フルフルを討伐したが、あれはゴブリン退治には含まれていない。
ゴブリンを倒しても倒しても生まれ出てくる状況。
時間を与えれば与えるほど、ゴブリンどもに有利になってしまう。
つまり、休んでいる暇などない。
だが、2人ほどは水の街にいる。
ゴブリンスレイヤーは武器の補充(と言ってもすぐに使い捨てるだろうが)。それに手紙で宅配を頼んだらしく、もうそろそろ到着するかもしれないからと地上に残った。
女神官は一番等級が下であり、才能がありゴブリン退治に慣れていると言っても、年相応の体力だ。フルフルとの激闘では神経をすり減らし、休息が必要だろうと他の冒険者は判断している。
現在は、ハンター、闇女斥候、妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶の5人のパーティで地下墳墓を探索している。
「あのヒルもどきが暴れた時、石櫃が壊れて階段を見つけた」
「へぇ、じゃあそこを探るの?」
「それ以外に何がある」
馬鹿にしたように闇女斥候が返す言葉に妖精弓手がムッと表情をしかめた。
意外にもゴブリンとは遭遇していない。
「なんで、ゴブリンがいないんだ?」
「大将の首を刎ねれば統率を失い、次の頭目を決めようとするもの。大方、次の頭目争いでもしているのでしょうや」
ハンターの疑問に蜥蜴僧侶が答える。
ゴブリンは自分が一番偉いのだから頭目になりたくてしょうがない。それが大勢いれば揉めたり、喧嘩したりで行動が遅くなる。
どこで内輪揉めをしているのかは知らないが、そうしている間に探索を大方終わらせたい。
昨日の石櫃があった部屋に入り、石櫃の下に階段が続いている。
その中を降りていくと、最奥部と思われる場所にたどり着いた。
通路からこっそりと中を覗く。
「あれ」
「門番でしょうな。それも混沌の手合いの」
その最奥部の室内には丸い何かが蠢いている。
ギョロリと大きな眼球を中心に無数の触手が生えて、宙に浮く怪物。
ハンターは見たことのない怪物だ。
ぜひ、剥ぎ取らなければ。
「よし。倒そう」
「待て。いや本当に待て。なんでそう嬉しそうな顔をしている⁉︎」
今にも飛び出しそうなキラキラと目を輝かせるハンターに、肩を掴んで止める闇女斥候。
「竜殺し殿。はやる気持ちはわからないでもないですが、今回は偵察。彼奴の首級を上げるのは、小鬼殺し殿たちと合流してからでも遅くはないでしょうや」
蜥蜴僧侶の言葉に、ハンターの狩魂も沈静化。
楽しいことはみんなで分かち合わないといけない。
ハンターは今、ソロではないのだ。
「それに厄介なんは怪物だけでもねぇぞ」
鉱人道士が怪物の奥を指差す。
暗い室内を淡く照らす光がある。
大きな鏡に見えるが、なぜこんなところに鏡があるのか。
「なにあれ?」
「知らん。だが、あの怪物が守っているものだろ」
つまりは、誰もよくわからない。
鏡のようなものを調べるためにはあの怪物を倒す必要がある。
つまりは、明日以降だ。
「じゃあ、帰ろう。ここに留まる必要もないだろ?」
「そうですな。見るものは見ましたゆえ」
全員が地下墳墓から帰還する。
道中もゴブリンには遭遇しなかった。
白い沼竜にも遭遇しない。
敵を倒していないことに、少々不安になるハンター。
「一応聞くけど、ゴブリンとか沼竜とか間引きしなくていいのか?」
「なに?グアサングは戦いたくてしょうがないの?」
「いや、邪魔されないように数は減らした方がいいと思うんだけど」
大型モンスターと戦う際、周りの小型モンスターに邪魔されないように駆逐するのが、ハンターの戦いの原則。
もっとも、大型モンスターごと攻撃に巻き込んで倒すというのも手だが。
それに無限沸きだとしても、沸く時間は稼げる。
「とはいえ、
「それは、まぁ」
「じゃから節約よ」
