ゴブリンスレイヤーとモンスターハンター   作:中二ばっか

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3-6 ニオイ消しの時間だ

 古代の遺跡。

 言葉通りなら昔からあったという事になるはずなのだが、その遺跡は突如現れたような気がする。

 夕日の光が辺りを朱色に染めている。

 遺跡の入口は石で作られ、門番のようにゴブリンが2匹、傍らに狼が座っている。

 ゴブリンにとっては早朝で、気が緩む時間になる。

 それに門番など、真面目な仕事をゴブリンが熱心にすることなどない。

 ゴブリン1匹は眠たいのか腰を下ろし、あくびをかく。それをもう1匹のゴブリンにガヤガヤと咎められる。

 咎められたゴブリンは嫌々と立ち上がり、不快な顔をした。

 立ち上がらなければ、射線が重ならない。まぁ、座っていても射角を変えるだけになる。

 つまり、横から曲がって飛んでくる矢が、外れることなどなかった。

 鏃に使われている硬い芽は、2匹のゴブリンの脳天を貫く。

 いきなり何が起きたのか、困惑したまま、しかし驚きで飛び起きる狼は、ほぼ同時に飛んできた矢に射られる。

 横からカーブを描くような曲射。

 神業と言う他ない。

「すごいです!」

「見事。魔法のたぐいですかな?」

 称賛する女神官と蜥蜴僧侶。

 ドヤ顔で薄い胸を張り、長耳もピンと伸ばす妖精弓手。

「十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ」

「それをわしの前で言うかね」

 魔法を使う鉱人道士は、少し苦い顔をする。

「1,2」

 相変わらず、ゴブリンの生死を確かめたゴブリンスレイヤーは、ゴブリンの死体に近づく。

 そして、ゴブリンの腹わたをナイフで引き裂く。

「ちょ、ちょっと!」

 いきなりの行動に驚く妖精弓手。多少なりともゴブリンスレイヤーと行動していれば、理解できるが妖精弓手は初めてである。

「奴らは匂いに敏感だ。特に女、子供、森人の匂いに」

 ゴブリンスレイヤーの答えになっていない答え。だが理解できるものは何人かいる。

「わ、私は匂い袋があるからな!」

 またされたのでは、たまったものではないと匂い袋を手に持ち、ゴブリンスレイヤーに突き出す闇女斥候。

 まぁ、つまりそういうことである。

 ニオイ消しの時間だ。

「い、嫌よ。誰かこいつ止めてよ」

 後ろに振り向き、助けを求めるが、慈悲深い地母神の女神官は、光が消えた瞳で言う。

 

「慣れますよ」

 

 その言葉は慈悲か、諦めか、言葉通り慣れたのか。

 ともかく、匂い袋を買ってこなかった妖精弓手が悪い。

 顔を引き攣らせた妖精弓手だが、他の者からの助けはない。

 

 

