100連勝を成し遂げたハンターは、闘技場の主に招待された。
風呂で身を清め、武装を外し、用意された礼服を見に纏うハンター。
案内された部屋はハンターには価値の分からない絵やら壺、骨董品が置かれ、見目麗しいメイドが彫像品のように部屋の端に複数並んでいる。
机の上には豪華な料理の数々。肉料理は肉汁滴り、香ばしさが部屋を満たしている。野菜は色とりどりで水々しく、パンは焼き立てのようで湯気と同時にほんのり香りが漂う。
席は2つ。1つは闘技場の主が座っている。だが彼の方にはからのグラスがあるだけだ。
「ようこそおいで下さった。竜殺し殿」
手を使って座るように促す。
座るとメイドが、持っていたワインをハンターと闘技場主の空のグラスに注ぐ。
「まずは貴殿の健闘を讃えて乾杯させてほしい。100連勝を成し遂げたのはこの闘技場始まって以来の快挙なのでな」
そういってグラスを掲げた闘技場の主。
ハンターもグラスを掲げ、ワインを飲む。
さて、今飲んだワインの価格は如何程か。
少なくとも深いコクを出すワインは、そこいらで買えるほど安くない味であることだけは分かる。
そこから豪華な料理をバリバリ、もきゅもきゅと素早く手と口を動かし、胃袋に収めていくハンター。
「そこまで健啖とは、戦士の鑑と言える。追加は必要かな?」
ハンターは首を振って拒否する。
「では、100連勝の報酬を」
そう言って闘技場の主人は指を鳴らす。
メイドが荷台を押して入ってくる。
台の上には様々な物が乗っていた。
ハンターにはどれほどの価値か計りかねているところに、彼は物品の解説をする。
「この鞄だが、見た目以上に荷物を入れることができ重くはならぬのだよ。もっとも貴殿も同じような物を持っているが、こちらには装備も入れることができる」
ハンターは移動できるアイテムボックスのような物だろうかと、彼の解説を聞きながら思った。
「こちらの指輪だが一度でも行った場所に転移することができる。この絨毯も使えば一党の皆も転移できる」
他にも術の回数を日に1回肩代わりする黒い水蓮のカード1枚。モンスターを呼び出すカード1枚。呪文を封じ込め
「さて、本来は魔法の武具を送りたいところだが、貴殿には不必要であろう」
ハンターにとって装備は加工屋に作ってもらうのが常識だ。
魔法の武器もハンターの武器と比べると、見劣りする。
ウィッチャーの銀の剣++ならともかく。
「そこでだ。鈴の行き先に貴殿のいた世界にも行けるよう細工をさせてもらった」
闘技場の主は、不意にそんなことを言った。
ハンターは別の世界から来たと一言も言っていない。
だが、自慢するように不敵に笑う彼が嘘をついているとハンターは思わなかった。
「しかし、貴殿の世界に行けはするのだが、貴殿が元いた場所かは保証できんのだ」
「転移したら、いきなりモンスターに囲まれるとか、深海や溶岩の中とか?」
「いや、人里に転移するよう設定している。確か、こちらの世界で言う東方によく似た文化の里に行けることは保証する」
東方の文化というと、ユクモ村辺りだろうかとハンターは記憶を探る。
「ふふふ、いや、なに。少々そちらの世界とは交流があるのでね」
笑う彼は、謎の赤衣の男みたいな只者でないと感じさせた。
「私としては、闘士になってほしいが」
「モンスターから剥ぎ取りができないから、なる気はない」
「なるほど、残念ではあるが君ほどの戦士を私が御せるはずもない。むしろ、そんなことをすればとんでもないことになりそうだ」
それはそれで楽しめるかもしれないが、と主は口端を少しだけ吊り上げた。
闘技場の主からの夕食を堪能したハンターは、魔法の鞄に貰ったアイテムを入れ室内から出た。
みんなはどうしているだろうかと、所在を確かめようとする。
賭けの換金場か、闘技場の客席にまだいるのか。
まずは、客席から確認することにした。
闘技場の客席まで行く前に、歓声があがる。
どうやら、試合をしているらしい。
「次で最後!」
気力を出して、仲間と自分に喝を入れる自由騎士。
最初の内容は巨大な
木の上から奇襲してくる獣。大きさは虎や獅子のように大きく、俊敏な動きをした。
しかし、森人魔術師が
山猫は泥沼によって動きが鈍くなったところを、圃人野伏のクロスボウによって射抜かれた。
次は
石化の毒を持つ嘴を交わし、剣で切り裂く。
しかし、剣の一撃で怪物が倒せるわけもなく、反撃を躱す。
このまま戦い続けていれば、いづれ嘴か尻尾の蛇に噛まれ石化してしまう。
そんな考えが頭によぎった時、矢尻に毒を塗ったクロスボウが蛇鶏に突き刺さる。
