フルフル。
基本的には洞窟に潜んで、獲物を丸呑みにする飛竜種。
小型の飛竜に分類され、地域によっては危険度も低く見積もられているが、決して侮っていいモンスターではない。
むしろ、最大限の警戒を持ってして挑むモンスターだ。
飛竜と分類しているが、鱗はなく白いブヨブヨとした皮膚で全身を覆い、血管が浮き出ている。
しかし、ブヨブヨの皮膚は見た目に反して硬い。
尻尾や翼が吸盤のように発達し、壁や天井に張り付く。
洞窟が基本的な生息地なので、目が退化し嗅覚が発達している。
身の毛もよだつ強烈な咆哮は、ハンターでも遠く離れていて手で耳を塞ぐほどだ。
しかし、女神官が張った聖璧によって咆哮は緩和されている。
聖璧は術者の拒絶するものを遮る。フルフルはかなり不気味で、その見た目から拒絶感が強い。
だが、一部の方々からは人気のあるモンスターだ。
女神官のフルフルへの無意識の拒否感が
緩和されても特大の咆哮は耳が良い妖精弓手と闇女斥候に耳を塞がせ、硬直させる。
なぜこのような場所にいるのか、ハンターにはわからない。
だが、耳障りな咆哮を上げたということは襲いかかってくる。
「竜殺し殿!奴を知っておいでで?」
ハンターが呟いた言葉に、蜥蜴僧侶が聞いてくる。
「ああ、口から雷のブレスを3方向に地上に走らせる!雷撃を纏う!臭いに敏感!頭以外が硬い!けど、火に弱い!後は――」
ハンターが頭に思い浮かんだフルフルの特徴を早口で説明をしている間に、フルフルは攻撃を仕掛けてくる。
「伸びる!」
首が一瞬にして伸び、ゴブリンと同じく噛みつこうとしたのだろう。
しかし、聖璧に阻まれる。
ガツンと牙が円に並ぶ口が迫って、グロテクスな恐ろしさを目の当たりにした女神官は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。
他の面々も顔を青くした。何せ、不気味な怪物が嫌悪感がする攻撃をしてきたのだ。
すぐさま、首を元に戻そうとするフルフル。
しかし、倒したことがあるハンターは首が戻るよりも早く、頭に太刀を振り下ろす。
業物の太刀は弱点の頭の表層を切り裂き、血を滴らせる。
「これ貸す!多分ゴブリンの武器じゃ弾かれるのがオチだ!」
と、ハンターは自身の武器の片手剣と盾をその場に落とし、聖璧の外へと飛び出した。
できるだけ防御力の高い自分に注意を向けさせ、聖璧から遠ざけた方がいい。
聖璧は高い耐久性があっても、決して破れない無敵の防壁ではないのだ。
「
ハンターが聖璧から出ると同時に、闇女斥候が呪文を唱え
太刀の刃に魔法の炎が包まれる。
できるだけ頭を狙い澄ませて、縦に切り裂く。
切り裂くと同時に皮膚が焼かれるフルフルは激痛に怯んだ。
やはり、火が弱点なことに変わりはない。
フルフルは追い払うように自身の体ごと回転して尻尾で薙ぎ払った。
見切って気刃大回転切りへと繋げるものの、太刀は狙いの頭ではなく一番硬い尻尾に当たってしまう。
ガキンと硬質な音が響くが、太刀が弾かれることはない。
むしろ、気によって強化され鋭さを増し
一度居合の構えをしたハンターが高速で抜き放つ。
高速の2連撃は、赤い軌跡を描き、浅くない傷を与える。
それに加え、ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶、竜牙兵が隙を晒したフルフルに襲いかかる。
ゴブリンスレイヤーが剣だけを拾い会心の刃薬を塗った。盾の方は鉱人道士に預けた。
ゴブリンの粗末な武器ではなく、轟竜の爪を使った孫の手のような轟剣【虎眼】は白い皮膚を抉る。
蜥蜴僧侶と竜牙兵は小刀で切り裂く。
聖璧内からも鉱人道士がスリングによる投擲、妖精弓手が矢を放つ。
連続攻撃を受けたフルフルは堪らず転倒し、好機とみた冒険者たちは一斉に仕掛けた。
ハンターも兜割りのために飛び上がり、弱点の頭に向かって振り下ろす。
ボゥと上がった火柱。
室内を熱くするほどの熱風を吹き上げる。しかし、それだけでフルフルの体力が尽きることはない。
