ハンターは現在、安宿に泊まっている。
部屋は狭い、暗い、音漏れがする。内装はベッド、机、椅子だけだ。
条件は良くない。
ただ、馬小屋よりは臭くないので、金を払って泊まっている。
ベッドから起き上がるハンター。
寝ぼけた目をこすり、大きな虫籠が置いてある机に向かう。
机の上に置いてある虫籠の中には、光蟲と雷光虫、それと虫の餌の蜜がある。
現在のハンターはマイハウスも農場も持っていない。
ならば、自分で用意するしかない。
まず、虫籠の中に土を入れ、朽木の木片を置く。そして、落ち葉である程度の環境になったはずだ。
その中に、ポーチの中に入っていた光蟲と雷光虫を、虫籠の中に入れて様子を見る。
光蟲が土の中で卵を生んでいた。
雷光虫は交尾していた。
繁殖行為、大いに結構である。
だが、ゴブリン。てめぇは駄目だ。
クエストが終わった後、報酬を貰った。
報酬が金貨一枚。ゴブリンスレイヤーと報酬を銀貨で半々にした。
そして、ここでは回復薬1個が、金貨一枚。
これなら採取した薬草から、回復薬を作ったほうがいい。
そして、ゴブリンの剥ぎ取り品と武器を売った。
ゴブリンスレイヤーの言っていた通り、泣きたくなるほど安かった。
もえないゴミ以下の存在である。あれでも1つ売れば僅かな金になる。ゴブリンが身に着けていたリングは、複数売って僅かな金になった。
だが、ゴブリンシャーマンのリングだけは、多少の魔力が宿っており多少の金になった。
その金で、虫籠、虫の餌、投げナイフを買った。
投げナイフを買えることは、かなりありがたい。前までは支給品で、取り置きもできなかった。
ここでは投げナイフを買えて、取り置きもできる。なんて素晴らしいんだ!
そこで、鍛冶屋にゴブリンの剥いだ革を使って防具の製作を依頼した。
だが、そんなことはしてくれないらしい。
少なくともゴブリンの素材では何も作る気はないとのこと。「ドラゴンでも狩ってこい」と言われた。
なんてことだ。加工屋では最弱モンスターのモスですら、フェイク装備を作ってくれるのに。
ここの鍛冶屋には絶望した。
それでも、消費するトラップツールの制作はすると言ってくれた。
恐らく、畑違いなのだ。ここの鍛冶屋は。
恐らく、加工屋の隣りにいる武具屋なのだ。
ともかく、昨日はゴブリン40匹以上狩っての成果。
ゴブリンスレイヤーは、ゴブリン討伐しかしていないが、どうやってお金を稼いでいるのか不思議に思う。
会ったら、どうやって金策しているのか聞いてみよう。
ハンターは装備を整え、ギルドへと向かった。
「ゴブリンの依頼を多くやる。それだけだ」
質より量。
塵も積もれば山となる。
ギルドに居たゴブリンスレイヤーに金策のことを聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
「ちなみに今日のご予定は?」
「ゴブリンだ」
「付いていっても?」
「好きにしろ」
ゴブリンスレイヤーの無頓着ぶりに、ため息が出るハンター。
しかし、白磁等級の仕事は少ない。
薬草集め、ドブさらい、巨大ゴキブリ討伐、巨大ネズミ討伐、そして、ゴブリン討伐。
どれも、成功報酬は少ない。
なら、専門家に付いていって、学べるのが良い。
効率的に殺せるのと稼げる方法を学べる。
「どうやって素早く片付けるんだ?」
「水攻め、火攻め、燻す、毒、疫病を発生させる。方法はいろいろだが、洞窟の場合は燃やし続けて、煙で充満させるのが良い。外に出てきたゴブリン共の動きも鈍い」
「中に、……人質や捕虜が居た場合は?」
ハンターは昨日の光景を思い出してしまい、声が小さくなった。
「巣穴に入るのならば、松明を複数持つべきだ。戦闘時は一つは手で持ち、二つ目は地面に置いておく。進行先に松明を投げて、様子を確かめる。そして、後ろからや壁を破っての奇襲に警戒する」
ゴブリンのことについてなら、目の前の人物はスラスラと答えてくれる。
だが、先程の金策、同行については素っ気ない態度。
ゴブリン以外のことは、無頓着だ。
「それと、閃光弾と言ったか。あれは便利だが、同じ手を何度も使うな。奴らも学習し対策を立てる。手を変え、品を変えろ」
「わかった」
ともかく、今日も今日とてゴブリン狩りである。
「冒険者の皆さん! 朝の依頼張り出しのお時間ですよ!」
