ハンターは今、一人でギルドに居る。
今日はゴブリンスレイヤーは休みだ。
彼は、装備の整備(彼の場合、武器は使い捨てるものなので防具の点検だろう)やアイテムの補給、農場の手伝いで、依頼は受けないと昨日言われた。
さて、ここでハンターは思い悩んだ。
ゴブリンの討伐依頼がない。
いつもならゴブリンの討伐依頼は、3件はありそうなものなのに。
ギルドに居る受付嬢に聞いてみる。
「はい。ゴブリンスレイヤーさんとハンターさんがこの周囲のゴブリンの巣を減らしてくれたおかげで、今の所ゴブリン関連の依頼はないですね。それでも、2、3日もすれば出てきちゃうんですけどね」
今日はゴブリン狩りではなく、他の依頼で金を稼ぐことにする。
いまだに、ここの地域の字が読めないので、受付嬢に白磁等級の依頼を見繕ってもらう。
その中で、薬草集めの依頼を受けた。
依頼主は薬医師。
なんでも、薬草の群生地に大型モンスターが現れたらしく、戦闘能力を持たない薬医師では採集が心もとない。採取中に後ろから、モンスターに襲われることを危惧している。
冒険者に討伐依頼を頼みはしたが、討伐対象の捜索時間がかかって、取り置きしていた薬草の底が見えてきたらしい。
報酬は安い。
だが、調合用のキノコや虫の採取をしたいハンターには、うってつけの依頼だ。
「大型モンスターの遭遇にはくれぐれも気をつけるように!」と受付嬢に念を押され、薬草の群生地へと向かった。
鬱蒼と茂る森で、せっせと森のめぐみを採取していたハンター。
依頼内容の薬草を10束。
自身で使う予定の薬草を集め、その場で調合し回復薬を10個制作。
アオキノコ、マヒダケ、ネムリダケ、毒キノコ、ツタの葉、をポーチに詰めるだけ採取。ハチミツもある程度採取できた。
虫はにが虫が3匹、不死虫2匹としょぼい結果だ。
まぁ、虫は培養すればいいと思い、依頼を達成しようとギルドへ戻る。
収納BOXやベースキャンプがないので、かなり不便だ。
ただ、ここの地域では、これが普通とのこと。
まぁ、最近になってベースキャンプで装備を変更でき、アイテムBOXから消費した物を補充できるほど便利になってしまった。
不便と思うのは、便利すぎた狩猟生活に慣れていたみたいだ。
世代ではないが、昔は強化や生産するのに素材を直接、加工屋まで持っていく必要があったらしい。
アイルーが宅配をしてくれるようになって、素材をマイハウスのBOXに入れていても、強化、生産が滞りなくできるようになった。
その他にも、農園の管理、アイルーキッチンでの食事、危険な状態からベースキャンプへ撤退させてもらえるネコタク、ハンターと一緒に戦ってくれるオトモアイルー。
ハンター生活にはアイルーの協力が必要不可欠と言ってよかった。
だが、ここではアイルーはいない。
ここの狩猟生活の不便さにため息が出る。
そんなことを考えながら森を歩いていると、後ろから声がしてくる。
「なんで灰色熊が2頭もいるんだよ!」
「口開くより足動かせ! あいつらかなり速いんだぞ!」
「誰ですか! 灰色熊を1頭倒すだけの簡単なお仕事って言ったのは!」
「てめぇだよ! ちくしょう!」
何人か、そして、人ではない足音がこちらに迫ってくる。
即座に振り返り、状況確認。
灰色のアオアシラといえばいいのか。
人の身長を越す、灰色の剛毛で覆われた体。
太い牙や爪、太い手足、血走った目。
眼の前を走る冒険者4人を獲物と定めた2頭が、4足で追いかけていた。
「! おい! そこの奴、逃げろ! 灰色熊が来るぞ!」
ハンターに気付いた男が、警告するがもう遅い。
こうなったら、迎撃したほうが安全だ。
腰の片手剣と右腕の盾を捨てて、太刀を抜く。
冒険者を追ってきた先頭の奴に、出合い頭、太刀を振り下ろす。
最高峰の切れ味を持つ太刀は、熊の頭蓋骨を何の抵抗もなく真っ二つ。
一撃で仲間がやられたことに驚き、怒ったもう1頭の熊は4足歩行を止め、立ち上がり威嚇してくる。
「GOOOOO!」
咆哮は耳を塞ぐほど大きなものではなかった。
やった! 攻撃チャンス!
