歴戦王イヴェルカーナを中々狩れず、そこからずるずると遅い投稿になって申し訳ありません。
アンケートの女魔術師か女魔法使いかも、多かった女魔術師にすることにしました。
ご協力ありがとうございます。
「たぁああ!」
相手の意識をこちらに向かせるために声を張り上げ、木剣を叩きつけようとする青年剣士。
その剣筋は、ついこの間まで素人だったにしては、良いものだ。気迫が乗り、力を入れすぎず、正確に相手に当てようとする。
だが、相手となったハンターは切り払いながら、後ろへと下がる。当たらなければ、意味がない。
いつもの剛力、速度で振るわれる。だが、手にはいつもの太刀ではなく、同じ長さの洗濯竿に布を巻いたものだ。
青年剣士も、迫る洗濯竿に木剣で受け止めようとするが、強烈な一撃で木剣は弾き飛ばされ、体に当たってしまう。
突き飛ばされただけで済んだが、いつもの太刀ならば青年剣士の体は輪切りにされていた。
ただの竿であっても、かなりの痛打だ。
何せ、布を巻いていて、革鎧の上からでも、当たった場所はアザになっている。
だが、痛みでうずくまっている暇はない。
そんなものは今更だ。
「せい!」
と、女武闘家がハンターに追撃をかけている。
彼女もハンターの竿を受け、あちらこちらアザになっているだろう。
しかし、そんな様子など微塵も思わせない洗練された正拳突き。
鍛錬や冒険での経験により、彼女の拳も鋭さを増している。
このままなら、先程のように当たると思えた一撃。
だが次の瞬間、ハンターが一瞬にして
拳はあと僅かなところで、ハンターに届かず、一瞬にして攻守が逆転し、猛襲を受けた。
拳を見切っての、見切り斬り。ハンターは体ごと回転して、なぎ払う竿は周りにいた自由騎士ごと吹き飛ばした。
流石に地面に跳ね飛ばされたのは痛かったらしく、立ち上がるには時間が掛かる。
その間に、新米剣士と青年剣士がハンターを抑えようと、左右に分かれて襲ってきた。
ハンターは最初に、突きで青年剣士の胴を狙って穿つ。
「こぶっ⁉︎」
肺の息が詰まったような悲鳴を上げて、後ろに倒れる青年剣士。
背後から、迫る新米剣士は、犠牲の末にようやくの一撃。
死角からの、攻撃後の隙を狙った一瞬に打ち込んだ全力の一撃。
ハンターに攻撃は当たった。
が、まるで効いていない。
何せハンターの防具はいつも通りなのだ。
竜の攻撃を受け、なお壊れない防具に、新人程度の筋力で振るわれた木剣が如何様な痛痒になろうか。
ハンターが、お返しとばかりに竿を振り下ろそうとして、動きを止めた。
新米剣士はヘナヘナと地面に膝をつける。
冒険者ギルドの練習場は新人の死屍累々となった。
「いや、手加減しろよ」
槍使いが、惨状を見て感想を述べる。
「寸止めなんてできないって最初に言った」
なぜ、このようなことになっているのか。
青年剣士のパーティが、ハンター相手に模擬訓練を申し出た。
それを受けて、自由騎士も参加し、新米剣士も参戦。
結果、新人たちは地に伏せている。
周りで模擬戦を見ていた後衛の仲間たちは青い顔だ。
彼らは手に回復薬Gを持って、仲間に駆け寄る。回復薬Gを飲み始めた彼らは、傷、痛みを癒していく。
「まぁ、敵討ちだ。辺境最強の実力を見せてやる」
「誰も死んでない。死んでないよな?」
回復薬Gを飲んだ新人冒険者たちは、辿々しい足取りながらも、訓練所の端へと移動している。
うん、死んではいない。
相手に一撃を与えれば、勝ち。
そう言った内容で、ハンターと槍使いの試合が始まる。
槍使いは、木の長棒を構える。
対峙するハンターも竿を背負い、柄に手を添える。
先程の模擬戦から、槍使いは自身に多少の有利があると推察した。
それは武器の差。槍と太刀。
槍の突きは、素速く、どこが狙いか分かりづらい。そして、間合いがあり近づくのは難しい。
太刀の斬撃は、広く、遠心力で威力が増す。そして、ハンターが持っている太刀は間合いも槍ぐらいありそうだ。
つまり、速さでは槍使いが上。威力はハンターが勝る。
先手を取ることができ、相手に一撃を入れられることが有利だ。
ハンターを初撃で倒す。
だが、よほど上手く致命傷でなければそうはならない。ハンターの鎧は強靭で硬い。いつも使っている槍でも、痛撃になるか怪しい。だが、これは相手に一撃当てれば勝ちだ。最初の一撃に全力を入れる。
ハンターが槍使いの一撃を避け、反撃してくれば避け、距離を取り、仕切り直す。
そう思っていた。
「シッ!」
「ハァッ!」
槍使いが、ハンターより僅かに早く、長棒を突き出す。
だが、ハンターの振った竿は、長棒の先を叩き落とす。
速くとも、攻撃が届かなければ意味がない。
「チッ!」
忌々しげに舌打ちした槍使い。それは攻撃を防がれたことにではなく、竿とぶつかり長棒から伝わる振動に手が痺れたことにだ。
素早く、槍を構え直し、再度、刺突を繰り出す。
ハンターはまた竿を切り上げ、弾く。
そして、一歩踏み込み、竿を振り下ろしてくる。
竿の先が、槍使いの頭上から迫る。
咄嗟に長棒で受け流す。
