北陸に住んでいるのですが、雪が酷い。
2018年の豪雪を思い出しました。3連休は雪かきで終わりそう。
何せ、3時間で10CM雪が積もっているぐらい。
明日の朝はさてどのくらいか。
水の街の暗い下水道に断末魔が響き渡る。
ゴブリンは脳天を砕かれ、喉を引き裂かれ、内臓をぐちゃりと潰され、殺害されていく。
轟竜の爪をそのまま使ったような片手剣、轟剣【虎眼】はゴブリンの雑な防具など意に介さず破壊し致命傷を与えた。
血を滴らせる轟剣はゴブリンを威圧し凶暴に暴れる。
「まさに竜が爪を振るうが如き一撃、ですな」と、蜥蜴僧侶は言っていた。
彼も牙の刀、彼自身の爪と尻尾を使って戦い切り裂き、吹っ飛ばしていく。
まさしく、竜の戦士といった戦いをする彼ら。
彼らの周りはゴブリンの血肉が散らばっている。まるで竜が食い散らかした後のようだ。
ゴブリンスレイヤーは死骸から武器を拾いながら、致命傷となる頭や喉、心臓を的確に狙い屠っていく。
鉈で頭を叩き斬られたゴブリンは、鉈が刺さったまま下水道へと落ちて、そのまま沈んでいく。
武器を失ったゴブリンスレイヤーだが、スリンガーのクラッチクローを使い転がっていた剣を拾い、ゴブリンを殺す作業に戻った。
ゴブリンの屍は大量に作られ、死屍累々の様子が松明とランタンの明かりで浮き彫りになった。
ゴブリンにとっては地獄絵図。
「片は付いたようですな」
蜥蜴僧侶は刃の血を払い、辺りを見渡す。
辺りにあるのは、ゴブリンの死体だけではない。
鎧を着た只人の骸が壁にもたれかかるようにあった。
ゴブリン退治に向かって戻ってこなかった冒険者。
生き残っている冒険者たちは、息を整えていく。
だが、それ以外にも息をする輩が潜んでいた。
その息遣いを聞き逃す長い耳ではない。
「まだだ!」
闇女斥候が明かりが届かない闇の中で振るう小剣と短剣が、ゴブリンの喉を捉えて引き裂く。
ごぼっと噴き出す血に悲鳴を上げることすらできず、自らの血で窒息したゴブリン。
しかし、暗闇には他にもゴブリンがいたらしく、逃げる足音が聞こえてくる。
「逃さないわよ」
妖精弓手が大弓に番えた木の矢が放たれ、ギャッと悲鳴がする。ドボンと水音がした後には、足音は聞こえなくなった。
「これで終わり」
ドヤッと得意げな顔をする妖精弓手。
ハンターは砥石を使い、切れ味を整えていく。研ぐ途中に小型モンスターに襲われることが多いので、警戒しながらも研がれた轟剣は新品のような刃の輝きを取り戻す。
「こんなにたくさんのゴブリンが、街の下にいるなんて」
さて、倒した数はいかほどか。少なくとも今は20以上。しかも、1度や2度の戦闘ではない。
「予想はしていた」
冒険者の遺体から長剣を取るゴブリンスレイヤー。
ゴブリンが武器を奪わなかったのは、体格に合わなかったのか。
長剣の具合を確かめた彼は、「よし」と頷いた。
「よし、じゃないですよ。もう」
そんな追い剥ぎをするゴブリンスレイヤーにため息を吐く女神官。
「ああ」
どうやら彼も死者を辱めることはしない。
女神官が死者に祈りを唱える。
「いと慈悲深き地母神よ、どうかその御手にて、地を離れし者の御霊を御導き下さい」
それは冒険者だけではなく、死んだゴブリンたちにも分け隔てなく念じた。
魂は天へと昇り、浄化されるのか。
ハンターにはよくわからない。臨死体験は不屈発動のために、自ら進んでしていたこともある。しかし、雲の上にいることも、神の前で断罪されることもなかった。
いつも医療用担架でガタゴト揺らされ、硬い地面に転がされていた。
「できれば地上に還してやりたくはありますが、せめて鼠や虫の糧となりて、巡っていくのが幸いでありましょう」
蜥蜴僧侶も奇妙な手つきで合掌する。
蜥蜴僧侶によれば骸は他者の糧となり、地になり養分となり巡る。
ハンターにはよくわかる理屈だった。実際にハンターが狩ったモンスターは武具となって糧となっている。
闇女斥候は祈りはしなかったが、黙祷しているようだった。
「んっと」
