洞窟には自分の縄張りを示すトーテム、牛の頭蓋骨と木の棒、布で作られた物体を置いてある。
隊列はゴブリンスレイヤー、青年剣士が先頭。中は女魔術師、女武闘家。最後尾が女神官、ハンター。
ゴブリンスレイヤーと女神官が、松明を持って洞窟を歩く。
洞窟は暗く、鼻が曲がってしまいそうになるくらい臭い。
松明で照らしていても、手前が多少見えるぐらい。奥は暗く、そこに何匹のゴブリンがいるのか、新人の青年剣士は構えている剣が小刻みに震えていた。
そして、自分の行動が無鉄砲どころか自殺行為だったことを理解する。
薬品を持たず、調べもせず、
ゴブリンスレイヤーという冒険者が加わった時、不安に思った。
銀等級の認識票に似合わない薄汚れた防具を身に着け、弱そうに見える。
が、少なくとも青年剣士のように剣が震えてはいない。
「おい」
「は、はい⁉」
歩いている途中、突然、声をかけられたので驚いた青年剣士。
「横穴だ」
ゴブリンスレイヤーが松明で示した所には、洞窟の入口にあったトーテム。そして、その横には隠れるようにして、岩壁に亀裂があった。
「トーテムで視線を誘導し、横穴の存在を隠す」
隠す理由までは言わない。
潜んでいる奴らが、最後の岩壁を崩し襲ってきた。
ゴブリン! と青年剣士が気付いたと同時に、ゴブリンスレイヤーが投げナイフを投擲する。
ゴブリンスレイヤーが何をしたのか新人たちが理解する前に、ゴブリンの断末魔が洞窟に響いた。
そして、青年剣士は改めて自分の握っている剣に力を入れる。
「剣が長すぎる。岩に引っ掛けないように斬るのではなく突け。血糊、刃こぼれで剣が使えなくなったら手放して、ゴブリンから奪え」
淡々と言うゴブリンスレイヤーからの助言に、「お、おう」と戸惑いながらも返事した。
両手で鋭い剣先を、彼に言われた通り、向かってきたゴブリンに突き刺した。
肉に刺さる生々しい気持ち悪い感覚が、手元に伝わる。
「わぁあああ‼」
依頼を受けるときは、楽に終わると思っていた。
ゴブリンなら村に来たのを追い払ったことがある。5人もいるんだから、負けるはずがない。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
ゴブリンの数は多く、洞窟は狭く、暗く、臭い悪環境。
隣のゴブリンスレイヤーが横穴を見つけてくれなければ、後ろから奇襲された。
まったく、自分の楽観視に頭にくる。
されど、ゴブリンが青年剣士の気持ちを知る気はない。むしろ、怒って向かってくる。
青年剣士はすぐに長剣を抜き、向かってくるゴブリンに長剣を突き刺し、抜いては、突き刺す。
「3,4」
淡々と死体を増やすゴブリンスレイヤーの方は、小剣で4匹を斬ったところで、小剣を投擲する。
投擲した小剣はゴブリンの喉に刺さる。
得物が無くなったので、地面に落ちているゴブリンが持っていた錆びた鉈を拾う。
そして、後方にいた弓を持った1匹のゴブリンに狙いを定め、右手のスリンガー、クラッチクローを発射する。
鋭い鉤爪はゴブリンを捉え、そのままゴブリンを
引き寄せたゴブリンの脳天に鉈を振り下ろし、絶命させる。
「5」
一方、青年剣士が持っていた長剣は、柄の部分まで血糊に塗れ、切れ味が鈍り、ゴブリンの死体から抜けづらくなっていた。
「この!」
そして、長剣を抜くことに執着してしまった。
戦闘の興奮で、言われたことを思い出すことが出来ない。
もし、頭が冷えていたとしても、なけなしの金で買った長剣だ。先程、ゴブリンスレイヤーに言われた、武器を捨てるという考えがあっても、もったいないと考えてしまう。
その一瞬、殺し損ねたゴブリンが青年剣士の足に短剣を突き刺した。
「いっづだ!」
痛みに竦むより、傷つけられたことに対する怒りが上回った青年剣士。