毒が回り切るまで、嘴と牙から逃れる。
走って、転がって、剣で弾く。
回避に徹するだけでも、体を動かしていれば息が上がる。
だが、彼女たちが根を上げるよりも、息苦しく喘ぎ始めた蛇鶏。
全身に毒が回って動けなくなって倒れる。それでも呼吸している蛇鶏に、剣を急所に刺して絶えさせた。
そして、最後の試合が始まる前に
他にも、クロスボウにボルトを装填。剣の血を拭う。
2試合分の消耗をある程度緩和し、次の試合の準備を終えた。
「あらぁ、あの戦士はいないし、疲労しているのなら楽勝ね」
最後に現れたのは、自由騎士たちが捕まえた呪文使いと猟師。
そして、ならず者のような奴隷兵が2人。無骨な剣を持ったのが1人と槍を持ったのが1人。
4人全員が首輪を付けている。
あちらは連戦ではなく、これが最初の試合のようだ。
闘技場で戦う奴隷が自由を求めて戦う話がある。
強制参加ではあるが、勝ち残れば自由だ。
そして、目の前には疲弊した強者の腰巾着。
勝利を確信するのも仕方のないこと。
だが、そんな顔で見られて自由騎士たちは面白くない。
試合が開始され、一番最初に飛び出した自由騎士。
彼女の足止めとして剣を持った奴隷兵が立ち塞がる。
剣と剣がぶつかり合い火花が散るほどの激突。
槍を持った奴隷兵が後衛に穂先を向け、圃人野伏が短剣を抜いて対処する。
小さく身軽な体を活かし、穂先を避ける。そのまま下へと滑り込み、攻撃がしづらい場所で回避に徹する。
そんなとき呪文使いが奴隷兵ごと、焼き払おうと呪文を唱える。
女僧侶が守ろうと奇跡を唱えようとする。
そこへ猟師がクロスボウを放ち、飛んできたボルト。
寸前で森人魔術師が女僧侶を押し倒し避ける。
結果、呪文使いが
「あははは!まず1人!」
倒したと浮かれ笑っている彼女。
もう一撃、火球をぶつけてやろうかと考える。
奴隷兵はいくらでも替えがきく。
そういった考えになるのは試合が始まる前、呪文使いと猟師だけでは前衛が足りないため奴隷兵が充てがわれた。
死んだとしても、補充はされると看守が言っていたことから。
だが、呪文使いが死んでも奴隷兵と同じく補充される。彼女だって奴隷であることには変わりない。
ただ、彼女だけは違うと自分に言い聞かせる。
学院で勉強し、火球を覚えた。学生の頃は日に1回。冒険者となってすぐに、日に2回使えるようにもなった。
首席で卒業した同期は
自分はまだまだ伸び代も才能もある。
それは客観的に見ても事実だった。
しかし、盗賊に身を置いたのは彼女自身が冒険を冒険と思えなかった。
自分はもっと上。なんで、どぶさらいやゴブリン退治をしなければならない。
だから、コツコツと昇格するよりも楽に早く稼げる方を選んだ。
その選択を間違いだとは思わない。
3回勝利できれば自由の身となり、魔法の武具も貰える。
そして、盗賊だった汚点は今彼女たちを殺し、他2人も殺して消す。
いくらだってやり直せると呪文使いは思っていた。
今度は女僧侶、森人魔術師の方に杖を向ける。
燃えている奴隷兵と自由騎士に撃つのは勿体ない。
現に、崩れ落ちていく2つの人影。
後衛が落ちれば、後は圃人野伏だけだ。猟師と奴隷兵の2人がかりで殺せる。
勝利は目前と呪文を唱え始めた時に、炎の中から自由騎士が飛び出した。
奇跡は口で祝詞を唱えずとも、心の中で強く念じれば起こる。
仲間が助けるために体を押させたぐらいで、中断などしない。
女僧侶の
そして、炎で苦しむ奴隷兵にとどめを刺す。
地面に倒れ込む体から、剣が滑り落ちる。
それを自由騎士が拾うために、炎で包まれたように見えるあちら側からは、しゃがんだのが崩れ落ちたように見えたのだろう。
完全に油断していた呪文使いは、自由騎士が投げた剣を避けることもできない。
飛龍剣。
手に持った武器を相手に投げつける武技だ。
手で扱う武器を投げることはないだろうといった先入観を持つ相手の虚を突く。
本来は相手を怯ませ、隙を作り出す技だ。
故に、剣は相手の周囲に落ちるだけに終わる。
しかし、自由騎士が投げた剣は腹に突き刺さった。
ローブや後衛の鍛えていない体は防御力がないこともある。
だが、一番の理由は怒りのまま全力で投げたことだ。
非道な行いに怒りのまま突き走っていく自由騎士。
猟師がクロスボウを放つが聖璧に阻まれ、止めることなどできない。
勢いのまま
やわな術者の体で耐えられるはずもない。
そのまま、地面に倒れた。
虫の標本のように、地面に突き刺さった女術者。
口から血の泡を吹き、激痛で呪文を唱えることはもうできない。
