目玉の怪物を倒し、室内の奥に設置されている鏡へと近づく一党。
鏡は人をすっぽりと覆えるほどに大きく、壁に接着されている。
この鏡を目玉の怪物が守っていたようだが。
「結局、この鏡ってなんなんだ?」
「調べないことにはなんとも……」
女神官が指先で鏡面に触れると、指先が鏡面に入っていく。
慌てて指を鏡面から引き抜く。
それが発端だったのか、鏡に別の景色が映り始めた。
「警戒しろ」
とゴブリンスレイヤーが盾を構えながら、鏡の前に立つ。他の者もそれぞれの得物を構え、何が起きても対処できるように気を配った。
鏡には荒野が映し出される。
そして、荒野に緑色の小さな人影が動く。
「ゴブリンか」
鏡の景色に映ったゴブリンはこちらに気づいていないようで、人骨で作られた道具でよくわからない作業を続けている。
「小鬼の住処と見るべきでしょうな」
そう言いつつ、蜥蜴僧侶が爪先で鏡に触れれば、また鏡の景色が変わった。
今度は前に一度行ったと思われる密林の遺跡を鏡は映す。
「もしかして、あの遺跡の奴らって、ここから飛ばされてきたのかしら?」
妖精弓手が興奮気味に言った。
「これが転移の力を持った鏡だと」
闇女斥候は驚きで目を金の形に変えながら、鏡の値段を頭の中で考え始めた。
何せ、転移は失われた魔法だ。
転移の呪文を使える魔法使いは四方世界に存在するのか。居たとしても数人単位と思う。
ゴブリンスレイヤーが転移の巻物を使ったが、それも高額で取引されるものだ。
転移の巻物は製造法を忘却の彼方にいってしまった。
手に入れるには遺跡や宝箱から運良く見つけるか、買い取るしかない。
そして、目の前には失われた転移の魔法を使えるかもしれない鏡がある。
学院の魔術師どもに売れば、さてその金額は如何程になろうか。
少なくとも金貨が千か、万かの単位で貰える。いや、それ以上?
だが、鏡の価値を考えるのもいいが、誰がなんのためにこんなところに置いたのだろう。
「だけど水の都を落とすために、ゴブリンをここから出すのか? もっと強力なモンスターの巣に繋いでも――」
そう言いつつハンターも指先で鏡に触れれば、映り変わったのはどこかの洞窟。
光源があるのか洞窟は薄暗い程度で、故にその中で蠢くものを見つける。
何か粘ついた鉱石のようなものから、1匹2匹と這いずって出てきた。
白いヒルのような生き物。とはいえ、生まれたてと言っても普通のヒルと比べれば体は太く、吸い付くための吸血盤の口には牙がある。
そして、洞窟には数えきれない粘ついた鉱石のような卵が配置されており、一斉に白いヒルが飛び出てきた。
「「「キィィイイイ!」」」
産声を上げる白いヒルは動き回り始め、ハンターは即座に鏡に触れて別の景色に変える。
「な、なんじゃい今のは」
気色悪い光景に、顔を青くした鉱人道士の質問にハンターは答えた。
「フルフルベイビー。地下墳墓で戦ったフルフルの子供かもしれない」
フルフルはこの転移の鏡によって、この地下墳墓に迷い込んだのか。
「ど、どうしましょう。ゴブリンスレイヤーさん」
青ざめた女神官は顔を向けるが、そこにはいつものように鉄兜が沈黙している。
彼が鉄兜の中で何を考えているのか。
当然、ゴブリンについてだ。
奴らはここから出入りをしていた。ということは、ここへと必ず戻ってくる。
そして、先程の
ゲラゲラと猥雑な音が近づいてくる。
足音は多く、妖精弓手や闇女斥候の耳でも数を判断するのは難しい。
呪文多く消費している冒険者の一党。
そして、ここは奴らの出入り口。
ゴブリンが逃すはずもない。
「ご、ゴブリンスレイヤーさん」
ゴブリンどもの猥雑で醜悪な声に、顔を青くする女神官は縋るように声を出す。
「問題ない。手はある」
いつも通りの淡々とした声に、驚くような者はいない。
他の者たちもこの状況に全く動じていない彼を見た後、笑みを浮かべる。
窮地でも諦めないのが冒険者だ。
そして、窮地を脱するためにやらかすのはゴブリンスレイヤー。
