白色の薔薇 作:なやな
色々改稿個所があるかもしれません。
今まで正常に噛み合っていた歯車が、徐々に徐々にズレていくような感覚を章浩は確かに感じ取っていた。
―――先日はお騒がせいたしました。あのような醜態はもう、二度と晒しません。
そう言って練習に復帰した紗夜は、確かに以前と変わらないままの調子を取り戻したかのように見える。
しかし同時に、今まで以上に彼女から焦りが透けて見えるようになったと章浩は感じ始めた。
普段から思いつめたかのような顔を浮かべている事が増えたし、Roseliaの面々との会話もどこか固い。表面上を取り繕えているだけで、本当の意味で本調子には戻った訳ではないようだった。
「次の一曲、始めるわよ―――」
ベースをかき鳴らす手は止めず、友希那の指示通りに演奏を続けながらも、この泥のような違和感に章浩は捕らえられたままだった。
(……気にしすぎなのか)
人間である以上、誰かと常に円満な関係を築き続けるという事はあり得ない。組織に多少の不和や衝突は付き物といってしまえば、ただそれだけの事だ。
何より、Roseliaはまだ結成して日が浅い。
まだ個人間でぎこちなさが生じてしまうのは仕方がないのかもしれないが―――
「―――――君。古賀君、聞いているの?」
友希那が自分を呼ぶ声に、章浩は意識を取り戻したようにハッとなる。
どこか心ここに在らずのまま今日の練習は既に終了し、撤収のための後片付けも既に終っていた。
無意識の内にボーっとしていたらしい。
「あ、ああ|悪い聞いてなかった。何だ?」
「何って、他の皆は既に帰ったのよ。あなたは残るつもり?」
「……いや、帰るよ」
いつのまにか、友希那を除く3人は既にこの場を立ち去っていたようだ。
特段残る理由もなく、直ぐに章浩も帰ろうとドアへと足を進めた。
―――その、途中に。ふと、出来心で。
何故こんなタイミングで尋ねようと思ったのか、章浩本人にも分かっていないが、ついその言葉を章浩は口にした。
「なあ湊、お前は何がきっかけで歌い始めたんだ?」
「え……?」
「……バンドを組もうとしてたのは『FUTURE WORLD FES.』に出る為だって言ってたが、そのフェスに出たいと思った理由はあるのか?」
「―――――」
質問に直ぐに反応する事もなく、友希那は目を見開いて章浩の方をただ見ていた。
しかし、目と目が交差したのはほんの一瞬。
どちらからともなく目を逸らしていた。
「……何故、そんな事を聞くのかしら」
「別に、そんなに変な質問でもないだろ。単純に知りたいと思ったから聞いただけだ」
「………」
「……いや、言いたくないならそれでいい。じゃあな」
「! 私は―――」
何かを続けようとしていた友希那の言葉を聞く事なく、嫌な雰囲気から逃げるように章浩はその場を立ち去った。
顔に影が降りた友希那を見たくなかったのもあるし、あんな質問をわざわざしてしまった自分に嫌気が差したのもある。
先日のリサとのやり取りを考えれば、友希那に何か隠したい、或いは後ろめたい事があるのは分かりきっていたのに。
(ああクソ。何もかもが中途半端で投げ出した―――……。本当に何やってんだか)
聞いてしまった以上は最後まで聞くべきだったかもしれない。あんなぶっきらぼうにあの場を後にするべきではなかった。
そんな後悔が頭を過るがもう遅い。
日が降りた路を章浩は歩く。
どうしてか、背後に広がる影が自分を追い詰めている気分がした。
◆
「私は―――」
口にしかけた言葉を紡ぐ間も無く、友希那の視界にはもう章浩の姿はなくなっていた。
引き止めるように伸ばした手も虚しく宙を切ってしまう。
「……私は……」
(……仮にまだこの場に古賀君が残っていたとしても、一体何を言えたというの……)
友希那はRoseliaに対し隠し事がある。
それはバンドを結成した真の理由―――フェスに出る為というのは間違いないではないが、全てではない。
友希那の父親は、友希那と同様に音楽に携わる者だった。それも全国規模でそれなりに名の知れた、れっきとしたプロのアーティストとしてだ。友希那はそんな父親に、心からの尊敬心を抱いていた。
しかし、彼らがメジャーデビューを遂げてからというもの、旗向きは悪い方へと靡いていく。
メジャーデビューをするという事は、インディーズ時代よりも様々な面で制約やルールの影響を受けやすいという事になる。勿論それがアーティストにとって良い方向へと導くことも多いのだが、中にはそうでもない者も存在してしまうのだ。
友希那の父親は、後者だった。
彼らは自分の作りたい音楽よりも、『売れる音楽』を強制された。自らの望まない音を奏でる事を強制されてしまったのだ。
そうした苦しみを背負いながらも、音楽の頂点とも称される『FUTURE WORLD FES.』に出場が叶った彼らだが、そこで彼らが得た者は深い絶望と虚無感だけだった。
―――今の君達の音楽は要らない。
無慈悲にも、彼らの苦しみは斬って捨てられた。今までの苦悩が無駄だと言わんばかりに。懊悩を軽蔑するように。
そこで深い傷を負った彼らは解散。友希那の父親も、当然のように音楽から身を引いた。