「「「待ってました!」」」
受付嬢が大量の紙束を、掲示板の前に持っていった。
冒険者たちが声を上げ、受付嬢の張り出した掲示板の前に集まる。
「うーん。ドラゴン退治、ドラゴン退治……」
「やめとけよ。お前じゃ、一撃であの世行きだ」
「護衛の依頼か。どうしようかな~」
「長期間だけど、報酬はいいわ。これにしましょう」
依頼内容を吟味しながら、次々と依頼書を受付嬢へと持っていく冒険者たち。
「行かなくていいのか?」
「ゴブリン退治は人気がない。余る」
報酬は安い。討伐数は多い。精神的にも苦痛。
確かに、誰だってやりたくない。
だが、誰かがやらなければならないこと。
「あいつらを放置して大量発生は勘弁だな」
「当たり前だ。そうなる前に皆殺しだ」
この日、ゴブリンスレイヤーたちはゴブリン退治を3件、請け負った。
最初はゴブリン退治の依頼を受け、依頼人の所で話を聞く。情報は大事だ。
山の中腹にある古い砦にゴブリンが住み着き、討伐に向かった冒険者が返り討ちにあってしまった。
冒険者は全員男なので、捕虜になっている可能性はない。
依頼した村の被害者は、山菜採りや狩猟に出て帰ってこなかった男性が2名。
時間が経ちすぎているため、生存者は絶望的らしい。
その時点で巣穴ごと潰すことを決定。
「どうやってだ?」
「この地域は昨晩の大雨で地盤が緩んでいる」
「ああ」
「多少力を入れる程度でも、土が崩れてしまうほどにな」
ハンターは泥濘んだ地面を見ながら頷く。
ここに来る途中も、足を取られないように、力を入れて歩いていた。
濡れた岩は滑りやすく、土なら足が沈んでしまう。
斜面が急なところは、土肌が崩れ落ちている。
傾いた斜面の下には、ゴブリンが住み着いている砦が見えた。
「ここに穴を掘る」
「?」
不思議に思いながらもハンターは、ゴブリンスレイヤーに指示された場所に、村で借りたスコップで穴を掘る。
雨が染み込んでいる土だが、大剣やハンマーほどの重さでもない。
腰のあたりまで掘ったところで、ゴブリンスレイヤーがポーチから何かを取り出す。
導火線に繋がれた円柱形の物体。
「出てくれ。これを仕込む」
「おい、それって」
「爆弾だ」
泥濘んだ地面、そして爆弾とくれば何をするか。
ちょっと考えただけでわかった。
その後、4つ穴を掘り、その中にも爆弾を仕込む。
これで準備が完了し、十分離れてから、長い導火線に火を点ける。
先程掘った穴に燃え進み、火花は見えなくなった。
次の瞬間に轟く爆音。
連鎖的に、爆音が5つなる。
その後、足元に伝わる振動が、すぐに大きくなる。
不安定な地面は、爆弾によって叩き付けられた振動、急な斜面の条件も合わさって、すぐに崩れ始める。
土砂崩れを引き起こし、下にあった砦は、すぐに大量の土石流が雪崩込み、その姿を失った。
砦の姿はもう見えず、中に居たゴブリンは重々しい岩も転がり落ちたことで、自力では這い上がれない。
「おお、きれいに崩れた。凄いな!」
ハンターは樹冠の堰堤を爆破し、土石流で寝ているリオレウスを崖下へ叩き落としたことがある。
あれと同じで、面白いのだ。
一網打尽というか、一方的に叩きのめす爽快感。
睡眠爆破のように派手で、敵が狼狽し潰れていくさまは、思わず笑みが溢れてしまう。
「生き残りを掃討する」
「あれで生き残りがいるのか?」
「奴らはしぶとい」
そう言って、降りていくゴブリンスレイヤーについていく。
土砂に埋もれた砦は、見つけることが困難だった。
しかし、耳を澄ますとゴブリンたちの声が、土の下から聞こえてくる。
「どうやって殺すんだ? 土の下で攻撃ができない」
「土を固める」
そう言って彼が取り出したのは、白い粉。
「石灰は水分を吸収する。土が固まれば、掘るのも一苦労だ」
「蓋をするってことか」
「ああ」
石灰を二人で、辺り一面に撒き、ゴブリンたちの声を確認する。
徐々に弱くなる声は、窒息によるものか。
土砂崩れによる洗い流し、窒息死、生き残っても蓋を閉めての餓死。
念の為に、一日そこで様子を見るが、ゴブリンたちが出てくることはなかった。
砦のゴブリンを全滅させたのでクエスト達成。
次の村で、最初に依頼人に会う。
依頼人に会って、ゴブリンが何処から来たのか、数は、拐われた人は居ないのかを確認する。
