白色の薔薇 作:なやな
というのも、中等部のあこですら知ってる日菜を主人公が知らないわけねーだろって単純な事実に投稿してから気づいたからです。
クソアホ間抜け作者をお許しください。
ある日の休日、スタジオにて。Roseliaの5人はいつものように練習をしていた。
初のライブという山場を先日超えたRoseliaだが、練習に対するモチベーションは落ちるどころか日に日に上昇していく一方だ。
目指す高みにはまだまだ遠いものの、練習をすればするだけ自分の成長を実感できる―――バンドを結成したばかりの章浩達には、そんな手応えが確かにあった。
曲が1つ、演奏し終わる。
ふぅ、と小さくため息を吐きながら、章浩は時計を見て呟いた。
「……そろそろ休憩にしようぜ。疲れた……」
「そうね……。1時間半経ったし、休息を挟んでもいい頃合いかしら」
「では、20分ほど休憩にしましょうか」
休憩の時間が挟まれたが、この5人の間で雑談が盛り上がったりするという事はそうない。
友希那や紗夜は練習時間の間に脱線した会話をするのをあまり好まないし、そもそもこの場にいる面々はあこを除いて普段から口数が多くはないのもある。
が、今日この日は珍しく、章浩は紗夜に自分から会話を持ちかけていた。
「あ、そういやさ氷川。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「? 古賀さんが私にですか?」
「ああ。って言っても大した事じゃないんだけど、お前って姉か妹が居たりする?氷川日菜っていう」
章浩にとっては何気ない質問。
しかし紗夜は内心で、投げかけられた質問に対し少なくない動揺を抱く。
寸でのところで顔にはその動揺を出さなかったものの、返す言葉はわずかに震えていた。
「え―――ええ。確かに日菜は私の妹ですが、何故古賀さんがそれを……」
「何故って、同じ学校だしおかしくはないだろ。氷川日菜って名前は学校の中じゃ割と有名だしな。……まあアレだ、氷川って名字は珍しいし、遠目から見ただけだけどお前と見た目も似通ってたから単純に気になっただけだ」
「そう、ですか」
「―――にしても、姉妹揃ってギタリストか。向こうはアイドルみたいだが……やっぱり姉妹だと趣味嗜好も同じだったり―――」
「――――――え?」
章浩の言葉を、紗夜の驚愕が遮る。今度は先程とは違い、外から見ても狼狽を取り繕えていなかった。
周囲の目すら気にせず、恐る恐る紗夜は章浩に詰め寄り尋ねる。
「ギタリスト……?日菜が、ギター?それは……どういう……」
「あ?別に俺も詳しくは知らないけど、最近同学年の間で話題になってんだよ。学校1の天才が、えーっと……何とかパレットっていうユニットのギター担当としてアイドルデビューしたってさ」
「――――――」
「……っていうか姉妹だろ?何でわざわざ俺にこんな事を聞くん―――」
「―――嘘……嘘よ……!」
逆に紗夜に質問され返された事に疑問符を浮かべながら答えた章浩だが、紗夜の心の内はそれどころではなかった。
紗夜の内心に存在する、日菜に対する鬱屈な感情。勉強、運動、芸術―――才能という壁の前に幼い頃からコンプレックスを刺激されてきた紗夜だが、最近はギターという日菜にはない『自分だけの唯一』を拠り所とする事で、比較的心の平静を保っていた節がある。
しかし今しがた章浩から落とされた爆弾により、ギターという自分の中の最後の防衛線まで崩れ去ろうとしているのだ。
紗夜はこの世の終わりのような暗い顔を浮かべながら、自分の妹がギターを始めたという事実に拒否反応を示した。
「何故いつも……あの子は私の真似をするの!後から始めた日菜に追い抜かされる事はもう、嫌なのよ!うんざりだわ!」
「お、おい。氷川?」
「ギターは―――ギターだけは抜かれるまいと、日菜に始めて欲しくないと思っていたのに。なんで、どうして……!」
怒りと悲しみが混じり合った複雑な紗夜の悲鳴。誰に向けてのものなのかすら分からない慟哭が部屋中を満たす。
「……氷川さん……?」
「古賀君、紗夜と何をしていたの?」
「ちょ、待て待て!俺は普通の話をしてただけで……」
当然、5人しかいない部屋の中でそんな事をする人物がいれば、注目は自然と集まる。
それも普段は冷静で、Roseliaの纏め役のような立場を担っていた紗夜ならば尚の事だ。
(くそ、何で突然こんな……。知らないうちに氷川の地雷を踏んでたのか……?)