妖精弓手がゴブリンの死骸から矢を引き抜く。
血を拭い、矢尻の緩みを確かめ矢筒に納めていった。
その様子が、黙々とゴブリンから使い物になりそうな武具を剥ぎ取っているハンターの目に止まる。
「手伝った方がいいか?」
「いいわよ。言っとくけど、あなた達の真似じゃないわよ」
ムッと睨みながら言ってきた。
「長期戦になりそうだし、小鬼の矢なんて使いたくないの。あれ雑なんだもの」
ハンターはゴブリンが使っていた矢筒の中を見てみる。
篦、矢の棒の部分は変に曲がっており、矢羽は千切れていた。
確かに雑で、真っ直ぐに飛ぶか怪しい。
「そうか?」
「そうよ」
このような矢を使いたくないのはハンターも同意だ。
しかし、ゴブリンスレイヤーは問題ないらしい。
ともかく十分にある矢を回収しなければならないほど、この下水道にはゴブリンが大量にいる。
探索して3日目。何度も撃退しているはずなのに、襲撃の頻度も勢いを落とすようなことにはならない。
明かりが届かない暗闇が、どこまでも続くような気がしてくる。
ゴブリンの襲撃は幾度と起き、疲労も溜まっていく。
例え、襲撃を受けなくても気は抜けない。
妖精弓手と闇女斥候の長い耳はピンと張っており、上下に時折揺れている。
女神官も気を張っており、この中では顔が強張っていた。
「安心しろ、ここでは壁を抜いての奇襲はない」
「は、はぁ」
それが何だというのだろうか。いや、奇襲されるのはまずいが。
いきなりゴブリンスレイヤーの忠告、いや彼なりの気遣いだろう。
だが、女神官は何て返せばいいのか。「わかりました」と言って、安心してもダメだ。
「何なら休憩でも取るか?こう、キャンプして、見張り立てて寝るみたいに」
「この下水道の中で寝れるかいな。まぁ、一服するにゃ賛成じゃ」
「いや、待て」
疲労が溜まる前に休憩を挟むべきではないか、と思ったとき闇女斥候が耳を澄ませる。妖精弓手も同じように、ピクピクと何かの音を捉えているようだ。
「水の音か?」
「上よね」
耳が良い彼女たちが捉えた音は、その通りポツポツと水滴が落ちてくる。
初めは数滴落ちてきているので湿ってでもいたのだろうと思っていたが、徐々に水滴の量が多くなってきた。
一般的には雨と呼ばれる水量だ。
「地下で雨が降るとはな」
地下で生活していたことがあるらしい闇女斥候は、感慨深く奇妙な光景を見ている。
「地下で雨なんて降るの?」
「恐らく雨が降っとるんは上だの。排水口だ運河だのから、こっちに向かってくんじゃろ」
妖精弓手の疑問に、鉱人道士は同じく上を見上げながら答える。
「光源が消えればこちらが不利だ」
ゴブリンスレイヤーもこの雨の中、松明の明かりを使おうとは思っていない。
それに石畳が濡れれば滑りやすくなる。
小休憩を取ってから、また再開することになった。
ハンターが腰から外したランタンに油を補給し、地面に置く。
ランタンの熱量はそんなにはないが、ないよりましだ。
ランタンを取り囲むようにして、ハンター以外は雨具を使い暖をとる。
「グアサングは雨具持ってこなかったの?」
「ああ、使わないからな」
ピチャピチャと弾ける水滴を浴びながら、平然と答えているので問題はないように見えた妖精弓手。
「寒くはならないんですか?」
「あんまり。極寒の吹雪でも遭えば流石に寒いが。ああ、密林とか沼地とかの洞窟も寒い」
吹雪はともかく、洞窟はそんなに寒いのかと思った女神官。いや、そうではない。
「大丈夫なんですよね?」
「問題ない。いつも通り戦える」
再度問う女神官に、えぇ……とシラ目で見られたハンター。
「羨ましいですな。拙僧は少々この雨が鬱陶しくなる所存」
「ほれ、鱗の。体があったまるぞい」
「おお、かたじけない」
鉱人道士が人数分の杯に注いだ酒を、ガブリと大きな顎で一気に飲み込んだ蜥蜴僧侶。
「ん゛ぅー」
「子供か」
妖精弓手には辛かったのか、舌を口の外に出して冷やす。対照的に闇女斥候はコクコクと飲んでいく。
「かみきり丸と噛尾刀も、ほれ」
「ああ」