それから湊友希那は氷のような歌姫となり、ただ、父親を失墜させたフェスで力を認めさせる事だけを目標に生きている。
(その思いに、間違いはない。けど……)
それでもどうしようもなく、虚しくなる時がある。
歌うのは誰のためなのか、分からない。
自分のためか、父親のためか、それとも―――
(Roseliaは、フェスに出場するための『手段』……。…………………)
違う。
少なくとも、友希那以外の4人はそう思っていない。フェスは目標ではあっても終着点ではない。『それだけがすべて』の友希那とは違う。仮にフェスで優勝が叶ったとしても、まだ歩み続ける事を止める気はないはずだ。
なら、なら湊友希那がRoseliaの一員である意味は―――
考えれば考えるほど、自分が惨めに思えてきた友希那は思考を打ち切った。
誰もいない練習スタジオを後にし、ロビーで手続きを済ませようとする。
「すみません。ちょっとよろしいでしょうか。湊友希那さん、少しお時間を頂きたいのですが」
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
「私、こういうものです」
突然友希那へと声をかけたその人物は、会うなり早々に友希那へと名刺を手渡す。
そこに書かれた内容を目にして、表には出さずとも友希那は内心でうんざりしていた。
目の前の男は音楽事務所に在籍している者。
この後どんな話が切り出されるかなど、火を見るよりも明らかだ。
「率直に伝えますが、うちの事務所に所属しませんか?」
「事務所に興味はありません。私は自分の音楽で認められたいから」
想定していた通りの提案。
父を潰したメジャーなど、友希那にとって応じる価値はないに等しい。
話を断ち切るように辛辣に断りを入れる。
しかし、男は執拗に食い下がった。
「待ってください!あなたの才能は本物だ!私達ならば必ずあなたの夢を叶えることが出来る!―――あの、『FUTURE WORLD FES.』にだって!」
「―――!?」
友希那の心臓が跳ねた。ただ唖然とし、男に視線が吸い寄せられてしまう。
音楽事務所の男は、畳み掛けるようにして口数を重ねた。
「覚えていないかもしれませんが、私は以前にもあなたを勧誘しました。その時は断られてしまいましたが……諦められず、色々と調査をしたんです」
一度きっぱりと勧誘を断られた人間に再アタックをすることなどそうありはしない。この言葉だけで、男の熱意とどれだけ友希那を買っているかが分かるというものだ。
「あなたならソロでやれる実力もあるでしょう。それなのに、長い期間に多くの場所でメンバー探しをしていた……つまり、バンドという形態に拘っていることも知っています。だから、あなたの為のメンバーも用意しました」
「友希那ちゃん。これってつまりメジャーデビューなんじゃ……」
流れで話を聞いていた、店員が思わずといった風に漏らす。
友希那の為だけのメンバー。
紛れもなくメジャーデビューに他ならない上に、破格の待遇だ。友希那の年齢とキャリアを考えれば異常とも言える。
揺らいでいた友希那に、更にとどめの一撃が襲いかかった。
「予選のコンテストになんて出る必要ありません」
先ほど以上に強く、友希那の心臓が脈動する。脳が揺さぶられたかのように、視界が一瞬眩んだ。
「本番のフェスに出場できるんです!お願いします、友希那さん……!」
男は周囲の目も憚ることなく、紳士に頭を下げた。
そしてその先にある友希那はといえば、目に見えて動揺し、言葉を紡ぎかねている。
千載一遇のチャンスだった。
『FUTURE WORLD FES.』は本戦そのもののレベルもさることながら、予選であるコンテストですらプロが落選する事態も起こり得るほどにレベルが高い。コンテストを無条件で通過できるというのはそれだけで非常に大きなアドバンテージだ。
Roseliaの面々の演奏技術を友希那が信用していない訳ではないが、それでも客観的に見て今年のコンテストを通過できる可能性は半分もないだろう。結成してからの時間が余りにも短すぎるのだ。
そして結成時間という点では男の提案も大差はないものの、技術そのものはプロが駆り出されるこちらの方が恐らく上だ。友希那の調査をしてきたとまで言っている以上、バンドメンバーの演奏技術を上回る面々を用意しているはず。
そして、『何とか』予選を通過した程度の実力では、本戦で猛者達と渡り合えるはずもない。
フェスだけを見据えれば、今ここで男の手を取るのが最善のように友希那は思えた。メジャーという、友希那にとっては忌避感あるやり方だと承知した上でも選ぶ価値がある。
友希那の野望達成の為に垂らされた救いの糸。
『取れ』と、友希那の冷徹な部分は叫んでいた。元々Roseliaは手段だと割り切っていたはずだ。より良い方法が見つかったのなら、それを掴み取るのに間違いなどあろうはずかない。友希那は心のどこかでそう言い聞かせている自分がいる事に気づく。
だが、それをしてしまえば。
Roseliaは―――
「……私……は………」