春。
冒険者になりに来る者たちが多くなる季節。
ただ冒険者になるだけなら簡単で、続けるのは難しい。
新人同士でパーティーを作ろうとする冒険者。
冒険者になり、装備を整えに工房に向かう人。
無論新人だけではなく、依頼書が貼られた掲示板を見る熟練の冒険者もいる。
女神官は先程冒険者になった。
身につけた白磁の認識票の色のように、何をするべきか、まだ白紙だ。
受付嬢が巨大鼠狩りの依頼を勧めてくれたが、女神官1人では達成不可能だ。
荷物は錫杖、着替え、幾ばくの貨幣。
とりあえず、ギルドの二階が宿場になっているので値段を確認しておこうと決めた。高ければ馬小屋で寝るしかないので、少し不安である。
と、歩き出そうとしたところで人に声をかけられた。
「すまない。地母神を信仰する神官さんであってるか?」
「え、あ、はい」
声をかけてきたのは刀と双剣を背負った冒険者。身につけている鎧は何かわからない怪物の鱗か甲羅を素材にしている。左手には小さな弩。首には鋼鉄の認識票を身に着けていた。
少なくとも今日、昨日に冒険者になった新人ではない。そんな彼が新人の冒険者に何の用だろう。
「冒険者なんだが、農園もやっているんだ。で、豊穣になるには地母神の方に祈ってもらうのが良いと聞いたんだが、支払いはどのくらいになるんだ?」
「えっと、ただ祈るだけならお金は取らないんですけど、祈ってもらった方々に時々、収穫物や寄付を施してもらったり、お礼を言われることがよくあります」
「ちなみに、
どうやら、彼の目的は早く収穫したいといった内容だ。
確かに地母神は農業に関わる者に信仰されやすい。
だが、神々が信者を甘やかすこともない。
上位の神官ならこの目先のことしか考えていないハンターに、未来の収穫を良くするために、鍬を振り、出た芽を大切に育てろと説教する。
が、彼が身につけている鋼鉄の認識票。自分より上の存在に女神官は強気には出れず、ありのままを言う。
「その、私は若輩者ですので、そういった奇跡は習得してないです。寺院の方もそういった奇跡は習得していないと思います。すいません」
「そっか」
ハンターは少し残念そうに、納得し「やっぱり依頼を1回終わらせた程度じゃ収穫できないのか? うーん」と唸り、頭を兜の上からガシガシと掻いた。
「あの、収穫がうまくいっていないのでしょうか?」
少し気になって会話を続けた女神官。
「いや、その、こことは別の所から来たんだが、こっちとあっちの植物の成長に差があって、前の所の植物は最長で依頼を3回終えるぐらいには確実に実や葉が成ったから少し戸惑って」
「ええ?」
女神官は、何だそれは、と思う。
依頼を3回というと3日から4日ぐらいか?
作物ならだいたい3ヶ月間はかかる。どのような植物なのかわからないが、成長が速すぎる。
ハンターの表情から嘘ではないと思うが、女神官は到底信じられなかった。
それこそ神官か魔法使いが奇跡や呪文を使って作物を育てていたと言われたほうが納得できる。
「なぁ、俺達と一緒に冒険に来てくれないか?」
「ふぇ?」
声の主は若い剣士。傷がない胸当てと鉢巻を身に着け、腰に剣を吊るしている。
首に女神官と同じく白磁の認識票を付けた新人の冒険者だ。
「俺にも声かけてる?」
「ああ、強そうな戦士が入ってくれるのなら心強いですよ!なぁ!」
青年剣士の後ろには若い娘が2人。長い黒髪を束ねた道着の女武闘家、メガネを掛け、ローブと三角帽子を身に着けた女魔術師がいる。どちらも白磁等級だ。
「冒険って言うと何の依頼だ?」
「ゴブリン退治さ!」
村近くの洞窟にゴブリンが棲み始めた。
最初は気にはならなかったが、作物が盗まれ始めた。
警戒はしていたが、次は村の娘が攫われた。
流石に危機感を感じて、冒険者に依頼を出した。
定番である。
そして、今日、冒険者に成ったばかりの正義感の強い若者が依頼を受ける。
まぁ、それは良いことだと思う。
そして、達成か失敗かは神様でもわからないだろう。
ハンターは青年剣士をじっと見た。
まぁ、盾はない、防具は足りない。新人ならお金がないので仕方がない。
ハンターは、次に女武闘家、女魔術師、女神官を見る。
ハンターは素手の戦闘は専門外。魔法も奇跡も同様だ。なので、よく分からない。
依頼内容でゴブリンが娘を攫ったという情報で気が重くなった。
受付嬢は期待を寄せた目でハンターを見ていた。
思わずため息をしたハンター。
「わかった、行く」
依頼を出した村に向かい、村に着いた冒険者たち。
「依頼主は村の村長だよな」
「そうだけど、どうしたのですか?」
ハンターの確認に女武闘家が答える。
「どうしたって、話を聞きに行く」
ハンターの言葉に驚いた様子の4人。
「なんでそんな事する必要が?」
青年剣士が不可解そうに眉をひそめる。
「ゴブリンの数、上位種の確認。洞窟の広さ。あとは攫われた人の確認。足跡があればそれも見ておきたい」
ハンターの答えに気なる部分があった女神官は、続けて聞きに来る。
「じょ、上位種って、何でしょう?」