「どうもありがとう」
ガブリと飲み込んだ酒は、火を吹きそうな味だ。
地下に降る雨は止みそうにない。
しばらく待機しているとハンターは腹が減ってきた。
「携帯食料くらい食べていいか?」
「ん、どんなもんじゃいそりゃ?」
ハンターはポーチから取り出した携帯食料を、しげしげと見る鉱人道士。
「あんまり美味しくはないぞ」
「かまわんかまわん」
ハンターは携帯食料を1つ渡し、それをヒョイと食べた鉱人道士は難しい顔をする。
非常食のような物なので、ハンターの言った通り味は旨くはない。
ハンターも携帯食料をひと齧りで即座に食べる。どうでもいいところで早食い発動。
腹は満たされる。しかし、口の中には味がなくパサパサとした感覚が残る。
「えっと、パンと葡萄酒がありますけど……」
「くれんかの、娘っ子」
女神官に貰った葡萄酒で口直しをした鉱人道士。
かび臭い下水道とはいえ、味がしない携帯食料よりは彼の舌を慰めた。
「ええい、一山越えたら旨いもん食おうかの」
「この街で旨いものといえば何だ?」
「川魚の揚げ物、子牛の肝臓と葡萄酒の炒め煮。この辺りの小麦は目が粗いから衣が旨いそうだ」
舌が肥えている鉱人道士は下水道で食べた冒険の思い出より、祝杯での美酒美食の方が望ましい。
何を食べようかと、顎に手をあてて考え始めた闇女斥候の疑問にゴブリンスレイヤーが答えた。
「ほほぅ。詳しいな、小鬼殺し殿」
「知り合いにここに行くと言ったら、教えてくれた」
そんな小休憩の中、ゴブリンが待つ義理もない。
ハンターが腰に付けている導虫が、淡い緑色の光から一瞬強く赤い光を放って危険を知らせてくる。
即座に全員が立ち上がり、周りを警戒する。
「用心しろ」
導虫は目に見えない敵意を感じることはできるが、どこから敵意を向けられているかは自分たちで判断しなければならない。
妖精弓手と闇女斥候の長い耳が、敵の音を捉えた。
「水路からだけど」
「水を掻き分ける……ゴブリンの船か⁉︎」
汚水の流れに乗って、何かが流れてくる。
彼女にはギィギィと船を漕ぐ音を聞き取ったのだろう。
「これ使うか?」
「ああ」
ハンターがランタンをゴブリンスレイヤーに渡す。
彼がランタンを腰に吊るし、暗闇を照らすには頼りない光源でも敵を認識できる。
暗闇から浮かび上がったのは、廃材を組み合わせた粗雑な船。
その甲板に幾十のゴブリンの姿。
そのゴブリンたちが、一斉に粗末な矢を放ってくる。
ゴブリンの弓の腕などたかが知れているが、下手な鉄砲数撃てば当たる、だ。
しかし、そのような攻撃をすんなり通すほど彼女は素人でも、あがり症でもない。
「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らをどうか大地の御力でお守りください」
女神官が起こした
「あまり長くは!」
しかし、矢の数が多いのは事実であり彼女の負担となってしまう。
「油瓶と松明投げて燃やそうぜ」
「火攻め禁止!」
ハンターの提案は即座に、矢で射ながら妖精弓手の禁止令でダメ出しを食らう。
そういえば、そうだったと思い出すハンター。
「じゃあ、どうする?」
「決まっている。ゴブリンどもは皆殺しだ」
ゴブリンスレイヤーは槍投げのように長剣を思いっきり投げつけた。
投げられた長剣は、ふんぞりかえっていたゴブリンの顔面に見事命中し、そのまま後ろに倒れるゴブリン。
悲鳴を上げる暇すらない。
「まず一つ。術はいくつ残っている?」
「たっぷりと」
「なら
「上の街を崩す気か⁉︎」
「上ではない、下だ。水路に穴を掘って、水ごと落とす」
「都市ちゅうのは精密なからくり細工みたいなもんだ!ちょっとでも狂えば下水の氾濫が起こるぞ!」
「火でも水でも毒気でもないのだが」
ゴブリンスレイヤーの案も、鉱人道士の大喝で取り下げられた。
「前衛は聖璧が解けた瞬間に切り込む。後衛は聖璧を張り直し、船を沈める術だ」
「ほいきた。じゃが少しばかし時間を稼いでもらいたいの」