フルフルが地面に土下座でもするように貼り付き、動きに覚えがあるハンターは声を上げる。
「電撃くるぞ!」
冒険者たちは即座に回避しようとする。
だが、室内は狭い。
ゴブリンスレイヤーは逃げようとしたものの、石櫃が邪魔で思うように離れられなかった。
「ちっ」
悪あがきとばかりに、盾を構える。
「くそ!」
ハンターは後ろに逃げようとしたものの攻撃に集中していたためか、背後が壁であることに気づかず逃れられない。
横に逃れようと前転する。
蜥蜴僧侶、竜牙兵は飛び上がって聖璧まで退避することができたが、それとほぼ同時に不気味な飛竜は青白い光を身体中から放った。
雷撃が部屋に溢れた。
「がはっ!」
「ぐぅあぁ!」
逃れられなかった2人が電撃を喰らった。
回避できなかったハンターは吹き飛ばされ壁へと叩き付けられる。
ゴブリンスレイヤーは盾で防ぎはしたものの、焼かれるような痛みが全身に走った。
「ゴブリンスレイヤーさん!」
聖璧によって電撃を阻んでいた女神官が声を上げるが、その言葉を聞いたフルフルがそちらに注意が向く。
そして、飛んできた。
グッと力を込めて飛び上がり、そのまま体を叩きつけてくる。
緩慢な動きで、しかし体重はそれ相応の質量での飛び掛かり。
女神官が張る
それだけで地面を振動させ、衝撃を吹き荒らした。
「キャァアアア⁉︎」
直撃ではないが、地面に叩きつけた衝撃波だけで軽い女神官の体が後ろに飛ばされる。
「こりゃ、まずいぞ!」
女神官の体を受け止めた鉱人道士は、即座に女神官を後ろに回しハンターの盾を構える。
フルフルが首を伸ばし、凶悪な口で食いついてきた。
ハンターの盾で受け止めるが、吸い付くようにして盾に張り付いた口。
口の隙間から爛れ出る酸の唾液が、強靭な盾を伝い鉱人道士の腕を焼く。
「つぅぁあああ!」
激痛に声を出す鉱人道士。
それでも足を踏ん張り、攻撃を防ぐ。
「こっちを向け!」
「ええい、離れなさいよ!」
闇女斥候が二刀流で切り裂こうとして、妖精弓手が矢を放ち注意を引こうとする。
鬱陶しそうに飛び退くフルフル。
それを好機と思った蜥蜴僧侶は声を上げる。
「巫女殿!もう一度聖璧を!」
「は、はい!いと慈悲深き地母神よ。か弱き我らにどうか――」
しかし、女神官が奇跡を嘆願するのと同時にフルフルの首がゆったりとした動作ではあるが持ち上げた。
そして、地面へと吐き出すようにして雷球を走らせる。
「危ない!」
蜥蜴僧侶が狙われた女神官と鉱人道士を抱え逃げようとする。
が、完全には逃れられず尻尾に触れてしまった。
「ぐぅ!」
一瞬で全身が痺れて倒れてしまう。放り出された女神官は受け身を取ることができず、地面に転がった。
「だ、大丈夫で――あ」
起き上がり蜥蜴僧侶の確認をしようと頭を上げた瞬間、女神官の視界には首を伸ばしてグパァと口を開けた光景が広がった。
「どけぇい!娘っ子!」
鉱人道士が女神官を突き飛ばす。
なんとか避けきったが、再度首を戻しブレスを吐こうとするフルフル。
妖精弓手と闇女斥候の攻撃ではフルフルを止めることはできない。
「こなくそがぁぁああ!」
しかし、激痛に耐え復帰したハンターは注意を引くように叫んで走り出す。鉱人道士のスリングで弾かれた石ころをスリンガーに装填し、クラッチクローで張り付く。
電流によって雷やられになったのか、軽い眩暈がするものの体は動く。
そして、回復する暇もなく後衛に襲いかかるフルフルに、ハンターは急いで起き上がって間に合うことができた。
張り付いた状態で電撃を流されたら今度こそ気を失う気がする。
そうなる前に急いで頭部を殴って、強引にフルフルを横に向かせて、スリンガーを至近距離で撃ち放った。
目が退化しているフルフルだが、完全に眼球が無くなってはいない。
眼球に石ころを直当てし、激痛で悶え苦しみ走り出すフルフル。
ぶっ飛ばしによって、フルフルを部屋の壁にぶつける。
壁にヒビが入り、ガラガラと一部が崩れ出す。