続く、ハンターの連撃に付き合う気の無い槍使いは、大きく飛び退いて太刀の攻撃から逃れた。
それでも、ハンターから距離を取りたいのか逃げ走って槍を構えた。
「賭け、る?」
魔女が三角帽子をとって、賭金の受け口にしている。賭けの内容は、槍使いとハンター、どちらが勝つか。
帽子の中には、すでに金貨や銀貨が入っていた。
「いや、しない」
「そ」
槍使いとハンターの試合を見ていたゴブリンスレイヤー。
魔女に声を掛けられたが、断る。彼はダイスを極力振らない。
「今だ! やれ!」
「ぶった斬れ!」
女騎士と闇女斥候は声を出して、試合の行く末を見ている。恐らく、ハンターの方に賭けている。
彼女たちはいくら賭けただろうか。少なくとも新人のように、金を賭けずに試合結果を予想しているわけではないだろう。
「得物が違うとはいえ、見応えのある試合ですな。拙僧は手堅く、槍使い殿に賭けますが」
「生臭坊主め。まぁ、あれで得物がそのままだったら、槍ごと切ってたかもしれんけんども」
言いながら蜥蜴僧侶、鉱人導師は槍使いに賭けた。
「寸止めはできないって言ってたからな。そういう意味じゃ、槍使いに分があるか」
重戦士は槍使いに賭ける。
「どういう意味よ?」
「武器を振る勢いを自分で制御できていないってこった。筋力が高いってのも考えものじゃな」
「とはいえ、筋肉は何事も可能と言いますからな」
「ふーん。オルクボルグはどっちが勝つと思っているの?」
「わからん」
「もう、予想でいいから言いなさいよ! 私もわかんないけど!」
妖精弓手の逆切れに、呆れたのか、困ったのか淡々と考えを言うことにしたゴブリンスレイヤー。
「まず、身体能力でハンターが上。冒険者の経験として槍使いが上。武器の性能としては互角、間合いも誤差。真っ向勝負で、策は殆どない」
「つまり互角?」
「いや」
妖精弓手が出した答えに、すぐ、訂正を入れたゴブリンスレイヤー。
「槍使いは魔法を使える」
何度も打ち合い、避けては手に持った得物を振る。
だが、これの繰り返しでハンターの息は上がりつつ、槍使いは額に汗を流し始めた。
そして、ハンターは果敢に攻め、槍使いを消耗させ追い込もうとする。
互いに侮ってなどいない。
槍使いは黒龍を討伐したのが目の前の相手だと分かっている。
ハンターの方も、銀等級の先輩を相手にしていると気を張っている。
故に、自分の得意なことで相手を追い詰め始めたハンター。
ハンターの
空腹時だろうが、瀕死だろうが、武器を振るえる体を駆使し、猛火や嵐を想像させるような激しい攻めに出た。
剛力で振るわれる竿は、受け止めようとすれば押し切られ、弾けば更に強く打ち込まれる。
槍使いは、そのような攻めに武器でいなし、回避し、防戦一方に追い込まれた。
このままでは、すり潰される。少しでも間違えば、防御、回避しきれない。
敢えて、槍使いは竿のなぎ払いを受け止め、反発を利用し、後ろへと跳躍。
距離を取ることができたが、ハンターは走って距離をすぐさま詰めてくる。
急いで、しかし焦らず、槍使いは呪文を紡ぐ。
「
使用したのは粘糸。
発動と同時に、ハンターの足元から白い糸が噴出した。逃げようと前転するものの、糸を操ってもいるのかハンターを捉えようと追い、捕まってしまう。一瞬にしてハンターの体に絡まった白い糸。
「このっ!」
ハンターはもがき、拘束から抜け出そうとする。力任せに身をよじればブチブチと音を立てて、糸を千切っていく。
だが、糸は太い。後、2秒あれば拘束から抜け出せるかといったところ。
だが、その2秒を逃しはしない槍使い。
何せ、成功率を上げるため全力を尽くし、2回使える呪文のリソースを使い、術を拡大させた。
蜘蛛が糸で捕らえた獲物にトドメを刺すが如く、素早く近寄って長棒で突く。
頭を突かれ、試合は終わった。
「まぁ、冒険者の年季が違うんだよ」
「そう、言って、も、かなり、苦戦、した、みたい、だけど?」
「……分かってるっての」
槍使いが勝った。
だが、浮かれた槍使いに、釘を差す魔女。
彼からすれば、辺境最強の称号がハンターに奪われつつあるのだ。少しくらい、後輩を見返したっていいだろと思う。
「ま、儂らは稼がせてもらったから、高い酒が飲めっから嬉しいけんど」
「うむ。拙僧も良い試合を見れて、高いチーズを食べられる。良きこと良きこと」
槍使いに賭けていた者たちは、儲けた金で高いものを胃に入れている。
「魔法は卑怯だ!」
「全く同感だ。戦士の試合で使ってどうする。男なら武器一つで成り上がらんか!」
一方のテーブルでは賭けに負けた者たちが、安い酒で愚痴をこぼす。
「呪文と奇跡を使っている人が言っちゃいけないと思う」
敗者となったハンターも賭けに負けた者たちと晩食している。ただ、呟いた言葉は愚痴をこぼし、やけ酒を飲む者たちには届かない。
「なんでもありなら、あれだ、スリンガーだの、閃光弾だの使えばいい! 今度はそれで勝て!」
まぁ、次があったら勝つ気満々のハンター。
「おk。罠とか、閃光弾とか、いろいろ使う」
槍使いは、冗談じゃねぇやとぼやいた。