思わず、長剣を大ぶりにし、岩肌にぶつけてしまう。
青年剣士に長剣で岩を切れる力、技量はない。
当然、弾かれ、反動で手から剣を落としてしまう。
無力になった青年剣士に狙いを定め、ゴブリンが殺到してくる。
「目を閉じろ!」
ハンターがスリンガーに装填していた閃光弾が弾ける。
青年剣士は後ろからの声に反応し目を閉じた訳ではなく、次の攻撃で死んでしまう恐怖に目を閉じた。
しかし、目を閉じても光が目蓋を越え、視界が白くなる。
だが、目を閉じていなかったゴブリンは目が眩み、そこをゴブリンスレイヤーが鉈で叩き殺した。
青年剣士が再び目を開いたら、ゴブリンはすべて地面に転がっていた。そして、足が言うことを聞かず膝をついた。
「毒だ」
無造作に青年剣士に刺さった短剣を抜き、短剣に塗りたくられた液体を見て断言したゴブリンスレイヤー。
「だ、大丈夫⁉」
慌てて女武闘家が毒消しを持って駆け寄ってくる。
「青年剣士を治療しろ。女魔術師は呪文準備」
「え」
ゴブリンスレイヤーは地面に円盤、シビレ罠を設置しながら指示し、戸惑った女魔術師。
「ホブだ」
その短い言葉に、戦慄が走った女魔術師。
言葉通り、ズンズンと歩く音が洞窟の奥から聞こえてきた。恐らく、青年剣士が痛みで上げた声をきっかけに来たのだろう。弱った相手を殺るのは楽で、女の匂いも嗅ぎつける。
どう嬲ってやろうかと考えているホブゴブリンは、よだれを垂らしながら、走ってきた。
足元にあるシビレ罠に気付かず、踏んだホブゴブリンに電流が全身に走り、動きが止まった。
そこに、ゴブリンスレイヤーは薬嚢から瓶を投げつける。
割れた瓶からガソリンが溢れ、ホブゴブリンは油に塗れる。
「サジタ(矢)……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)!」
女魔術師が唱えた呪文、
ガソリンを被ったホブゴブリンは、瞬く間に炎に包まれる。
それでも上位種のゴブリンはしぶとい。全身火傷でも、未だに生きている。
トドメを刺すために、ゴブリンスレイヤーはクラッチクローで地面に落ちているゴブリンの槍を掴み、手元に引き寄せ、ホブゴブリンに向かって投げる。
深々と突き刺さる槍。
だが、まだ死なない。
次々と武器をクラッチクローで回収し、ホブゴブリンに投げつける。
無論、重さによっては引き寄せることは出来ないが、小柄なゴブリンが持てる武器の重さには限界がある。全身金属鎧や大剣、ランス装備の重装備のハンターを高速で引き上げるので、踏ん張りが弱いゴブリン程度、楽々と引き寄せられる。
燃えるホブゴブリンに次々と武器を投げ、シビレ罠の効果が切れた時に、ホブは倒れた。
そうして、ゴブリンの襲撃はどうにか終えた。
ハンターは、ゴブリンスレイヤーがスリンガーを改造していることに興味があるが、あのような改造をすることはない。小型モンスター特化にしてしまえば、ハンターが得意な大型モンスターとの戦闘に支障が出てしまう。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
「そうか」
青年剣士は毒消しと回復薬を飲み、体の調子を取り戻していた。
「12、13」
それを認識したゴブリンスレイヤーはゴブリンが死んだふりをしていないか、ゴブリンの死体の数を、丁寧に武器で刺しながら確認していく。
青年剣士は安堵すると同時に申し訳が立たない。
事前に注意されて、無視してしまったのだ。
「あの、迷惑かけてすいません」
「気にしてない」
ザッパリと切り捨てるようなゴブリンスレイヤーの返答に、青年剣士は気が落ち込む。
