ゴブリンスレイヤーとモンスターハンター   作:中二ばっか

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5−2 沢山ある森の遺跡へ

 森の中に遺跡があるのはもう定番。

 辺境には遺跡が多くあるようで、もうどれがどの時代のかわからない。

 神代の頃が何千年、何億年前の話になるのか、長寿の森人(エルフ)でさえ忘れた。

 そんな遺跡に訪れる者は、迷い人か冒険者。

 少なくともバラバラの装備をしている7人は、職業と考えれば冒険者だった。

 苔、蔦、木は長い年月をかけ、ここを森とした。人が手を入れた様子はなく、深々と生い茂り、倒れた木、成長した木の根は壁となり、行手を阻む。

 そんな中を、狩人装束を身に纏い大弓を担いで、軽快な動きでパーティを先導している妖精弓手。

「無理強いしたって、私にとっては意味ないんだから」

「何がだ」

 隊列の二番手にいた、薄汚れた鉄兜、革鎧を身につけたゴブリンスレイヤーと呼ばれる者が、淡々と応じる。

「この冒険が、よ」

 そう言いながら、妖精弓手はせり出た木の根を、軽々と踏み越える。先程の動きを他の誰かが見れば、彼女は軽業師か、怪盗かに見えるのかもしれない。

 森人(エルフ)は魔法の扱いがうまいと思われがちだし、実際にうまい森人(エルフ)もいる。

 しかし、野伏(レンジャー)の適性もあり、弓の扱いも優れている。

 長寿で美人が多いとくれば只人(ヒューム)の多くが憧れるのも納得だ。

 最も、ゴブリンスレイヤーは森人(エルフ)を羨ましいとは思わないだろう。

「嫌ではない」

 ピンと妖精弓手の長い耳が跳ねる。

「そう言う約束だ。報酬の支払いを拒否する気はない」

 ピンと跳ねた耳は、ゴブリンスレイヤーの返答によって、しなしなと元気が抜けて耳が垂れた。

 そんな様子を見て、物言いの配慮がないことに、隊列の三番手にいた華奢な聖衣を纏った女神官が、ため息をそっと吐く。

「そう言う態度、良くないと思います」

「そうか?」

「そうです。せっかく気を使ってくれているんですから」

「そうか」

 やや間があってから、鉄兜の中で考え込んでいた言葉が出る。

「そうなのか?」

「……聞かないでくれる?」

 妖精弓手は頬を膨らませた。

 どうやら、選択肢を間違えたらしい。

 そのやりとりを見て、四番手と五番手が笑った。

「無駄じゃ、無駄じゃ。かみきり丸だかんの。偏屈なのは今に始まったこっちゃないわい」

 手足は短く、背丈も女神官より低いのだが、華奢と表現する者はいない。むしろ、筋肉は硬く、体つきはゴロリとした大岩のようだ。

「アレだけ大はしゃぎしていたんだ。恥ずかしがってどうする」

 褐色の肌に妖精弓手のようにスラリとし、されど出るとこは出ている。長い耳を持ち、腰に小剣と短剣を携えた闇女斥候。

 暗殺者とも、混沌の眷属とも見かねないが、冒険者の銀の認識票と交易神の表徴である車輪を首から提げている祈る者(プレイヤー)だ。

「恥ずかしくなんかないわよ!闇人(ダークエルフ)!」

 キィーっと威嚇する妖精弓手。

 対する闇女斥候はやれやれと手をふった。

 こうしてみると妖精弓手が2000歳、闇女斥候が500歳と言うのが疑わしい。

 年月を重ねるだけでは、貫禄や成長はしないということだ。

「こうも激情家だと、嫁の貰い手に苦労するな」

「いないわよ、そんなの。だいたい、私はまだ若いもの」

「それに金床ではな」

「はぁ⁉︎そっちは真っ黒助に酒樽じゃない!」

 妖精弓手も闇女斥候も、眉にシワを寄せ、相手を睨む。

 このまま売り言葉に買い言葉となりそうなところで六番手が口を挟んだ。

「もはや時の彼方へ去った者どもの街とはいえ、礼節を守るべきであるまいか?」

 巨漢で緑の鱗を全身に生やす蜥蜴人(リザードマン)。民族衣装を纏い、首から護符を提げ、僧侶なのはわかるのだが、修行僧にも見える。

 ぐるりと大きな爬虫類の瞳で見られれば、蛇が獲物に狙いを定めているような感じだ。

 その蜥蜴僧侶の目が二人を見る。

「それにモンスターがいないわけじゃないだろ」

 竜の鱗や甲羅で作られた鎧を着込むハンターが最後尾だ。

 只人(ヒューム)の戦士といえばそれまでだが、がっしりとした体格はかなり鍛えられている。

「……騒いで悪かった」

「む、なんで私以外には素直なのかしら。だいたい――」

