作曲や練習のモチベーション向上にも繋がっていくものよ」
「それに宇田川さんと古賀さんは、ライブやイベントに出演者として参加した事はないようですしね。早い内に慣れておいた方がいいでしょう」
「そうか、なら俺も問題ない。ライブ、決定って事でいいんだな?」
元々強い反対意見を有していた訳ではない章浩は、ある程度のメリットを提示されれば直ぐに引き下がるつもりだった。友希那や紗夜の言葉に一理あると判断すれば、ライブに出ることに否はない。章浩も賛成側に回ったことにより、満場一致でこのバンド初のライブが決定した瞬間だった。
そんな中、友希那や紗夜は至って冷静を保っているが、あこは外から見ても分かるレベルで舞い上がる気持ちを隠しきれていない。
「凄い……こんなに早く、初ライブが決まっちゃうなんて……。それにこれって、メジャーのスカウトも来るって噂のやつですよね?」
「……ん?これって、割と大きなイベントだったりするのか?悪い、今までライブだのイベントには疎くてな……」
「私達の目標である『FUTURE WORLD FES.』程ではないにしろ、ここ一帯のバンドにとっては登竜門と称されるものよ。それなりに大きな規模ではあるわ」
「メジャーのスカウトが来るという宇田川さんの言葉も真実です。勿論、実際にメジャーへとステップアップするバンドはそう多くはありませんが」
2人の補足を聞いた章浩の心中はライブに対する意識を改め直すと共に、メジャー―――という単語が少し引っかかっていた。
(正直、今までそんなに意識はしてなかったよな……)
友希那からも具体的にメジャーへの話が出た事がなかったため、今までは章浩の思考の外にあったと言えよう。
しかし―――確かにこうして『本気で』バンドを組んだ以上は、きちんと考える必要がある。
親にもバンドを組む旨くらいは伝えたが、自分の息子がメジャーデビューする可能性まで想定しているかといえば、恐らくそんな事はないだろう。音楽に従事し、それを生業とする人はそう多くはないのだ。
(しかしメジャーか。うーん、どうも想像がつかんな。大人数の前で演奏してる自分って……)
根が庶民感覚のせいで、章浩がプロとしての自分をいまいち想像できていない中、他3人はメジャーについての話に移行しているようだった。
「別に……メジャーなんて、大して意識する必要はないわ。あんなもの、『売れる音楽』を意識しているだけよ」
「えっ?でも、カッコイイ音楽、メジャーにも沢山あると思うんですけど……」
「それ自体は否定しない。けど、自分のやりたい音楽があったとしてもメジャーという枠組みに縛られていてはそれもままならないわ。可能性を潰されるだけよ」
「……?……まあ、湊さんの言葉全てが正しいかはさておき―――確かに私達にとってはそこまで重要視する事ではないはず。私達はあくまで、最高の音楽を奏でる為に集まったのですから」
「……ええ、そうね。紗夜」
「メジャーデビュー!って、なんだか響きがカッコイイと思うんだけどなあ……」
そう答える友希那の表情からは常より覇気と冷静さが剥がれていたが、微々たる違いであるが故に目敏く気づく者は居なかった。
少なくとも章浩がこのやり取りで読み取れたのは、友希那が何故かメジャーに対し良い印象を抱いていない―――それぐらいだ。
やや怪訝に思いこそしたものの、さして気には留めていなかった。
◆
そこから数日の時間が流れて。
ライブの決行が確定した今、普段の練習に加え、セットリストの選定やオリジナル曲の詰めの作業などやる事は多岐に渡る。
バンドの経験がある紗夜や音楽に関する知識が豊富な友希那の力あってこれらの事は恙無く進んでいたものの、目下最大の壁であるキーボードの選出については未だ達成できていなかった。
妥協して人員を補充する訳にもいかず、その上これ以上は例え適任の人物がみつかったとしても、ライブに向けては練習期間が足りないのではないかという懸念もある。ひとまず目前のライブに対してはキーボードなしでの出場か―――という結論にバンド全体が流れ始めた頃、あこはとある人物を連れてきたのだった。