だから彼が一党の頭目であり、そんな信頼がこの一党にはある。
爆発によって遺跡の砕けた岩を鉱人道士の指示で、祭壇近くに移動させるハンターと蜥蜴僧侶。
その瓦礫が簡易的な阻塞になり、ゴブリンスレイヤーが室内に複数の松明を置いて明かりで死角を減らす。
予備の武器、道具、小石、矢などを並べる女神官。
妖精弓手は弓の糸の貼り具合を確かめ、闇女斥候は双剣を研いで切れ味を良くした。
ゴブリンが迫ってくる中、できる限り準備をして迎撃できるようにする。
「術は後いくつ使える?」
女神官や蜥蜴僧侶、鉱人道士、闇女斥候の方に顔を向けるゴブリンスレイヤー。
「私は……あと1回です」
「温存だ。使い所がある」
「はい!」
つまり彼女が作戦の要。
「拙僧は2回。竜牙兵を呼ばなければ3回ですが温存する気はありますまい」
「ああ、竜牙兵に盾を持たせて彼女を守らせろ。それとハンターと2人で鏡を取り出せ」
「承知、承知」
「了解」
ゴブリンスレイヤーの指示に蜥蜴僧侶は頷き奇妙な合掌で、ハンターも手の指をほぐしながら答える。
「わしゃあ、……あと2回ってとこかの」
「それも切り札として使う。取っておけ」
「ほ!なら、使うまではかみきり丸を手伝うか」
鉱人道士は、彼がいうには恰幅が良いという腹を叩いて応じた。
「私は3回。問題なく使える」
「では、
「ゴブリンどもに金の価値が分かると思えんが、それに出入り口なら金などないことは知っていると思うが」
「昔、認識票を首から下げた奴らを見た。それがどれほどの価値があるか理解はしていないだろうが、戦利品として価値を見出しはする。ここが出入り口だとしても、俺たちが手に入れた財宝と勘違いして奪いにくる」
闇女斥候は納得し、呪文の準備をする。
「私はどうすればいいの?」
「奴らを引き付けてから仕留めろ。数を減らしつつ、1匹でも多く誘い込む」
「無茶苦茶言われてる気がするけど、いいわ。やってあげる!」
妖精弓手は弓に矢を番え、引き絞ってゴブリンがくる方向に向けた。
蜥蜴僧侶が竜牙兵を呼び出し、盾を持たせた。
ゴブリンスレイヤー、鉱人道士は石ころを集め、スリングの準備をする。
闇女斥候は
「
祭壇に金銀財宝の幻影が生み出される。
金貨、銀貨が辺りに散らばり、何も知らないものが見ればそれを欲しいと手を伸ばす。そのぐらいに金銀の輝きは、薄暗い室内には眩く心を惑わされてしまう。
「うわぁ、まるでドラゴンの寝床ね」
心を惑わす財宝に、感嘆の声を漏らす妖精弓手。
「見たことがおありで?」
「ないけど、こんな感じじゃないかしら。あなたも竜になったら、こんな寝床に住むの?」
「拙僧、食えぬ幻影、金銀よりもチーズが大量にあるのが嬉しいですな」
蜥蜴僧侶が竜になれば、寝床は冒険者よりもネズミに注意しなければならないかもしれない。
ハンターは怪力の種、鬼人薬、粉塵を飲み込んで、力を底上げし鏡の縁を掴み引き剥がそうとする。
「ぬぐぅうう!」
ぐっと力を込めているハンターだが、動くのはせいぜい爪先ほど。ハンターの怪力を持ってしても時間がかかりそうだ。
「こちらも!」
蜥蜴僧侶は爪を使い、鏡の縁にがっつりと突き立て引き剥がそうとする。
「なんともはや、この鏡、どう供えられているのやら」
蜥蜴僧侶が加わっても、壁と鏡は少しづつしか動かせない。
むしろ、その方が鏡を割らなくていいのかもしれないが。
さりとて、時間は限られている。
「おお、気高き惑和しの
蜥蜴僧侶が祈祷し、
筋肉が膨張し、膂力を増し、鏡を壁から剥がしていく。
しかし、彼らが鏡を壁から剥がすよりも奴らがやってきた。
ギャイギャイと騒ぎながら、わらわらとゴブリンが向かってくる。
光り輝く幻影の財宝を俺のものだと主張したのか。
少なくともそんな欲に囚われ、先頭へと無我夢中で走っていたゴブリンは妖精弓手が放った矢に脳天を貫かれた。
術を唱え終えた闇女斥候も、投げナイフの投擲でゴブリンの頭に突き刺さり、転倒して動かなくなる。