各種薬、閃光弾の調合分は持ってきておらず、手持ちの分しかない。
節約して死んでしまうのはアホらしいが、必要な時にないのでは困る。
どうせ明日あのデカい目玉に挑むのだ。その時、使えばいい。
「しかし、ゴブリン退治がどうして混沌やら奇怪な飛竜やら沼竜やらに遭遇してしまう。最初の報酬とは割に合わない気がするぞ」
「うまい話には裏があるってことだろ」
闇女斥候の愚痴にハンターが付き合う。
「そもそも、水の街の冒険者はなんで下水道のゴブリンを倒さん。自分の拠点だぞ」
「最初に入った冒険者が全滅。その後に挑んでいる者は……いないから、ゴブリンスレイヤーに依頼が来た」
考えてみれば、おかしな話である。
最弱の怪物がゴブリン。
それが自分たちの地面の下で巣を作り始めた。街に被害が出ており、倒しに行った冒険者は返り討ち。
しかし、水の街の様子に危機感はない。
暗い顔をしている者や怯えている者はいない気がする。
水の街の住人、冒険者たちは、ゴブリン程度は放置していても問題はないと思っているのかもしれない。
全ては他人事。あるいは対岸の火事。
そう言っていられるのはいつまでか。
「まぁ、だからって投げ出す気はないだろ」
「信用に響くからな」
ムスッと顔を膨らませる闇女斥候は不満げな表情をしている。
ハンターはあの大目玉の怪物からの素材に期待している。
少なくとも、割に合っていないからと依頼を投げ出すほど短絡的ではない。
下水道から出るともう夕暮れ時だった。
宿としている法の神殿に戻る。
しかし、ゴブリンスレイヤーと女神官はまだ帰ってきてない。
「腹が減った」
「なら、探しに行って合流してからにしましょ!」
ハンターがそうボヤく。朝から下水道、地下墓地を探索し、食べたものと言えば非常食。
食い足りないと思ってしまうのも仕方がない。
妖精弓手がそう言って、全員で法の神殿から出ようとする。
そんな時に、2人は帰ってきた。
「首尾はどうだった」
「それがな、ちと厄介なもんに遭遇してな。まぁ、飯でも食いながら相談といこうや。わしら腹ぁ減っちまったわ」
「ちょっと!食事の場所に仕事のこと持ち込むのは禁止よ。禁止」
「どうでもいいから、早く何か食べたい」
ハンターはぐぅぐぅ鳴る腹に手を当てている。
そんなハンターを見かねてか女神官が「急いで私がご飯作ります!」と慌て始めた。
「それでは、飯を食べてから相談になるか」
未だに鉱人道士と妖精弓手が言い合っている様子に、呆れている闇女斥候。
「拙僧は異存ありませぬ。小鬼殺し殿はいかに」
「俺も構わん」
合流し、揃った一党は法の神殿へと向かう。
そして、食べ終わった後、地下墳墓の最奥にいた怪物のことを2人に話す。
女神官は驚いた様子で、ゴブリンスレイヤーはいつも通りだ。
もっとも鉄兜の中で表情が動いたのかと聞かれれば、多分であるが動いていない。
オーガだのフルフルだの想定外の怪物と遭遇したが、動揺したことはなかった。
なので、彼はいつもと変わらない顔を鉄兜の中でしているだろう。
「ふむ」
そして、ゴブリンスレイヤーは槍使いに頼んだ一袋を見る。
早速、明日使うことを決めた。
ゴブリンとの遭遇を回避し、最奥部の部屋まで来た。
昨日と同じように大目玉の怪物がいる。
名前を呼んではいけない怪物と女神官が言ったが、呼ぶと呪われでもするのだろうかとハンターは思う。
しかし、名前はどうでもいいとゴブリンスレイヤーは言う。
「で、いかが致す?」
「視界を遮る。術か何かあるか」
「土の精霊が強いことだしの。
「閃光弾も持ってきているが、どうする?」
「術でできないことをするべきだ。最初に閃光で眩ませる」
ゴブリンスレイヤーの指示に各々肯定する。
ハンター、蜥蜴僧侶、ゴブリンスレイヤーが前衛。
他は後衛。鉱人道士が
スリンガーに閃光弾を装填し、武器の具合を確かめ、突撃準備を整え始めたハンター。