ゴブリンたちは野菜だけを盗んでいるらしく、他には何も取られていないと依頼人は言った。
「恐らく渡りだ」
「渡りって。あの巨体のゴブリンか?」
「いや、ホブじゃない。渡りは巣を失った流れ者だ。そいつが力をつけ成長したのがホブゴブリン。今回はホブゴブリンになる前だ。5匹いるか、そんなところだ」
ハンターは畑でゴブリンの足跡を発見し、導虫にその痕跡の匂いを覚えさせる。
緑色に光る導虫たちは、即座にゴブリンたちの方へ飛んで行く。
「匂いを覚えさせることで、モンスターに誘導する虫だったか」
「ああ。交戦状態になると怯えて虫籠の中に戻るけど」
「……虫か。それならゴブリンに利用されることもないか」
そう呟いてからジーと見ているような気がする。どうやら先程の言葉は、質問だったらしい。
「えっと。ゴブリンも利用できないんじゃないか? 導虫はモンスターに怯えるし」
「そうか。だが、その特性に気付いたゴブリンが、誘導する道に罠を仕掛けないとも限らん。過信はするな」
「わかった」
ゴブリンは馬鹿だが間抜けじゃない。彼の口癖だ。
害意を感じないのならば、導虫に変化はなくモンスターに誘導する。
その誘導の際、意思を持たないトラップの類、虎挟みや落とし穴などは反応しないと思う。
この世界の遺跡や迷宮などでは、侵入者撃退のトラップがあるらしい。
ハンターは大自然の中、導虫の誘導、ペイントボールの匂いを嗅いで居場所を特定し、走ってモンスターを追っていた。
追っていたら手痛い反撃を食らったことはあったが、大型、小型モンスターがトラップを作ることはなかった。
ハンターが戦った人型モンスターは、アイルー、メラルー、チャチャブー、ガジャブーといった獣人種だ。
彼らの戦い方は、爆弾を持っての突撃、ガス弾や地雷の利用、被り物を使っての擬態と様々。
戦闘能力は高く、小さいので攻撃も当てにくい。
深手を負わせても、地面を掘って逃げる。
ゴブリンと比較すれば、獣人種の方が圧倒的に強い。
しかし、知能が高く道具を扱い、強靭な肉体を持つ獣人種も、ハンターを罠に嵌めようとはしない。
大型モンスターをツタで作った網で拘束する、テトルーぐらいしか思い浮かばない。
ゴブリンの罠がどんなものか分からないが、悪辣なものであることは間違いない。
気を締めて、導虫の後を追う。
導虫の光点を追っていくと、畑から離れ木々の茂みに入る。
一時間ほど歩き続けると、木の根元で寝ているゴブリン2匹を発見。
ゴブリンにとって昼間は夜。
警戒が一番強くなる時間帯だが、巣を持たない渡りゴブリンが一日中、警戒できるはずもない。
音を出さないように近づき、ゴブリンスレイヤーは右の、ハンターは左のゴブリンに剣を突き刺す。
突然のことに目を見開く彼らは、すぐに目から光を失う。
もう一度、剣を突き刺し、死亡を確認。
そして、ハンターは戦利品の耳のリングを剥ぎ取っておく。
当然ではあるが、調査ポイントなんて手に入らない。
ゴブリンなんて嫌いだ。
次の村に向かう途中、見慣れたキノコがあった。パーティーを組んでいるので、今まで自重していたが、ゴブリンスレイヤーにひと声かけて採取しておく。
簡易的な馬車の中で、先程取ったキノコと投げナイフを調合し、麻痺投げナイフを生産した。
今度も、依頼人から情報を聞く。
村外れにゴブリンが住み始めた。初めは田畑の野菜を、次に家畜を盗まれた。
村長はこのまま野菜や家畜が盗まれ続ければ、冬を越せないと思い、冒険者ギルドへ依頼をした。
依頼を出してゴブリンスレイヤーたちが来る数時間前に、村娘を拐われた。
だが、それで死んだら元も子もない。
慎重に、しかし迅速にゴブリンを排除する。
人質がいるのが確定しているので、巣穴ごと潰すことができない。
巣に直接乗り込むのは愚策だ。
しかし、時間はかけられない。
松明を両手に持ち、腰にもランタンの灯りを点ける。
ハンターとゴブリンスレイヤーは、ゴブリンの巣となった洞窟に潜った。
早速、ギルドでゴブリンスレイヤーに教えてもらった方法、左手の松明を前方に投げて洞窟を照らす。
洞窟はひどい匂いで満たされている。鼻が曲がりそうだ。
3度松明を拾い上げた所で、ゴブリンの足音と声が聞こえた。
松明の灯りを冒険者と認識しているゴブリンが複数、襲ってくる。