青年剣士の武器は、まだゴブリンに突き刺さったままで、今度こそ抜き取る。だが、血まみれで、刃も欠けている。使えなくはないが、相当、悪化した状態だ。
それでも、なけなしの金で買った剣である。
使えないのは分かっている。もったいない、というので死にかけた。
だけども、捨てられない。
ゴブリンが身につけていたボロ布で血を拭って、鞘に納めようとしたところでハンターから声がかかる。
「ちょっと貸しな」
「え、はい」
ハンターの手に渡った汚れた剣は、砥石でみるみると切れ味を回復した。ほい、と青年剣士に渡され、恐縮した。
「あ、ありがとうございます」
「後方でやることもないからな」
ハンターがなんともない風に言うが、青年剣士が同じように研ぐことは無理だ。
青年剣士は長剣を鞘に納め、比較的状態が良さそうなゴブリンが使っていた棍棒を拾う。
かっこ悪いし、強い武器という感じもない。だが、これなら振り回しても、先程のように刺さり過ぎて抜けなくなることもない。
「さっきの奴らは先兵だ。この穴が奴らのねぐらだ」
ゴブリンスレイヤーが、槍でゴブリンたちが掘ってきた穴を示す。
「だが帰ってこない。どうする?」
「え」
「お前たちがゴブリンならどうする?」
ゴブリンスレイヤーが新人たちに唐突に質問した。
新人たちは考える。弱く、数は多く、悪知恵があるゴブリンなら、どうするのか。
「……待ち伏せ、ます」
「そうとも」
女神官の答えに、ゴブリンスレイヤーは淡々と言った。
「そこに踏み込む。ハンター、閃光弾はまだあるか?」
「後2つだ」
「突入と同時に使って、眩んでいる間に殺し尽くす」
ゴブリンスレイヤーの考えに、新人たちもハンターも異論はない。
そして、ゴブリンスレイヤーは1匹のゴブリンを解体し、内蔵と血をゴブリンが身につけていたボロ布に塗りつける。
突然の行動に新人たちは驚く。そして、次の言葉にさっと顔が青ざめた。
「奴らは匂いに敏感だ。特に女やエルフの匂いに。これは臭い消しだ」
「え、ええ?」と引きっ面の女武闘家。
「え、ちょっと⁉ 嫌よ‼」と嫌悪した女魔術師。
「す、する必要ありますか?」と怯える女神官。
「ある」と断言したゴブリンスレイヤー。
青年剣士は返り血を浴びているので除外。ハンターは死んだゴブリンから剥ぎ取りを行っていた。
「……無理なら帰れ」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、少しムキになった彼女たち。
嫌ではあるが、何もせず帰るなど、それこそ冒険者としてダメだ。
腹をくくって、ゴブリンスレイヤーからボロ布を受けとった3人。
3人とも、少し目が濁った。
暗闇の中、松明の火がポツリと近づいてくる。
ゴブリンシャーマンは冒険者が出てきたところに呪文を放つ気満々で待機し、他の取り巻きのゴブリンたちも武器を構えていた。
そして、礫のような物が飛んできて、光が炸裂した。
突然の光に目が眩むゴブリンたち。
なだれ込んできた冒険者、ハンターが双剣を抜いて、瞬く間に近くにいたゴブリンを切り裂く。
ゴブリンスレイヤーは、奥にいたシャーマンに向かって槍を投擲し、見事命中。
青年剣士は棍棒で殴りつけ、再度、動かなくなるまで殴りつける。先程のように死んだふりなどされたら堪らない。
女武闘家は鋭い手刀や蹴りでゴブリンの頭を陥没させ、首をあらぬ方向に曲げる。
「……合計18」
と言いながら、拾い上げた棍棒をシャーマンの頭に叩きつけ、今度こそ絶命させたゴブリンスレイヤー。
そうして、シャーマンが座っていた、人間の骨で作られた椅子を蹴り飛ばす。
椅子の裏に木板があり、それも蹴破るゴブリンスレイヤー。
中にいたのはゴブリンの子供が数匹。
「本当に運が良かったな」
身を縮めて震えるゴブリンの子供に、容赦なく棍棒を振り下ろす。