 遺跡へと乗り込んだ一行。

 石畳の通路は整然としている。

 人工的であることは間違いなく、年数が経っているが頑丈な作りで、爆弾を起爆でもしなければ、崩壊することはない。

 先頭のゴブリンスレイヤーは、剣で地面に罠がないか確かめつつ進む。

「拙僧が思うに、ここは神殿だろうか」

「この辺りは神代の頃に戦争があったそうですから。その時の砦かなにか……のようですが」

 蜥蜴僧侶のふとした疑問に、女神官は答えた。

 壁面には、何かしらの文字か絵かを表すものが描かれている。だが、誰もその意味まで知っている様子はない。

「兵士は去り、代わりに小鬼が棲まうか。残酷なものだ」

「残酷と言えば」

 ちらりと全員が妖精弓手を見る。

 そこにはゴブリンの血で汚れた衣服を着ている妖精弓手。

「うぇぇ、汚いよ~」

「あの、洗えば落ちますから。……多少は」

 そう言う女神官の衣服も血で汚れている。

 女性で血を浴びていないのは闇女斥候だけだ。

 彼女だけは臭い消しの匂い袋を持っている。

 ハンターの言葉を聞いて、買った。

 銀貨15枚の価格で、新人には痛い出費だ。

「ハンターに消臭玉でも貰うといい。臭いは消えるぞ」

「うう、後でちょうだい。後、オルクボルグは覚えておきなさい!」

「覚えておこう」

 ギロリとゴブリンスレイヤーを睨む妖精弓手。だが、返事する彼はいつも通りだ。

「地下は慣れとるんじゃが……なんぞ、気持ち悪いの、ここは」

「私はゴブリンの臭いで気分が良くないと思ったが、螺旋状になっているみたいだ」

 遺跡は単純な構造ではなく、直線の通路かと思えば、ゆるい傾斜があり、徐々に斜めに曲がるような通路。闇女斥候が言った螺旋状になっている。

 そんな構造なので、感覚が変になっている。

「塔のような作りなのでしょうか」

「塔なら頂上を目指すと思うんだが」

 女神官の言葉にハンターが答えていると、突然、妖精弓手が真剣な声をする。T字の分かれ通路に差し掛かったときだ。

「待って」

「どうした」

「動かないで」

 答えになっているような、いないような。

 命じた彼女は床を這うようにして、石畳を確認している。

「鳴子か」

「多分。真新しいから気づいたけど」

 罠があった。

 妖精弓手が示した床は、ハンターから見れば、なんの変哲もない石畳に見える。

「……どこが罠なんだ?」

「多少だが床が浮き上がっている。あれを踏めば石畳が沈んで、どこかに繋がった鳴子がなるということだ」

 ハンターの疑問に闇女斥候が答える。

 改めて見ると、確かに石畳の石の一つが、ほんの僅かにだが浮いていた。

「ゴブリンどもめ。小癪な真似をしよる」

「……妙だな」

 ゴブリンが仕掛けた罠に、鉱人道士は悪態を言うが、ゴブリンスレイヤーは疑問に思う。

「どうしました?」

 ゴブリンスレイヤーの疑問に女神官が聞いてくる。

「トーテムが見当たらん」

「?」

「つまり、ゴブリンシャーマンがいないってことです」

 ゴブリンスレイヤーの短い回答に疑問符を浮かべる何人かの冒険者。ゴブリンスレイヤーの回答を女神官が補足した。

「あら、スペルキャスターがいないのなら楽じゃないの」

 楽観的な妖精弓手。その顔は笑顔だ。だが、蜥蜴僧侶は険しい顔をする。

「いや、察するにいない(・・・)というのが問題なのでしょう」

「そうだ。ただのゴブリンどもだけでは、こんなものは仕掛けられん」

 蜥蜴僧侶の深読みを肯定するゴブリンスレイヤー。

「真新しいのなら遺跡の仕掛けではない」

「他に指揮するものがおると」

「そう見るべきだ」

 闇女斥候と鉱人道士、ゴブリンスレイヤーの言葉に、薄ら寒い風が流れたような気がした女神官。

 遺跡に、これから行く奥に、ゴブリン以上の脅威がいる。

 無論、ゴブリンが脅威ではないとは、口が裂けても言えないが。

 それでも女神官は白磁で、他のメンバーと比べれば一番経験が無く、奇跡を起こせる重要な立ち位置だ。

 今更引き返すことは出来ない。

 松明で照らせない闇の中に、大きな怪物が潜んでいるように錯覚してしまう。

 錫杖を固く握りしめた女神官。

「大丈夫か?」

 そんな女神官を見て、ハンターは声をかけた。

「は、はい。大丈夫です」

「まぁ、ソロで戦うわけじゃない。他力本願はダメだけどな」

「はい。自分のやることをしっかりと、ですね」

「それができれば死んでも文句は言わない人たちだろ?」

「え、えっと」

 ハンターの余計な一言に、女神官はなんとも言えない表情になる。

「まったく、新人を酷使するほど、銀等級(わたしたち)はブラックではない」