仕方がなくといった感じで、ゴブリンスレイヤーは雑囊から卵のようなものを取り出す。
「それは?」
「唐辛子と長虫をすり潰した催涙弾だ。これを投げた際は目と口を閉じ、息を止めておけ」
「承知。それはそうと小鬼殺し殿、お好みの刃渡りと思いまするが。ああ、できれば投げずに」
「努力する」
ゴブリンスレイヤーに蜥蜴僧侶は竜牙刀を渡し、ゴブリンの船に飛び移る準備を整える。
「あと、ちょっと……です!」
女神官の言葉に、全員が気を張る。
聖璧にヒビが入り始めたとき、ゴブリンスレイヤーが催涙弾を投げる。
叩き付けられた卵の殻は割れ、一瞬で中の粉塵が船中に舞い上がった。
ゴブリンたちの目から鼻から口から粉塵が入り込み、苦痛にもがき始める。
「跳ぶぞ!」
阿鼻叫喚するゴブリンたちの中に、前衛のゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、ハンターが船へと飛び移った。
跳びながら、抜刀した太刀で斬りかかりゴブリンを切り裂く。
ゴブリンは鎧を着ていたが、夜刀【月影】の切れ味は凄まじく、鎧ごと真っ二つだ。
2人を巻き込まないように、多くのゴブリンを横に太刀を薙ぎ払い絶命させていく。
彼らは水に落とした方が楽らしく、蹴ったり殴ったりして船から落とす。
鎧を着ているゴブリンたちは重さで泳ぐことができず、ジタバタもがいた後は力尽きて溺れていった。
しかし、ゴブリンたちの数は斬っても落としても絶えない。
どれだけこの船の中に入っていたのか。
そして、数が多ければ対処が追いつかなくなる。
ハンターの背後から息を潜めていたゴブリンが襲い掛かろうとして、矢で射抜かれた。
「森人の弓はね、目を瞑ってたって当たるんだから!」
妖精弓手が次々と矢を放ち、射止めていく。
矢筒にあった矢を撃ち尽くしても、周囲に落ちているゴブリンの矢を拾い上げ放つ。
「出来の悪い矢だこと」
彼女の言った通り、出来の悪い矢だが放てばゴブリンの脳天に刺さる。自分で言ったようにとてつもない技量だ。
隠れていたゴブリンは弓を構え、稚拙な狙いではあるが弦を引いて矢を放つ。
稚拙な狙いではあったが、運が良かったらしく放たれた矢は妖精弓手へと迫り、直前で弾かれた。
女神官が再度、聖璧を張っている。
「後衛への攻撃は防ぎますから、攻めるのお願いします!」
「こっちも準備が出来たとこだわい!」
「前衛!戻れ!」
答えたのは触媒の準備をしていた鉱人道士が小石を投げる。
前衛に声を掛けたのは闇女斥候。
小石には強い魔力が宿っていた。
闇女斥候が
「仕事だ仕事だ土精ども。砂粒一粒、転がり回せば石となる!」
投げた小石は大きくなっていき石塊になった。
大きな影の中にいた3人は、即座に船から跳躍し岸へと避難。
その時の接触による衝撃で、
空気を震わす振動と巨大な汚水の水飛沫を作り出し、ゴブリンの船は木っ端微塵に爆散した。
とてつもない破壊力だったが、運の良いゴブリンがいたらしく水の中を暴れもがいているが、そのまま鎧の重さで沈んでいった。
「さぁて、お次は何かしら?」
「とにかく、少し休みましょう」
妖精弓手の気楽な言葉に、ヘトヘトな女神官は言葉に元気がない。
「いや、すぐに動くべきだ」
「同感ですな、随分と騒々しくやりましたからな。他の者どもが感づいているやもしれませぬ」
ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶は水路を警戒している。
「背負った方がいいか?」
「あ、えっと」
ハンターの提案に女神官は吃った。どうやら、ハンターはお呼びじゃないらしい。
その時、水面が荒れ始める。波の勢いが強いため、ゴブリンが汚水に巻き込まれて水上まで上がってきてしまう。
「ゴブリンか」
次の瞬間、荒波で放り投げられたゴブリンは白い大きな顎に飲み込まれた。
一瞬見えた姿は、白い鱗の大きな蜥蜴。
「ゴブリンではないな」
「見ればわかるわよ!」
妖精弓手の怒号が下水道に響いた。