ただ強くなりたくて   作:火影みみみ

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臆病者

 真央霊術院。それは戦力となる死神を育成するために創設された瀞霊廷唯一の死神育成施設である。

 そこでは貴族だけではなく、才能があれば流魂街からも生徒を受け入れ、多数の死神を輩出している。

 その鬼道の練習場に一人、遅くまで鍛練し続けている生徒がいた。

 黒い髪を左の側頭部にまとめ、可愛らしい蝶の髪飾りを着けたまだ幼さが残る少女、三鼓春香である。

 

「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ 縛道の六十一 六杖光牢」

 

 詠唱、そして練習用に設置された標的へ指を指す。

 すると指先から光が飛び出たかと思うと標的を中心に六つの光が出現し、標的へ突き刺さった。

 しかしそれは僅かな間で、直ぐに消えてしまう。

 

「むぅ、やっぱり六十番台以上は要練習かなぁ……」

 

 反省点をメモし、次の練習に移る。

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ」

 

 それはただ詠唱するだけではなく複雑に霊力を編み込むことによって複数回詠唱したことと同じにする高等技術。

 

「破道の三十三 蒼火墜」

 

 掌をかざせばそこから青い爆煙が二度……いや、最後にかなり威力が下がったものを含めれば三度の蒼火墜が放たれ、その内二つが標的に命中し、最後一つは当たる前に消えてしまった。

 

「……まぁ、前回よりは進歩したと考えよう」

 

 どうやら納得のいくできではなかったようで、不満そうにしながら大破した標的を片付けようとして、ふと外を見れば既に日が暮れていた。

 

「あれ? もうこんな時間なんだ」

 

 急がなければ夕食を食べ損ねてしまう。

 覚えたての瞬歩で標的を回収し、振り替えって……そこで固まった。

 

「ほっほ、こんな時間まで感心じゃのう」

 

 こちらへ来る前から知ってはいたが、実物を目の前にして再度認識を改める。

 一目みるだけならば優しげなお爺さんに見えなくもない。だが、その死覇装下に隠された鍛え上げられた肉体に自身とは次元が違うとも思わされる霊圧。

 護廷十三隊一番隊隊長にして護廷十三隊の頂点に位置する総隊長。その名もーー

 

「や、山本元柳斎重國総隊長!? え嘘本当に!?」

 

 瞬歩で急いで標的を使用済みの箱へ叩き込み、直ぐ様総隊長の元へ移動する。

 そして何かを話しかけようとするが、考えが纏まらない。

 元から総隊長のファンでもあり、こちらに来てからは尊敬する死神の一人として敬っていた春香にとってこの突然の対面は予想外のもので、内に秘めた感情がこれでもかと言うほど暴走し、結果あたふたとよくわからない行動と言語を発することになる。

 

「これ、少しは落ち着かんか」

 

 総隊長がそう言うと春香はピタッと動きを止める。両手を口に当てて言葉すら漏らさない徹底ぶりである。

 

「まったく、近年稀にみる天才がいると聞いてみればまだまだひよっこじゃのう」

 

 そう言って春香の頭に手をのせて撫でてくる。

 彼女の顔は真っ赤になり、嬉しそうに微笑んでいる。

 

(こうしてみれば年相応の童、じゃが先の鬼道や瞬歩の練度は既に並の死神と相違ない程度は仕上がっておる、全身の筋肉の付き具合いや内に秘めたる霊圧も中々のもの、特進学級とは言え()()()()()()これとはのぅ)

 

 彼がこの場にいたのは偶然ではなかった。

 親交のある霊術院の学院長より近年稀に見る天才がいて、さらに才能に驕らず努力をし続ける逸材がいるという話を聞いたためだった。

 それだけならばよくある話なのだが、この話には続きがある。

 この学院には飛び級という制度があり、最短なら一年で学院を卒業してしまうことも可能である。

 その例に漏れず、彼女にも卒業という話があったのだが、それを彼女自身が断ったのだ。

 彼女曰く「まだ納得できる練度に仕上がっていない」とのこと。

 学院の先生や彼女を見た先輩死神たちからしてみればもう十分に死神としてやっていけるだけの実力は十二分にある。

 しかし、それに納得せず六年全てを勉学に費やし、修行を続けるのだという。

 通常の学生ならば、特に彼女のような流魂街の住人は一刻も早く死神となり、今より良い暮らしや手柄を上げることに執着するものであり、それへの近道が飛び級という制度であるが、これは同時に学院が教えられるレベルを超えた逸材を早急に死神へと昇華させる制度でもある。

 実際、死神と言っても十人十色であり、斬拳走鬼全て揃った万能型もいれば、一点だけが他の死神を圧倒するほど強い特化型の死神もいる。

 鬼道もそうだ。彼女は未だ六十番台ができないと嘆いていたが、別にそれは珍しいことではない。隊長格の死神でも不得手とする者だっているのだから。

 皆そう言って彼女を説得しようとしたが、彼女は一向に首を縦に振らない。

 来る日も来る日も剣を振り、鬼道を唱え、体術を磨き、走り込む。まるで何かに取り憑かれたようにこのような日々を繰り返している。

 最初はいた友人たちも彼女の異様な行動に一人また一人と減っていき、今では誰も彼女に話しかけようとすらしない。

 そのような天才児兼問題児をできれば説得してほしいと、泣きつかれてしまったのだ。

 そして実際見てみれば噂に違わぬ天才であり努力家であることは一目でわかった。

 恐らく今すぐにでも席官クラスの役割を与えても問題ない程度には彼女は仕上がっている。

 

「お主は、なぜそこまで強さを求めるのじゃ?」

 

