古代の遺跡。
言葉通りなら昔からあったという事になるはずなのだが、その遺跡は突如現れたような気がする。
夕日の光が辺りを朱色に染めている。
遺跡の入口は石で作られ、門番のようにゴブリンが2匹、傍らに狼が座っている。
ゴブリンにとっては早朝で、気が緩む時間になる。
それに門番など、真面目な仕事をゴブリンが熱心にすることなどない。
ゴブリン1匹は眠たいのか腰を下ろし、あくびをかく。それをもう1匹のゴブリンにガヤガヤと咎められる。
咎められたゴブリンは嫌々と立ち上がり、不快な顔をした。
立ち上がらなければ、射線が重ならない。まぁ、座っていても射角を変えるだけになる。
つまり、横から曲がって飛んでくる矢が、外れることなどなかった。
鏃に使われている硬い芽は、2匹のゴブリンの脳天を貫く。
いきなり何が起きたのか、困惑したまま、しかし驚きで飛び起きる狼は、ほぼ同時に飛んできた矢に射られる。
横からカーブを描くような曲射。
神業と言う他ない。
「すごいです!」
「見事。魔法のたぐいですかな?」
称賛する女神官と蜥蜴僧侶。
ドヤ顔で薄い胸を張り、長耳もピンと伸ばす妖精弓手。
「十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ」
「それをわしの前で言うかね」
魔法を使う鉱人道士は、少し苦い顔をする。
「1,2」
相変わらず、ゴブリンの生死を確かめたゴブリンスレイヤーは、ゴブリンの死体に近づく。
そして、ゴブリンの腹わたをナイフで引き裂く。
「ちょ、ちょっと!」
いきなりの行動に驚く妖精弓手。多少なりともゴブリンスレイヤーと行動していれば、理解できるが妖精弓手は初めてである。
「奴らは匂いに敏感だ。特に女、子供、森人の匂いに」
ゴブリンスレイヤーの答えになっていない答え。だが理解できるものは何人かいる。
「わ、私は匂い袋があるからな!」
またされたのでは、たまったものではないと匂い袋を手に持ち、ゴブリンスレイヤーに突き出す闇女斥候。
まぁ、つまりそういうことである。
ニオイ消しの時間だ。
「い、嫌よ。誰かこいつ止めてよ」
後ろに振り向き、助けを求めるが、慈悲深い地母神の女神官は、光が消えた瞳で言う。
「慣れますよ」
その言葉は慈悲か、諦めか、言葉通り慣れたのか。
ともかく、匂い袋を買ってこなかった妖精弓手が悪い。
顔を引き攣らせた妖精弓手だが、他の者からの助けはない。
遺跡へと乗り込んだ一行。
石畳の通路は整然としている。
人工的であることは間違いなく、年数が経っているが頑丈な作りで、爆弾を起爆でもしなければ、崩壊することはない。
先頭のゴブリンスレイヤーは、剣で地面に罠がないか確かめつつ進む。
「拙僧が思うに、ここは神殿だろうか」
「この辺りは神代の頃に戦争があったそうですから。その時の砦かなにか……のようですが」
蜥蜴僧侶のふとした疑問に、女神官は答えた。
壁面には、何かしらの文字か絵かを表すものが描かれている。だが、誰もその意味まで知っている様子はない。
「兵士は去り、代わりに小鬼が棲まうか。残酷なものだ」
「残酷と言えば」
ちらりと全員が妖精弓手を見る。
そこにはゴブリンの血で汚れた衣服を着ている妖精弓手。
「うぇぇ、汚いよ~」
「あの、洗えば落ちますから。……多少は」
そう言う女神官の衣服も血で汚れている。
女性で血を浴びていないのは闇女斥候だけだ。
彼女だけは臭い消しの匂い袋を持っている。
ハンターの言葉を聞いて、買った。
銀貨15枚の価格で、新人には痛い出費だ。
「ハンターに消臭玉でも貰うといい。臭いは消えるぞ」
「うう、後でちょうだい。後、オルクボルグは覚えておきなさい!」