横転したフルフルとは反対にゴブリンスレイヤーが立ち上がった。
彼もかなりの重傷ではあるが、硬化薬や硬化の粉塵のおかげか九死に一生を得た。
生きているのなら行動ができる。
それこそが重要で、痛みを和らげるために
焼けつく身体中の痛みは多少マシになり、また雑嚢から
ハンターの片手剣はゴブリンの武器と比べずとも強力だ。
ゴブリンの武器では確かに微々たるダメージも与えられないだろう。
だが、ゴブリンを倒す武器ではない。
「これでもくらえ」
そこから大量の水が噴き出した。
塩の香りが溢れ出す。
フルフルの体が大量の海水によって叩きつけられる。
部屋のヒビが入った壁を壊して押し流されたフルフル。
繋いでいる先は海中。
圧縮された海水が、門という出口から溢れ出し、
高圧の水流は岩盤すら穿つ。
ガノトトスの
流石にブヨブヨとした皮膚の防御力、あるいは飛竜種としての体力の高さを持ってしても、屠る一撃へと変わった。
立ち上がろうとして、しかし、力つき倒れるフルフル。
海水と自分の血が混じった水溜りに、水飛沫を上げて倒れた。
ハンターとゴブリンスレイヤーが秘薬を飲み、受けた傷を全回復させる。
ついでにハンターは鉱人道士と女神官に回復薬Gを渡し、フルフルの死骸へと近づき剥ぎ取りを始める。
女神官は痺れて倒れている蜥蜴僧侶に飲ませる。
するとどうだ。酸、雷球によって焼かれた場所がみるみると治っていく。
「おお、こりゃいい」
「かたじけない」
傷ついた動けるようになるまで、ゴブリン、あるいは他のモンスターがいないか警戒をする。
「しかし、さっきの巻物はなんだ?」
「
闇女斥候は信じられないものを見るような目でゴブリンスレイヤーを見た。
聞いていたほとんどが言葉を失う。
基本的に
古く、今はもう失われた神秘。その中でも
その中でも
それを攻撃に転用するなどと、誰も思っていなかった。
「へー。そりゃ、俺でも使えるのか?」
「物があればな」
と、ハンターはその巻物の価値をわかっていない。
自分も買って使ってみようかなと思案している。
剥ぎ取り終えたハンターは、かなりの上機嫌でそう言った。
「……な、なんにせよ。みなさん無事でよかったです」
女神官が引き攣った笑みを浮かべる。
「そう、ですな!」
麻痺から立ち直った蜥蜴僧侶が声を上げる。
「異形なれど竜とくれば拙僧、挑み心臓を喰らうのが礼儀というもの!」
吠えるように叫んだ蜥蜴僧侶はギラリとした牙を出しながら、剥ぎ取りを終えたフルフルの死骸へと向かう。
小刀で心臓を引きずり出し、ガブリと喰った。
その行為に、うげぇと顔を顰める何名かの方々。
「竜というより混沌の眷属か、外宇宙からの侵略者だがな」
「本当にね。あれ本当に竜なの?」
「見た目はでかいヒルなんじゃがの」
「少なくとも俺の地域じゃ飛竜だ」
闇女斥候と妖精弓手、鉱人道士の疑問はもっともだが、あれは飛竜なのだ。少なくとも学術的には。
「ってか、オルクボルグ!水責めは禁止でしょ!」
「問題はない」
「え」
「?ゴブリンに水責めはダメなのだろう?」
妖精弓手は自身の言葉を思い出した。
『ゴブリン
「あれはゴブリンではないからな」
「……」
呆れた目でゴブリンスレイヤーを見て、妖精弓手は深くため息を吐いた。
そして、息を吸って怒鳴る。
「そうじゃない!」
蜥蜴僧侶が心臓を食べ終えてから、地下墳墓から脱出した。
呪文の消費、道具の使用、疲労。
ここで一度引くことに全員異論はない。
「こういう時に、
「どうせすぐ着くだろうさ」
闇女斥候のぼやきにハンターはウキウキとした表情で答える。
それほどまでに、電気袋やブヨブヨした皮類を手に入れたことが嬉しかった。
そして、あわや壊滅かという状況でも持ち直し、全員が生き残ったことも。
おや、蜥蜴僧侶の様子が……。
「む?」
「どうかしたか?」
「いえ、拙僧、何やら口の中がバチバチと痺れましてな」
「毒か?」
「いえ、そうではなさそうですな。今なら口から雷の吐息が吐けるやも知れませぬ」