「野伏殿。先行してくれるかね、そこの大樹の根、越えるのは一苦労だ」

「はぁい」

 蜥蜴僧侶の強面に反論する気などない妖精弓手の耳は垂らすものの、背丈ほどもある大樹の根をヒョイっと難なく駆け登った。

「術師殿も斥候殿も、気を逸らせるのは止めていただきたい」

「わかっとる、わかっとる」

「流石に手は出さん。あっちは知らんがな」

 どちらも気にした様子がないので、蜥蜴僧侶は呆れぐるりと大きな目をハンターに向けた。

 ハンターは両手を上げて降参する。

 喧嘩するほど仲がいいと言葉があるのだ。そう思いたい。

 大樹の根を越えた妖精弓手から、登攀用の縄がこちらに向かって投げ込まれ、順に登っていく。

 ゴブリンスレイヤーは革鎧とはいえ、登攀の速度が速い。野伏の技術も持っているのだろう。

 次に、女神官が登っている最中、苔に足を滑らせてしまう。咄嗟にゴブリンスレイヤーが、彼女の手首を掴み引き揚げた。

「気をつけろ」

「す、すいません」

 赤面しつつ、ゴブリンスレイヤーに支えてもらって女神官は大樹の根を乗り越える。

 乗り越えたところで、鉱人道士が声を掛けてくる。

「ちーと悪いが、押し上げてくれんか」

 ハンターがヒョイっと鉱人道士を持ち上げ、一度縄に掴ませ、再度、足の裏側を押すようにして持ち上げる。

 そうやって大樹の根の向こう側に行った鉱人道士は、また妖精弓手と言い合いになった。

 次に3人が同時に登る。

 ハンターは縄で、闇女斥候は自身の身軽さで、蜥蜴僧侶は爪と尾を駆使し、それぞれ登攀した。

 そして、蜥蜴僧侶が言い合いを嗜め終えた時、ゴブリンスレイヤーが一言。

「それで、ゴブリンはどこだ」

「これだもんね」

 妖精弓手も、闇女斥候も、肩をすくめ、やれやれと呆れた。

「わざわざオルクボルグの為に、ゴブリンのいそうな遺跡を選んであげたっていうのに、ちょっとは感謝して欲しいものね」

「ふむ。つまり、気を使われているのか」

「……もう、それで良いわ」

「そうか」

 それでまた笑いそうになるのを堪える者たち。

 流石に、また言い合いにはならなかったが、キッと笑いを堪える者たちを睨む妖精弓手。

 全員の到着を待ち、全員が来たので、ゴブリンスレイヤーがズカズカと無言で歩き出した。

 皆々、慌ててついていこうとする。

「そう焦るものでもありますまい、小鬼殺し殿」

 蜥蜴僧侶が懐から巻物を取り出す。

 広げられたそれは、劣化し、されどもなんとか理解できる程度には地図と呼ばれるものだ。

 彼の爪は攻撃にも使えるほどに鋭いが、慎重に爪先でなぞり、地図を破く様子はない。

「奥に神殿があるようですな。拙僧はそこまで行くべきと思うが」

 蜥蜴僧侶が爪先で示した場所は、確かにここより奥の方。

「賛成だ。ゴブリンがいるかもしれん」

「それしかないの⁉︎もっと、こう神秘!秘密!謎!伝説!――とかそんな気持ちは?」

 第一目標。ゴブリンは皆殺しだ、のゴブリンスレイヤーにとってそれが第一。

 奥にいるかもしれない強大な敵は、面倒だの一言で済ませるだろう。

 その敵を倒して守っていた財宝は、ゴブリンを倒せるのに使える者はあるのかだ。

「それどころではない」

「信じられない」

 淡々と切り捨てるような答えに妖精弓手はぼやく。

「しかし、かみきり丸。お前さんだって立身出世した方がいろいろやりやすいと思わんのか?」

「考えたことはある。功績を挙げて、金等級になり、広範囲の冒険者に働きかけるのも、手ではある」

「じゃあ、なんでやらんのだ」

「その間にもゴブリンは村を襲う」

 そんなやり取りで、最初の出会いを思い出したのか、頭痛が妖精弓手を襲った。

「只人は先のことを見ないと聞いたけれど、みんなこうなわけ?」

「この人が特別なだけだと思いますよ?」

 女神官は苦笑しながら言う。

「前より色々話してくれるようになりましたよね」

「そうか?」と闇女斥候は首を傾げる。

「そうですよ」

 当の本人は、ズカズカと無言で歩いている。

「でも、結構わかりやすい人ですし?」

「あ、それはわかる」

「まぁ、そうだな」

 3人の女子(15歳)(2000歳)(500歳)がくすくすと笑い合う。

 ハンター、鉱人道士、蜥蜴僧侶は目配りをし、それぞれにやりと表情を崩した。

 ゴブリンスレイヤーは無言で歩く。鉄兜で表情は見えないが、恥ずかしがっているように見えた。

 