 ふと、気になって彼は尋ねる。

 すると少し目を細めたがすぐに元の表情に戻ると彼女はこう言った。

 

「恥ずかしながら、私は怖いのです」

 

「怖い、とな?」

 

「はい、この世界には強い人がいっぱいいます、巨大虚、大虚、後は野蛮な死神たちや私が知らないけど強い人だっているかもしれません、その人たちに襲われた時になんとかできるように強くありたいのです」

 

「ふむ……」

 

 思わず彼女の瞳を見つめるが、その真っ直ぐな瞳は嘘を言っているようには思えない。

 

(臆病者、と言うには些か奇妙、しかしその言葉に偽りなし。楽な道に逃げず自身を鍛えることは関心じゃが……、危ういのう)

 

 彼は護廷十三隊創立当初からさまざまな死神を見てきた。そこには当然勇猛果敢な死神もいれば彼女のような臆病者もいた。

 彼女のような死神は多くは命を落とすか、安全な後方での任務に就く傾向が多いのは言うに及ばないが、中には力を求めて禁忌へと手を染める者も少なからず存在した。

 今は正しい志を持って鍛錬しているようだが、この先もそうである保証はない。

 だからと言ってここで処断するのはどう考えても行き過ぎた行為である。

 そもそも今の彼女よりも荒々しく危うい死神など護廷十三隊の中にも、特に十一番隊などでは数多くいる。

 ならば危険因子として処理してしまうよりも、正しく死神として導くことこそが先立たる我らの勤めであると、山本総隊長は考える。

 

「そう言えば、主にも各隊から勧誘が来ておるはずじゃが、何処か希望はあるかの?」

 

 唐突に話を変える。

 答えの出ない問いに時間を費やすよりも彼女の考えを知り、どう説得するか考える材料にしたほうがいいと考えたためだ。

 

「そうですね……隠密機動と関わりのある二番隊も憧れますが、この子の能力を生かすならやっぱり四番隊だと思います」

 

 そう言って自身の腰に下げた斬魄刀へ視線を落とす。

 彼もつられてそれに視線を移す。

 彼女の斬魄刀、通常ならば護廷十三隊に入隊してしばらく経験を積まなければ発現しないはずの始解を僅か半年で習得してしまったと手紙には書かれていた。

 本来ならば卒業時に正式に授与されるはずであったが、あまりに早い始解の覚醒に霊術院中が騒然となったとも聞いている。

 無論、その名と能力も。

 

「この子の力は争いに向かないので、いくら自身の基礎を底上げしたとしても、攻撃系の斬魄刀相手にはやはり一歩二歩後手に回らざるを得ません、そう考えると四番隊が最適だと思うのです」

 

 彼女の斬魄刀の名は『茜揚羽』、長方形の刀身に三匹の紅い揚羽蝶*1が描かれた美しい斬魄刀である。

 鬼道系の斬魄刀に分類され、刀身から飛び出した三匹の蝶から撒き散らされる鱗粉はあらゆる傷を癒すとされている。

 確かにこの能力を含めて考えるなら四番隊が適切だろう。

 それに何よりも、元柳斎は彼女の在り方に、過去の同僚の姿を見た。

 

(似ておるの。性格こそ真逆じゃが、その資質は彼奴によく似ておる)

 

 現在奇しくも四番隊隊長を任されている卯ノ花烈、本名を卯ノ花八千流。護廷十三隊最強の称号【剣八】を生み出した張本人であり、尸魂界稀代の大罪人と言われた女性である。

 ありとあらゆる剣術を身につけ、戦いを永く楽しむために回道を修め、回復系の斬魄刀を持つ女。

 箇条書きすれば確かに彼女と似ていると言えるが、その性質は真逆である。

 しかしながら、彼女のような異質な死神を他の隊長が扱い切れるかと言えば、不安が残ると言わざるをえない。

 ならばいっその事こと卯ノ花の元で修練を積ませることがこの娘の為になるのではないか、と元柳斎は考える。

 

「ふむ、ならばなるべく早くここを出て、現場にて実践を積むことが回道を修める近道ではないかの?」

 

「いや、はい。そうなんですけれども……」

(確かに、ここでは回道が必要になる事態なんてそうそう無いですし、独学に限度が……、でも巨大虚が出たら怖いし、死にたくないし、でも確かにここ最近の訓練も伸びが実感できなくなってきたし、鬼道も大体の詠唱は覚えたし、環境を一新することも必要? でも怖いし、白打もいまいちだし、卍解なんて兆しも見えないし、歩法も一応は仕上がってはいるけど脚力的に不安が残る、でも井の中の蛙って言うし、でも怖い)

 

 うんうん唸る彼女を見て、あと一押しだと彼は思う。

 

「そうじゃの、今なら丁度四番隊の席官が空いておるな、席官ともなれば並の隊士では閲覧不可能な書籍なども見ることができるじゃろうのぅ」

 

「なります!!」

 

 彼女はチョロかった。

 閲覧不可の書物、その中に記されたであろう秘術や鬼道を知ることの好奇心に勝てなかったのだ。

 こうして、中央霊術院稀代の天才はその年の内に卒業し、四番隊第五席という肩書きを得るのであった。

*1
現時点で発動できる蝶は三匹が限界ということ




《補足》
なお、現時点での彼女の合格の基準点は白打と歩法が二番隊副隊長クラス、鬼道が八十番台を実践で使用可能できるレベルである。学生期間内で到達できるようなものではない。まあ、上位が上位なだけに焦っているのもあるが、なまじ死神としての才能がある分6年間みっちり鍛えれば到達できたかもしれない。ただし、実戦経験が積めないので早めに卒業したほうが強くなれる模様。
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