ぴぎゃ、と耳に残る音。
彼の言った言葉がよく分からない青年剣士は声を出す。
「こ、子供も殺すのか?」
「当たり前だ」
震えながら言う青年剣士の質問に、淡々と答えたゴブリンスレイヤー。
「どこかのお優しい冒険者がゴブリンの子供を見逃す。そのゴブリンは恨みを忘れず、学習し、知恵を付け、村、人を襲って生き延びる」
もう一度、ゴブリンスレイヤーが、棍棒を振り下ろせば、小さな断末魔が洞窟に響く。
「生かしておく理由が1つもない」
話すことはもうないと、作業を進めるゴブリンスレイヤー。
「……善良なゴブリンが、いたとしても……ですか?」
「善良なゴブリンはこんなことしないだろ」
女神官の言葉に答えたハンターが地面に横たわる女性たちを介抱し始める。
傷ついた者の口に回復薬を流し、衰弱している者には秘薬を少しづつ与える。しかし、2個しか持っていなかった秘薬が、無くなってしまった。
「女神官、こっちの人に
「は、はい……! いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください」
奇跡によって癒えはしたものの、まだ弱っている彼女に回復薬を飲ませていく。一応はこれで命は、命だけは救えた。
「さっきの善良なゴブリンだが、いたとしても人前に出てこないのが善良なゴブリンだ」
子供ゴブリンの始末を終え、ゴブリンスレイヤーはそう断言した。
それからは全員が捕虜を背負い、肩を貸し、洞窟から抜けた。
捕虜を村に預け、あるいは後から神殿に保護してもらう。
よくある話だ、と彼は言った。
自分たちは運が良かった。
運が良くなければ、死体となったか、あるいは仲間が捕虜になったか。
まぁ、それもよくある話だという。
新人の冒険者がゴブリン退治に赴き、全滅する話は。
青年剣士にとって、冒険者になって何もかもが上手くいく……とまでは思わなかったが、最初に思い描いた輝かしい夢は砕けた。
防具がなくて死に、情報がなければ死に、準備がなければ死に、運がなければ死んでいた。
だが、本当に幸運にも生きている。
そして、生きていれば次が来る。
金を稼ぐためには、依頼を受けなくてはならない。
受けなければ金が尽きて餓死。そうでなくても、農家の三男坊が冒険者以外の仕事に就けるアテはない。
女神官は「癒し、守り、救え」の信仰から、ゴブリンスレイヤーに付いていくことを決めた。
青年剣士も冒険者をやることを決めた。
自分の出来る範囲でやるしかない。
拙い青年剣士は仲間と一緒に下水道に向かった。
左腰に長剣を携えているが、手にはスコップを持っている。
しばらくは、ドブさらいである。
冒険者の仕事ではないと思うが、いつかは冒険者らしい依頼をする。
今はその下積みの期間だ。と青年剣士は自身に言い聞かせる。
一歩づつ、焦って急げば、どうなるか。と右腰に身につけた棍棒を、見ながら付け加えておく。
ゴブリンスレイヤーのスリンガー。
翁に改造を頼み、制作してもらった弩。
地面に落ちた武器や小さいゴブリンを引き寄せることが可能となっている。
それでいて、大型モンスターに張り付くことも、強化撃ち、ぶっ飛ばしも可能。
が、傷つけ攻撃、クロー攻撃(そもそもゴブリンスレイヤーの腕力が足りない)が出来ない。
スリンガーの間違った使い方1、相手を引き寄せる。
捕獲ネットで環境生物(ムカシマンダラ)を捕獲できるので、不可能ではないはず。
女魔術師、女魔法使い どっちがいい?
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女魔術師
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女魔法使い