「―――という訳で事前に説明した通り、りんりんを連れてきましたっ」
「あ……え、と。よろしく、お願い、します……」
あこがキーボード候補として紹介したのは、以前あこが友希那にバンド入りを希望した際に一緒に居た少女だった。
オドオドと目を伏せがちな彼女―――
「あことりんりんは何年もネトゲで共闘し合った戦友なんです!ピアノを弾けるのは知らなかったけど……」
「ネトゲ?」
「意外な趣味だな……」
「そ、その……あこちゃん、あんまり、ゲームの話は……控え目に……」
どうやら2人の友情はネトゲを介して育まれたものらしい。
人を外見や印象で語るのはあまり褒められたことではないが、それでもネトゲなどとは縁がないように思える燐子の見た目からすれば意外な接点だ。
あこは嬉々としてネトゲにおける燐子の活躍っぷりを語りたそうだったが、興味のない人間に対し一歩的にゲームの自慢話というのは燐子にとって恥じらいの対象である上に、今回集まった目的とはかけ離れた話題であるので敢え無く却下された。
「ゲームの話は後にしてちょうだい。今は音楽についての話よ。燐子さん、課題曲はあなたのレベルから見てどうだったかしら」
「友希那さん……!わ、私……動画と……たくさん、一緒に……」
「?それは……どういう意味かしら」
「動画って何の動画だ?」
「あ。多分あれだよねりんりん?前にあこが渡したバンドの練習映像の事だよね?」
「そ、そうです……あこちゃんから貰った……動画に合わせて……その、勝手ですけど……合わせてピアノを引いてたりしました……」
自分達の練習にピアノを合わせられるなら最低限の地力はあると判断したのか、友希那や紗夜はそれ以上燐子の素質を問い詰める真似はしなかった。それに紗夜によれば、幼い頃とはいえ燐子は過去に有名なピアノのコンクールの受賞経験もあるらしい。少なくとも、素人が遊びや興味本位でこの場に訪れたのではないようだ。
もちろん、それとバンド加入を認める実力があるかどうかは別問題の話だが。
「方法はあこの時と同じよ。一曲やってダメならそれで終わり。いいわね」
「頑張ってねりんりん!無敵のりんりんなら絶対大丈夫だって、あこ信じてるよ!」
「……あこちゃん……!うん……頑張る、ね。私……。……皆さんも、よろしく……お願いします……」
あこが寄せる期待に燐子は、薄く微笑みを浮かべながらも、先程よりも決然とした表情で応える。
―――この人達と演奏をしてみたい―――その一心でここまで来てしまった燐子だが、あこの思いを裏切ることはしたくない。
燐子は全霊でピアノを弾いてみせるという覚悟を決めた。
◆
オーディションにあたり、一々経歴などを問うたりはしない。
この場で求められているのは純然たる技術力のみ。スタジオ入りも早々にオーディションは始まる。
緊張のせいか、燐子はいつもに増して不安がちに周囲に視線を走らせていた。決意はしたものの、極度の小心者なのは生来の気性なので抑えようがないのだ。
「では、始めましょう―――」
曲が流れ出す。
燐子を除く4人にとってはいつも通り自分の音を奏でるだけの話だが、燐子にとっては一度きりのチャンス。
ただでさえ小心者の彼女はその重圧に押し流され、いつも通りの演奏もままならい―――などという事は、
(凄えな。想像以上に上手くね……?タイミング完璧だしミスもない)
章浩は内心素直に燐子を称賛した。
至極真剣な顔で鍵盤を叩く燐子には、演奏開始前の見てて不安になる言動の面影はない。章浩が認識した限りでは今の今までノーミスで、滑らかに指を走らせている。
むしろキーボードという新たなピースが加わった事により、他の4人の方が新たな段階へと引っ張られていくのを感じた程だ。
キーボードという楽器の重要性を、全員が再認識していた。
曲が停止する。
演奏後の達成感も僅かに、いの一番に口を開いたのは章浩だった。
「……俺としちゃ文句なしだ。寧ろ頼み込んで入って貰いたいくらい」
先ほどの演奏は、未だ章浩の脳に焼き付いている。