章浩としては当たり障りのない、至って普通の会話をしていたつもりだったが、紗夜にとってはそうではなかったのかもしれない。
そうだとすれば、この状況を作り出してしまったのは自分という事になる。悪気があった訳ではないとはいえ、このまま見て見ぬ振りをする訳にもいかないと章浩は判断した。
「その―――氷川、悪かった。お前にとって、不快な話だったんだよな。本当にすまなかった」
「っ……!私――――いえ……すみません。謝るのは私の方です。ただの世間話に過剰反応し過ぎてしまいました。……他の皆さんも、雰囲気を悪くしてごめんなさい」
「……私は別に気にしていない。けど紗夜。あなた、この後いつも通りにギターを弾けるのかしら?」
「えっ……?」
「紗夜さん……顔色悪いですよ……」
あこの指摘に、紗夜は自分の体調を確かめるかのように掌を自分の頬に触れさせる。
章浩から見ても、控え目に言って紗夜の顔色は顔面蒼白といっても過言ではなかった。
「……………」
「……氷川さん……無理は、しない方が……」
「紗夜。あなたに何があったかは分からないけど、まともに練習できないコンディションなら今日はもう帰って」
「……そう……ですね。重ね重ねすみません。今日は、お先に失礼させてもらいます」
「……悪い、氷川」
「いえ……古賀さんが謝る事ではありませんから……。―――私自身の、問題です」
その言葉を最後に、紗夜はスタジオを立ち去っていった。
そして残された4人の間には、当然のように気まずい空気が流れ始める。
「3人にも悪い事しちまったな……練習を大分妨げた。謝っても謝りきれない……本当にすまねえ」
「……紗夜と何の話をしていたの?」
「湊なら……後は宇田川辺りも知ってるんじゃないか。うちの学校に氷川日菜ってのがいるだろ?」
「あ、その人ならあこ知ってます。テストでいつも1位の人だって……」
「氷川……という事は……もしかして……」
「ああ、姉か妹がいるんじゃないかって話をしただけ……後は、その妹が最近ギターを弾くアイドルを始めたんだなって言ったくらいか」
改めて先ほどのやり取りを振り返るが、あこや燐子、友希那からしても、章浩と紗夜の会話の内容は至って平凡なもののように感じた。
紗夜が激昂する程のものとは思えない。
「紗夜さん……どうしたんだろう。何か悩み事があるのかな?」
「……どうだろうな。さっきの言葉からある程度は推測できなくもないが、実際にどうかは本人に聞いてみないと分からねえ」
「……私達……何かした方がいいんでしょうか……?」
章浩、あこ、燐子の3人は紗夜の今後について頭を悩ませていた。
その一方で友希那はと言えば、何かを考えるような表情を浮かべながらも、3人の会話には参加せず沈黙を貫いている。
それが少し気になった章浩は友希那にも見解を尋ねた。
「湊、お前はこの件についてどう思って―――」
「そろそろ練習再開の時間よ。
「………おい、無駄口って言い方はねーだろ。同じバンドメンバーの事だぞ。それについて話す事が悪い事か?」
友希那の辛辣な返答に、思わず章浩は語気をやや荒げながら友希那に言い返した。
しかし対する友希那もその視線に揺るぎはしない。
「紗夜がどんな事情を抱えているかは分からない。けど、私から言えることは1つだけ。―――このバンドに私情は要らない。さっき、ギターがどうとか紗夜は言っていたわね。もし調子が戻らなければ、バンドを抜けてもらう事も考慮に入れなければならなくなる」