ゴブリンスレイヤーが
そして、鉱人道士がゴブリンスレイヤーに次々と石を渡し、投石を途切れさせない。
「かみきり丸、好きなだけ撃て!」
「もとよりそのつもりだ」
ヒュンと軽い音を出した石が、グチャとゴブリンの肉、そして頭蓋を潰す音が続けて鳴る。
「1」
されど、ゴブリンの足音は少なくならない。
ゴブリンたちは、さて何を考えているだろうか。
自分たちを襲っている奴らが許せない。
祭壇にいる女を犯し、嬲りたくて目をぎらつかせる。
そして、あんなに輝く金銀が欲しくて仕方がない。
全て自分のものにしたいのだろうが、欲望が滾ってしまい続々と勢いづく。
「右側、阻塞に取り付きます!」
「任せて!」
女神官の言葉に、妖精弓手がすぐさま矢で射抜く。
「左から3、前から4!」
「左は私がやる!」
次の言葉に、闇女斥候が手を振って放たれたナイフがゴブリンを刺殺する。
「もう、数が多い!」
「無駄口叩くな!ナイフを!」
「はい!」
女神官が床に並べられ置いたナイフを闇女斥候に渡す。
彼女たちは矢とナイフを途切れさせない。
無論減って、矢筒は空になるし、懐のナイフも無くなるが、床に置かれた矢と投げナイフの補給を繰り返す。
そして、彼女たちが行動する限りゴブリンたちは阻塞を乗り越えることができない。
しかし、ゴブリンたちの方は矢を放つことはしない。
女に幻の財宝と欲望を滾らせ、考えることを忘れた。
手に持つ弓と矢、毒は使わず、黒い欲望の赴くまま体を動かす。
数と勢いはある。
そして、それが最も厄介で段々と床の矢とナイフは減っていく。
「引きつける。祭壇からは離れるな」
「ほいきた」
ゴブリンスレイヤーが
ゴブリンの間を掻い潜り、すれ違うごとにゴブリンを屠り、武器を奪い、また屠ってを繰り返す。
薄暗い闇の中を獣のように俊敏に駆け抜け、ゴブリンたちが反撃しても空振りに終わる。
次の瞬間には頭蓋を砕かれ、血飛沫を喉から出して死ぬゴブリン。
「10、11」
ゴブリンを屠った数はすぐに2桁になり、数が段々と増えていく。
それは数が増すごとに、早くなった。
「15、16」
脅威はそれだけではない。
投擲手は鉱人道士へと変わったが、彼も動く小さな的に投石を当てる。筋力もあり、鎧を着た程度なゴブリンの防御力などは問題にならない。
矢もナイフも未だに途切れず、ゴブリンたちは骸へと変えていく。
「21」
「オルクボルグ!矢!」
「む」
妖精弓手の言葉に反応する。言いたいことが分かるぐらいには、彼は唐変木でもない。
脳天を潰したゴブリンの持っていた矢筒を奪い、仲間の元へと投げる。
ゴブリンたちを倒しながらであったので、咄嗟に投げたそれはそのまま妖精弓手のところまで届かない。
「あいよ!」
しかし、鉱人道士が受け取り繋いでくれる。
なかなかに息が合った一党になった。
「けど、やっぱりゴブリンの矢って雑よね!」
文句を言いながらも、放たれた雑な矢は正確にゴブリンの頭を貫く。
阻塞から出た鉱人道士を襲おうとゴブリンが来るが、矢を補充した妖精弓手と闇女斥候が投げるナイフで屍に変えられる。
「ちっ!ナイフが無くなった!」
「これを!」
「無いよりはマシか!」
そう言って女神官は闇女斥候にブーメランを渡す。
ハンターが持っていた投擲武器。
回転して飛ぶくの字の形をした投擲武器は、ゴブリンが着ていた防具を切り裂きはする。
「GYA⁉︎」
しかし、威力自体が弱く多少の血を流させ怯ませる程度に終わる。そして、動きが止めたところをゴブリンスレイヤーが止めを刺す。
そして、ブーメランが手元に戻ってくる。本来は当たれば落ちてしまうが、ハンター製のブーメランは切れ味が良くドラゴンの尾ですら切断することが可能。(可能なだけでやろうとは思わない)
曲芸のジャグリングのように次々と投げられれば、ズタズタと引き裂かれるも死ぬには至らない。
そして、使い続ければ手元に戻ってこないこともある。
ブーメランが!
