「頼みがある」
冒険者ギルド。
ギルドには酒場も備えられており、冒険者がテーブルで酒を飲んでいたり、料理を食べていたり、次の冒険の相談、今回の冒険の反省などなど喧騒した中、1人の依頼人が現れた。
ゴブリンスレイヤーと呼ばれるゴブリン退治をやり続ける変な冒険者。
ズカズカと歩いて来て、しかし、受付には向かわない。
そして、頼みごとときた。
驚く冒険者たち。
何せ、彼の冒険(ゴブリン退治ばっか)は
一時期、ハンターとタッグを組んだり、今は他の数人ともパーティになっている。
喧騒が囁きに変わっている中、ゴブリンスレイヤーは淡々と続けた。
「ゴブリンの群れが来る。街外れの牧場にだ。恐らく今夜。数はわからん。
100匹のゴブリンと戦えと言われて、即答でやると言う者はいない。
白磁の頃に受けたゴブリン退治。
失敗して死にかけた者もいれば、帰って来なかった者もいる。無論、楽勝で終わらせて、ゴブリンの鼻が曲がる異臭に顔をしかめる者も。
そんなのが100匹。
ゴブリン退治の経験者なら、好き好んでやる気はない。
何も知らない新人でさえ、顔を青くする。
「時間がない。野戦だと俺1人では手が足りん」
ゴブリンスレイヤーは頭を下げた。
「手伝って欲しい。頼む」
ゴブリンスレイヤーは頭を下げたまま、微動だにしない。
ギルドの冒険者たちは、どうする、どうするって、と仲間内で顔を見合わせる。
そんな中、ハンターは手を上げ「やる」と言った。
「報酬は、一晩飯食べ放題な」
ハンターが大食らいなことを知っている面々は「うわぁ……」と金額を想像した。
「分かった」
だが、ゴブリンスレイヤーは即答した。
他の冒険者はどうだろうか。
「私もやる!その代わり、今度、一緒に冒険に来なさい!」
「分かった。行こう」
妖精弓手の要望にも即答するゴブリンスレイヤー。
「わしゃ酒じゃ。酒樽でよこしてもらうぞ」
「ああ、手配する」
ゴブリンスレイヤーの返答に、鉱人導師は満足気に頷く。
「拙僧としては、その、チーズを所望しますが」
「あれは牧場で作られている」
「ならば、参加しない道理はないですな」
ギョロリと目を見開き、回す。そんな中で奇妙な合掌は、威嚇するように見えるが、彼なりのユーモアだ。
「私もやろう」
「報酬は?」
「前に手伝ってもらったからな。報酬を普通に出せ。金貨1枚がゴブリン退治の相場だ。……いや、少し色を付けろ」
「分かった」
自分で言っていて非効率だと思ったのか、闇女斥候は報酬の修正をする。
「わ、私も行きます!」
と、遅れながらに女神官も大声で駆け寄って来た。声で注目を集めているのが分かったのか、気恥ずかしく顔を赤くし俯く。
「報酬はどうする」
「あ、えっと、その、後で」
「分かった」
報酬を考えていなかった女神官はあたふたする。
いつものパーティーメンバーが揃う。
他の冒険者は遠巻きに見て、どうしようかと呟く。
彼らだって牧場がどうなろうが知ったこっちゃないと割り切っていない。
ベーコンやチーズなど酒場で出されているのも多い。
牧場を守ることにはやぶさかでは無いが、命を張る以上やはり相応の金は欲しい。
彼らはパーティでもなければ、友人でも、お人好しでもない。冒険者という人だ。
後、ひと押し足りない。そんな時に受付嬢が大声を張り上げる。
「ギルドからも依頼です! ゴブリン1匹につき、金貨一枚の懸賞金になります! チャンスですよ!」
受付嬢が手を上げて主張する書類には、依頼書。冒険者ギルドの支部長が承認したらしく、その印鑑が押されている。
ゴブリン退治で銀等級にまで昇格した冒険者からの言葉もあるのだろう。
だが、受付嬢がこのことを持ちかけたのは違いない。
「ったく、ちくしょう」と、腰を上げる槍使い。
出遅れたが、まだ間に合う。
恋敵だ。いつもゴブリン、ゴブリンの変なやつ。牧場を守りたいのも、本気なのも分かる。