「……っ!」
「えっ……ゆ、友希那さんっ。それって……!酷くないですか!」
冷酷な友希那の言葉に燐子は小さく体をビクつかせる。そして、あこは目に見えて狼狽し、加えて僅かばかりの怒りと悲しみを見せた。普段の尊敬の心すら忘れ、そのままの勢いで食ってかかりそうですらある。
しかし、それを目にしても友希那も引き下がる気はない。いつものように毅然とした表情で言葉を紡ぎ続ける。
「酷い?馴れ合いはこのバンドには必要ない、と何度も言っているでしょう」
「それは、お前は氷川を手助けする気はないってことか?湊」
「バンド内に私情を持ち込まないで、というだけの話よ。個人の事情は各々でケリをつけるべきのはず。私達は、和気藹々と音楽を作る集団じゃない。着いて行けなくなった者は置いていく。あこや燐子も……古賀君だって、それは承知のはずよ」
「うっ、それはそうかもしれませんけど……。でもでも、紗夜さんが悩んでるかもしれないのに、それを見て見ぬ振りするなんて、あこ……」
「わ、私達がしようとしているのは……出すぎた真似……なんでしょうか……?」
友希那の言葉に、あこと燐子は気後れし言葉を詰まらせる。
対し、章浩はその発言を受け止めた上でなお、改めて『バンド』という人間関係の在り方について考え始めた。
友希那が言う通り、自分達は友情や腐れ縁で結ばれたバンドではない。最高の音楽―――それらを創り上げる為に結成されたバンドだ。
その理念に従うならば、常に実力が伴っていない人物に脱退して貰う事は当然なのかもしれない。親密な関係を築く事は不要であり、私情を持ち込む事も禁止。これもまた、一理のある理屈だろう。
――――――だからといって。
悩みを抱えた仲間に何もしない、何も考えない事が本当に正しいのか?
同じバンドの仲間という繋がりは、簡単に千切れてしまう程薄くか細いものなのだろうか?
氷川紗夜という人間に、自分は何処まで踏み込んでいいのだろう。
章浩の中で答えは出なかった。
「……宇田川、白金。暫くは様子を見守ろう。俺達の杞憂で明日以降はケロッとしてる可能性も0じゃねぇ。……練習、再開するぞ」
結論は出ないまま―――取り敢えず、この沈鬱な空気を振り払う為に章浩はあこと燐子へ言葉を投げかけた。
まだ気落ちしたままだが、2人もそれに答える。
「……そう、ですね……。分かりました……」
「ねぇ、章浩さん。時間をおいても紗夜さんの調子が戻らなかったら、その時はどうする気なんですか?」
「その時は……」
あこの瞳は不安げに章浩を見ていた。
先程の態度を翻し、友希那と同じように抜けて貰うと答えられる事を怖れているのか。
ただ純粋に紗夜を思案するあこを、章浩は真っ直ぐ見ることができなかった。
「さあ、な。……何れにせよ、氷川次第だ。もし頼ってくるようなら、ちゃんと相談には乗るつもりだ。……ほら宇田川。いい加減に練習を始めないと湊がそろそろブチ切れんぞ」
「あっ、はぁ〜い……」
情けない、なんとも曖昧な返事をした事は自覚しつつ、章浩は自分の位置に着くあこを見送る。
(もし氷川が誰にも頼らずに、抱えたままだったら……。……俺はどうするべき、なんだろうな)
―――心の中を、疑問と不安が渦巻いていく。
茨のように絡みつくそれは練習が始まっても取れることはなく、章浩の心を締め付けるのだった。