 そんな会話を聞いていたのか、闇女斥候はニンマリとした顔をしている。

「それで、右か左か。どっちから行く?」

「足跡は分かるか?」

 闇女斥候の問に、ゴブリンスレイヤーは考える。

「洞窟ならともかく、石の床だと」

「どれ」

 鉱人道士が身を屈め、石畳をじっと見つめる。ほどなくして鉱人道士は答えた。

「奴らのねぐらは左側じゃ」

「どういうことですか?」

「床の減り具合だの。奴らは左から来て右に行って戻るか、左から来て外に向かっておる」

 女神官の疑問の答えに、ハンターはまた石畳を見るが、まったくわからない。

「こちらから行くぞ」

 ゴブリンスレイヤーは剣で右の道を指す。

「ゴブリンたちは左側にいるんじゃないの?」

 妖精弓手は頭に疑問符を浮かべる。

「ああ、だが手遅れになる」

 ゴブリンスレイヤーの言葉はいつも足りないので、妖精弓手は更に疑問符を浮かべることになった。

「つまり、攫われた人がいるかもしれない。それに右側にもゴブリンは向かっているのなら、右側のゴブリンを見落として背後から攻撃されるのも面倒だろ」

 ハンターの言葉で納得したのか、妖精弓手の頭から疑問符は消えた。

 右の道を進むと、嫌な臭いが鼻に入ってくる。

 ゴブリンスレイヤー、ハンター、体が震えているが意外なことに女神官も、鼻は押さえていない。他のメンバーは全員が鼻をつまんでいる。

「ひどい臭い」

 その悪臭は石畳の遺跡には似合わない、木の扉で塞がれた部屋から漏れている。

「鼻で呼吸しろ。すぐに慣れる」

 妖精弓手の苦情に、扉を蹴破りながら答えるゴブリンスレイヤー。

 扉は腐っていたのか脆く、あっけないほどに壊れた。

 室内には食べ滓、なんだかわからないガラクタが散乱している。

 ゴブリンに掃除や整理整頓といった言葉は、仮にあったとしても自身が行動することなどない。

 腐りかけの一室。

「なによここ」

「ゴブリンの汚物溜めだ」

「おぶっ⁉」

 妖精弓手の悲鳴に、興味もなくゴブリンスレイヤーは奥へと進む。

 

 そして、汚物溜めの中に金色があった。

 

 松明の光で照らされた金色は薄汚れた髪。

 体の白い肌が続いてくれればと思ったが、彼女の体は至るところが傷跡だらけだ。

 彼女の傷は殺すためのものではない。拷問によるものでもない。

 いたぶるために、嘲るためにゴブリンがした。

「ひっ」

 あまりにも酷い仕打ちを見た瞬間、女神官は小さな悲鳴を上げる。

 闇女斥候は吐き気を覚え口を押さえ、妖精弓手は耐えられず吐き出した。

 鉱人道士、蜥蜴僧侶も顔が強張る。

 ハンターも怒りで拳を固く握った。

「……して、……ころして」

 憔悴した彼女は掠れた声で言う。

 それを耳にした女神官が彼女に駆け寄ろうとするが、ゴブリンスレイヤーが手で制した。

「分かっている」

 ゴブリンスレイヤーは淡々にそう言って身構えた。

「ま、待って」

「やめて!」

 女神官、妖精弓手の声を聞かずゴブリンスレイヤーは近づき、そして、彼女の背後に隠れていたゴブリンが飛び出した。

 飛び出してきたゴブリンは、ゴブリンスレイヤーが女神官のように彼女を助けようとしていると勘違いしていた。

 そして助けているときに、手に持った毒を塗った短剣を突き刺してやろうと思っていた。

 が、ゴブリンスレイヤーは飛び出てきたゴブリンの脳天に剣を振り下ろす。

「3。何を勘違いしているのか知らないが、俺はゴブリンを殺しに来ただけだ」

 淡々といつも通り、ゴブリンの死体を数えるゴブリンスレイヤー。

 そんな行動に、鉄兜の中身を確認したくなった闇女斥候。

 本当に中には只人がいるのか。

 目の前の鎧が幽鬼や彷徨う鎧(リビングメイル)類の怪物に感じる。

「あいつら……みんなころしてよ」

 声を出すのも辛そうだが、それでも呪詛か怨念を絞り出すように彼女は言う。

「無論だ」

 そんな声でさえ、淡々と応じるゴブリンスレイヤー。

 他は何も言わない。

 だが、少しくらい怒りを滲ませるような声か、悲しみを含んだ声であってほしいと闇女斥候は思う。

 ゴブリンスレイヤーが壊れた人間であることは何となく分かる。

 だが、悲劇や悪意に何も感じない、それこそただゴブリンを殺すだけ(・・)の人間であってほしくは、どうしてもあってほしくなかった。




アルバトリオン実装。
だけど、一度も勝てない。
今までも遅かったですが、また更新は遅くなりそうです。

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