「行くぞ」とゴブリンスレイヤーの声と同時に室内に侵入する冒険者たち。
今まで浮かんでいるだけだったが、流石に侵入者に容赦するはずもなく、大目玉がギョロリと冒険者たちを見る。
攻撃が来る前にと、即座に閃光弾を放つハンター。
光は室内を一瞬だけ白く染め、大目玉の網膜を焼く。
どこから声を出しているのか、奇怪な悲鳴が大目玉から発した。
瞼を閉じて視力の回復をしようとする大目玉に、前衛の3人が斬りかかった。
ハンターの太刀が触手を切り飛ばし、不気味な液体が周囲に散らばる。
ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶の斬撃も、触手に傷をつけ、不気味な液体を滴らせた。
視力がなくとも、近くに敵がいることを理解し、触手を振り回す大目玉。
鞭のように振られた触手は、空振りに終わる。
それどころが妖精弓手の矢が、瞼に突き刺さり敵がどこにいるのかわからなくなった。
しかし、視力を回復し激昂した大目玉はその怒りを持って冒険者を睨みつける。
その時、女神官が張ってくれた
「
「
闇女斥候の焦りの言葉に、呪文使いは同意する。
支援、攻撃、他様々な術はあの怪物の一睨みで無力となってしまう。
「かみきり丸、一手頼んだ!」
「わかった」
鉱人道士の一声に、ゴブリンスレイヤーは雑嚢から卵の形をした催涙弾を取り出す。
その卵を怪物に投擲する。鋭く、速く怪物に叩きつけられた。割れた卵の殻から催涙弾の赤黒い煙が大目玉に降りかかる。
刺激物が眼球を苦しめ、目を開けることができず悶絶する大目玉。
視線を遮り、術が発動する。
「土精や土精、風よけ水よけしっかり固めて守っておくれ!」
鉱人道士の
たちまち、土壁が彼の目の前に盛り上がるようにして現れる。
だが、大目玉の触手の先端から光線が迸った。
鬱陶しいと放たれた光線は
「むお!」
溶かされていることに気づいて、飛び退いた鉱人道士。
後衛で控えていた闇女斥候が女神官を抱き抱え、避難する。
しかも触手は複数あり、前衛たちにも襲いかかる。
「うぉっと!」
「いかぬ!」
「ちっ!通路に逃げ込め!」
ハンターは攻撃に驚き、即座に回避する。連続して放たれる光線を前転したり、走ったりして回避しつづける。
蜥蜴僧侶もゴブリンスレイヤーも回避し、通路へと全員が一時退避した。
「
女神官を抱え、撤退し終えた闇女斥候が叫ぶ。
全員が通路に逃げ込んだ際、大目玉が触手からピカピカと出し続けた光線を途端にやめた。
「追撃してこない?」
「部屋に入ってこない限りは攻撃してこない、みたいですね」
攻撃が止んだことに首を傾げたハンターに、女神官が震えながら答えてくれる。
「
「問題ない」
手詰まりの状況に闇女斥候が唇を噛むが、ゴブリンスレイヤーはいつも通り言った。
「試したい方法がある」
全員がゴブリンスレイヤーを見る。
「じゃあ、それで」
ハンターには先程のように閃光弾で眩ませるか、光線を回避し続けて殴りに行くくらいしか思いつかいない。
「拙僧に妙案は思いつきませぬ。ならばやるべきでしょうや」
他に手段があるのなら、やるべきなのでハンターと蜥蜴僧侶はゴブリンスレイヤーの方法に賛同した。
「ちょっと、火攻めとか、水攻めとか、毒とかはダメだからね」
「貴様、この状況で言うか」
妖精弓手の言葉に眉を顰める闇女斥候。
「分かってる。だが、ここはもう街の外で良いな?」
「結構歩いたし、だいぶ離れてるじゃろ」
「なら問題ない」
ゴブリンスレイヤーは雑嚢から袋を取り出す。
鉄兜はハンターと妖精弓手、次に闇女斥候、鉱人道士を見た。
「部屋を走って奴の注意を引いて、
「回避するだけならなんとか」
「任せて!」
ハンターが大目玉の残っている触手の数を数えながら、妖精弓手は元気よく答えた。