「先祖返りした大柄のホブゴブリン、魔術を使うシャーマンぐらい、居そうな規模なんだ」
「え」
と、悲鳴に似たような声を出したのは誰だろうか。
まぁ、気にせず続けるハンター。
「大体数は20前後、……だと良いなぁ。正直、50とかに膨れ上がっていたら最悪」
「で、でも、ゴブリンって弱いんだろ?」
青年剣士が思った以上に数がいることに戸惑ったが、それでも自分たちが勝てない相手ではないことを確認してくる。
「単体で見ればそりゃ弱い。だがアイツラの強みは数と悪辣さだ。子供が複数、毒塗った凶器持ってすばしっこく同時に、あるいは次々襲ってくる。酷くきつい」
「……毒?」
女魔術師がありえないと言った表情で聞いてきた。
「毒じゃなくても落とし穴だとか、横穴を掘るだの、溝掘って足場を悪くするだの、色々やってくる」
全員がそういった状況を想像したのだろう。そして打開策が思いつかず、無言になった。
これは不味いとハンターは思い始めた。
事実ではあるし、的はずれなことを言っている気はない。だが、やる前から気分が沈むのは成功率に影響が出てきてしまう。まぁ、気分が乗っていようと、負けるときは負けるのだが。
「えっと、まぁ、なんだ。確かゴブリン退治の話で、楽に終わる、痛い目を見る、全滅って結果があるんだが、全滅になるのは……」
続けて可能性が少ないと言おうとしたが、ここでは新人がゴブリン退治で全滅するというのはよくある話だという。確率としては低いが絶対にないとは言えないのだ。
さて、ウソを吐くべきか、誤魔化すべきか。
事実を言ってしまえば、士気崩壊になりかねないような気がするハンター。
それに、ハンターの世界でもジンクスはある。
パーティーは基本4人。5人だと1人死んでしまうという、有名なジンクス。
まぁ、この世界では6人、それ以上のパーティーもあるので、関係ないと思いたい。
「ともかく、弱いからと言って油断して死ぬってのは馬鹿らしい」
「は、はい」
彼らは気を引き締めた。
「とりあえず、1人に1個づつ渡しておく」
「え⁉これってポーション⁉」
大げさなぐらいに驚いた女神官。
そう言ってポーチから回復薬と毒消しを新人冒険者に渡していくハンター。
「……お金取るの?」
「俺自身で作ったものだから売れないものだ。金も取る気はない」
下級クエストを受ける新人ハンターは、支給品を貰えるのだが、冒険者ギルドにはない。
恐らくではあるが、新人の死亡率が高い原因でもあるだろう。
「作戦とか、隊列とかはそっちで考えてくれ」
青年剣士は頭を悩ませ、女武闘家は首をひねり、女魔術師は顎に手を当てながら、女神官は「えーと」と呟きながら考える。
「作戦……は、ともかく、前衛が3人、と後衛が2人で、そういう風に分けるんじゃないのか?」と、青年剣士が言う。
「待って、横穴で奇襲されたらまずくない?」
先程のハンターの話から青年剣士の考えを改めさせる女武闘家。
「それなら、前衛を1人後方に置いてほしいわ」
女魔術師はそのように考え、続いて女神官が言う。
「そうなると、最初に前衛2人、中間に後衛2人、最後に前衛1人ですよね」
その隊列で決定し、誰を振り当てるか考え始める。
「あ、あの、他にどのようなことを気をつければいいでしょうか?」
「他にって、入る前に煙を炊いて燻して洞窟外に慌てて出てきたところを殺るとか、洞窟だと松明が1つだと暗いから、両手に松明を持って1個は手前に投げて確認していくとか」
「……色々知っているんですね」
「教えてもらっただけだ」
女神官が聞いてきたので答えるハンター。
「そう言えば、奇跡や魔術ってどういう種類を何回使えるんだ?」
青年剣士が女神官と女魔術師に問いかける。
「私は、
「私は、
「じゃあ、大柄なゴブリンが現れた時に女魔術師が火矢を使って、俺達のポーションが無くなった、使えない状況になったら小癒を使ってもらう……かな?」
「それでいいと思う」
青年剣士の考えに女武闘家は賛同し、女魔術師、女神官、ハンターも異論はない。
村に着いたハンターは村長に話を聞き、ゴブリンが棲み始めた洞窟の場所、娘が攫われた場所を聞き、もし娘が亡くなっていたら覚悟はしてほしいと言った。
娘が攫われた場所では足跡が多い。小さな足跡に混じって大きな足跡もある。
つまり、ホブゴブリンは確定。数も多い。
そして、村から洞窟に向かう前に「あっ」とハンターが気が付く。
そこには小汚い鉄兜、軽鎧を着た冒険者がいた。
「準備していない新人がゴブリン退治に向かったと聞いたが、余計だったか」
「さぁ?新人と一緒の依頼なんて初めてだ」
ハンターと話しているので冒険者だと思ったが、その雰囲気は少し近寄り辛い。
「あの、彼は?」
「
女魔術師、女魔法使い どっちがいい?
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女魔術師
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女魔法使い