牧場でのゴブリン軍討伐が終わった。
女魔術師の「トロルに賞金は出ないの⁉︎」という問いに、ギルドの受付嬢は「ないです」という世知辛い返答があったこと。
ゴブリンスレイヤーと女神官が大量の金貨が入った袋を持っていた。ゴブリンロードの武器が業物だったらしい。それを売却し得た金貨で祝杯をあげた際、ゴブリンスレイヤーが兜を脱いで素顔を晒したこと。
それからしばらくして、ハンターはギルドの応接室に座っている。
昇級審査だ。
「まぁ、青玉への昇格となるわけですが、それに伴い依頼にも責任、礼節を持って受けてくれることをお願いします」
ハンターと対面する受付嬢は笑顔でいつも通り。
冒険者で言う中堅。
「中堅の冒険者が育たないことが多いですが、ハンターさんはその辺心配なさそうですね。ですが、どのような冒険であれ、危険があることは覚えていてください。初心を忘れないでください」
「了解」
受付嬢の言葉は、誰にも当てはまる。
クーラー・ホットドリンク、食事を忘れるなんてことは誰にでもあること。
それに気づいて、速攻でクエストリタイア。
それをこっちでやれば信用がなくなる。
「最近はキャンプでアイテム補給、装備変更が気軽に出来ていたけど、ここじゃそうじゃないからな。アイテム、装備管理は気をつける」
「何を言っているのかわかりませんが、理解してくれたならそれでいいです」
苦笑いの受付嬢。
ともかく、ハンターは青玉の認識票を貰った。
「別件なのですが、ハンターさんが先日の牧場での戦いの際、冒険者に配った閃光玉、罠の類を販売する気はありませんか? 冒険者の方々から要望が殺到しまして、ギルドの方で取り置き、販売すると言う形になるのですが」
「ああ、うん」
ゴブリンロード討伐の祝杯で、閃光玉、回復薬、毒消し、罠を売ってくれないかと言う冒険者は多数いた。
しかし、売るにしてもこちらでは新しい物で、相場がわからない。
例えば閃光玉は
しかし、材料費と製作費を含めてもそんなにする気がしない。それに新人たちにまで回らないだろう。それこそ支給品として、無料で配給されている物なのだから。
「価格設定とかは?できれば新人にも回るようにしたいんだけど」
「お気持ちは理解しますが、それでもそれにふさわしい価格になるかと」
そして、その
実際に、ハンターが牧場で配った回復薬や毒消しは受け取らなかった者もいる。受け取ったのはタダだからと、金銭的に乏しい新人ばかりではなかったか。
「どのくらい納めればいいんだ?100ぐらいならすぐに作れるけど」
「どちらかと言うと、製法ですね。国から技術者の方をお呼びし、作ってもらい、冒険者の方々に販売するので。無論、売り上げの何割か、製法の技術料金はお支払いします」
「はぁ、お願いします」
ハンターに経営主や販売員などできるだろうか。
少なくとも、ハンター自身できないと思っている。体が2つも3つもあれば、いや、あっても無理だろうと思った。
つまり金だ。それにツテ。
「農園の拡張とか作業者の増員とか、どうすればいい?俺には当てはないぞ」
ハンターがこの世界に来て何ヶ月ぐらい経つか。
少なくともハンターは、商人や組合にツテはない。
強いていえば、冒険者ギルドの組合に所属している。だから、目の前の受付嬢に相談するしかない。
「冒険者ギルド、と言うよりは他の職業組合に声を掛けてみましょう。こちらで手続きしてもよろしいでしょうか?」
少なくとも、ハンターは受付嬢を真面目に仕事する人間だと思っている。
「借金背負う事態にならなければそれでいいや」
もう投げ槍したかった。
「で、話を冒険者ギルドに丸投げしたと」
「……はい」
農園で土いじりをしている農園娘とハンター。
ハンターは平鍬を振って肥料と土を混ぜ、畝を整えていく。
農園娘は土に肥料を撒いている。
「仲介料として冒険者ギルドに毟り取られないといいですね」
「国の運営が悪どい契約を組んでいいのか?反乱だとか、
「悪どい人間はどこにでもいますし、それが分からない馬鹿な人間も、自分のことだけしか頭にない強欲な人間もいます」
淡々と作業し無機質な声で返す農園娘。
それが、ハンターには怒られているように聞こえてならない。
ハンターは正直、種や虫の自給ができればいい。
まぁ、冒険者が欲しいのなら配るのもやぶさかではない。
仲介人がハンターや農園の作業員より金を得ようと、まぁ、心情的に良い気はしない。
だが、ハンターの調合物は先人たちの賜物だ。昔は、薬1つ調合するのも手間だったと言う。
ハンターが一瞬で薬を100も1000も作れるのは、先人たちの積み重ねがあったからだ。
それで自身だけが得をするのは、何かが違うと思う。
そして、他人がその調合法を教えて欲しいと言うのなら、教えるのが筋だ。
「問題は教えられるか、だよな」
異世界の技術である。
学者でもないハンターに手順を教えることができても、どうしてそうなるのかまでは答えられない。
「1から10まで教える必要もないでしょう。それでは意味がありません」
どこの世界も同じかもしれない。
見て、聞いて、感じる。
考えて、実験し、探る。
習い、学び、成長する。
10を教えたとしても、本当に10理解する者などごく少数だ。
ならば、ハンターは1を教えるだけでいい。
後は自分で考えてやらせる。そう方針を決め、ハンターは心は軽くなった。
「それはそうと、新しく来る従業員のために、布団や農具などを買いに行きますので、荷台を引くのを手伝ってください」
「力仕事なら任せろ」
ハンターは生き生きとした声を出す。
「と、こう言う風にやる」
「……いや、わかりません」
後日、集まった研究者や従業員に手本を見せたハンター。
何せ、手すら動かさないで調合していなかったか。
机の上にあった材料から目を離さなかった者たちが、一瞬のうちに机には調合品がある。
「わかった。もう一度やる」
彼らは、瞬きもしない。
くわっと目を見開き、材料を、ハンターの動きを見逃さない。
なのに、見えない。
魔法か何か使っているのではないか。
しかし、ハンターは魔法など使えない。
仕方なく、調合書を書くことにしたハンターだった。