即座に左手の松明を前方に投げる。くるくると回りながら飛んできた松明に、一瞬だけだが怯むゴブリン。
その隙を逃さず、ゴブリンスレイヤー、ハンターがゴブリンに片手剣で跳びかかる。
一匹を即座に死体に変え、続く連撃でゴブリンを殺していく。
盾で強打し、体を回転させまとめてゴブリンを切り伏せる。
「GOBOORO!」だの「GOBOBOA」だの、耳障りな悲鳴を上げて死んでいくゴブリンたち。
そして、即座に後方へバックステップ。
残りのゴブリン、ゴブリンスレイヤーの位置を確認し、再度斬りかかる。
当然、ゴブリンも反撃してくるが、振り上げた武器は振り下ろされることなく、腕ごと切断された。
洞窟内で幾度も奔る斬撃は、周囲のゴブリンをまたたく間に絶命させ、もしくは体の一部を切り落とす。
ゴブリンスレイヤーも2、3匹切り伏せては、絶命したゴブリンの武器を拾い、また2、3匹仕留め、武器を奪う。
大量に居たゴブリンの数は、もう手で数えられるほどに減っていた。
そんな二人に不利を感じ、奥に逃げようとする数匹の小鬼に、スリンガーに装填されていた投げナイフを発射。
同時に、ゴブリンスレイヤーも投げナイフ、手に持っていた武器を投げる。
ハンターのは足に、ゴブリンスレイヤーのは両方喉に刺さり倒れ込む。
虫の息のゴブリンだが、ゴブリンスレイヤーは近づいて止めを刺す。
足を引きずるゴブリンにはハンターがもう一度、投げナイフを投射し、後頭部に突き刺し殺した。
「これで全部か?」
「いや、最後のゴブリンは奥の仲間を呼びに行こうとして逃げた。まだいる。巣の規模から10から20だろう。今ので13。恐らくホブあたりが奥にいる」
再度、松明を拾い上げ、投げては進路上の視界を確保しながら進む。
「GGGOBBBU!」
するとホブゴブリンが村から攫った村娘を片腕に抱き寄せ、無理やり立たせながら出てきた。だが、体格差のせいでホブゴブリンは完全には隠れていない。
人質だろう。暗い洞窟で、松明の光源だけでも、汚辱の跡が見れてしまう。
「ぅぁ……」と掠れた声を漏らして、かなり衰弱している。
「うぜぇ」
思わずハンターは、人質を見たとき、カッと頭に血が上って言葉を吐き捨てる。
しかし、体はいつもどおり動き、スリンガーに装填されていた麻痺投げナイフを発射。
人質からはみ出している部分、肩に当たり、腕が痙攣し始める。
すぐに全身に回り始めた麻痺毒は、体の自由を奪う。
手に持っていた武器も、人質も落とし、完全に無防備になった。
そんな好機を二人が逃すはずもなく、ホブゴブリンの首が跳んだ。
人質の村娘に、回復薬を少しずつ飲ませる。
その後、丸めてポーチに仕舞っていた外套を羽織らせ、背負って村まで送り届けた。
彼女の今後がどうなるかわからない。
ただ、背中に背負っているとき、小さく「ぁり、と」と呟くように言われた。
その声に何か応えることが、ハンターにはできなかった。
ともかく、3件の依頼達成だ。
しかし、ハンターも、ゴブリンスレイヤーも、ボスを倒して意気揚々と凱旋したとは言えない。
ギルドに報告し報酬をもらったら、ハンターは安宿に黙々と帰った。
まぁ、それでも次の日。
「ゴブリンだ」
「同行しても?」
「好きにしろ」
「はいはい」
ゴブリンスレイヤーは、またゴブリン討伐に出かける。
ハンターも付いて行く。
ハンターの存在意義はモンスターの狩猟だ。
自然との調和を目指し、目的は殲滅ではない。(まぁ、繁殖旺盛のため、狩っても狩ってもモンスターが尽きることはない。ハンター自身、宝玉や延髄、素材を得るために古龍だの、飛竜だの乱獲していたのだが)
しかし、ゴブリンはモンスターであり、放っておくと瞬く間に増えてしまう。
それにギルドでは、ゴブリンの討伐に規制がかけられていない。
ならば殺し尽くしても問題はない。
今日も今日とてゴブリン狩りだ。
神々「「これあり?」」
自然「ハンターはあるものは、なんでも使う」
女魔術師、女魔法使い どっちがいい?
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女魔術師
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女魔法使い