「覚えておこう」
ギロリとゴブリンスレイヤーを睨む妖精弓手。だが、返事する彼はいつも通りだ。
「地下は慣れとるんじゃが……なんぞ、気持ち悪いの、ここは」
「私はゴブリンの臭いで気分が良くないと思ったが、螺旋状になっているみたいだ」
遺跡は単純な構造ではなく、直線の通路かと思えば、ゆるい傾斜があり、徐々に斜めに曲がるような通路。闇女斥候が言った螺旋状になっている。
そんな構造なので、感覚が変になっている。
「塔のような作りなのでしょうか」
「塔なら頂上を目指すと思うんだが」
女神官の言葉にハンターが答えていると、突然、妖精弓手が真剣な声をする。T字の分かれ通路に差し掛かったときだ。
「待って」
「どうした」
「動かないで」
答えになっているような、いないような。
命じた彼女は床を這うようにして、石畳を確認している。
「鳴子か」
「多分。真新しいから気づいたけど」
罠があった。
妖精弓手が示した床は、ハンターから見れば、なんの変哲もない石畳に見える。
「……どこが罠なんだ?」
「多少だが床が浮き上がっている。あれを踏めば石畳が沈んで、どこかに繋がった鳴子がなるということだ」
ハンターの疑問に闇女斥候が答える。
改めて見ると、確かに石畳の石の一つが、ほんの僅かにだが浮いていた。
「ゴブリンどもめ。小癪な真似をしよる」
「……妙だな」
ゴブリンが仕掛けた罠に、鉱人道士は悪態を言うが、ゴブリンスレイヤーは疑問に思う。
「どうしました?」
ゴブリンスレイヤーの疑問に女神官が聞いてくる。
「トーテムが見当たらん」
「?」
「つまり、ゴブリンシャーマンがいないってことです」
ゴブリンスレイヤーの短い回答に疑問符を浮かべる何人かの冒険者。ゴブリンスレイヤーの回答を女神官が補足した。
「あら、スペルキャスターがいないのなら楽じゃないの」
楽観的な妖精弓手。その顔は笑顔だ。だが、蜥蜴僧侶は険しい顔をする。
「いや、察するに
「そうだ。ただのゴブリンどもだけでは、こんなものは仕掛けられん」
蜥蜴僧侶の深読みを肯定するゴブリンスレイヤー。
「真新しいのなら遺跡の仕掛けではない」
「他に指揮するものがおると」
「そう見るべきだ」
闇女斥候と鉱人道士、ゴブリンスレイヤーの言葉に、薄ら寒い風が流れたような気がした女神官。
遺跡に、これから行く奥に、ゴブリン以上の脅威がいる。
無論、ゴブリンが脅威ではないとは、口が裂けても言えないが。
それでも女神官は白磁で、他のメンバーと比べれば一番経験が無く、奇跡を起こせる重要な立ち位置だ。
今更引き返すことは出来ない。
松明で照らせない闇の中に、大きな怪物が潜んでいるように錯覚してしまう。
錫杖を固く握りしめた女神官。
「大丈夫か?」
そんな女神官を見て、ハンターは声をかけた。
「は、はい。大丈夫です」
「まぁ、ソロで戦うわけじゃない。他力本願はダメだけどな」
「はい。自分のやることをしっかりと、ですね」
「それができれば死んでも文句は言わない人たちだろ?」
「え、えっと」
ハンターの余計な一言に、女神官はなんとも言えない表情になる。
「まったく、新人を酷使するほど、
そんな会話を聞いていたのか、闇女斥候はニンマリとした顔をしている。
「それで、右か左か。どっちから行く?」
「足跡は分かるか?」
闇女斥候の問に、ゴブリンスレイヤーは考える。
「洞窟ならともかく、石の床だと」
「どれ」
鉱人道士が身を屈め、石畳をじっと見つめる。ほどなくして鉱人道士は答えた。
「奴らのねぐらは左側じゃ」
「どういうことですか?」
「床の減り具合だの。奴らは左から来て右に行って戻るか、左から来て外に向かっておる」