「
「距離も、ふむ、こんなんなら何とでもなるわい」
忌々しいとばかりに大目玉を睨みにつける闇女斥候。顎髭を撫でながら距離を測っていた鉱人道士も答える。
次にゴブリンスレイヤーは蜥蜴僧侶、女神官に鉄兜を向けた。
「1体竜牙兵が欲しい」
「
「視界はこちらで塞ぐ」
「ならば問題ありませぬな」
「はい、大丈夫です」
蜥蜴僧侶はニヤリと獰猛に笑い、女神官は錫杖を握りしめて言った。
「やりましょう!」
ハンターと妖精弓手が室内に突撃する。
空中を漂っていた大目玉は、触手を2方向に向け熱戦を放つ。
部屋中を走る、回る、跳ねる。
攻撃の起点は触手の先端の眼だ。
そこからの攻撃を予測し、射線から逃れる。
ハンターには攻撃を回避することに余裕があり、それは妖精弓手も同じことだ。
しかし、こちらから攻撃はしない。
他の仲間がしてくれるのだから、欲張ることはない。
「呑めや歌えや
「
むしろ、変に攻撃して失敗したら申し訳ないことになる。
睡魔の霧が大目玉にまとわりつく。
ぐらりと体を傾け、睡魔に襲われた大目玉は瞼を閉じた。
そして、眠ったと同時にゴブリンスレイヤーが室内に飛び入る。
大目玉の周辺に袋から白い粉を撒いていく。
もくもくと粉塵は周囲に広がって、室内に充満し始めた。
「オルクボルグ、これなぁに?」と顔をしかめながら妖精弓手が聞いてきた。
「小麦粉だ。吸い込むな」
「こ、⁉︎」
ハンターがゴブリンスレイヤーの意図に気づいて、急いで部屋から出ていく。
「なんで驚いているのよ」
そんなハンターの様子に首を傾げる妖精弓手だが、小麦粉を撒き終えたゴブリンスレイヤーが撤退するのと同時に彼女も部屋から出る。
彼らと入れ替わりに蜥蜴僧侶が用意していた竜牙兵が、モクモクと白い小麦粉が舞う部屋の中に入る。
「奴に射掛けろ。そして即座に入り口に
「は、はい!」
ゴブリンスレイヤーの言葉に女神官が顔を硬くした。
しかし、それで失敗するほど彼女は素人ではない。
妖精弓手の引き絞り、放たれた矢は粉塵の中で寝ている怪物に当たり鈍い痛みを与えた。
「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!」
妖精弓手が矢を放ったときと同時に、女神官が祝詞を唱え
密閉された部屋に粉塵が舞い、のそりと起きた大目玉の視界に竜牙兵が映った。
侵入者に向けて光線を放ち、撃退しようとする。
「耳を塞いで、口を開け、屈め!」
ゴブリンスレイヤーが叫び、大目玉の光線が放たれた。
その一瞬、最奥の部屋の中が赤い光に染まった。
同時に
その音に妖精弓手、闇女斥候は特に長い耳を押さえて守った。
煙が晴れた時、室内に先程までいた大目玉は上の天井に叩きつけられ、重力によって床に落下し、ぐちゃっと潰れる音がする。
動かなくなった大目玉に近づき、
「粉塵爆発って、まぁ、小麦粉から想像ついたけど」
「なんで小麦粉が爆発するのよ!」
ハンターはテオテスカトルが起こす粉塵爆破で経験済みだ。
小麦粉でも起こせると他のハンターから聞いたことはあるが、気密性があるフィールドなんてものは洞窟くらい。つまり使う機会なんてない。
「狭い場所に細かな粉塵が散って、そこへ火花が飛ぶと、燃え広がり爆発するらしい」
ハンターが大目玉の怪物を解体している様子から、死んだものと判断したゴブリンスレイヤーは面白くなさそうに言った。
「準備が面倒だ。引火、誘爆の可能性も高い。これではゴブリンどもに使えん」
「っていうか、爆発って!」
妖精弓手はゴブリンスレイヤーを睨む。
こういったことは禁止ではなかったか。
「火でも、水でも、毒気でもないぞ」
「そうだけど!そうだけど!……はぁ、もういい」
ため息を吐いて、彼女は何か言うことに疲れた。
1ヶ月ぶりですがライズがついに明日発売の為、失踪します。