ライバルだ。勝手にそう思っているが、新人でめっちゃ強いやつ。気の良いやつで、負けたくない。
「俺にも一杯奢って貰うぞ! ゴブリンスレイヤー!」
やけくそ気味に依頼を受けにいく槍使い。槍使いについていく魔女。
「ふふ。慌て、ない、の」
冒険者たちがゴブリン退治を引き受けていく。
それは何も特別なことじゃない。
新人ではなく、ベテランがゴブリン退治を引き受ける。
高い報酬なら、やらない理由もない。ギルドから直の依頼となれば、騙して悪いが、もない。
こうして、冒険者の軍団が出来上がった。
ゴブリンが夜の牧場に現れる。
ゴブリンたちは人質を板に縛り、盾として接近してくる。
ニヤニヤと笑い、ギャギャ言いながら近づいてくるゴブリン。
これで冒険者は攻撃できないと確信し、馬鹿な奴らだと思っている。
しかし、その笑い声が寝息に変わっていく。
魔女や鉱人導師が唱える、
霧を吸い込んだゴブリンは、うとうと地面に眠る。
それを見て、眠りの霧を吸わないように近くで隠れていた冒険者たちが人質を板ごと持って走り去っていく。
霧の範囲外にいたゴブリンシャーマンやゴブリンアーチャーが攻撃を仕掛けようとして、次々と矢で穿たれ骸に変わる。
ゴブリンたちに前衛と後衛がいるように、冒険者側にも後衛がいる。
「悪趣味ったらないわ」
「同感」
妖精弓手が矢でゴブリンの頭を撃ち抜きながら吐き捨てる言葉に、人質を担いできたハンターは頷く。
人質を全員回収し終え、攻勢に出る冒険者たち。
このようなことをするゴブリンを許せるはずなかろう。
金貨目的にゴブリンを殺そう。
目的は人それぞれだが、数が多いゴブリンたちを冒険者が蹂躙していく。
ハンターも太刀一振りしてゴブリン数匹をまとめて撫で斬りにし、金貨がっぽがっぽだ。
「ここまで数が多いと嫌になっちまうぜ」
「小鬼殺し殿もお手上げですからな」
「私には金貨が山のように来てくれて良いがな」
槍使い、蜥蜴僧侶、闇女斥候はボヤきながらも、各々の武器を振るいゴブリンを血祭りに上げていく。
しかし、数はハンターが一番多い。
武器の間合いは広く、手数も多く、威力もある。
当然の結果と言えばそうなのだが、槍使いは面白くない。
冒険者側が優勢といったところに、見張りをしていた冒険者が声を上げる。
「
狼に鞍をつけ、騎乗するゴブリン。
平原を駆け、襲撃してくる。戦闘の最中に横槍を入れ、混戦に持ち込む気でいる。
そうすれば、冒険者の防衛戦を崩せる。
だが、見張りからの声に反応した冒険者たちは、懐から2種類のアイテムを取り出す。
「今だ!」
冒険者たちが投げる多数の閃光弾に音爆弾。
ハンターが槍衾よりも楽に相手を行動不能にできると配った。
そんな数を用意できた理由。常日頃から農園で材料を揃え、調合していた。他にも、回復薬
個数が100や200貯蔵、あるいは一気に調合することなど、ハンターからすれば常識。
ボボボ、ギギギーンと2種類の音が連続し、牧場の一画が光と音で覆われる。
光が目を突き刺し、眩んだゴブリンと狼は足を止め、バランスを崩す。
キーンと空気を振動する音は耳に響き、聴覚を麻痺させる。
落馬したり、ぶつかったりとして行動不能になったゴブリンライダー。
そこに襲いかかる冒険者たち。
我武者羅に手に持った武器を振るゴブリンだが、狙いの定まっていない攻撃を難なく躱し、振り終えたところに冒険者の攻撃で倒される。
行動不能から回復しても、多勢に無勢。
数の多さが強みなゴブリンが、強みを無くせば蹂躙されるのが当たり前だ。
かなりの数のゴブリンを屠ったが、未だに戦力を温存していたのか森の奥から大柄なゴブリンが出てくる。
複数のホブゴブリン、2匹のゴブリンチャンピオン。
しかし、緑色の肌を持つモンスターでない。