今までの4人での演奏は楽しくもあり確かな手応えを感じた時間でもあったが、それでも燐子を加えた先程の演奏には及ばない。
キーボードの腕の良し悪しがそこまで克明に感じ取れる訳ではないが、それでも燐子程の人材を逃してはならない、と章浩は確信していた。
「そう、ですね。私も異論はありません。湊さんは?」
「ええ、技術も表現力も文句なしね。ぜひ加入して欲しい」
「……あ……」
紗夜と友希那、両名からの承諾に、燐子は思わずといった風に言葉を小さく漏らす。
そして間髪入れずに、あこの喝采の声が部屋中に齎された。
「やったーーーー!!!やっぱりんりんは凄いねっ!あこ、りんりんのピアノがこんなに上手だって思ってなかったよ!演奏してる時、こうグワァーーっと、曲がどんどん凄くなってるのがわかったもん!」
「あ、ありがとう……あこちゃん……」
「宇田川の言い方はアレだが、確かにキーボードの必要性は骨身に沁みたな。もうなしじゃ演奏なんて考えられん。……にしても幾ら事前に俺らの動画で練習してたとはいえ、あそこまで上手く合わせられるもんだ」
「ええ。ライブまで時間がないこのタイミングという事で少し不安はありましたが、白金さんならば問題ないでしょう」
「え……ライブ……?」
バンド加入が決定した以上、当然燐子もキーボードとしてライブやイベントなどに出演する事になる。
紗夜が口にしたのは余りにも当たり前な事だったが、何故か燐子はライブという言葉に明確な動揺を見せていた。
「……なに?ライブに対し何か問題が有るのかしら」
「私……そこまで……考えて……」
「……どういう事ですか?バンドの一員になる以上、ライブに出ることは当たり前でしょう」
「宇田川、ちゃんと説明したんだよな?」
「しましたよ?あこ達とバンドやろうって。スタジオにキーボード弾きに来てって」
「うん。説明不足だな。ライブに出る事も伝えないとダメだろ」
ため息を吐きながら章浩はあこへと愚痴を零した。
短い時間で、赤の他人であった章浩にすら分かるほどに人見知りな燐子がバンドに入ろうとしたのが意外ではあったのだが、どうやらあこの説明が言葉足らずであったらしい。
現に、大勢の人前で立つことを想像したのか、燐子は虎を前にした小動物のように体を小さく震わせていた。
「ライブ……なんて……私……」
「無理だと思うなら帰って。見込みのない人間に割く時間はないの」
「ゆ、友希那さん……」
「……少し性急過ぎではないですか?白金さん程の人はそう居るものではありません。考える時間くらいはくれても……」
「別に、初めから完璧にこなせなんて言うつもりはないわ。言葉にしただけでは直ぐに出来るものでもない。けど、決意くらいは今ここで出来る人間でないと私は認めるつもりはないわ」
「わ、私………」
友希那の厳しい言葉に、燐子は向き合う。
4人全員が燐子を見つめる緊張の中、とうとう燐子は決断を下した。
「わ、私……皆さんと一緒に、弾きたい……です……!私……今まで……一人でピアノをやってきて……け、けど、今日皆さんと演奏してみて……誰かと一緒に音楽を奏でるって事が、とても楽しい事だって、初めて、知りました……。だ、だから……お願い……します……!ライブも……精一杯頑張りますっ……!」
震える口調、揺れ惑う瞳ながらも、燐子は全員に向けてそうハッキリと宣言した。
それも今までの蚊の鳴くような小さな声ではなく、部屋一帯に通るような大声でだ。
「りんりんのこんな声、初めて聞いた…!」
付き合いの長いあこも驚いている。
それだけ、今の言葉が燐子の内から振り絞られた本気の決意だったということだろう。
友希那は数瞬の間、燐子を真正面からジッと見つめていたが、やがて燐子に対し言い放った。
「そう……なら、その覚悟はライブで見せてもらうわ」
「は、はい……!」
キーボード、白金燐子。
こうして5人が集結した事により、バンドとして必要なメンバー全員が揃ったのだった。
敬語とタメ口が混じるあこちゃんの絶妙なバランス
いやー書くのキツイっす(素)