女神官の疑問の答えに、ハンターはまた石畳を見るが、まったくわからない。
「こちらから行くぞ」
ゴブリンスレイヤーは剣で右の道を指す。
「ゴブリンたちは左側にいるんじゃないの?」
妖精弓手は頭に疑問符を浮かべる。
「ああ、だが手遅れになる」
ゴブリンスレイヤーの言葉はいつも足りないので、妖精弓手は更に疑問符を浮かべることになった。
「つまり、攫われた人がいるかもしれない。それに右側にもゴブリンは向かっているのなら、右側のゴブリンを見落として背後から攻撃されるのも面倒だろ」
ハンターの言葉で納得したのか、妖精弓手の頭から疑問符は消えた。
右の道を進むと、嫌な臭いが鼻に入ってくる。
ゴブリンスレイヤー、ハンター、体が震えているが意外なことに女神官も、鼻は押さえていない。他のメンバーは全員が鼻をつまんでいる。
「ひどい臭い」
その悪臭は石畳の遺跡には似合わない、木の扉で塞がれた部屋から漏れている。
「鼻で呼吸しろ。すぐに慣れる」
妖精弓手の苦情に、扉を蹴破りながら答えるゴブリンスレイヤー。
扉は腐っていたのか脆く、あっけないほどに壊れた。
室内には食べ滓、なんだかわからないガラクタが散乱している。
ゴブリンに掃除や整理整頓といった言葉は、仮にあったとしても自身が行動することなどない。
腐りかけの一室。
「なによここ」
「ゴブリンの汚物溜めだ」
「おぶっ⁉」
妖精弓手の悲鳴に、興味もなくゴブリンスレイヤーは奥へと進む。
そして、汚物溜めの中に金色があった。
松明の光で照らされた金色は薄汚れた髪。
体の白い肌が続いてくれればと思ったが、彼女の体は至るところが傷跡だらけだ。
彼女の傷は殺すためのものではない。拷問によるものでもない。
いたぶるために、嘲るためにゴブリンがした。
「ひっ」
あまりにも酷い仕打ちを見た瞬間、女神官は小さな悲鳴を上げる。
闇女斥候は吐き気を覚え口を押さえ、妖精弓手は耐えられず吐き出した。
鉱人道士、蜥蜴僧侶も顔が強張る。
ハンターも怒りで拳を固く握った。
「……して、……ころして」
憔悴した彼女は掠れた声で言う。
それを耳にした女神官が彼女に駆け寄ろうとするが、ゴブリンスレイヤーが手で制した。
「分かっている」
ゴブリンスレイヤーは淡々にそう言って身構えた。
「ま、待って」
「やめて!」
女神官、妖精弓手の声を聞かずゴブリンスレイヤーは近づき、そして、彼女の背後に隠れていたゴブリンが飛び出した。
飛び出してきたゴブリンは、ゴブリンスレイヤーが女神官のように彼女を助けようとしていると勘違いしていた。
そして助けているときに、手に持った毒を塗った短剣を突き刺してやろうと思っていた。
が、ゴブリンスレイヤーは飛び出てきたゴブリンの脳天に剣を振り下ろす。
「3。何を勘違いしているのか知らないが、俺はゴブリンを殺しに来ただけだ」
淡々といつも通り、ゴブリンの死体を数えるゴブリンスレイヤー。
そんな行動に、鉄兜の中身を確認したくなった闇女斥候。
本当に中には只人がいるのか。
目の前の鎧が幽鬼や
「あいつら……みんなころしてよ」
声を出すのも辛そうだが、それでも呪詛か怨念を絞り出すように彼女は言う。
「無論だ」
そんな声でさえ、淡々と応じるゴブリンスレイヤー。
他は何も言わない。
だが、少しくらい怒りを滲ませるような声か、悲しみを含んだ声であってほしいと闇女斥候は思う。
ゴブリンスレイヤーが壊れた人間であることは何となく分かる。
だが、悲劇や悪意に何も感じない、それこそただゴブリンを殺す
アルバトリオン実装。
だけど、一度も勝てない。
今までも遅かったですが、また更新は遅くなりそうです。
女魔術師、女魔法使い どっちがいい?
-
女魔術師
-
女魔法使い