そう思うのはハンターの本質だろう。
振り下ろしていた太刀を切り上げる。
胴体を切られた灰色熊。
鮮血が傷口から吹き出すが、まだ倒れない。
ハンターを睨みつける目は鋭い。
腕を振りかぶって、爪で殺しにかかる。
だが、そんな予備動作見え見えの攻撃は当たらない。
ハンターは豪腕を避けて、熊の攻撃後の隙を狙い気刃斬り。
横薙ぎに払われた太刀は、熊の胴体を切断し、上半身と下半身がお別れする。
しかし、それでもまだ完全に息絶えてはいない。
情けとばかりにハンターは熊の頭に太刀を振り下ろし、今度こそ命を奪った。
呆気ないほどに簡単に討伐した。
4人の冒険者が弱らせていたのかと思った。しかし、それにしては熊たちに致命傷となる傷がない。
「あんた凄いな! 1人で瞬く間に2頭の灰色熊を倒すなんて!」
「銅? もしかして銀?」
先程、熊2頭に追われていた冒険者たちが、ハンターに声をかけてきた。
「白磁だけど」
「いや、うそだ。白磁はありえねぇよ」
素直に答えたのに、信じてもらえないのでギルドにもらったタグを見せる。
「本当に白磁等級かよ」
全員が驚いていた。
灰色熊の毛皮、牙、爪を剥ぎ取り、ギルドに薬草を届け依頼達成。
そのときに付いてきた冒険者が、受付嬢に依頼の内容を報告した。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、剥ぎ取った毛皮の量を見て、謝罪した。
なんでも、依頼を受けた際は、1匹という話だった。
ハンターにとっては、狩場に他のモンスターが乱入など、珍しくもない。
冒険者にもよくあることで、納得もしていた。
だが、討伐したのがハンター。
謝礼金としてギルドの内部にある酒場で、助けた冒険者が奢ってくれることとなった。
「まぁ、なんでも食ってくれ」
「大食いだがいいのか?」
「ああ、遠慮するなよ!」
「助けてもらったんですし、このぐらいはしないと」
ハンターは彼らの奢りということで、店のメニューで高い肉料理とスープ、特大ハンバーガーという料理を注文。
「デザートは?」
「良いんだが……。1人で食べる気か?」
「無論」
ハンターは大食らいである。
実際に出てきた、子豚の丸焼き(数人で分けて食べる)を1人で完食。
前菜として出てきたスープはすぐに飲んで、途中で出てきた特大ハンバーガーをぺろりと食べながらだ。
それでも、最近の貧乏生活からか、もう少し食っておきたい。
「おかわりいいか?」
「す、済まない。さすがにこれ以上食べられると、こっちが持たない。デザートで最後にしてくれ」
仕方がない。自分だって最近は、金の管理を考えなければならない。
新人のうちはどうしても出費が厳しい。
武器の強化、防具の生産はその最たるもので、素材を揃えたのはいいが、金が足らないなんてことも。
まぁ、最高ランクのハンターになろうが、武具の調達で金が足らなくなるってのはあったが。
「それにしても凄まじい太刀筋だな。何処で習ったんだ?」
「最初は訓練所で。それからは実戦を重ねた」
届いたデザート、アイスクリンをスプーンで掬いながら答える。
「実戦って?」
「いろんなモンスターを太刀で斬っただけ。まぁ、他の武器も使っていたんだけど」
その中で、狩猟笛だけはどうしても使いこなすことはできなかった。
楽譜、覚えるのめんどくさい。
「へぇー。でもなんで白磁なんだ? それだけの腕があれば、バッサバッサ大物倒して、スピード昇格できそうだけど」
「白磁ができる討伐依頼は巨大ネズミ、巨大ゴキブリ、後はゴブリンだ。俺はゴブリンスレイヤーと一緒に、ゴブリン狩りしている」
「ああ、あの雑魚狩り専門の」
何やら含んだ言い方をする冒険者。
「なぁ、あいつに囮にされたりとかしてるんなら、俺らのパーティーに入らないか?」
「……はぁ? なんで、あいつがそんなことをするんだ?」
「いや、だっておかしいだろ。銀等級なのにゴブリンばっかり」
「私たち、青玉ですけど、ゴブリンより他の討伐のほうが稼げますし」
どうやらゴブリンスレイヤーは、他の冒険者に煙たがれているらしい。
ハンターにとっては、特定のモンスターだけを狩り続けることは、別に不思議な事でもない。ハンターは天鱗が出ないからと、何度も狩り続けるものだし。
他にも、モンスターに大事な人や自分の住んでいた村を奪われれば、憎んでしまう。そのことから、奪ったモンスターに復讐するハンターもいる。
一部の愛好家は、特定のモンスターを狩り続ける。ゲリョスやフルフルなどを、愛らしいという理由で、狩り続けるのだ。
ゴブリンは愛らしいとは、毛ほどもないので、ゴブリンスレイヤーの場合は前者だと思う。
「……ゴブリンスレイヤーはそこまでクソ野郎じゃないし、どんな依頼を受けようが本人の自由だろ。それに――」
「それに?」
「ゴブリンみたいなクソ野郎は、生かしておくべきじゃない」
少なくともハンターにとって、ゴブリンは根絶するべき存在だ。
ハンターが居た場所のモンスターには、環境は厳しく、死ねば肉となって食われる。
ゴブリンは悪意に満ち、ゲラゲラと嘲笑し、犯し、嬲って殺す。
どちらも悲惨だ。
弱肉強食は理解できる。納得もしている。
倒した竜から鱗や牙を剥ぎ取り、それを身に着けるハンターは野蛮だと、言われることもある。
実際、野蛮だ。
殺した相手の骨の髄まで奪うのだから。
そこはゴブリンと大差ない。
だが、それでも、感謝はしている。
素晴らしい装備をくれた竜は、ハンターの一部として力となってくれている。
装備は財産であると同時に、頼りになる相棒だ。
それが多分、ゴブリンとハンターとの違い。
彼らは何も重んじない。あるのは自身の悪意と欲望。
ただ、ハンターにとってはゴブリンたちの悪意が、許せないだけの話だ。
「まぁ、分からねぇけど。俺たちのパーティはいつでも歓迎だぜ」
「ああ、人手が足らなくなったら協力を頼む」
「ええ、あなたなら心強いです」
「おいおい、俺たちが心許もないのかよ!」
「ともかく、この日の出会いに乾杯!」
「乾杯!」
それはそれとして、依頼達成の後に他の同業者と飲むのは、別に悪いことではない。
女魔術師、女魔法使い どっちがいい?
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女魔術師
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女魔法使い