「ちっ!」
舌打ちする闇女斥候。力加減を誤ったのか、それとも単に耐久力が無くなったのかブーメランの1つが戻ってこなくなった。
そして、欲望を滾らせたゴブリンの1匹が運よく祭壇へと上がってしまい、竜牙兵が脳天に盾を振り下ろして潰す。
竜牙兵は忠実に娘たちを守っている。
とはいえ、流石にこれ以上の数が来ると撃退が難しくなるだろう。
「えぇい!まだか鱗のに尾噛丸、まだか!」
徐々に祭壇に近づいてくるゴブリンたちを、
「もう、一踏ん張り!」
鏡と壁はもうすでに剥がれつつある。
そして、これが最後とばかりに雄叫びを上げる。
「イィッアァァアア!」
「うぉおおお!」
そして、筋力にできない事などないのだ。
暴力。何事も暴力が全てを解決する。
2人の筋力の前に、無惨にも石壁から鏡が引き剥がされた。
「や、やりました!ゴブリンスレイヤーさん!」
「鏡面を上に掲げろ!その下に入れ!」
女神官が驚きとも喜びとも思える声に、彼はすぐに戻り走る。
指示を聞いて、すぐさまハンターと蜥蜴僧侶は鏡を支えた。
そして、ゴブリンスレイヤーの撤退を支援すべく、妖精弓手と闇女斥候の矢とブーメランがゴブリンを襲う。
「天井に
「仕事だ仕事だ、土精ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる!」
呪文を唱え、放たれた大岩は天井にぶつかり室内を揺るがす。
そして、振動は止まることはなく大きくなって、石壁の破片が落ちてくる。
「壁!鏡下、祭壇にだ!」
「はい!」
返事に迷いはない。
これが何の守りになるのか、彼女はまだ理解はできなかった。
しかし、自分を信頼して指示を出してくれたのだ。
答えないわけにはいかない。
「いと、慈悲深き地母神よ。か弱気我らを、どうか大地の御力でお守り下さい」
彼女の祈祷によって、
そして、祭壇をよじ登りったゴブリンスレイヤーが鏡下に入り込み、即座に後ろに閃光玉を投げる。
一瞬の閃光が室内を白く染め上げた。
それを直視したゴブリンの目は焼かれ、足を止めて顔を覆う。
「
「土精や土精、バケツを回せ、ぐんぐん回せ、回して離せ!」
唱えられた呪文によって、室内を軋んでいた支えに力が加わり崩壊が加速した。
天井の
部屋にひしめいていたゴブリンたちはすぐさま土砂に飲み込まれた。
「ざっと50、と3か」
淡々とゴブリンスレイヤーは呟き、それで終わりだ。
地面が陥没し、瓦礫やゴブリンの死体が多々ある中、鏡が赤と緑の月を写す。
その鏡がガタリと動き、下の方から7人ほど出てくる。
「ぷはぁ。何考えてるのよオルクボルグ!」
這い出てくる妖精弓手は顔を土で汚しながらも、この作戦を考えた者に鋭い眼差しを向ける。
「びっくりしました」
「びっくりで済むのか。私は死ぬかと思ったぞ」
「慣れてきちゃいました」
女神官の感想に、闇女斥候は活力のない愚痴を言う。
「死なないために瓦礫が最小になるよう
「そして、上の瓦礫は転移の鏡が吸い込むと。とはいえ、重いのが堪えた」
「それよりも引き剥がすのが面倒だった」
腰に手を当てる蜥蜴僧侶。
ハンターといえば大剣だのハンマーだの重いものを持つのは得意分野だが、鱗や甲羅を引き剥がすのとはまた違う接着をされていたので時間がかかった。
ハンターには落石を当たっても吹っ飛ばされるだけだが、当たりたい訳じゃない。それに瓦礫に埋もれるのも、出て来るのが面倒だ。
「ま、鱗と尾嚙丸が働いたかんの」
鉱人道士が瓦礫に座りながら転移の鏡を見る。
「もしかっすと、大昔の旅行装置かなんかだったんかもな」
「興味がない」
ゴブリンスレイヤーはぐるりと見渡し、思い出したように妖精弓手に顔を向ける。
「おい」
「何よ」
「火も、水も、毒も、爆発もなしだぞ」
いつもの淡々とした声が、妙に得意げに聞こえるのは何故だろうか。
妖精弓手はにっこりと笑みを浮かべた。
「オルクボルグ」
「なんだ」
突如、彼女は彼を蹴り飛ばす。
さてはて、何が気に入らなかったのか。
「かなり上出来な結果だよな」
妖精弓手の条件を満たし、ゴブリンも皆殺しにできた。
ハンターには彼女の怒る理由がわからない。
「そういう意味じゃない!」