 ほどなくして、パーティは穴蔵の入り口へと辿り着く。

「見張りはいないようだ」

 ゴブリンスレイヤーは地面を調べ、ゴブリンの足跡を探すものの見当たらない。

 森に入ってから、怪物には遭遇せず、獣の気配も察知できなかった。

「これまでもゴブリンの痕跡は見当たらなかったが……」

「じゃあ、ゴブリンがいないってことですね!」

「そうとも限らん。奴らがこんな寝ぐらを見落とすとは思えん」

 女神官の言葉を即座に否定したが、彼女は表情が曇らない。彼の言動には、慣れてきたのだろう。

「なんだろ、卵が腐ったような嫌な匂い」

「いる、か」

 匂いだけで判断できるものなのか、匂いを嗅ぎ分けた妖精弓手。

 卵が腐った匂いというと、硫黄や温泉などの匂いを思い浮かべるが、こんな森の中にそうそうあるものでもない。

 全員が穴蔵を警戒し、臨戦態勢になる。

 ゴブリンスレイヤーは雑囊から、何か取り出す。

「松脂ですか?それと硫黄?」

「ああ」

 そう言いつつ、火を付け、穴蔵へと投げ込む。

「この煙は重く、沈むからな。それに毒気が起こる。ハンターの毒煙玉のように死にはすまいが、待てばいい」

 いつもの燻りだ。ゴブリンが慌てて出てくれば、そこを叩く。出てこなければ、毒気が収まってから中に入る。

 もくもくと出てくる煙は、穴蔵の奥へと流れていく。

「お前さん、えげつねぇことしよる」

「そうか?」

「自覚ないんかい」

 ハンターとしては、毒煙玉、煙玉とは違う別のアイテムだ。興味が出て、自分も使ってみたいと思う。

「俺としては製法を教えて欲しい」

「同じことする気か?」

 なぜか、闇女斥候も疑わしい目でハンターを見てくる。

 禁止されているわけでも、反則しているわけでもない。

「ダメか?」

「ダメよ!毒気は禁止!」

 どうやら、匂いに敏感な方々は嫌なようだ。

 聞いてきた闇女斥候ではなく、妖精弓手が大反対してくる。

 しかし、匂いに敏感なのはゴブリンも一緒だ。

 煙に耐え切れず、大慌てで走ってくるゴブリンの足音が聞こえてくる。

 出口から飛び出してきたゴブリンを、一太刀で屠るハンター。

 しかし、足音は1つ2つではなく、後続が次々と穴蔵から出てきた。

 太刀を突き出し、ゴブリンの脳天を兜ごと貫き、後ろにいたゴブリンの鎧も一緒に貫く。

 兜を被ろうと、鎧を纏おうと、ハンターの剛力と太刀の切れ味を考えれば、そんじょそこらの防具など紙装甲にしかならない。

 側面から逃げようとしたのか、襲おうとしたのか、左右に分かれたゴブリン。

 だが、右はゴブリンスレイヤーが剣で頭蓋を叩き割り、左は闇女斥候が首を刎ねる。

 後からきたゴブリンも、妖精弓手の矢で貫かれ、一先ずゴブリンたちの足音は聞こえなくなった。

「連中、装備が上等だ。気をつけろ」

 物言わぬゴブリンをよく見れば、兜だったり、革鎧だったり。しかし、圃人か只人か装備はゴブリンの背丈に合っているのもあれば、ないのもあり、ちぐはぐな防具だ。

 これでは、防具の効力がそのまま発揮されない。

 しかし、それでも防具であることには変わりがなく、直撃くらいは防げる。

「これ、私の知っている冒険じゃない」

「そうか」

「そ・う・よ!」

 妖精弓手が不満を言っているが、ゴブリンスレイヤーはどこ吹く風だ。

 ハンターはゴブリンが着ていた損傷が少ない装備を剥ぎ取っている。

「蛮族か貴様は」

 そんな行動を見て、闇女斥候がみっともないと思ったのか。

「したらダメか?」

「ゴブリンが着ていた物など誰も買い取らんだろう」

「装備が無価値になったわけじゃない」

 少なくとも、使えないことはない。

「なんでもいいが、煙が収まったら行くぞ。奴らしぶといからな」

 ゴブリンスレイヤーもゴブリンが使っていた武器を拾い上げ、準備する。

「もっぺん言うけど、私の知っている冒険じゃないわ、これ」

「そうか」

「冒険じゃないからね!数に入れないから!」

「そうか」

 パーティ一同は、穴蔵へと潜り始める。

 これは冒険か。

 少なくとも、遺跡に潜り、敵と戦い、探索し、財宝を持ち帰るのは、冒険だと思う。

「ゴブリンどもは、皆殺しだ」

 しかし、最奥まで行って、ゴブリンを鏖殺するのを目的とするのは冒険とは呼ばないらしい。

 さもありなん。

 彼はゴブリンスレイヤー(ゴブリンを殺す者)なのだから。


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