クロスボウを放り出して、両手を上げる猟師。
槍を使っていた奴隷兵は、森人魔術師が
闘技場の方を見れば、自由騎士の一党が擦り傷や怪我、返り血を負いながらも剣を高く掲げ勝鬨を上げていた。
「お前に感化して、意気揚々と参加したぞ」
声がする方を見れば、大量の金貨が入った大袋の上でくつろいでいる闇女斥候がいた。
いつの間にか給仕を雇ったのか、手に持つグラスにワインを注がせる。
どうやら、賭けに勝っているらしく顔は満面の笑み。しかし、目だけは
「ハンターの賭けにも勝ち、彼女たちの健闘も成果を残した。そして、私は大金を手に入れた。ククク、ふふふ、ハハハ!」
最初は笑いを堪えようとしたが、堪えきれず大声で笑い始める彼女。
ついに、高揚してグラスを掲げた。
「最高だ!最高にハイってヤツだ!」
どうやら大量に摂取したらしく、酔いが回っている。
「オェ」
翌日、二日酔いになった彼女は便所に居座ることになってしまった。
なんとか、調子を取り戻した闇女斥候が揃う。
宿場に設置された食堂のテーブルにハンターと自由騎士の一党は座っていた。
「貴方に比べれば見劣りしますが、私達も3連勝を達しましたよ」
胸を張って自由騎士は自慢した。
「簡単なやつだけどな」
圃人野伏の一言で、俯いてしまう彼女。
残りの2人が非難するように睨む。
彼女たちは賭けによって得られた金銭で、装備を更新し、闘技場で3連勝した。
闘技場の3連勝で得られた魔法の装備、+1の外套は女僧侶が纏う。
「そういえば、何を貰えたんだ?」
顔色の悪い闇女斥候が聞いてきたので、ハンターは魔法の鞄から貰ったものを机に並べる。
その物品に顔色の悪さは何処へやら、目を輝かせた彼女。
自由騎士の一党だけではなく、遠目に見ていた他の客も目を見張った。
「と、途轍もないな」
「それだけ、ハンターがすごいってことだろ」
「う、羨ましい」
ハンターが、貰った物を一通り説明した。
「魔導書は自分で使うのか?売るのか?」
「それなんだが、あんたが使うか?」
手に取った魔導書を眺めながらハンターの言ったことに、体を固めた闇女斥候。
「……いいのか?わ、私に何をさせるつもりだ。あ、愛人になれというのなら、貴様の一生くらい付き合ってやらんこともないが」
言っていた本人が何を言っているんだと困惑している。
何せ、呪文は貴重だ。
そして、呪文の回数を増やしたり、新しい種類を覚えるのには努力や経験がいる。
それらをすっ飛ばし、本を開くだけで望んだ呪文を習得できる物だ。無償で差し出すことなど自分にはできない。
気前が良すぎる。
良すぎて裏を疑う。
何せ、売ってしまえば一生遊んで暮らしていけるだけの金は手に入る。
タダより高い物はないと言う。
「単に俺には魔法を使う才能がないってだけ。使ってはみたいが、使いこなせない。火の玉飛ばすより、太刀で斬ったり、弓矢を射つ方が馴染んでいる」
罠や閃光玉など道具を持って来たのに戦闘に夢中で、使わずそのまま倒してしまうことが良くあった。
使わず終わるのもいいが、使い所を忘れてしまうのは良くない。
「……後から金を請求するなどはないのだな?」
「しない」
「私が使っても構わないんだな⁉︎」
「そう言っているけど」
「いいだろう。いいだろう!」
もう、彼女は考えが混乱した勢いのままに魔導書を使用した。
「それで、貴様の世界に行くのか」
「まぁ、少し気になる」
ハンターは元の世界に戻りたいという気持ちは薄い。
しかし、新大陸で行方不明となって調査団のみんなが心配していると思うので、登録されている場所で手紙でも書いて送るとしよう。
そして、手に入れたアイテム、装備を早速使いたい。
「私達もお供してもよろしいですか?」
自由騎士の一党も新たな冒険について行きたいようだ。
「呪文の回数、種類が増えた私は絶好調だ」
どうやら、闇女斥候もハンターの世界に行くようだ。
彼女たちは各自が言ったことを後悔することになる。
彼女たちはハンターと共に、ハンターの世界へと向かった。
景色が変わる。
立派な門の前に立っているハンターたち。
崖を繋ぐ橋を渡り、和風の建物が並ぶ里に入った。
奥の巨大な城は大きな門が開いており、中は炎の明かりが強く光っている。
屋根には竜を模した煙突から出る大量の火と煙。
ユクモ村とはまた違った趣の拠点だ。
椅子に座って団子を食べている巫女が、ハンターたちに気づいて声をかけてきた。
「ようこそ!カムラの里へ!」
火吹きの闘技場へ行かせたのはライズ版ハンターにしたかった。
自由騎士一向と闇女斥候には合掌を。
なんてことだ。もう助からないぞ。