ブヨブヨのコブだらけで灰色の巨体。粗雑で巨大な棍棒を片手で持ち、ドスンドスンと威張りながら歩いてくる。体臭はゴブリンのように酷い匂いで、禿頭に不細工な馬鹿笑いしている顔。
「なんだ、ゴブリン以外にもいるじゃねぇか!」
重戦士が、群れの先頭にいるゴブリンとは違うモンスターを判定し、獰猛な笑みを浮かべる。
トロルと呼ばれる巨人。
ゴブリンがホブゴブリンと同じく用心棒にするモンスターだ。
新人でも聞いたことがあるくらいには、知名度があるモンスター。そして、恐ろしさも理解する。
力自慢で、回復力が高く、のろまな怪物。だが、流石に新人冒険者たちは及び腰になった。
強さで言えば、ゴブリンなどとは比較にならないのだから当然だ。
突撃してくるホブ、チャンピオン、トロル。
駆けていく最中、後、数歩で激突するかといった場所で、突如、足が沈み窪みに落ちる。底が何かに張り付いたようで動けず、踠いて抜け出そうとするが、時間がかかる。
あるいは、足が痺れ、その痺れが身体中に廻り、固まって動けなくなってしまう。
ハンターが調合し、冒険者たちが事前に仕掛けておいた、多数の落とし穴とシビレ罠。
ただのゴブリンでは、小柄なため素通りしてしまうが、大型のモンスターならば仕掛けが作動し拘束する。
動けない相手に対して、冒険者たちはここぞとばかりに襲いかかる。
チャンスであり、拘束時間には制限がある。
ここで攻めずしてどうするのか。
1撃、2撃ぐらいならば体の頑丈さで耐えただろう、行動できない大柄な怪物たち。
だが、何度も剣で叩き斬られ、槍で深々と突き刺され、傷口から噴水のように出血し、赤く染まったホブゴブリンの肉塊。
大剣で脳天から潰され、太刀で首を落とされ、絶命したゴブリンチャンピオンの死骸。
しかし、斬れども、刺しても、潰しても、その治癒能力で傷を回復する怪物、トロル。
落とし穴の拘束から抜け出し、棍棒を我武者羅に振って冒険者を遠ざけようとする。
時間を稼ぎ、傷を癒そうとしているのか。先程、与えた傷が塞がりつつある。
「
そんな中、女魔術師が放った
トロルと戦う場合、有利になるものがある。
酸と炎だ。
傷口を焼き、喉を、肺を焼いて息を出来なくする。
今まで与えたダメージと止めの魔法で、トロルは力尽きて倒れる。
黒く焦げ残ったトロルの焼死体を見た冒険者たちは勝鬨を上げた。
「しかし、言い出しっぺはどこ行ったんだ?」
「ゴブリンスレイヤーだから、ゴブリンを殺しに行ったに決まってる」
槍使いの言葉に答えるハンター。
「だから、ここにいねぇじゃねぇか」と返す槍使い。
ゴブリンロードと言っても、ゴブリンであることには変わらない。
不利になれば逃げ出すのがゴブリンだ。
どうしてこうなったのか。ゴブリンロードは森を一目散に駆け、巣穴へと戻っている。
自分の考えは完璧だ。全ゴブリンはそう考える。
牧場を奪い、街に攻め込む。そして、街を奪い、次の街を奪う。いづれは世界中をゴブリンの王国とする。
無論、王は自分だ。自分が一番働いたのだから。
失敗したとしても、それは別の奴が失敗したか、使えなかっただけで、自分のこととは考えない。
今回も使えない馬鹿が居ただけの話。
そして、失敗したとしても次がある。
巣穴に戻り、女を拐い、数を増やし、また攻め、奪う。
「そう考えるのはわかっている」
森の中からそんな声がした。
走るのをやめ、声がした方を睨み付けるゴブリンロード。
返り血を滴らせる只人の戦士が1人歩いてくる。
「お前の故郷はない」
持っていた剣が燃え上がり、赤い光を纏った。
ゴブリンスレイヤーは全力で開いていた距離を一気に走り、ゴブリンロードに斬りかかった。
ゴブリンロードは斬撃を躱し、その頭蓋を叩き潰してやろうと戦斧を振ろうとする。
しかし、直後右腕のスリンガーに装填していた石ころを強化打ちで発射される。
多数の石ころが散弾となって、ゴブリンロードに当たる。
何が起きた、と一瞬ゴブリンロードが怯んだ隙に、会心の刃薬を塗った剣で切り裂く。
ゴブリンロードが胸甲で身を固めていても、深々とした傷口になり血が吹き出す。しかし、上位種のゴブリンはしぶとく致命傷にはなっていない。
傷つけられた怒りから、ゴブリンロードは憎しみを込め戦斧を力強く振る。
ゴブリンスレイヤーは盾を構え、受け流そうとしたが、ゴブリンロードの筋力が強く、体を吹っ飛ばされた。
盾がひしゃげるものの、身体にはそれほど痛痒はない。
事前に使用した硬化薬のおかげだろう。鬼人薬、強壮薬も使用して、力は有り余るほどだ。
だが、いくら薬で強化されていると言っても、戦斧の直撃を喰らえば血が流れる。
薬を過信してはダメだ。
自分は勇者でもハンターでもない。
ゴブリンスレイヤーだ。
スリンガーに閃光弾を装填する。
その際に雑囊から円盤状のものが、閃光弾を取り出す際に地面に落とす。
走り出して、距離を詰めてくるゴブリンロード。
ゴブリンスレイヤーは閃光弾を放ち、しかし、それを見ていたゴブリンロードは片手で目を隠し、目を固く閉じていた。
馬鹿めと笑う。
きっと効かないことに驚いて立ち竦んでいるであろう場所に、戦斧を振り下ろす。
だが、手応えはなかった。
そして、何かが伝わり、体が痺れ動かなくなる。
「GOBU⁉︎」
「目が見えていないのならば、罠を張ったことなどわかるまい」
閃光弾を取り出す際に落とした円盤状のもの。
それはシビレ罠だ。
閃光弾を放った直後にゴブリンスレイヤーは飛び退いて、しかし、ゴブリンロードは目を瞑っているので分からず、自らシビレ罠の所に飛び込んだ。
「ロード?馬鹿馬鹿しい」
痺れて動けないゴブリンロードへ、小剣を喉に突き刺す。
「お前はただのゴブリンだ」
油断なく淡々と両手で小剣を動かし、薬で強化された腕力でゴブリンの首をねじ切って頭を地面に転がした。
「すまない。無駄足を踏ませた」
「いえ。その、心配でもありましたし」
茂みから出て来た女神官。
万が一の場合、彼女の
だが、自分一人で片付けてしまった。
自分が失敗すれば必要なことであったし、彼女も否とは言わなかったとはいえ、今は稼ぎ時で申し訳ない。
ふと、目にした戦斧を手に取るゴブリンスレイヤー。
持ってみればずっしりと重たく、優れた筋力が必要なものだと分かる。切れ味もそこいらの鈍ではない業物の武器。高位の冒険者から奪ったと考えられる。
そして、今は自分たちの戦利品だ。
担ぎ上げ、持ち帰ろうとするゴブリンスレイヤー。彼の筋力は今、鬼人薬によって強化されているので持ち上げることができた。飲んでいなければ持ち上げることはできなかった。
彼を知る女神官からすれば、彼がゴブリンから武器を拾うことはいつも通りのことだが、何かが引っかかる。
彼は業物の戦斧を好まないだろう。
「あの、それ、どうするんですか?」
「売る」
「え」
「どうした?」
彼女は何を驚いているのだろうか。
戦利品を売ることは冒険者として当然のことだ。
「……欲しいのか?」
「いえ、そうじゃなくて!ないんですけど……」
女神官は違和感を感じる。何故だろうか。
「手伝ってくれたのだから、報酬は支払わなければならないだろう」
そういうことらしい。
納得いったが、少し不満だ。女神官はお金が欲しい訳ではない。
「お、お金じゃなくて、その、違う報酬を希望します!」
「……どうすればいい?」
困ったように振り返ったゴブリンスレイヤー。
考えていなかった女神官はおろろ、あわわ。
「ま、街に帰ってから、言います」
「わかった」
暗かった空が白く変わっていく森の中を、二人は街へと帰り始めた。
神々「和マンチになんてものを渡してくれた!」
自然「ハンターなら日常的に使います」